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姫様達

 さてさて、そろそろお腹が空きました。

 歩き回ってたら、いつの間にやら太陽も高いです。

 お昼ご飯はなににしようかな、と皆でドワーフ居住区を歩いてます。

 僕らはリィンさん以外はエルフの格好で歩き回ってるけど、すれ違うドワーフ達は誰も何も言ってきません。

 どうやら、本当にルテティアでは種族間の争いは少ないようです。

 昼食を考えながら歩きつつも、先生の街案内は続きます。


「……というわけで、街灯のおかげで夜間の治安も良くなったんだ。

 街道を管理する道路管理官には道路行政の一環として、街灯の夜間点灯任務が課せられている。

 ところが、街灯を点灯する役人達が、その周囲の店主から勝手に金銭を徴集することが公然の秘密でね。

 ほら、例えばそこのショース屋(股引やタイツを売る店)ではショース一着とか、焼き肉屋からは……」


 魔法世界に築かれた魔王直轄都市だけあって、様々なものが魔法で動いてた。

 街灯は魔法のランプ。

 井戸から水を汲み上げるのも魔法の水車、みたいなもの。

 たまに馬もオークも何もいないのに走る車があった。魔法の力で動く車だ。

 田舎町なインターラーケンでは見れなかった珍しいものばかり。僕と姉だけじゃなく、リィンさんも「へー、ほー」と感心しっぱなし。


 他にも、街道の交差点では楽器を奏でる楽団がいる。

 なにやら大声で説教をしてるリザードマンの人もいる。何かの宗教だろう。

 宙に舞うヒラヒラの紙を見事な剣捌きで紙吹雪にしてしまうワーウルフ。

 秤のようなものの前に座るゴブリン。両替商かな。

 お菓子や焼き肉、焼き魚に薬草、様々な物が店でも露店でも売られてる。歩きながらお菓子を売ってるオークも。


 ドワーフ居住区とゴブリン居住区の間を走る大通りを歩いてるんだけど、歩く人々はドワーフとゴブリンだけじゃない。角の立派な巨人や、ライオンみたいな人や、見たこともない種族も一杯。

 空を飛ぶ鳥人達の翼も白黒茶と様々、コウモリ羽の人達も人間型だけじゃなくゴブリン型やワーウルフ型と色々。

 本当に珍しい光景、まさにファンタジー世界。


 それにしても不思議だな。

 これだけの種族がいるのに、どうして言葉は共通なんだ? 方言程度の差しかない。

 もちろん何かの理由があるんだろう。けど他にもやることや学ぶことは沢山あって、そんなの気にする余裕がないや。

 今の僕らに出来るのは、この街の映像を撮ることくらい。

 姉のローブの袖からは、カメラのレンズが密かに光ってる。

 地球産のカメラなんて目立つ品をおおっぴらに出せないから、こっそり盗撮だ。

 もし将来、この映像を調べる人が現れたなら、その人に言語の疑問も任せよう。


「さて、話はこれくらいにしようか。

 本屋は後にして、そこの酒場で食事でも」


 ガッシャーンッ!


 目の前の酒場らしき店から、何かがひっくり返る音がした。

 ドワーフ居住区の角、表通りに面した大きな三階建ての店、その最上階のベランダから何かが降ってきた。

 ドカンッ、と派手な音を立てて砕けたのは酒樽。中の酒がぶちまけられ、アルコール臭が一帯に漂う。

 道行く人々は足を止め、建物の窓からは何だ何だと顔を出す。

 飛んでいたゴブリン風の黒翼人が降りてきて、窓の奥をのぞいた。と思ったら、慌てて飛び去っていく。


 ……ちっくしょーっ! 男なんて、おっとこなんてえーーっ!!

 ねーちゃんやめニャよー! 飲み過ぎだってばー!


 魂の叫びと共に、今度はナイフや皿が飛び出してきた。

 通りの人達は頭を抱えながら降ってくる食器を避ける。そこかしこから「うわ、また姫様か」「あ~あ、困ったお方だねえ」なんて囁き声が聞こえる。

 姫様?

 男なんてー、と叫ぶ姫? ねーちゃんってことは姉妹?

