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取り調べ

 テントの印象は、簡単に言うとサーカスのテントって感じ。

 中央にはテントを支える柱が二本、それを支えるロープやらなんやらが張られてる。

 柱には幾つかの光るクリスタル、照明器具だろう。

 地面には絨毯が敷き詰められ、あちこちに机や椅子や木箱、沢山の書類に書物も山積みされてる。

 他にも何だか分からない器具やらなんやらがキチンと整理されて置かれてた。

 で、テント中央の柱近くには、木製の簡単な机と幾つもの椅子が向かい合わせで並べられている。仮設の会議室、といった雰囲気。

 では、今目の前にいるのは会議のメンバーだろうか。

 少なくとも、僕らを解剖しようとか調理しようとかいう様子はなかった、よかった。


「な、何なのかしら、この人達?」

「やっぱり偉い人達、ということだよね?」

「でしょうけど……髪や目の色とか耳とか違うし、種族はバラバラじゃない?」

「だね。

 どうやら人種の垣根は無いんじゃないかな」


 僕らの目の前には、何人もの人が立っていて、それぞれに僕らを観察している。

 何かを話しかけてくるんだけど、やっぱり何を言ってるのか分からない。こっちの言葉も通じない。

 ジロジロと、上から下までじっくり観察される。

 こちらとしては、かなり不安だし気持ち悪い。

 彼らの姿形は人間に近い。けどやっぱり人間じゃないらしい。


 一番背が高いのは、耳が長いから恐らくエルフの男。

 でもちょっと長いと言うくらいで、普通の面長な外人さんに見えなくもない。長い髪は青い。

 上等そうな青いマントを羽織り、黒メガネをかけていて、何かをブツブツと呟きながら眼鏡をクイクイなおしてる。


 その隣にいるのは赤い目の、すっごい巨乳の美女。耳は長くないので、本当に人間みたいだ。

 長い金髪が優雅なカールを描き、赤いドレスは胸元が大きく開けられてて、ボヨンボヨンな胸の谷間が強調されてる。

 足もすらりと長く、スカートに開けられたスリットから白い素肌がのぞいてる。

 けど、やっぱり人間じゃ無さそうだ。

 何故なら、首から胸元にかけて、青黒い模様が青い光を放ちながらウネウネ動いていたから。

 脇腹を小突かれた、姉ちゃんが肘をぶつけてきてる。


「ちょっと、鼻の下を伸ばしてんじゃないわよ!」

「ん、んなコトしてないよ。

 僕は、この人の胸の模様が気になって」

「嘘ついてんじゃないわ。

 でも、確かにこの人の胸の模様……後ろの男の子の腕と同じものなんじゃ」

「あ、そういえば」


 チラリと後ろを向けば、例の男の子が腕組みしながら僕らを後ろから睨んでる。

 その腕の模様と、目の前の女の胸、確かに同じ種類のものに見える。

 そういえば、隣のエルフの男、青い髪だけど……あ、やっぱりだ。

 青い髪が光を放ってるように見える。どうやらこの人の場合、青黒い模様が髪にあるんだ。

 ということは……最初の魔導師さんもか?


