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指輪

「では、よろしく」

「わかったぜ。

 前に選んでもらった品、とっくに綺麗に磨き上げたからな。中古といえど新品同様のモンばかりだ。

 すぐに城へ届けるから、楽しみに待ってな」


 家具職人リズネールの工房では、ドワーフの職人達が木材を切ったり削ったりと忙しく働いてる。

 大きな台座の上でカッターが高速回転したり、ヤスリみたいのが目にも止まらぬ速さで往復したり。台座の各所につけられた宝玉が輝いてるのをみると、魔法を動力にしてるんだろう。

 でも魔法をエネルギー源に使うこと以外は、見た目は本当に木工所。職人がドワーフという以外は地球と大して変わりない。

 親方のリズネールもドワーフ。だけどエルフのデンホルム先生と、普通に取引を済ませた。

 とてつもなく仲が悪いライバル関係の両種族のはずが、そんな様子は欠片もない。


「センセイ、エルフとドワーフはケンカしてるってききましたけど」

「うむ、そうだね。

 正直な所、魔王一族の方々が間に入ってくれねば、口より先に剣と矢と魔法が出るだろう」


 実際、インターラーケンではエルフとドワーフが仲良くしている姿は見たことない。

 といって表だって争うこともなかった。お互い無視、というのが普通。

 商売とはいえ、あんなに普通の対応をしているのは初めて見た。


「でも、イマのオヤカタは、そんなヨウスなかったですけど」

「良い所に気が付いたね。

 以前話したと思うが、魔王一族の直轄都市では、種族間部族間での抗争をしないことが市民権を得る条件なんだ。

 もし争えば、市民権を剥奪され追放される。

 そしてこのルテティアは魔王陛下が最初に造られた直轄都市、ゆえにこの街に数十年暮らし続けている者も多い。

 よって少なくとも表立っては、この街の市民は異種族と争うことはない。むしろ異種族間での商売こそが成功の秘訣として推奨されている。

 事実として、あの親方は種族の区別無く良い家具を造って適正な価格で売ってくれると評判だ」

「へえ~」


 そんな話を聞きつつも、僕らはドワーフ居住区の商店や工房を見物するのに忙しい。

 さすが職人技で有名なドワーフ、食器も家具も武具も、素晴らしいものが揃ってる。 特に目立つ店は、まるで宝石店みたいな雰囲気の店。看板には「CHAUMET(ショーメ)宝玉店」と書いてある。

 窓ガラス越しにのぞいてみれば、確かに宝玉店。ショーケースには様々な色彩を放つ宝石が並んでる。全て術式が書き込まれた魔法のアイテム。

 隣で姉が看板に熱いまなざしを向けていた。


「ネエちゃん」

「び、ビックリだわ」

「ビックリ、て、ナニが?」

CHAUMET(ショーメ)よ……いくらパラレルワールドと言っても、これまであるとは思わなかったわ!」

「ユウメイなの?」

「パリでは有名なシニセ宝石店よ。もちろん扱うのはコウキュウヒン。

 フランスに行ったら、外からだけでもいいから見てみたいと思ってたの……まさか、ここで見れるなんて」


 食い入るように店内へ羨望の視線を向ける姉。

 もう意識が宝石に奪われてしまってる。

 まったく……。


「いっとくけど、ボクらにはカってもイミがないからね」


 無言。

 頭の中では、今なら買えるわ自分へのご褒美よ、なんて思考が渦巻いてるな。


「ネエちゃん、ここにあるのはただのジュエリーじゃなくて、ホウギョクだよ。

 マホウがツカえないとイミないから」

「わ、分かってるわよ!

 でも、でもアクセサリーとして」

「タカいって」

「あ、あたし達のチョキンなら、高くないわよ。

 それに城からのキュウキン、ケッコウ良いガクだったじゃない」

「ま、タシかに」


 というわけで、吸い込まれるように店へ入っていった姉。当然ながらリィンさんも後をついていく。

 しょうがなく僕と先生も店に入る。

 さすが高価な宝玉を取り扱う店だけあって、内装も立派だし警備の店員も屈強そうなドワーフ。だからといってエルフの格好をしてる僕らが追い出されるということはなかった。さすが魔王直轄都市。

 姉は魔法も使えないクセに宝玉へ目を奪われてるけど、買ってどうする気なんだか。いや、身につけて眺めて楽しむんだろうな。

 僕にとっては、アホらしくてしょうがない。

 ツカツカと先生は姉の隣に立つ。


「キョーコ。君は魔法が使えないのだから、術式が書き込まれてないものを選べばよいのではないかな?

