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元修道女

「うっひょー!

 ミュウ様の手作りアップルパイじゃねーか!」


 強気そうな釣り目のイラーリアさん、ミュウ侍従長の美味しそうなパイに顔をほころばせてる。

 泣きそうな目のサーラさんも、コック長の作ったピザの香りを楽しんでる。


「ふぅあ~、すっごい良い臭いのチーズ……美味しそう、ですね、あ、ありがとうございます」

 

 小柄で泣きそうな見た目に相応しく、気の弱そうなオドオドしたしゃべり方なサーラさん。

 一番背の高い、笑ってるような目をしてるのがヴィヴィアナさん。年齢も一番上らしく、リーダーって感じ。


「いつもありがとうございます、バルトロメイさん。

 せっかくですし、今すぐ食べたいですわ」

「あらあら、ダメよお。演奏前は控えめにしなきゃね。

 故郷の味が懐かしくても、演奏が終わるまで我慢なさい」


 コック長が持ってきてたのは差し入れの食べ物。

 なるほど、同じ皇国出身のバルトロメイさん、しかも料理人。皇国料理をいつも差し入れに来てたのね。

 それで誰も不審に思わず、スルリと通してくれるわけか。



 彼女たち三人は、パオラさんと同じ皇国の元修道女。

 オルタのマテル・エクレジェ女子修道院で修道女をしていて、魔界の真相を知ったため教会に殺されかけ、魔界に亡命してきた人間の女性四人。その残り三人。

 リーダー格で、笑ってるような細い目で、長い赤毛の人がヴィヴィアナさん。オルガン奏者。

 強気そうな琥珀色の釣り目で、栗色の髪が綺麗なのがイラーリアさん。リュートというギターに似た楽器を使う。

 一番小柄な、泣きそうな目の女の子がサーラさんは、どもり癖がある。小型ハープ奏者。

 彼女たちはマテル・エクレジェ女子修道院で神学校に通っていて、読み書きも魔法も人並み以上に身につけてる。

 その中でも特に修練を積んでいたのが聖歌隊。皇国の教会では音楽が重要な意味を持つらしい。

 彼女たちの楽器は修道院から持ち出した聖具で、強力なマジックアイテム。それを扱うために強い魔力も身につけたそうだ。



「……でも、聖歌を歌って神を讃えて皇国の英霊を弔っていたのも昔の話です」


 自己紹介をしてくれるヴィヴィアナさんは、遠い目をして身の上話をしてくれる。

 その話にイラーリアさんは「けっ!」と吐き捨てる。


「皇国の神は、ぜーんぶでっちあげの嘘っぱちだって思い知らされたんでな!

 今じゃあ、魔王様を讃える歌を歌い、魔界の色んな連中を勇気づける曲を奏でてるってワケさ」


 元修道女とは思えない、男っぽいしゃべり方をする人だ。

 サーラさんはサーラさんで、すっごい自信なさげなしゃべり方。これでよく皇国からの亡命なんて思い切ったこと出来たなあ。


「ひ、必要とあれば、わ、たし達も、戦場に、立ちます。

 私達のお、音、楽は、武器にだって、なるんで、す」


 まあ、確かに軍隊には鼓笛隊やら音楽隊やらいるけど。

 それに宝玉を大量に付けた楽器だから、音波兵器じみたことも出来るとは思う。

 でも気弱を絵に描いたようなサーラさんに出来るのかなあ?



 そんな話をしてたら、「おっほん」という咳払いが響く。

 振り向けば、タキシード姿のライオン頭さんがイライラした様子。

 あ、いけない。もう開演時間が迫ってるんだ。


「あらあ、すいませんわね、支配人。

 すぐに出ますわね」


 手を振って早足で舞台を降りるバルトロメイさん達。

 僕らも後を追いかけ、ささーっとエントランスに到着。

 客は既に劇場内に入りきったらしく、もうエントランスには警備のワーウルフとワーキャット、それに掃除のオークしかいない。

 さてさて、開演まで時間が無いわけです。でも僕らはそろそろ先生と合流して、魔王城へ帰らないと。

 うーん、一曲くらい聴けないかな?


