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決算期

かくして後編開始です。

騒がしくも穏やかで暖かな日々を過ごす彼らですが、時は進みます。

昨日と同じような今日でも、全く同じ日はありません。

そして明日も穏やかという保障はないのです。

 僕らが魔王城に来て二ヶ月が過ぎた。

 魔界に転移してからは、あくまで腕時計が示す地球の暦に従うなら、約五ヶ月。


 時が経つのは早いもので、真っ暗な窓の外はヒラヒラと小雪が降ってる。

 石造りの城は本当に寒い。なにせ石だから、冷たい外気が石を伝わってきてる。地球で言うならコンクリ剥き出しのビルにいるようなもの。

 一応は各部屋には暖炉もあるし、大きな絨毯を床にも壁にもかけたりしてる。カーテンも分厚い。けどまあ、寒いもんは寒い。


 でも窓ガラスが割れまくってた魔王城だったが、ガラスくらいは新しくなった。城の各所にも応急修理が入った。

 おかげですきま風も減り、暖炉の炎が暖かい。外に比べれば天国。

 そんな広い部屋の中、陛下の横に浮いてるマル執事長からの報告が続く。


「……というわけで、暴走件数はこの一ヶ月で僅か三件。

 いずれもキョーコ様とユータ様により速やかに収束されています。

 とくにこの二週間に至っては、一件の暴走も認められていません。

 子供達の負傷は二ヶ月前にエルダが重傷となって以来、長く大きな傷を負う者がおりません」


 執事長の隣にいるエルフが、テーブルに置かれた宝玉から壁に様々なデータを映し出す。

 内容はこの数ヶ月の城の状況だ。

 全ての折れ線も数値も最近になるほど低下の一途を辿ってる。

 数字や線が示すものは、子供達の暴走件数、城の被害状況、子供同士のケンカ、保父達の間のトラブル、城外の離宮や庭園にいる他種族からの苦情、といったもの。

 すなわち、城がどれだけ荒れているか、平和になったかを示すデータだ。

 暖炉の横に立っていたヒゲ面で背の低い者達、ドワーフの職人達の中から一人が一歩前に出る。

 腰に付けた金槌やら釘入れやらがジャラジャラと音を立てる。


「子供達がヤンチャしたり、暴走をおこさねっから、城の修理も簡単に済ませれたよ。

 これでこの冬くらいはしのげらあ。

 風呂もようやくつかえるでな。

 春までこの調子だったら、本格的な修理にとりかかろうと思ってるだね」

「ありがとうございます、トリオール親方。

 リズネール親方とラヴィッツァ親方も、他の親方達も、春の大規模な普請に協力を願います」


 執事長の言葉に大工達は「んむ」「まかしときー」と気軽な返事を返してくれる。

 魔王陛下は椅子から立ち上がり、エルフとドワーフ達に軽く一礼した。


「ご苦労様でした。

 それではまた来年も、よろしくお願いします」

「魔王様も、良いお年をのお」「なんかあったら呼んどくれー」


 エルフとドワーフ達は、別にひざまずいたりはしてないけど、彼らなりの敬意を示して部屋を出て行った。

 陛下も特に彼らの態度を気にすることなく、手を振って見送る。


 データにあった通り、城は目に見えて平和になった。

 荒れてた頃の姿をあまりみていない地球人の僕らだけど、この一年の数字を見るだけで事情は分かる。

 僕らが来る前と後では、全ての数字が全く違ってるからだ。

 そもそも、こんな夜更けにエルフやドワーフという子供達の見知らぬ人達、というか異種族が城内を歩き回ってもトラブルにならないようになった。

 以前なら、僕らが城へ来た初日のように、姿を見ただけで何人もの子供がパニックになり暴走を起こしたろう。

 そのうちの何人かは自滅して死んだろうことは想像に難くない。



 魔力炉の子供達は56人。

 男の子は12人、女の子は44人。女の子の方が圧倒的に多い。

 実は、インターラーケン戦役で救出された時点では二百人くらいいて、男の子の方が多かったらしい。だが、その後の暴走で次々と死んでしまった。特に男の子の死亡率が高かった。

