魔法の夢
朝食後の大食堂。
子供達全員が着席してるけど、いつもの騒がしさはない。
男の子12人、女の子44人、一番年上と見られるシルヴァーナから一番年下らしいエルダまで、みんな黙って椅子に座ってる。保父達も全員集まり、静かに話を聞いている。
ちなみに年上って言ってるけど、雰囲気や身長から適当に予想しただけ。
正確な年齢や出身地は、彼ら自身が知りません。全員孤児院出身ですから。
彼らにとっては孤児院のあった場所が故郷で、孤児院の仲間が家族だった。
子供達は珍しく黙って椅子に座り、炎が揺れる暖炉横に立つ魔王陛下の話を聞いていた。陛下の横には皇国へ帰る六人も並んでる。
「……というわけなんだ。
こちらの六人は、年明けに皇国へ帰ることになったよ。みんな、寂しいとは思うけど、どうか笑顔で送り出して欲しい。
また、故郷への伝言などある場合は、彼らに頼むといいだろう」
とたんに、「えーどういうことなのー」「帰っちゃうなんて……ひどい」「どこへ帰るんだ? もしブリンディシ近くなら手紙を……」「私も、私も連れて行ってよ!」なんて騒ぎが起きる。
予想していたこととはいえ、やっぱり子供達には動揺が走ってしまった。
怒ったり泣き出したり、故郷への手紙をお願いしたり、ふてくされて黙ってたり。
それでも暴走が起きる様子はない。普通に子供らしい反応が帰ってきてる。それだけでも大幅な進歩だろう。
陛下は「言いたいことも沢山あるだろう、だけど別れは必ず訪れるものだから……」と話を続ける。
で、一通りの説明が終わった所で別の、さらに重要な提案に移った。
「……別れまで時間はあるから、その間に皆、別れの挨拶は済ませておくんだよ。
そして、君達には新しい話があるんだ。
実は、そろそろ君達にも魔法を教えようと思う」
瞬間、保父達との別れでざわついていた子供達がピタッと黙る。
皆が信じられないものを見るような目で魔王陛下を見る。
「キョーコとユータが来て以来、君達の暴走は大幅に減ったね。もし暴走が起きても、すぐに安全に食い止めることが出来る。
おかげで君達は安心して生活出来るし、勉強にも打ち込めるようになったよ。
だから、そろそろ良いと思うんだ。
君達は自分の魔力を制御し、それを利用する術を学ぶべきだ」
驚きのどよめきが、喜びの叫びが、満面の笑みが広がった。
手を取り合って「す、すっげー!」「やったよぉ!」「あうー、めんどいー」「何いってんのよ、立派な大人になれるチャンスだわ!」と、大騒ぎだ。
さっきまでのしんみりとした空気は吹き飛んでしまった。子供達の熱気と興奮で広い大食堂も大騒ぎだ。
騒ぎに負けないくらいの大声で陛下が声を張り上げる。
「それじゃ、みんなも魔法を学びたいってことで、Siだね!?」
「Si! Grazie!」
皇国の言葉でSiはYes、Grazieはありがとうの意味。
方言程度の差しかない魔界語でも少しくらいの違いはある……なんで種族は異様に多種多様なのに言葉は方言程度の差しかないのかと不思議には思うが。
ともかく驚いたな、みんな、こんなに魔法を学びたかったのか。
多分、地球で言えば高校で物理や数学を学び始める、というような話だと思うんだけど。
みんな勉強が好きなのか?
それは後で子供達へ尋ねるとして、手を振って子供達を一旦静かにさせた陛下は、食堂の入り口へ視線を向けた。
「みんなも賛成してくれてよかったよ。
では、魔法を教えてくれる先生を呼んであるんだ」
子供達は一瞬固まり、囁き声が聞こえてくる。
内容は、良く聞こえないけど予想はつく。子供達は陛下や保父達が教えてくれると思ってたんだろう。
もしそれ以外の人物が魔法を教えるというなら、人間族がほとんどいない魔界では、人間族以外の種族が教えることになる。
つまり、子供達は妖精族以外の種族と本格的に関わることになるわけだ。
そのことは子供達自身も予想ついたんだろう。見るからに緊張が広がっていく。
さて、ここからが僕と姉の仕事。
僅かな変化も見逃さないように、いつでも飛び出せるように、目を光らせる。
子供達を観察する視界の端で食堂の大扉が開いた。
「では、紹介するよ。
彼らはダルリアダの学術都市キュリア・レジスから来てくれたエルフ達だ。
君達に魔法を教えるために、最高の魔導師達に頼んでね」
扉から入ってきたのは、厚手のローブをまとった五人のエルフ。
フードは下ろし、エルフの特徴である長い耳を堂々と故意に見せつけている。
その内一人は、デンホルム先生。
先生は、いや他のエルフ達も、子供達に負けず劣らず緊張が見て取れる。
以前なら、異種族が近寄って来ただけで暴走し、魔力の霧が吹き出した。
今は……ない。
素早く室内を見渡すが、異常は起きてない。
五人のエルフを代表してデンホルム先生が一歩前に出た。
「初めまして、諸君。
恐らくは私の姿を見たことがある者も多いと思う。
キョーコとユータが城に来たとき、彼らの教師役として共に城勤めとなったので。
だが改めて自己紹介しよう。私の名はDenholm。
私自身は未だ修行中の若輩に過ぎず、とても魔導師と呼ばれるほどの地位にはないと自覚している。
また正直、魔法の教師というのは私自身も初体験ではある。
なので、君達に魔法を教えるというような傲慢な考えをもたず、君達と共に魔法を学んでいく気概で務めようと思う。
では、よろしくお願いする」
子供達に対しても長くて礼儀正しい自己紹介。しかも意外と謙虚だ。