 僕は、多分同じ考えに至った姉ちゃんも、男の子の横にいるブサイク魔導師さんを見てみる。

 すると、よく見ればこの人の目、僅かに青い光を放ってる。

 やっぱりそうだ。

 この青い光を放つ青黒い模様、これが偉い人の証らしい。


 そしてこの四人、普通におしゃべりしてる。何かを相談しているらしい。

 何度かさっきと同じように、僕らに向けて魔法を放ったようだけど、その結果はこれまでと同じだったようで、そのたびに再び会話を始める。

 全員が同じような地位にあるのかも。


「ユータ、もしかしてこの模様って、貴族とか王族とかに共通するのかしら?」

「そうみたいだね。

 もしかして、支配者の証か何か、かな?」


 青黒い模様が何なのかは知らないけど、とにかくその四人全員が高い地位にあるのは分かった。

 そして一番背の高い、青い髪に黒メガネのエルフさんがリーダー的地位にあるのも。

 その人が何かを話すと残り三人が頷き、すぐに周囲の獣人へ何か伝えたから。

 獣人達は、僕らの荷物をテントの中央に持っていき、中身を机の上へ並べ始めた。

 その扱いは非常に慎重で丁寧。

 やっぱり彼ら全員が相当に知能の高い、そして組織化された連中なんだな。

 でも、デリカシーは無かったらしい。というか、僕らの羞恥心とか社会常識が通用しないだけかもしれない。

 だって、僕と姉ちゃんの下着まで、丁寧に一枚ずつ並べられていったから。


「姉ちゃん、いまだに子犬プリントの下着、持ってたの?」

「うっさい、ラッキーアイテムなのよ!

 この変態! ジロジロ見てンじゃないわよ!」

「ブラのパットも、あんなに……てことは家の中でまで」


 ずむ、という鈍い音と共に、足の甲に姉ちゃんの踵がめり込んだ。

 僕の声にならない悲鳴と悶絶をチラリと見る周りの連中だが、その手は休まず荷物を広げ続ける。

 机の上には僕の黒いトランクスと、ピンクで子犬がプリントされた姉ちゃんのショーツも、シワまで伸ばされて陳列されてしまった。

 そして、寄せ上げブラや底上げ用のパットまで……ということは、あれを引いた分の胸のサイズは、ペッタンコ。

 ちょっとは女らしくグラマーになった、と思ったら、家の中でまで見栄を張ってただなんて。

 真っ赤になった姉ちゃん、公開処刑されてる気分だろう。

 ホントなら殴りかかってでも奪い返したいだろう。けど、さすがに剣を持った兵士に囲まれてるから、そんなことは出来ない。


 僕のバックパックからも荷物が引っ張り出される。それらはかなり大量にある。

 姉ちゃんの荷物とも合わせると相当な数で、他のテントからも机が運ばれてきて、ズラリと並べられた。

 何故に僕の荷物が多いかと言えば、旅行に必要な物品のうち、重くてかさばる物は全部僕の背中に押し込まれたから。

 父さん母さんは年だし、姉ちゃんは女の子だし、男の子はこれくらい持てて当然よねえ……という家族会議の結論で押しつけられたのだ。


 情報機器関連は、小型ノートPC,足踏み式のPC充電器とバッテリー、ソーラー発電式携帯充電器、変圧器、ガイドブック数冊、大量の大容量SDカードとUSBメモリー、充電式の電池もある。