 というか、あの女性達の声は、聞いたことが……ここはドワーフ街区にあるドワーフの店で、姫という事は、って、まさか!?


「あー! ユータじゃないのーっ!?」


 顔を隠して回れ右しようとしてた僕の背中に、あの姫の声が突き刺さる。

 知らんぷりをしようとしても、もう遅い。僕に周囲の人々の視線も突き刺さってる。

 恐る恐る振り返れば、予想通り。

 三階のベランダから身を乗り出して、酒瓶を振り回すフェティダ王女の姿があった。

 見事な赤ら顔、見事に酔ってる。


 む、無視するわけにもいかない。

 深呼吸して気を落ち着け、可能な限り平静を装って振り返る。

 そして手を振り替えそうと上を見上げれば、何かの影が視界を塞ぐ。

 それは、三階から飛び降りてきた王女様。

 そのままの勢いで、周囲の目も一切合切無視して、僕に抱きついてきたあっ!?


「ひぃっさしぶりじゃないのおー!

 もぉー、たまには会いに来なさいよおー!」


 女性とはいえ三階から飛び降りてきたら衝撃が凄い、と思ったらフワリとした感じ。『浮遊』の魔法で飛んできてたらしい。

 そしてポヨンポヨンなフェティダ王女の胸に抱き締められて、顔が神秘の谷間に埋まっちゃって、ほおおわあああ。

 し、しかし酒臭い。この前よりさらに飲んでるな。きついアルコール臭が目の前の口から漂ってくる。


「ちょ、ちょっとフェティダさま、イッタイどうしたの?」

「もー、どうもこうもないわよお!

 いい男がいないのよ、あたしと結婚してくれる男がいないのよお~。だからネフェルと飲んでたのおっ!」


 飲んだくれ姫が飛び降りてきた部屋を見上げれば、ニャハハーと笑ってるネフェルティ姫も杯を持った手を振ってる。

 笑ってないで助けて下さいお願いします。


「魔王一族に相応しい男を、ドワーフ族の長として元締め達の同意を得られる相手を、とか言ってさあ、そんなこといってもさあ、だあれも私とベッドでイッてくれないじゃないのお~

 ちっくしょー、ヘニャチンどもめ。口先ばっかりで大事なときにタたないだなんて、それでも男かあー!?」


 と、とんでもなく生々しいセリフ。

 助けを求めて周りを見れば、ニヤニヤしてたり吹き出したり視線を逸らしたり。

 どうやら、この街の人達は慣れてるらしい。姫の暴走に。

 その姫様は酒瓶片手に見事なクダを巻き続けてる。


「なによなによおその、ヒック、かあわいそうな可憐な少女を見る目はあ~。

 どーせあたしのこと、バカにしてんでしょ? おめーなんかには一生結婚は縁がないよ、とか考えてるんでしょーが!」


 げ、こっちに絡んできた。つかさっきから腕も足も僕に絡みついてる。

 しかも、相変わらずのパワーだ、とても引きはがせそうにない。

 そ、それどころか、首に巻き付いた腕が腕が苦しいい~。

 どこが可憐な少女だー!


「ところでえ、あなたはここで何をしてるのお~?

