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大よくじょう

 扉をくぐれば脱衣場、むしむしとした湿気が既に漂ってる。

 冬の夜、外の冷気を遮断する二重の磨り硝子。

 新しいガラスを入れる際に二重にしてもらったそうだ。磨り硝子は女性陣の希望。

 男の子達は歓声をあげながら服も脱がずに浴槽へ飛び込もうとする。けどバルトロメイさんはじめ保父達が片っ端から捕まえる。


「ダメよー、久しぶりだからって慌てちゃあ!」

「こらこらー! ちゃんと服を脱いでから入るんだ!」

「走るんじゃないぞ、滑るからな」


 男の子12人と保父達は、それでも待ってましたと服を投げ捨てるように脱ぐ。僕だってワクワクしてしょうがない。

 みんなで裸になって浴室に飛び込めば、おーすごい!

 ドワーフの大工達によって応急修理された巨大な浴槽には、湯気が立ち上るお湯が一杯ですねー。

 子供達は制止も聞かず、というか走るなとか言ってた大人達自身が次々と風呂に飛び込んでいきます。

 ざっぽーん、どっぱーん、と景気の良いお湯飛沫。僕だって負けじと飛び込みます。



 ようやく、待ちに待ったお風呂ですよ。

 このル・グラン・トリアノンにもお風呂はあるにはあったんです。

 でも去年、子供達の暴走で壊れてそのまんまでした。


 小トリアノン宮殿や各所の離宮にも風呂はあります。

 魔界では地球みたいに各家庭に風呂があるわけではなく、公衆浴場がメイン。

 家に風呂を持てるのは金持ち貴族だけ。水事情が一番の理由。

 で、子供達は城を出れないので離宮の風呂は使えません。保父達も異種族ばかりの離宮まで風呂のために行くことはできません。

 城の各種族はケンカはしないけど、気を遣うのは確か。

 第一、離宮は遠い。

 そんなわけで、今までは井戸水を汲み上げて布で体を拭く、という毎日でした。

 いやー、ようやくですよ。日本人として風呂は外せないのです。


 バッシャバッシャとお湯を顔にぶっかける。

 この真冬に熱い風呂に入れるなんて、本当に魔法って素晴らしい。便利さで科学に劣りませんね。

 保父達が魔力で汲み上げポンプを動かし湯を沸かしてくれました。

 彼らは元皇国兵士、しかも結構な数が士官学校出身のエリートだったそうだ。

 士官学校で魔法学を叩き込まれてるので、高い魔力と魔法技術を身につけてる。

 風呂がいくら巨大でも、ポンプを動かして一杯にしてお湯にするくらい楽々だって。

 いや~、魔法って便利だな。応急修理だけでも素敵な風呂が楽しめるようになりましたよ。


 でも、残念なのは男しかいないこと。

 インターラーケンは混浴だったのになー。

 皇国ではアンク教とかいう教会の教えで、混浴なんてけしからん、と教えられてるのだ。

 おのれ神め、やはり敵か。

 ま、ル・グラン・トリアノンには女性といえばノエミさんくらいしかいない。美人ではあるんだけど、もうオバサンなんだよね。

 残りは姉ちゃんと44人の小さな女の子達。

 別に残念でもないや。


 ところでバルトロメイさんは……普通に風呂に入って子供達の世話をしています。

 どうやら女っぽい言動ではあってもホモではなかったようです。よかった。

 でも目つきや手つきが、いやいや考えすぎだ。


  バッシャーン!

「ぶほぉっ!?」


 あ、頭から冷水がっ!?

 仰天して慌てふためき振り向けば、長い栗毛でソバカスの男の子。手には手桶、赤い目がニヤニヤ笑ってる。


「こ、こら! ヴィート、なにしやがんだ!」

「へっへーん、ぼさっとしてんのが悪いのさー!」

「こ、こんにゃろ!」


  ザッパーンッ!