「ネエちゃん、ちょっとだけでもキけるかな」

「そうね、一曲だけなら。リィンもいい?」

「うーん、大丈夫とは思うわよ」

「そうだぜ、せっかく来たのに彼女達の歌を聴かずに帰るのは、ありえねえぜ」「あの娘達は城へもたまにくるけど、次はいつかわかんないぞ」「魔王様だって、少し遅れたくらいは大目にみてくれるさ」

「というわけだわね、んじゃ入るとしましょ!」


 なわけで、ちょっとだけ行くことにした。

 ザワザワと騒がしい声が漏れてくる大きなドアをくぐるかと思ったら、階段を上がって奥の特別席へ。

 警備のワーウルフさんがドアの前に立って警備してるよ。こんなとこ入っていいのかな?

 でもバルトロメイさん達はチラリと招待状を見せて、当たり前に入っていった。なので僕らも入る。


 席は個室で、ベランダかテラスみたいな構造。薄暗い観客席を見渡すと、同じような個室席が壁面にズラリと並んでる。全て満室のようだ。

 階下は一般席か。様々な種族の熱気が渦巻いてる。巨人族が最後列や壁際に並んでるのは、前に立たれたら後の人が見えないからか。

 薄暗くてよく見えないけど、なにやら、同じような服装の人達が、声を合わせて叫んでる。なかでも目立つのは、巨人達の劇場を揺るがすような轟き声。一斉に「チャロちゃーんっ!」と……あ、もしかしてさっきのドラムの巨人女性。

 他にも個室席のベランダに垂れ幕が下がってる。「リムニー様、こっち向いてー」とか、「Allons-Y Parisiorum」とか、意味のよくわからないものも混じってる。まあ『頑張れパリースィオールム』くらいの意味だろう。

 姉ちゃん、なんかベランダの手すりに齧り付いて興奮してる。


「うわー、すっごーい! ホントにコンサート会場にキたって感じだわ」

「マサにコンサートホールだよ、チキュウとオンナじなんだね。こーゆーのって」


 そうこうしてるうちに、ライオン頭の支配人が客達へご挨拶。

 客席側のライトが消され、しばしの静けが会場を包む。

 そして、ファンファーレみたいな音楽と共に、ついに開幕!

 大歓声と花吹雪紙吹雪が舞台を覆い尽くす。

 そして、奏でられるのは荘厳なクラシック……かと思ってた。

 中世ヨーロッパみたいな楽器を持ってたから、やっぱりケルト音楽かなとか予想してた。

 でも、実際に演奏されたのは、違う種類の音楽。というか、これって音楽?


 叩きつけるように弾かれるオルガン。

 高速リズムを刻むドラム。

 優雅とはほど遠い勢いで弾かれるハープの弦。

 金切り声を上げるコウモリ羽女性のコーラス隊。

 脳震盪起こすぞってくらいに振り回されるイラーリアさんの頭。あれでよくリュートを弾けるなあ。 

 つか、このリズムとか、ノリって、まさか……。

 バルトロメイさん達は、全身でリズムにノリながら解説してくれた。


「すっごいでしょお!

 これぞ、皇国の教会が秘伝とする呪怨曲、『Metallo di morte』よ!」

「死の鋼って意味さ! 本来は戦場で敵を呪い殺すための、祭壇奥に封印される禁断の曲だぜ!」

「でも、音楽としてちゃんと弾けば、この通りだよ! くぅー! 相変わらず魂が震えるねえ!」


 解説してくれるけど、曲がうるさくてロクに聞こえないって!

 な、何これ!? これが音楽!? 魔法世界で、魔界首都で、伝統と格式がありそうな劇場で演奏するモノなの!?

 てーかこれ、あれじゃんか!


「メタルじゃないの!?」


 微かに聞こえた、姉の絶叫。

 そうそれ、メタルって奴だ。クラブだかライブハウスでやってる、あのとんでもなく激しい音楽。

 まさか、こんな所で聴けるとは、つか、なんて場違いにもほどがある選曲なんだ!