 あー、もしかしてえ、あたしに会いに来てくれたあんだあ~。

 やーん嬉しいなあ!」

「違いますわよ!」


 リィンさんの叫びが響き渡る。

 彼女の細腕が、王女様から僕を引き離そうと頑張る。

 そこでようやくお付きのドワーフ達がやってきて、「あー、王女様、ボーヤからかうのもその辺にしときなって」「ほらほら、困ってるじゃあねーか」と間に入ってくれた。

 今までにないほどの怒りに顔を歪めたリィンさんが、なんと王女様に食ってかかる。


「ユータは、たまたま買い物に街へ出てきただけです!」

「あらあらあ、水くさいわねえ、アタシに黙って買い物だなんて。

 何を買いに来たのお?」


 別に、買い物するのに姫様へ伝える必要は無いと思うんだけど。酔っぱらいに言っても無駄か。

 触らぬ神にたたり無し。ここは適当に誤魔化して、さっさと立ち去ろう。

 同じ結論に至ったらしい先生が、コホンと小さく咳払いして前に出た。

 うやうやしく頭を下げ、礼儀正しく話し出す。


「フェティダ王女、ご機嫌麗しゅう。

 本日は、ユータ達と共にルテティア見聞を兼ねて家具を買いに参った次第です」

「そうですよ。

 ユータったら、あたしに指輪も買ってくれたんですよ」


 自慢げに、小さな胸をエッヘンと誇らしげに反らせるリィンさん。

 だが、嫌な予感。

 そのセリフは絶対に余計なセリフだったと思う。

 未だに僕に抱きついたままの姫様が、耳元でドスの効いた声を囁いてくる。


「……ゆーたぁ?」

「ななんで、しょか?」

「あなた、まさか、そこの妖精さんとお~……良い仲なの?」

「あ、ああ、あの、えと……」

「そうなんですよ!」


 断言したのはリィンさん、でもやめて今は言わないで。

 この状況で、今のフェティダ様にンなこと言ったら、とんでもないことに。

 間違いなく、予想外のとばっちりが僕に来るってばー。

 でも、ドワーフ達と共に姫様を引き離そうと必死な彼女は、気にせず畳みかけてくれる。 


「ユータは、あたしと口吻を交わした仲なんですっ!

 それにフェティダ姫殿下に色目を使うような、恐れ多い無法者ではありません!」


 ぎゃあああ、なんて事を口走ってくれるんですかあ。

 いくら必死だからって、そんな事を叫ばないでお願いだから。

 あああ周囲の視線が生暖かいいいい。

 そして、その言葉を聞いた姫様は、赤ら顔のままながら真顔に戻した。


「あなた、妖精の娘と契りを交わしたの?」


 ち、ちぎりって、契りってえーっと、えっと……ぎゃあ、そんなまだですよ。

 うう、でもここはもう緊急避難と納得するしかない。

 でないと、姫の抱擁で背骨を折られそうだ。

 ギリギリと締め上げられる肋骨を必死で動かす。


「そ、そうです! ボクは、リィンさんと、キスしました!」


 ううう、周囲の視線が生暖かさを増している。ニヤニヤしたり呆れたりされてるのは分かってるけど、もうどうしようもない。

 これで諦めてくれれば、命は助かる!


「ふぅーん、あなた、妖精でも良いんだ。

 種族、違うけど?」

「ぼ、ぼ、ボクは、シュゾクのチガいとか、キにしないです!

 そんなの、ノりコえます!」

「あー! そーなんだあ! 他の種族でもいいんだあ!

 良いこと聞いちゃったあ!」


 言うが早いか、姫様の腕が動いた。引きはがそうとするリィンさんや部下のドワーフ達をものともせず、僕の頭をガッチリと捉える。

 そして、唇を奪われた。

 避ける暇も何もない。

 ぶっちゅー……という色気を超越した音が街中に響き渡る。


 沈黙。

 硬直。


 姉も先生も、リィンさんもドワーフの部下達も、周囲の人々まで呆気にとられてる。

 ハリウッド映画でも見たこと無い熱烈キスが、僕の唇も舌ももてあそぶ。


 きゅぽんっ!


 瓶の栓が抜けるような音と共に、姫の唇が離れていった。

 吸われたのは空気と、僕の魂。

 なんか、頭が、真っ白。

 その上、体を肩に軽々と担ぎ上げられてしまった。


「あははは、これでおあいこだわね。

 と、ゆーわけでリィンとやら。私もユータの恋人に立候補しちゃいまーっす!