 暴走は精神的に大きな傷を負った子供達ほど頻回に起こす。その規模も大きくなる。

 感情をコントロール出来ず、ストレスに弱い子供ほど、激しく暴走する。

 そして、男の子の方がストレスに弱かったし、怒りと憎しみに容易く心を捕らわれてしまい、どんどん暴走を起こして死んでいった。

 結果、女の子の方が多く生き残ったんだ。


 生き残った子供達も、目の前で友達の死を見せつけられ、悲しみにくれた。

 次に暴走を起こして死ぬのは自分か、と怯えていた。

 おまけに城の外は悪魔と教えられた魔族ばかり。自分達を助けてくれるのは同じ人間族、元皇国軍の保父達と強大な魔力を持つ魔王陛下のみ。

 城から出れば死ぬ、魔族は人間を見つけたら殺して食べてしまう、このままでもいつ死ぬか分からない……そんな追いつめられた想いが子供達の心をさらに絶望させた。

 これじゃあ悪ガキになるのも当たり前だ。



「君達のおかげだよ、キョーコ君、ユータ君」


 大きな食卓、その上座に座りなおした魔王陛下は満足げ。

 食卓の反対側に座る僕と姉は、誇らしいけど恐縮してしまう。

 でもテーブルの両側に並ぶノエミさんをはじめとした保父達は、ウンウンと頷いてくれる。陛下の背後に並ぶ妖精執事達だって頷く。

 ノエミさんは席を立ち上がり、話を続ける。


「恥ずかしがることはないわ。あなた達のおかげで、この城を修理することも出来たのですから。

 この二ヶ月、二人の協力により子供達の暴走を安全かつ速やかに抑え続けるることが出来ました。

 子供達の負傷は軽くなり、城への被害は減り、陛下も私達も魔力を節約することが出来ています。それも大幅に、劇的に、です。

 おかげで子供達は死への恐怖から解放され、心安らかとなり、暴走の発生回数それ自体が著しく低下したのです。

 城を修理する余裕など、夏までは考えられませんでしたわ」


 他の男達からも拍手があがり、「いやあ、本当によくやってくれてるよ」「お前ら、すげえわ」なんて賞賛の声と指笛が飛んでくる。

 いやほんと照れくさいやら誇らしいやら、どうしていいのか分からない。照れ隠しに頭をボリボリかくばかり。

 姉ちゃんは素直にふんぞり返って鼻高々。この図々しさというか図太さは羨ましい。



 ここは城の大食堂。

 今は手空きの保父さん達と陛下が集まって会議中。

 そろそろ年末だというので、今年一年を総括してみるんだとかなんとか。この辺の感覚は地球と同じだった。

 雰囲気としては学校の職員会議みたいな感じ。

 実際、今の魔王城は子供達の家であり学校であり病院なんだから、それも自然なことなのかも。

 でも信じられないのは、僕もその会議に列席していること。

 その上に褒められるだなんて、慣れてなくて、なんだか落ち着かない。

 黒のカーディガンを羽織ったノエミさん、食卓を囲む人々の顔を見渡す。


「この分なら、故郷からやってくる人達を驚かすことが出来ますわ。

 皇国へ帰る者達も安心して出立することが出来るでしょう。

 来週の交代式は華やかに出来そうですわ」


 その言葉に、しんみりとする人がいる。嬉しそうに笑う人もいるし、何とも言えない複雑な顔をする人も。

 て、来週の、交代式?

 故郷から帰ってくる? 皇国へ帰る?

 なんですかそれ、聞いてませんよ。

 姉はキョトンとして腰を浮かせた。


「あの! 交代って、何のことですか!?

