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初めての、夜~はぁはぁ

 二人で並んで座る暖炉の前。

 口を付けると、アルコール特有の喉が焼ける感覚。

 だけどそれだけじゃなく、鮮烈なブドウの香りと甘み。いつぞやの酒場で飲んだヤツとちがって、ゴミも取り除いた純粋なワイン。

 一口で分かる高級品。頑張ってゲットしてきました。


 隣のリィンさんとは、ちょっとだけ微妙な隙間があります。

 なんだか、まだピッタリと体を寄せるのは気恥ずかしくて、恐くて。

 でも燃える薪の明かりに照らされた彼女の横顔を見下ろしてると、愛おしくて。

 触れたい。

 思った瞬間には、もう体を寄せてしまってた。

 自分でも驚いた。いつもリィンさんにリードされてたから、自分から積極的になったのは初めてな気がする。


 彼女は、拒んだりしなかった。

 それどころか、彼女の方からも僕に体を寄せてくる。

 僕は、もう自分を抑え込むのだけで精一杯です。ワインの味なんか分からなくなってきた。

 触れる彼女の感触、柔らかい赤毛が流れてくる。

 髪は少し伸びたようだ。最初に会ったときは肩までだったけど、今は背中に少しかかるくらい。


 何も考えず、彼女の背に左腕を回した。

 そのまま腰まで手をのばし、ゆっくりと引き寄せる。

 空を飛ぶ妖精族らしく、軽い彼女の体はすんなりと抱き寄せれた。


 抱き締める。

 右手に持っていたカップは放り出す。毛皮がワインで濡れるなんて、どうでもいい。

 コロンという軽い音を立てて、木製の杯は暖炉前の石畳を転がった。

 力一杯彼女を抱き締めると、僕の胸の中に小さくて形の良い頭がすっぽりと収まる。

 表情は見えない。けど、彼女の細腕も僕の背中に回される。


 抱き合う。

 上を向こうとしたリィンさん、下を見ようとした僕。

 視線が交差した瞬間には、唇を重ねていた。

 右手を彼女の髪の中に埋めて寄せる。

 重なった唇を少し開ければ、彼女の舌が僕の舌を求めてくる。

 まるで別の生物かのように互いの舌がからみあう。といっても彼女の舌はちっちゃくて短いので、僕の舌が彼女の口の中に吸い込まれてるけど。

 唾液が混じり合う。

 口の中に彼女の暖かさを感じる。

 漏れる吐息もどっちがどっちのだか分からない。


 いつまで唇を求めていたろうか。

 どちらからともなく顔を離せば、彼女の顔は真っ赤だ。暖炉の赤い炎で赤く染められる以上に真っ赤。

 我慢出来ない、このまま彼女を押し倒したい。

 そう思ったけど、細い右人差し指が僕の唇を押さえた。


「……ベッドで」


 か細い声。

 両腕でスレンダーな体を抱き上げ、立ち上がる。いわゆるお姫様抱っこ。

 さすがに妖精の体は軽いので、僕でも軽々と抱っこ出来た。

 そしてベッドに優しく寝かせ、メイド服を脱がせていく。

 白いエプロンの紐をほどき、スカートを下ろす。

 以前、ジュネヴラの浴場で見たから知ってる、彼女の細い足。それは再び僕の目の前に露わになる。

 もどかしい思いで上着も脱がせれば、彼女はごく薄い肌着を身につけていた。

 全身を包むその肌着は、シュミーズというものらしい。あまりに薄くて、その下の肌が透けて見える。

 彼女の細い腰も、ささやかな胸も、薄暗い暖炉の光に照らされて僅かに見えるだけ。

 不思議だ。僅かに見える、見えそうで見えない、そう思うとますますドキドキしてしまう。


「が……頑張ったんだから」


 力一杯まぶたを閉じるリィンさんは、押し出すような声を漏らした。

 頑張ったって、なにをだろう?

 て、こんな薄く柔らかい布は技術レベルの高くない魔界では高級品だ。貧乏で有名な妖精が持てるものじゃない。

 つまり、今夜のためにリィンさんも勝負下着を身につけるくらい頑張ったんだ。


「あ、あたしだって、初めてだから、その……頑張ったんだからね!」


 え、えと、頑張った、うん頑張ってます。

 彼女もカチカチに緊張してるのは、僕の指先から伝わる彼女の体のこわばりからだって分かります。

 そ、そうか、彼女も初めてだったのか。

 僕もですよ。お互い緊張で上手く喋れないし動けないほど。

 んで、こういうとき、どうすれば、どういえば、えと……何か、緊張をほぐすようなことを言えばいいのか?