 さて、さっそく最後まで頂いちゃおうかしら。

 これ、酒場の主よ。一番良い部屋を用意せ」


 ズボッ、という景気のいい音。

 僕を部屋に連れ込もうとしていた姫の口に、いつの間にか降りてきてたネフェルティ様が持ってた酒瓶が華麗に突っ込まれてる。

 ゴク、ゴク……と豪快に喉が鳴る。


「くう~、きっくぅ……」


 まさにオッサンなセリフを吐いた姫は、白目を剥いてぶっ倒れた。一緒に僕も道に放り出される。

 そして姫はスースーと寝息を立てて、大の字で道にひっくり返ってる。

 酒瓶を姫の口に突っ込んだ猫姫様は、大汗をかいて一息。


「さすが名酒、『竜殺し』だよ。魔王一族だってイチコロだにゃあ」


 というわけで、酔いつぶれた姫様は部下のドワーフ達にエッサホイサと運ばれていった。

 魂を抜かれた僕は、リィンさんの声と姉の往復ビンタで正気を取り戻す。

 そして先生は、まさに『リア充爆発しろ』と言いたげな憎しみに満ちた目で見下ろしてきてた。

 恐い視線だけど、先生のような勝ち組イケメンに嫉妬されるって、ちょっと優越感。

 どうやら酒場の店主らしいドワーフが手を貸してくれて、ようやく立ち上がれた。


「いやあ~、おめえさんも災難だったなあ。

 まさか皇国から来て、こんな目に遭うたあ思わなかったろ?」

「ホント、に、スゴイめに、あいました……?

 て、コウコク?」

「おめえさん、皇国から来た人間族だろ?

 ほら、その耳」


 言われて気が付いた。ローブがめくれて頭が剥き出しだ!

 リィンさんも姉ちゃんも今頃になって気付き、慌ててフードをかぶり直す。

 人間族は、魔界では天敵であり恐怖の象徴。つまり僕らも皇国と人間族への憎悪をぶつけられる。

 恐怖に身を縮め、周囲を確かめる。


 だが、石を投げられることはなかった。

 罵声も飛んでこない。

 周りの人達は「あら、人間だったのか」「城の連中だな」「やれやれ、街がさらに騒がしくなるねえ」と囁き合うが、それだけだ。別にパニックになったり逃げ出したりもしない。

 それどころか、興味なさげに各自の家や店に戻っていくのがほとんどだ。

 僕も姉もリィンさんも、ルテティアではエルフのフリをするよう助言してくれた先生も、意外すぎるリアクションに呆然としてる。

 その有り様に、ネフェルティ様が大笑いし始めた。


「ニャハハハハ……! もしかして、人間とバレたら殺されるンじゃニャいかって、ビクビクしてたの?

 生憎、ルテティアっ子をニャめてもらっちゃ困るんだねえ」


 ガハハハハ、と豪快に笑うドワーフの店主らしきおじさんも楽しげに語り出す。


「こちとら長耳エルフ共に酒を出し、狼野郎共と毎晩ケンカして、吸血コウモリ女に部屋を貸してるんだぜ? 今さら人間くらいでガタガタ言いやしねえよ!

 他の連中も似たようなモンさ。最近じゃシャトレ劇場で人間の歌を聴くのが流行りってくらいなモンさ」


 驚いた。

 種族融和が魔王直轄都市に住む条件とは聞いてたけど、人間まで含めてのことだったなんて。

 しかも『シャトレ劇場で人間の歌を聴くのが流行』ってことは、人間の歌手が街にいるんだ。しかも人気者。

 先生も、最新のルテティア事情を目にして仰天してる。


「ただまあ、この街には物見遊山や行商に来た余所モンも多いからな。

 中にゃあ人間と見るや、いきなり斬りかかる奴がいないとも言い切れねえ。

 やっぱ、耳は隠しといた方がいいぜ。

 ンじゃあな。今日のことは役得と思っとけよ」


 店主は忠告を残して店へと戻っていった。

 ネフェルティ様も背を向けて肩越しにさよならの挨拶。


「あたしはねーちゃんを家まで送ってくね。

 君達もルテティアを楽しんでいくといーよ」


 というわけで、ようやく騒ぎは収まり街は元通りの静けさ、じゃなくて騒がしさに戻った。


 本当に、この街に来てから驚きっぱなし。おまけに姫様に唇を奪われてしまった。

 すぅ……と口に手を当ててみる。

 さっきの感触。リィンさんのときみたいな僅かな一瞬のものじゃない。激しく唇を舐められ、舌を吸われ、強く抱き締められて……。


「何をデレデレしてんのよー!!

 この浮気者おー!」    


 ドカドカと頭にリィンさんの蹴りが叩き込まれる。

 付き合うと決めたその日の内に、浮気者認定されてしまいました。

 僕は今、モテ期ですか?

 それとも厄年なんですか?


次回、第十三章第六話


『Théâtre du Châtelet』


2011年9月20日00:00投稿予定

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