「きゃー! やかましー!」


 リィンさんはぴゅーっと廊下へ逃げていった。

 静かなインターラーケンの田舎から出てきたばかりな彼女じゃ、刺激が強すぎだ。

 妖しく刺激的に腰を振り、腹の底から歌声を張り上げる元修道女の三人……どこが元修道女なんだという気がする。

 いや、元だからいいのか。





 鼓膜を破るかのようなメタルから劇場前まで逃げてきた僕ら。

 あー、凄かった。リィンさんはまだ耳を押さえてるよ。


「な、何よあれ~、あんなのが皇国の音楽なの? 信じられないわ」


 それは確かに。

 封印された呪怨曲とかなんとか言ってたけど、あんなのも修道院で練習してたのか。修道女って言ってたから、聖歌を予想してたんだけど。

 姉ちゃんの方は、なんだか感動してる。


「すっごいわあ。

 敵国に逃げてきて、あんなに立派に頑張ってるなんて!

 きっとあの子達のおかげで、ルテティアでは人間が嫌われないようになったんだわ」


 それも確かに。

 酒場の店主の話なら、彼女達のおかげで人間の歌が流行にすらなったんだ。

 でなきゃ、僕らは酒場の前で殺されてたかも知れない。


「ホントウだねえ。

 でも、それはともかく、そろそろカエるとしようよ……あ、そのマエに」


 先生と合流しようと古本市の方へ向けた目の端に映ったのは露店。ポスターみたいなのを沢山ならべてる。

 多分あれだ、と思って近寄ってみれば予想通り。パリースィオールムのポスターが大小並べられてた。





 そんなわけで、古本市でいまだに本に張り付いてた先生を半ば無理矢理ひきずって、南駅舎で待っててくれた竜騎兵のディルクさんを見つけ、城へ帰ってきた。

 危ない危ない、日暮れ直前だった。交代時間に遅れる所だった。

 魔王陛下にお礼をして交代、夕方からの子守に入る。

 でも今日は仕事前に、子供達に配るものがあった。


「えっと……パリースィオールムのポスター、カってきたんだけど、どうかな?」


 テーブルに積み重なってるのは、パリースィオールムのメンバーが描かれた錦絵みたいなやつ。木版画よりは綺麗に印刷されてるし、デザインも幻想的で気に入った。

 せっかくなのでお土産にと買ってきた。ルテティアで頑張ってる人間族だし、城へもたまに来てくれてるそうだからと、あの三人娘の姿を特にチョイスしてる。

 でもひねくれた子供達だし、仮にも魔王城で大事にされてる子達だから、この程度で喜んでくれるかな……と不安。


「あー! ヴィヴィアナねーちゃんのだー!」「ミュシャの絵じゃんか! すっげー」「これはサーラちゃんのだ、これもらったー」「待ってよ、イラーリアちゃんの、あたしも」「独り占めすりゅなー、びょーどーだぞー」「何が平等よ、背中に何を隠してるの!?」