「うん、キレイだよ、可愛い。

 ステキだよ、リィンさん」


 必死で絞り出した言葉。

 それが彼女の求めていたことかどうかは分からない。

 でも、とにかく彼女は少し安心した顔をしてくれた。

 そして彼女の指は僕の服へと伸びる。

 シャツのすそをたくしあげ、すでに汗でじっとりと濡れた僕のお腹に手が差し込まれる。

 されるがままに脱がされていく。


 いつの間にか、僕も彼女も裸になっていた。

 彼女のシュミーズをどうやって脱がしたとか、そんなつまらないことは覚えてない。

 覚えているのは僕に覆い被さられてる彼女の小さな体。

 柔らかくて暖かい、彼女の肌。

 鎖骨や首筋を這う小さな舌の、水滴がはねるような音。


 フワフワのベッドの中、二つの体は一つになって埋もれていった。









 暗い部屋の中に、ほのかな灯り。

 暖炉の火は既に消えかけ。僅かな燃え残りが炭化した薪の隅で赤く光る。

 ベッド横の机に灯るのは、ミュウ様からもらったアロマキャンドル。爽やかな香りが鼻をくすぐる。

 僅かに揺れる黄色い光は、僕の左腕を枕にする彼女の寝顔を照らす。

 普段はクルクルとウェーブがかかる赤毛も、汗でじっとりと濡れて彼女の首や胸に張り付いてる。

 額に唇を寄せる。

 軽いキス。スースーという寝息は変わらない。よく寝てる。

 なんだか左腕が痺れてきそうなんだけど、この余韻を壊すなんてもったいなさすぎ。

 ちょっとだけ態勢を変える。左を向いて、小さな背中に腕をまわす。


「……する?」


 彼女は目を閉じたまま小声で呟いた。

 あら、起きてたか。


「んと、ちょっと疲れたかな」

「そっか」


 そういうと、妖精の小さな体が僕の腕の中に潜り込む。

 触れれば折れてしまいそうな体、いとおしい彼女の全てを抱き締める。

 本当に信じられないなあ。日本では全く女子に相手にされなかったのに、まさか魔界に来て恋人が出来ただなんて。

 そういえば、どうして彼女は僕を選んだんだろう。

 異種族の、どこから来たかもよくわからないような人間なのに。

 こんなこと聞いて良いのかな、でも聞きたいな。


「ねえ、リィンさん?」

「ん?」

「どうして、ボクなんかでよかったの?」


 ミュウ様にもらった蝋燭は、少しずつ短くなる。

 炭になった薪が崩れて灰の中に落ちる。

 僕の胸に顔を埋めたまま、意地悪そうなからかうような声を投げ返してきた。


「だって、ユータみたいに泣き虫で頼りないヤツ、あたしが居なきゃ生きていけないでしょ?」


 ぐはあ、またそれですか。

 精神にクリティカルヒットな大ダメージ。

 い、生きていけないってなんですか。僕は魔王城では陛下の直属の部下として働く高給取りですよ。

 それは失礼すぎます。

 反論しようとしたけど、彼女の次の言葉の方が先立った。

 見上げてくる彼女の目、黄色い瞳が少し潤んでる。


「……と、最初は思ってたんだけどね。

 でも、暴走に迷わず飛び込んで、城で頑張って働きはじめて、陛下とだって普通に話せるくらいに偉くなっちゃってさ。

 なんていうか、見直したって感じかしら。男らしさを見た、とでも言えばいいかな。

 結構、格好良かったわよ」

「そ、そうそう、分かってればいいんだ」

「それにねえ……」


 コロンと僕の腕の中で転がって上を向く。

 そして、うーん、と背伸び。


「やっぱ、あたしってみんなが言う通り、危険な恋に燃えちゃうのよね。

 なにかこう、緊張感があるっていうのかなあ?

 やっちゃいけないって言われると、かえってやりたくなるって、あるでしょ?」

「あー、うーん、まあね」

「あ、でも遊びじゃないからね。

 あたし、そんな軽い女じゃないから。

 初めての相手を、そんな理由で選んだりしないわよ」

「うん、分かってるよ。

 ダイジにするから、ずっとダイジにするから」


 まるですがりつくように、彼女の体を抱き締める。

 ほんとうに細い、でも意外としなやかで柔らかい彼女の腕が、足も、まるで絡みつくように僕を抱き返す。

 そして、再び激しく互いを求めた。





 夢と現の狭間で、ぼんやりと想う。

 僕は地球に、日本に帰るべきだろうか?

 魔界に恋人が出来た。子供ができるかどうかまでは分からないけど、彼女を無責任に放り出していくなんて、出来るはずがない。


 そもそも、なんで地球に帰りたいんだ?