 ヴィートが持ってた手桶を奪い、お湯をたっぷりすくって頭からぶっかけてやりました。

 栗毛がビショビショ、キョトンとした赤目がパチクリ。


「や、やったなー!」

「ふふん、ボサッとしてるヤツがわぶふぉっ!」


 今度は右からぶっかけられた。ヴィートとまとめて。

 右を見れば、大人も子供も一緒になって手桶を構えてた。


「や、やるかー!」「望む所だぜ!」「こんにゃろー!」「ギャハハッ! たのしー!」「くらえ、Una pioggia pesante!」「おのれー、野郎共! 土嚢積みで鍛えた陣地構築術を見せてやれ!」「ふはははは、甘いぞ貴様ら! 俺の魔法の前にそんな」


「遊ぶなああああああああっっ!!」


 ノエミさんの怒声が風呂場に木霊する。

 お湯をぶっかけあってふざけまくる男共に一喝。全員でシュンとなっちゃった。

 僕も手桶で前を隠しつつ素に戻ります。

 む、他の男達は前を隠さない。ノエミさんも素っ裸で並ぶ男達相手に、全く恥ずかしがらないし怯まない。

 なんて肝っ玉母さん。





 そんなわけで、大人しくなった男達男の子達はササッと風呂を終え、女性陣と交代です。

 脱衣場を出れば、ミュウ様やノエミさんをはじめ、女の子達が既に並んでました。

 みんな早く入りたくて、イライラしてたようです。特に姉ちゃんが。


「あんたら、何を遊んでんのよ!

 こっちは寒い中ずっと待ってンのに」

「あう、ご、ゴメン」

「なーなー、ユータ」


 後ろから呼ばれて振り返れば、相変わらずの長い黒髪をなびかせるシルヴァーナ。緑色の瞳が見上げてくる。

 う、うーん、この二ヶ月は他の子と同じく普通に接してる。接してるんだけど、なんか苦手なんだよな、この子。

 真っ白な肌が眩しい美少女だけど、言動は男っぽくて荒っぽい。すぐ手も出る。

 おまけに唇まで、ううむ、思い出すだけでも恥ずかしい。

 やっぱり苦手だ。前とは違った意味で苦手だ。


「ん、んと、ナニかな」

「いいお湯だったか?」

「あ、うん、スゴくいいユだったよ」

「そっか、いい湯だったんだ……んじゃ、一緒に入ろうぜ」


 一瞬、セリフが右から左に抜けていきました。

 たっぷり五秒くらいフリーズかかってたと思います。

 で、セリフがようやく理解出来たらこんだおしんぞうぎゃばけぼけしゃちゃ、いや、心臓がバクバク言い始めました。

 いきなり何をいいますかあんたー!


「ミュウ様とキョーコ姉ちゃんとノエミおばさんだけじゃ、チビ達面倒見きれねえ。

 暴走起こったら大変だから、手を貸せよ」

「あ、そ、そーゆーことか……なんだ、ビックリした」

「……何考えてたんだよ、このバカ!」


 スネを蹴られた。子供の蹴りとはいえ、痛い。

 でもま、それも納得の理由。女の子達は44人、年長組とでもいうか、チビ達の面倒を見れそうな女の子は、シルヴァーナとスザンナとオリアナかな。数人くらい。

 ミュウ様は魔王一族だけど、大した力をもってない。ちょっと魔法が上手いという程度の、普通の人。

 ノエミさんと姉ちゃんとミュウ様の三人だけじゃ手に余るかも。

 だったらメイドの妖精さん達……もう夜更けなので夜番の数人だけしかいないな。彼女たちも夜の仕事があるし、頼めないかなあ。

 だ、だからって、この風呂にはジュネヴラの風呂屋みたいな湯浴み衣もないのに、一緒に入れって、えーと、女の子達ってホントに子供だし、姉ちゃんはどーでもいいし、ああノエミさんがいた。うん、ノエミさんはマズイ、一緒に入るとまずい。