 皇国から来るとか帰るとか、聞いてませんよ!」


 さらに上手になった姉の魔界語は、僕の意見質問も代弁する。

 姉の発した質問には、皆で気まずそうに目を逸らす。

 ノエミさんはコホンと咳払い。息を吸って僕らへ顔を向ける。


「実は、あなた達と子供達には秘密にしていたのです。

 子供達を動揺させるわけにはいかないし、あなた達に予め話すことはないと思いまして」


 む、失礼な。

 いまさら皆で隠し事だなんて。

 僕だって城では人並み以上の仕事をこなす重要な任にあたってるし、魔界語は上達して自由に話せるようになったんだ。。

 言いたいことを言ってもバチは当たらないと思う。

 今こそビシッと言わなくてはいけないと思い、僕も立ち上がる。


「バカにしてもらっては困ります。ボクとて子供ではありません。

 それに二ヶ月だけとはいえ、皆さんとクラクを共にしてきたと思っています。

 そのボクと姉に話せないリユウとは何か、セツメイして欲しいです」


 うーん、我ながらビシッと言えた。

 魔界語だって格段に上達して、ほとんどネイティブに喋れるぜ。

 僕も魔界に来たばかりの頃は単なる高校生に過ぎなかった。けど、今は立派に社会で働く大人だと思ってる。

 社会人としての自覚が出てきたって気分。

 そして僕の発言に、ノエミさんは申し訳なさそうな顔で頷いた。


「そうですね、無礼なことをいって申し訳ありません。ちゃんと最初から説明しましょう。

 私達が皇国から来た亡命者なのは知ってますね?」


 姉と二人で頷く。

 その辺りの事情は城へ来る前に大方聞いてある。

 皇国と魔界の40年にわたる戦乱、去年の夏に起きた皇国によるインターラーケン奇襲作戦、救出された魔力炉の子供達と亡命した兵士達。

 目の前にいる保母保父は、元皇国軍人だ。


「皇国と魔界はかつて、インターラーケン山脈の東西に築かれた二つの要塞で睨み合っていました。

 西は魔王第七子ベウル=ポルスカ司令官が守るヴォーバン要塞、東は魔王第一子ラーグン=パンノニア司令官が守るトリグラブ山です。

 この二つの要塞の城壁を挟んで、長く魔界と皇国は小規模な小競り合いを続けてきたのです。

 皮肉なことに、戦場が限定されたことで紛争も小規模になり、戦費も戦死者数も圧縮されて平和で豊かな時代が続いたのです。

 ですが同時に両陣営の強固かつ重厚な防衛ラインに阻まれ、完全に交流は断絶していました」


 うわ、戦史の解説が始まっちゃった。

 ううむ~、それはそれで興味あるんだけど、長くなりそうだなあ。

 と思ってたら保父の一人が声を上げてくれた。


「ノエミ、それを最初から語り出すと時間がない。

 手短に結論だけ話そう」

「そうですね、失礼しましたわ。

 結論として、今は両要塞が放棄され、インターラーケンのセドルン要塞も新たな前線として加わり、戦線が長大になったのです。

 このため両国の国境ラインは曖昧になり、国境警備も場所によっては手薄になり、両国間の行き来がある程度可能になりました。

 なので、私達は故郷に帰ることが出来るし、一度は魔界へ亡命したけど間者として皇国へ潜入した者達が報告に魔界へ戻ることも可能となりました。

 皇国から新たな亡命者を受け入れることも、です」

「ヨウサイを、放棄? 戦争にマけたのですか?」

「いえ、違うのです。

 先のインターラーケン戦役に我らトリニティ軍が投入した新兵器の数々、これまでの戦の概念を全く変えてしまうものだったのですよ。

 このため、今まで通りの要塞防衛は不可能となり、攻め落とされ大損害を出する前に砦を捨てた、というわけです。

 あ、トリニティ軍というのは、皇国のインターラーケン侵攻軍につけられた名です」


 よくわからん。

 その辺の説明をしてもらうと、長そうだな。

 説明してくれる人というと先生だけど、三日くらいかけそうだ。

 話が長すぎる。隣で姉もイヤそうな顔してる。