 高校、大学、就職……ンなもん、どうでもいいや。

 もうここで就職したし、恋人も出来たし。貯金も十分。生活するだけなら問題ない。

 あ、いや、父さん母さんが待ってるか。友達にも会いたいな。刺身やトンカツの味も忘れられない。

 でも、それとリィンさんを比べると……今、僕の上で寝ているリィンさんの方が、よほど大事だ。


 いや、そもそもの問題が解決してない。

 地球に帰るには、ルヴァン様が再びワームホールを開いてくれなければならない。

 そしてそれは困難を極める。

 アンクへの魔力供給、重力制御、地球のジュネーブへの座標設定、人間が通れるだけの次元回廊を維持、etc。

 わかってる、それは不可能に近い。

 ルヴァン様も言っていた。「試みる価値はある」と。つまり、試みるだけ。

 成功しないことは分かってるんだ。

 ルヴァン様は学術的見地からデータを集め新技術を開発実験したいだけ。僕らとの約束は、そのついでに過ぎない。


 僕は確信していた。地球には帰れない、と。

 ただ、それを認めることが出来なかった。その勇気が、きっかけがなかった。

 現実を受け入れきれなかっただけ。


 その覚悟は出来た。

 目の前の現実を受け入れる。

 リィンさんを妻とし、魔界に家を持ち、陛下の部下として生きよう。

 それがいい、それが正しい道なんだ。


 ごめん、父さん母さん。

 でも心配しないで。僕は次元の彼方ではあるけど、幸せに暮らしてるから。









 次の朝。


「よー、Pedophile」


 まだ暗いうちにリィンさんは離宮へ帰り、眠い目をこすりながら部屋を出ると、いきなり聞き慣れない単語で挨拶されました。

 それは元皇国軍兵士の保父達です。

 なぜか、部屋の前で待ってたかのようです。しかもみんなニヤニヤしてます。

 ナゼなんでしょう、分かりません、分からないことにして下さいお願いします。


「で、どうだったよ。

 妖精のお嬢ちゃんは気持ち良かったか?」

「な、ナンのことですか!?」


 必死で、大汗をかきながら必死で誤魔化すんですが、誤魔化せないようです。

 僕の言葉なんか無視して盛り上がってます。


「ちゃんと入ったのかー?

 あ、おめーのは小さいから入るよな。うん、良かったよなあ」

「気の小さい貧弱坊やかと思ったら、まさかこれほどの禁忌を軽々と犯すとは、ビックリだ。

 見直したぜ!」

「なななんのコトか分かりません!」


 聞こえません聞こえません耳を塞いで聞こえません。

 僕の目には廊下の壁しか見えません。あー掃除がいまいちだなーキレイにしなきゃ。

 さて朝食ですよですよー足早に行きますよー全力ダッシュで早足ですよー。



 行く先々で、保父達の僕を見る目が違うんです。

 エロオヤジな目が、白い目が、羨ましげな目がこっちを見てるんです。

 通りすがりにみんなが、「おう、お前も男の仲間入りだな」とか、「陛下の目指す種族融和を、ここまで実践するとは、あなたを見習わねばなりませんね」とか、言ってくるんです。

 他にも、「教会のくびきを離れると、ここまで獣になれるというのか……俺はどうすればいいんだ……」だの、「外道め」なんて罵声まで飛んでくるんですよ。

 というか、あんたら何で知ってるんですかー!


 と思ったら、廊下の向こうに出勤してきた妖精達の姿。

 あれは、マリアさんにローラさんにセレイさん、そして他のメイド妖精達も。

 みんなして生暖かい目を……あんたらが言いふらしたのかーっ!!

 周囲からは人間族と妖精族の色んな囁きが聞こえてきて……。


「イケるのか、魔族でもイケるのか?」

「ノエミやキョーコやヴィヴィアナ達だけじゃなく、エルフの妻だってありかも」

「おめーにゃ猫女がお似合いだぜ」

「うるせえ。そういうおめーは犬女とでもやってろ」

「お、おれは毛深い女が好みだからな。ドワーフでもいけるぜ」

「いや! 私はミュウ様一筋!」

「こ、この野郎!

 ミュウ様はみんなの女神だからな!

 抜け駆けはゆるさんぞ」

「あ~あ~、人間共ったら、いきりたっちゃって見苦しいねえ」

「余計なお世話だ!

 そういうお前らは昨日の夜から大騒ぎしてたんだろが」

「あったり前さね!

 人間のどドデカイもんを見せつけられたら、普通の妖精じゃ仰天して羽だけ飛んでっちまうよ」

「でも、もしかして、人間もありかい?

 あんた試してみなよ。子供三人生んでゆるゆるになっちゃって、旦那じゃ物足りないとか言ってたじゃないか」

「ば、バカいうんじゃないわ!」


 な、なんちゅうエロ会話……。

 子供達はまだ起きて来ちゃダメです聞いちゃダメです。

 耳が腐ります。


  ドガッ!


 いきなり背中を蹴られた。

 振り返るまでもなく、クソ姉だ。


「ヘラヘラしてないで仕事しなさい!

 いつまでも浮かれてヘマすると、リィンが恥かくんだからね。

 気合い入れなさいよ!」


 うっせー分かってらい!


次回、第十四章第七話


『ぱんつ』


2011年11月7日00:00投稿予定


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