他のエルフ達も次々に自己紹介。それぞれに長いが、あれでも短くするよう陛下から注意された結果なんだろう。
今のところ、暴走が起きる様子はない。
紹介が終わって、陛下が「みなさん、ご苦労様でした」と解散を告げても、何も問題は起きなかった。
暴走も、子供達が異種族を怖がって逃げ出すことも無かった。
これだけでも凄い進歩だと言える。
先日の会議で決まったこと、それは『子供達に魔法を教える』『子供達と異種族の交流を始める』の二点。
そのため、わざわざエルフの魔導師を教師役として抜擢した。少しでも子供達が顔を知っているエルフを、ということで先生も選ばれた。
早速実行されたわけだけど……さて、どうだろう。
皆、まだ食堂を出てはいない。
だが子供達は教師のエルフ達に近寄ろうとはしない。端に固まって遠目から様子を見てる。
エルフ達五人も彼らで固まって何かを話してる。
陛下と保父達は間に入ろうと、二手に分かれて子供達とエルフに話しかけている。
ともかく、暴走は起きる様子無し。だが両者の溝が埋まるきっかけも無し。
と、隣から姉が肘でツンとつっついてきた。
「あんた、どう思う?」
「どうって?」
「エルフの魔法教師、上手く行くと思う?」
「うーん、ムズかしいとは思うけど、やらなきゃね」
「あんたは相変わらずお気楽ねえ」
溜め息混じりの姉。まあ気持ちは分かる。
ともかく、暴走を抑えるという僕らの役目は変わらない。異種族交流も魔法の勉強も上手く行くよう祈るとしよう。
さて、その魔法の勉強なんだけど……。
「あの! ちょっとイイですか?」
食堂全体に響く僕の声。
ビシッとわざわざ手を上げる。子供も保父もエルフも全員が注目する。
笑われるのは覚悟、気合いを入れて声を出す。
「僕もイッショに魔法をマナんでいいですか?」
静寂。
陛下と保父達とエルフ達は「?」という様子だ。僕が何を言ったのか、よく理解出来なかったらしい。
知識も経験もある大人達より、素直で何も知らない子供達の方が先にリアクションを起こした。
笑い出したり、呆れたりといった反応を。
「ユータにいちゃんも魔法習うの? なんで?」「キャハハハハッ! 兄ちゃん、魔法使えないじゃんか!」「すっごーい、いっしょにべんきょうするんだあ」「バッカじゃない? バーカバーカ」
とたんに子供達が僕の周りに集まって、からかったり素直に喜んだり笑い転げたり。
赤毛の綺麗なエルダも、長めの銀髪を後ろでまとめたルチアも、シルヴァーナだって無邪気に笑ってる。
小さい子達は単に『僕も一緒に魔法を習う』と、そのままに捉える。
でも少し年長になれば、地球人は強力な抗魔結界を持つがゆえに魔法を使えないので魔法を習っても意味はない、と理解出来る。
かなりトンチンカンな提案だ、と言いたげな顔で大人達は寄ってきた。
「えーっと、ユータよお。
お前はオーク以上に魔法が使えないんだから、習っても意味はねーんじゃねえか?」
「あなたの役目は抗魔結界を以て暴走する魔力の渦に踏み入ること。
魔法を使えるようになるのは、その希有なる能力を捨てることを意味します。
賢明な判断とは思えず、また実行可能とも思えません」
「まあ、習いたいっつーんだったら、止めることもねーと思うが……」
いや、別に口にしてもらわなくてもいいですよ。自分でも分かってますから。
それでもあえて口にしたんです。
「まあ、そうとはオモうんですけど。
でも、せっかく魔法のジュギョウがあるんだし、もしかしたらボクでも使える魔法があるかもしれないから。
イッショに学ばせてくれませんか?」
魔王様は、僕の言葉に深く頷いてくれてる。
「うん、別に習うのはいいんじゃないかな。
魔法が使えるか否かは別として、知識として持っておくのはとても良いことだよ。
それじゃノエミ君、あとは君にお任せしていいかな?」
「はい、承知致しました」
敬礼で応えるノエミさん。
城内の元皇国軍中、唯一の女性であるため全員のお母さん的地位にある彼女も、この申し出を笑顔で受け入れてくれた。
「それじゃみんな! 今から早速授業開始です。
魔導師エルフの皆さんに、ちゃんとお願いしなさい」
僕はデンホルム先生をはじめとしたエルフ達へ、改めて頭を下げる。
子供達も僕の姿を見て、慌てて「おねがいしまーっす」「はじめましてー」と挨拶をする。
ふう、どうやら上手く行った。
と、横を見たら姉も一緒になって頭を下げてた。右耳に耳打ちしてくる。
「……考えたわね」
「ナニが?」
「あんたも一緒に習うって言えば、ガキンチョ達も異種族のエルフを怖がらずに授業を受けれるでしょ」
「まあ、ね。そこまで上手く行くとは思ってなかったけどね。
ところで、ネエちゃんも受けるの?」
「あんたばっかり格好つけさせるわけにはいかないでしょ」
ンなこと気にしなくても。
というわけで、子供達も僕達も魔法の授業を受けることになった。
僕ら姉弟はエルフをはじめとした異種族と子供の間を取り持つ、というのが主たる目的。
でも、僕はやっぱり本気で魔法を習いたい。
無理とは分かってるけど、やっぱり空は飛べるようになりたいなあ。
リィンさんと一緒に空でデート。ンでもって盗賊団とか現れたらファイアーボールでなぎ倒すのだ。
そしたらもう、頼りない弟扱いするのはやめて、惚れ直してくれるに違いない。
うーん、夢なのだ。
次回、第十四章第四話
『妖精に箝口令は意味がない』
2011年10月26日00:00投稿予定