 それなら手頃な値段だし、それを使って自由にカッティングを」

「ダメよ、ダメダメ!」


 先生の意見を完全否定したのはリィンさん。姉を挟んで反対側から女性の意見を強く述べてる。


「術式を書き込んでない原石って、シミや傷があって宝玉として使えなかったジャンク品じゃないの。

 そんなの買ったって意味がないわ。女性にとって宝玉は単なるマジックアイテムじゃなくて、自らを飾って女としての価値を」

「これだから女というのは度し難い。

 宝玉とは古来より、魔法を使用するためのアイテムだ。それに装飾品としての価値をも併せるなど意味がない。

 それに装飾品としての機能を持たせると、とても手が出る金額ではなくなるよ。

 また、それを身につけた場合、防犯上の問題からも」

「防犯の話はしてないの!

 女の価値をあげることは、つまり」

「だーっ! うっさいうっさい!

 シズかに選ばせてよ、イマとっても大事なの!

 ああ~ん、ステキだなあ、こんなの欲しかったよ~」


 挟まれてた姉ちゃん、とうとう切れた。

 二人を黙らせて、改めて食い入るようにショーケースを齧り付くように眺めてる。

 一旦は黙った二人だけど、やっぱり左右から控えめに意見をし続けてる。

 さらには店員さんもササッとやってきて、あれやこれやとお勧め品を並べ出す。

 取り残された僕は、ポツーン。


 それにしても、さすがは宝玉を扱う店。他の店とは格が違う。

 建物は頑丈そうだし、警備も厳重。店の前には貧乏人は近寄れない空気が漂ってる。しかしドワーフ店員の物腰は上品で、店内の装飾はカーテンのレースの細やかさから片隅に置かれた彫像に至るまで、逸品ぞろい。

 魔界首都ルテティアの高級店ともなれば、さすがに違う。まあ、他の店でも宝玉は高級なんで一般人には高嶺の花なんだけど。


 この魔法世界において宝玉は貴重品。

 理由は宝石を使うから。宝玉の値段と性能のせいだ。

 魔力を注ぎ込むことで魔法を発動させる術式、それを書き込んだアイテムが宝玉。ただ、サファイアなどの宝石に書き込んでるせいで、極めて高価。

 宝石以外、普通の石や鉄に書き込む品は安い。でもすぐ摩耗して使い物にならなくなる。固い金属でも熱で膨張変形し術式が歪んでダメになる。術式は極めてデリケートなもので、精確に描かないと発動しなかったり誤作動するらしい。

 だから高価な宝石が高級品には使われる。

 なおかつ、生物が生み出す魔力は肉体から放出されると、即座に蒸発して消えてしまう。というか、急激に拡散して薄まってしまう。

 生物以外で魔力を蓄積出来るのは、本当に宝石から造った宝玉だけ。地面に画いたり鉄板に彫り込んでも、術者が魔力を送り込み続けないと発動しない。

 注入した魔力を電池のように蓄積し、自動で魔法を発動し続けるからこそ宝玉は貴重品。宝玉の限界が魔法の限界に直結してる。

 よって、宝玉の質と量が国力に直結すると言って過言じゃない。地球で言うなら半導体やCPUかな。


 それはおいといて、暇つぶしに店内を歩き回る。

 そうだ、リィンさんに何かプレゼントしようか。せっかく、その、お付き合いすることになったんだし、エヘエヘ。

 お金には困ってないんだし、何か綺麗で重すぎないものを……と、なにやらカシャカシャという音がする。

 機械っぽい音に目を向ければ、デスクに向かって何かを操作してるドワーフがいる。

 大量のボタンが並び、一つを押すたびにハンコみたいなのが動き、文字が書き込まれた紙が上から出てくる。

 あ! ワープロ、いや、タイプライターだ!

 この世界にもあったんだ!