 一気に飛びついた子供達、先を争って奪い合う。

 露店の中でも一番上手に見えた絵をまとめ買いしたけど、こんなに気に入ってくれるとは。

 あっと言う間に消えてしまった。

 全員に行き渡ったかなー、と思って見まわす。と、手に何も持たず立ってるのはシルヴァーナ。

 他の子達のポスター取り合いを仲裁してる彼女は、自分の分は手にしていない。

 あの子は相変わらずほっそりとしてて、緑色の目が綺麗で長い黒髪は艶やかに光ってる。

 子供達の中では年長組、お姉さんらしく自分の分は譲ったのか。

 それなら、と彼女の横に歩み寄る。


「シルヴァーナ、これはキミのブン」

「え?」


 澄んだ声と共に、僕が手にしたポスターを見つめる。

 自分用にとキープしてた物だけど、まあいいや。

 目を丸くした彼女は、僕の目とポスターを何度も見比べる。


「あ、ありがと……」


 控えめに、恥ずかしそうに受け取った。

 モジモジとしながら頬も染める。元々が卵形の頭にツンと通った鼻筋の美少女。

 良かった。最初に殴られて以来、ずっとよそよそしい態度だったけど、これで印象は改善したかな。

 ふと気付けば、後でノエミさんと他の保父さんがニヤニヤとこっちを見てる。


「あらあら、なかなか気が利くわね。意外と女の扱いに慣れてるのかしら?」

「ボーヤかと思ったら、抜け目ねえヤツだぜ。将来は大物になれるぜ」

「へ、ヘンなことをイわないでくださいよ!」


 まったくもう、何かというと全て色恋につなげるんだから。

 こちらはそういうの、慣れてないんです。からかわないで下さい。

 なんてやってる間に、厨房からミュウ王女はじめメイド妖精達が料理を運んできてくれる。

 さーさ、お仕事お仕事。子供達の夕ご飯があるんですからね。





 夜。

 昼は天気良かったけど、日暮れから雲が増えてきた。降りそうかな。

 もう冬だから、夜になると寒さが厳しい。

 子供達は暖かい布団に入ってお休みの時間。でも僕ら保父は夜間も交代で巡回です。恐い夢をみたからと暴走することもあるので。

 各部屋を回って子供を寝かしつける……まだ寝ずにキャッキャと笑ってる子達とか、こっそりベッドを取り替えて遊んでるとか、「……トイレ」とかいって起き出してくる子とか。

 夜だからって、なかなか静かに寝てくれません。


 崩れかけの巨大な城の中、ランタン片手に廊下を歩いてると、目の前に小さな人影。

 誰かな、と思って光をかざしてみれば、シルヴァーナだった。白いネグリジェの上にカーディガンを羽織ってる。

 思わず「トイレ?」と言いそうになったけど、お年頃の女の子にンなこと言ったら、また殴られそうだ。でかかった言葉を飲み込む。

 なにやら後ろ手にモジモジしてる彼女、やっぱりトイレかな?


「どうしたの?」

「あ、あの、ユータ……これ!」


 バッと突き出してきた彼女の手には、大きめな紙がある。

 何かと思えば、絵が描かれてた。

 ランタンの光に浮かび上がる、黒髪と黒い瞳の男性像、て、コレ僕?


「もしかして、ボクのエ?」


 顔が赤く見えるのは、ランタンの光のせいだけじゃない。恥ずかしくて真っ赤になってるんだな。

 そっか、お昼のお礼か。やれやれ、どうやら仲直りできたみたい。

 素直に受け取り、じっくり見てみる……なかなか上手い。それに、なんというか、かなり美化して画かれてる気がする。

 僕はこんな格好良くなかったと思う。

 嬉しくなって彼女を見ると、モジモジしながらまだなにか後ろ手に隠してるみたい。


「そ、それと……これ」


 おずおずと合わせた手を小さな胸の前に差し出す。

 何かを手の中に隠してるらしい。


「ん、ナニ?」

「ちょ、ちょっと、こっちきて」

「うん、近寄ればいいのかい?」

「そう、それで、よく見て……欲しい」

「ウィ」


 言われた通りに歩み寄り、その手に顔を近づけてみる。

 するとシルヴァーナは手をひらいた。

 でも、小さな白い手の上には、何もあるように見えない。

 キョトンとしてから彼女の顔を見た。


 すぐ目の前に、彼女の閉じられたまぶたがあった。

 一瞬のことで、何が起きたのか分からない。

 でも唇に柔らかい物が触れているのだけは、はっきり分かる。


 シルヴァーナの唇が、僕の唇と重なってる。


 言葉を失い硬直する。

 彼女は、暗闇の中ですら明らかに分かるほど真っ赤になってる。

 ゆっくりと、音もなく唇を離したシルヴァーナ。


「あ……ありがとうな。

 暴走したときに助けてくれたこと、今日の絵も、ありがとうな!

 今のはお礼だよ!」


 そういって彼女は走り去っていった。

 僕はといえば、もう頭が真っ白です。

 なんですかコレ、なんでこんな連続で唇を奪われるんですか?

 僕は今、モテ期なんですかモテ期なんですね!?

 で、でもでも、もうリィンさんとお付き合いすることに決まっちゃってるんですけど……。


 神は僕にどうしろと言うんですか!?

というわけで、すっかりと魔界での恋に仕事にと忙しくなった姉弟。


特に裕太は美女と美少女に囲まれて嬉し恥ずかしな毎日に身悶えているようです。



しかし時は冷酷に流れゆき、穏やかな日常を望む人々を押し流すことも珍しくはありません。


その時は着実に背後へ忍び寄って来ています。誰にも気付かれぬまま、着実に。




というわけで、この回をもって物語は起承転結の承が終わり前編が終了です。


おまけの用語集を挟み、計二週間の間を空けてから次回より後編開始となります



おまけ②


『用語集』


2011年9月30日00:00投稿予定

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