 なにしろ一ヶ月もの長期旅行。四人で撮影した動画と写真だけでも桁外れの量になる。

 姉ちゃんは『ブログ更新用に必要なの!』とか言って、リアルタイムでの記録編集にこだわった。

 そして旅先でもバッテリー切れとか起こさないよう、充電器や電池もたっぷり。

 とにかく父さんは長期旅行に憧れがあったようで、その手の本を読みまくり、山のような荷物をかき集めてきた。

 雪男でも探しに行く気か、と突っ込みたくなるような無駄な荷物が、全部僕の背中に……重かった。

 他にも携帯プレーヤーだの携帯用高度・温度計とか、旅行用グッズが満載だ。

 その結果、僕の荷物が肩に食い込むほど重くなった。

 もちろん僕の抗議は一切無視された。


 他にも簡易医療セット、パスポート、航空券、日本円とユーロなどの現金、キャッシュカード、非常食のカロリーメイト、ペットボトルの水、十徳ナイフ、辞書など。

 もちろん衣服、洗剤、歯磨きセットに紐にと、日用品もギュウギュウに詰め込まれた。

 姉ちゃんの方は化粧品とか日焼け止め、暇つぶし用の本や携帯ゲームとかも。



 さて、彼ら四人をはじめとした幻想世界の住人達の興味は、荷物へと移った。

 沢山の妖精獣人も集まって、ワイワイガヤガヤと調べまくってる。

 今、僕らは数名の警備兵に囲まれてるだけ。イスに座らされての放置状態。

 その警備兵も、僕らはとりあえず危険無し、と判断したようで、あくびして気を抜いてる。

 だからといって逃げる気にはなれない。

 何故なら、逃げてもどこへ行くというあてもない。

 どうやったら帰れるのか分からない。


「僕ら、どうしてこんなトコに来ちゃったんだろう……」

「というか、日本に帰れるの?」

「さあ……?」

「なによそれ!?

 はっきりしなさいよ、シャンとしなさいよ!

 帰りたくないの!?」

「帰りたいよ!

 帰りたいけど……父さん母さんも心配してるだろうけど、どうやったら帰れる?」

「そ、そんなの、そんなの知らないわよぉっ!」


 拳を握りしめて叫ぶ姉ちゃんだけど、もう泣き出してる。

 僕も溜め息をついて肩を落とす。

 全く、状況は絶望的だ。

 どうしてここに来たのか、どうやったら帰れるのか分からない。

 ここの人達が僕らをどうするのか分からない。けど逃げる当てもない、というか山林の中に逃げたら食べ物もないし、猛獣に襲われるかも。

 荷物を全部奪われたけど、殺されないようだから、とにかくここにいるしかない、という有様。

 唯一の期待は、ここの人達が僕らを丁重に扱ってくれてる、ということだけ。


「ねえ、ユータ」

「なんだよ」

「異世界トリップの定番だと、現地の人達は科学技術にビックリして『神だ、奇跡だ!』とかいって私達をあがめ奉ったりするんじゃない?」

「そうだね」


 改めて、僕らの荷物を調べる人達を見てみる。

 確かに、非常にビックリしてる。

 服を手にとって肌触りを確かめたり、カメラの映像を食い入る様にみてたり、ガイドブックを取り囲んで内容を読もうと努力している姿もある。

 が、別に奇跡だ何だと騒いでるわけじゃない。

 珍しい物に興味津々だが、僕らを『神の使いだ、奇跡の勇者だ』なんてもてはやす様子はない。

 レーザーガンまで持ってるのに、僕らが持ってる電子機器程度で驚くはずもないか。

 他にどんな定番があったか、思い出してみる。


「他にも、異世界に飛ばされた時に特殊な能力を与えられてて、何かの危機に会うと能力が目覚める……とか」

「……なんか、目覚めそう?」

「……別に」

「あたしもだわ」


 体には何も変化無し。

 どこかに変な印や謎の文字が書き込まれたり浮き出てくる様子もない。

 それは姉ちゃんも同じらしい。


「あとは、科学の知識を活用して、異世界で大活躍……とか?