 やっぱり簡単に説明してもらおう。


「それで、結局、コウタイというのは?」

「ええ、交代というのはですね、間者として魔界に潜入していた者と、私達の中で一旦故郷に帰りたい者が、入れ替わるという話です。

 もちろん全員ではありません。

 もともとここで保父をしているのは、故郷に帰っても家族がいないとか、魔界での生存が明らかになると親類縁者に迷惑がかかる者達ですから。

 ごく一部、そこの数人だけですよ」


 そう紹介されて立ち上がった男達6人。

 申し訳なさそうな顔をする彼らだけど、送り出す方は拍手したり、「頑張れよ」「役人とかに見つからないようにな」「女房寝取られてても泣くなよー」なんて声をかける。

 故郷への帰還、決して楽な話じゃないんだな。


「そして皇国で故郷の家族と会ったり、諜報活動を終えた者達が戻ってくるのです。

 彼らが再び保父として働くか否かは彼ら次第ですが、ともかくルテティアには帰ってきます」


 なるほどね、それで交代というわけか。

 あれ、まてよ?

 なんか引っかかるというか、忘れてることがあるような?

 首を捻ってる横で姉が口を開いた。


「あの、それで私達姉弟に秘密にしていた理由は、なんですか?」


 ああ、それだそれ。結局、理由が説明されていないんだ。

 コホンと咳払いしたノエミさん。大きく息を吸ってから改めて語り出す。


「えと、別にあなた方を信頼していないとか無視しているわけではないんです。

 子供達に知られたくなかったのですよ。

 何人かでも皇国へ帰るというのは、子供達に寂しい思いをさせてしまいますから。

 あの子達にとっては『見捨てられた』という思いを生むのでは、と。

 そして、やはりあなた方お二人は年若く、子供達に漏らしてしまうのではないかと」


 むー、本当に失礼だな。

 まあ、確かに僕は他の人に比べて年は若いですけど、秘密くらい守れますよ。

 姉と二人で渋い顔。

 さすがにノエミさんも気まずそうにしてる。


「そ、それにですね!

 これは魔界と皇国、人間族と魔族との長きにわたる戦乱の歴史によるものなのです。

 ですがお二人は異邦人、この戦乱とは無縁な存在です。

 なので、戦乱に関わる話をするのは、無意味に心乱すことになるかと考えまして」


 まあ、確かに。

 魔界にいる以上は無関係とはいかないけど、基本的に人間族と魔族の根深い対立は僕らには分からない。

 魔界で魔王陛下に雇われてる身だし、ルヴァン王子しか地球帰還のあてがないから、僕らは魔界寄りの立場と言える。

 正直、この数ヶ月で魔界の人達と仲良くなれたし、彼らと戦うなんて冗談じゃない。

 だからって皇国には恨みも縁も何もない。

 皇国の人間と戦うなんてことは、僕らには必要ないし有り得ない。

 つか、僕らに戦う力は無い。戦争に巻き込まれるなんて論外。


「ネエちゃん、そういう事情なら、しょうがないんじゃない?」

「あんたは素直すぎよ!

 もうちょっと疑問を持ちなさいよ」


 このバカ、と姉の目が言ってます。

 でも僕の全てを諦めて受け入れる性格は、あなたのせいですと断言出来ます。

 だって、あなたみたいなトンでもないワガママ暴君を姉に持ったおかげで、どんな理不尽にも耐えれるようになりましたから。


 ともかく、来週には皇国から新たに人間族が来るわけだ。

 そして新年が明けたら6人が入れ替わりで皇国へ帰る。

 ふむ……正直言うと、魔界と皇国の戦乱にも少し興味あり。関わる気は無いけど、教えて欲しいな。

 他にも会議で幾つかの議題が出て、早速明日から実行に移されることになった。


 どうやら大きな変化が起きそうだ。


次回、第十四章第二話


『大よくじょう』


2011年10月18日00:00投稿予定



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