「て、テンインさん、それ!」

「ん? あたし?」


 振り向いた口ヒゲの店員。微妙に声が高くて、肌もスベスベできめ細かい。胸も大きかった。

 どうやら、若い女性のドワーフだったようだ。


「それ、そのキカイです!

 それってマホウでウゴくんですか!?」

「え、ああ、これ?

 珍しいでしょ。ドワーフが開発した最新型の印字機だよ。綺麗な字で書類を、慣れれば手書きよりずっと早く書けるの。

 魔法は使わずに動くから、どんな長い書類を書いても魔力を消費せずに済む便利な品ね」

「ほ、ホしいです!

 ミせてクダさい、どこでテにハイりますか!?」

「ルテティアでは、ベルヴィル公園前のラヴィッツァって大工親方が造ってるわ。

 これもその親方の品だけど、見る?」

「ミます、ミせてクダさい!」


 うわあ、嬉しいなあ。

 ノートPCはあるけど、あれは魔界では修理不可能、壊れたら終わり。だから用も無く使いたくなかったんだ。

 魔界でタイプライターを手に入れれば、色んな手紙や書類を簡単に綺麗に書ける。

 いやー、まだ魔界の文字を綺麗に書けなくて、手紙を書くのに抵抗があったんだ。これさえあれば……ん?

 じっくりとタイプライターを見てみれば……んん?

 う……ダメか。

 そう甘くないよなあ。


「何よ、どうしたの?」


 後ろから、僕の様子を気にしたらしい姉の声。

 振り向いた僕の顔、ガッカリしてるのが鏡を見なくても分かる。


「タイプライター……あったんだけど、ツカえない」

「え? タイプライターがあるの?

 どれどれ、どんなのよ、どうして使えないの? 魔法でウゴくとか?」

「いや、モジが……」

「文字って、あんたは魔界語をちゃんとナラって……あ」


 姉もすぐに気が付いた。

 タイプライターの文字、もちろん魔界語。その上、文字の配列が全く違う。当たり前と言えば当たり前だけど。

 地球のPCとは完全に異なる文字配列。これじゃ高速で打ち込めない、慎重に手書きした方が早いよ。



 そんなわけで、姉ちゃんは結局アクセサリーとしてデザインされた宝玉を幾つか買うことになった。

 宝石は詳しくないけど、恐らくはサファイアやルビーを並べたペンダントとブレスレット、それに髪飾り。彫り込まれた魔法の種類までは知らない。

 指輪は買わないの、と尋ねたら、「分かってないわねー。ユビワは大事な人からオクってもらうからイミあるの。そのためにアけておくのよ」だってさ。

 僕もリィンさんに、その、小さな指輪を注文。宝玉無しで、純度の高い金の指輪。エヘヘ。

 妖精のリィンさんサイズに合わせてデザインしてくれるので、完成したら城に届けてくれるって。

 先生は、ちょっと好奇心に目を光らせて尋ねてくる。


「ユータ。

 宝玉店にきて、わざわざ宝玉無しの金の指輪を注文するとは、それを贈るのはチキュウではどういう意味があるのかな?」

「え? い、いえ、その……た、ただのプレゼントですよ、それだけです!」


 必死に誤魔化した僕だけど、姉は誤魔化してくれませんでした。

 これ以上はないというくらいニヤニヤしながら先生へ耳打ち、そのくせ店内に響くような大きさの声で言ってくれやがる。


「チキュウではね、金の指輪はコンヤクやケッコンの時にオクるのよ~、オホホ」

「ね、ネエちゃん!」


 な、なんて事を言ってくれるんですか!

 うわ、何か先生の目が恐い。『リア充死ね』とでも言いたそう。

 そしてリィンさんは……頬を赤く染めて嬉しそう、というか、目が潤んでる。

 小さな手が、そっと僕の指をつかんだ。


「ありがとうね、ユータ。

 いずれあたしも、もっと素敵な指輪をプレゼントするから」

「い、いや、そんな……チキュウではユビワはオトコからオクるものだから」


 小さな妖精の、パッチリと大きい瞳が、まっすぐに僕を見上げる。

 上目遣いの黄色い目、うおお可愛い萌えるときめくうー!

 一生幸せにします大事にします。


次回、第十三章第五話


『姫様達』


2011年9月17日00:00投稿予定

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