 うむ、ナシだな。その選択は無しだ。

 と思ってたら、そのノエミさんに腕を掴まれた。


「何をしてるの? 手伝ってくれるなら早く入ってちょうだい」

「え?」


 周りを見れば、男の子達も保父の男達も女の子も、誰もいなかった。

 思索に没頭しすぎて、皆に置いて行かれたようです。

 んでノエミさんはといえば、シャツとズボンだけの身軽な服装。髪も後ろにまとめてます。

 その後ろにいるミュウ様もシルヴァーナも、金髪の眩しいスザンナや男の子みたいな短い銀髪のオリアナも、薄着になってます。

 ノエミさんの後ろから、風呂に飛び込む女の子達の黄色い声が聞こえてきた。


「小さい子達を先に入れるから、早く来てちょうだいな」

「ああ、なるほろ、服を着たままね。

 そーゆーことですか」


 つーわけで僕も濡れて構わない服装になり、ちっちゃな女の子達を風呂に入れます。

 男の子達と同じく、まーはしゃぐはしゃぐ。それも人数は四倍くらいで世話する大人と年長の少女の数は少ない。

 手が足りません。


「ちょっとお! ちゃんと頭も洗いなさい!」「きゃあ! みずかけちゃやだー!」「わあー、石けんぶくぶく、おもしろーい!」「ねーねー、お湯で洗濯したいなあ」


 走り回り浴槽で泳ぎまくるるチビ達を捕まえて、頭からお湯をぶっかけ石けん付けたタオルで全身ゴシゴシ。

 嫌がる子供も容赦なし。

 ミュウ様達大人三人も、シルヴァーナやスザンナやオリアナも、全身ずぶ濡れになりながら子供達をお風呂に入れました。

 うむむ、ノエミさんの濡れた服が胸に張り付き、豊満なバストが、うむむ、大人の女性の魅力が。リィンさんとは全く違う魅力が。

 ミュウ様は、顔だけじゃなく体格も少女みたい。ピッタリ服が張り付いた体のライン、胸はちょっと膨らんでて腰もささやかにくびれてて、僕と同年代といわれても納得。

 姉ちゃんは……残念胸ンとかなんとか、何も言うまい。


 なにはともあれ、いいお湯でした。

 やっぱりお風呂はいいねえ。人類の文化の極みだよ、うん。





 さて、次の早朝。

 小トリアノンから出勤してきたメイド妖精達が、朝一番でミュウ様に率いられざざーっと手際よく洗濯物を集めて大浴場へ。

 まだ暖かい残り湯をつかって、オシャベリしながら洗濯です。


「いやー、助かったわ。

 こんだけお湯があると、しかも寒い外にでなくて済むし、洗濯が楽で良いねえ」

「ほんとほんと!

 手があかぎれしないし、腰も楽だし、風呂が直って良かったわ」


 話す内容は、七色の羽を輝かせる妖精であろうと、タダのおばさん。

 その中にいるリィンさん、全然違和感がありません。

 えっちらおっちらシーツの山を運んでくる僕へ、容赦なく威勢の良い声を投げつけます。


「こらー、ユータあ!

 もっとチャッチャと運んできなさいよ!

 そんなへっぴり腰じゃ、恋人として恥ずかしいじゃないの!」

「ん、んなことイわれても~」

「それと、あんたの服も持ってきなさいよ、洗っとくから」


 クスクスと笑うミュウ様は、洗濯の手もオシャベリのための舌も止めません。


「あらあら、ユータ君はすっかり奥様に仕切られてるんですね」


 よ、余計なことを言わんでください!

 妖精のおばさま達が、さらに盛り上がっちゃうじゃないですか!


「あれまー、ユータんトコはカカア天下かい?」

「すっかり尻にしかれちゃって、大変だねえ」

「ま、妖精の尻なら軽いから、乗せるのも楽でしょ」

「軽すぎてベッドじゃ激しく動きすぎてるンじゃないの?」


 うわあ、なんて下ネタ下品すぎる。

 あんな可愛い外見してるのに、中身は見事なおばちゃんすぎる。

 なんの話ですか一体、そ、そんな、あうあう。

 恥ずかしいのでシーツの山を浴室に放り出し、さっさと風呂場を出ます。

 後ろから笑い声の合唱、まったく、いつもからかってくるんだから。

 僕らは真面目なお付き合いをしてるんです!


次回、第十四章第三話


『魔法の夢』


2011年10月22日00:00投稿予定

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