 歴史マニアや軍オタが軍師になるって話も多いかなぁ」

「そんな大した知識、ある?」

「受験勉強の知識でよければ。

 あとは、マンガとゲームとTVと」

「それって、役に立つ知識?」

「まさかぁ」


 肩をすくめる僕に、姉ちゃんはチッと舌打ちして軽蔑する視線。

 そういわれても、どうしようもないじゃないか。

 ケンカもろくしたこともないってのに。

 剣はおろか、包丁すらまともに握ったことはない。


 科学知識を活用するのも無理がある。

 この世界の文明レベルが、僕らの受験勉強レベルな科学知識でOKというほど低いとは見えない。

 飛行船も銃もあるんだから。


 つか、まず言葉が通じない。

 話が通じないのに、軍師として兵達に指示を飛ばしたり科学知識を教えたり出来るもんか。


「んで、姉ちゃんはどうなんだよ。

 何か役に立ちそうな知識はないの?」

「あたしも似た様なものね」


 はぁ、どうしようもなさそうだ。

 姉弟の二人揃って、心の底から溜め息をつく。

 出来ることと言ったら、僕らの荷物を囲んでワイワイガヤガヤやってる人達を眺めることくらい。

 そしてその中でも、例のリーダーっぽい黒メガネなエルフさんの周囲が騒がしい。

 あの人が手にしてるのは……ガイドブック。

 遠目でよくわからないけど、あれはイタリアのガイドブックだ。

 イタリアのガイドブックを手にしたリーダーエルフを囲んで、沢山の人達が相談だか討論だかしてる。

 あ、みんなチラチラとコッチを見てるぞ。


 黒メガネのエルフさんが手を振ると、一人の妖精が文字通りに外へ飛んでいった。

 そしてすぐに戻ってきた。女の子を連れて……外で見た銀髪の女の子だ。

 年は僕と同じくらいに見える。急いで走ってきたらしく、肩で息してる。

 テントに入るとき、何か挨拶みたいなのをしながら深々と礼をした。そして僕らの方へも軽く頭を下げてくれた。

 釣られて僕らも軽く礼をする。


 銀髪の女の子は、リーダーさんに呼ばれて人垣の中へ走ってく。

 そしてガイドブックを見せられて、目を丸くしてる。

 何か話しながら、忙しく頭を横に振ったり縦に振ったり。

 物珍しげに紙の材質を指先で確かめながら、ページを進めていく。

 しばらくして最後の方のページになった時、何か驚いて叫び声を上げた。

 何人もの人が山積みされてた書類や本の中から、丸めた紙と本を持ってくる。

 ガイドブックと、持ってきた紙・本を机に置き、頭を寄せて必死に照らし合わせる。


「姉ちゃん、なんでイタリアのガイドブックを見て驚いたのかな?」

「し、知らないわよ!」


 もの凄い不機嫌な姉ちゃんがイライラしながら叫ぶ。

 ソワソワモジモジしてる。

 さらに話しかけようとする前に銀髪の女の子が目の前にやってきた。

 女の子の隣には、黒髪黒目の男の子がついてきてる。

 小さな手にはイタリアガイドブック、男の子と後ろの部下達には本と紙、じゃなくて動物の皮みたいなもの……羊皮紙ってヤツか。

 男の子と何かを話をした銀髪の子は、一歩進み出て青い眼を僕らに向けた。

 コホン、と可愛い咳払い。

 そして、たった一言を口にした。


「……Buonasera」


 僕も、ソワソワしてた姉ちゃんも目をパチクリ。

 高速で視線をお互いと女の子の間で往復させてしまう。


「……え」

「え、え?

 ユータ! 今のって……えええっ!?」


 二人して言葉を失ってしまった。

 何故なら、今の言葉の意味を知っているから。

 もちろん日本語でも英語でもない。けど、旅行を始めてしばらくは、夜になるたびにその単語を聞いた。

 そう、イタリア旅行でローマやミラノに居たとき、観光から帰ってきた僕ら家族を宿の受付の人が出迎えてくれた言葉。


 Buonaseraヴゥオナセーラ、イタリア語で『こんばんわ』という意味。

 確かに今は夜、テントの中はライトで照らされてる。

 間違いなく、今は『こんばんわ』の時間。

 と、いうことは!


「ね、姉ちゃん!」

「ユータ! い、今の、イタリア語よ!」

「やったぞ!

 イタリア語なら通じるんだ!

 姉ちゃん、さあ! イタリア語で何かしゃべって!」

「あたしがしゃべれるわけないじゃない!

 ユータ、あんたがしゃべってよ!」

「僕だってしゃべれない……よ?」

「って、ちょっと待ってよ、ということは……」


 言葉が通じない、という事実に何にも変わりがない。

 思わず二人して、地面にガックリと倒れ込んでしまった。


次回、第一章第七話


『地球』


2011年2月20日01:00投稿予定

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