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恋する乙女とスットコドッコイ

 さて、いきなり問題が発生しました。

 今、僕らはゴブリンの兵士達に包囲されてます。

 まだ切っ先を突きつけられてはいませんが、取り囲んでくるゴブリン達は短剣の柄に手をかけ、いつでも斬りかかれる態勢です。

 剣を持つ人達の後ろには、呪文を詠唱してるゴブリン達。前が剣士で後が魔導師、分かりやすい布陣です。

 狙われてるのは僕達姉弟、デンホルム先生とリィンさんの四人。

 姉ちゃんは僕の後に隠れ、リィンさんは頭上でプンプンと怒ってて、先生は何でもないことかのように涼しい顔で立ってます。


 石造りの建物の中、ガラス越しに店内を照らす光は眩しいけど、空気は冷たい。

 兵士と魔導師達の向こうでは、他のゴブリンの店員達や様々な種族の人達が遠巻きに事の推移を見守ってます、というか野次馬してます。

 そのとき、店の奥から聞き覚えのある声が飛んできました。


「そいつらは問題ねえ、ただの客だ。

 このオグルの名をもって保証する」


 店の奥から姿を現したのは、ブルークゼーレ銀行総裁。魔王第十子のオグル王子。

 さすがルテティアの本店だけあって、オグル頭取が勤務してたんだ。

 即座に僕らへの包囲は解かれ、兵士達は礼儀正しく頭を下げた。僕らも同じように王子へ頭を下げる。

 そして兵達は口々に事情説明だか弁解をしだす。


「いやあ、わりぃわりぃ。

 ユータとキョーコって奴の口座証明書の内容をみたらビックリしちまってなあ」

「なにしろ出身地も種族名もなんもかんも白紙だろ?

 一応はインターラーケン支店長からの一筆はついてたが、偽造じゃねーかって疑いがかかっちまってな」

「まーなんだ、運が良かったな。オグル様がいてくれて」

「つーわけで、失礼をいたしました。

 今後ともブルークゼーレ銀行をご贔屓ひいきにお願いしますぜ」


 なーんか謝罪というわりには詫びれた様子のないゴブリン達。

 これは口が悪いのではなく、ゴブリンの方言なんだそうだ。というか、こういう話し方をする種族だってさ。

 包囲が解かれた後、部下を引き連れたオグル総裁がノソリ……と僕らの前へやってきた。


「部下達が失礼したな。

 こいつらも悪気があってやったわけじゃねえ。職務に忠実なだけだ。

 気にしないでくれや」


 全員素直に頷く。

 リング上に街が配されたルテティア、その中でも中央官庁が集まる内周部に店を置くブルークゼーレ銀行本店に来たのだから、この程度の警備は当然だろう。

 銀行に入る前から、その石造りな建物の大きさと警備の厳重さには圧倒されてた。このくらいの警戒をしないといけないほど重要な施設なのは理解出来る。


 大きなガラスがはまった窓から入る光で照らされた店内。

 野次馬をしてたドワーフや巨人やリザードマンも散っていって、それぞれの用を済ませていく。

 さすが本店、店内にいる客の服装も上等そうだ。服は色とりどりの装飾で飾られ、かしずく部下も引き連れ、見るからに重そうな貨幣の詰まった袋を受け渡ししていく。

 金を持っていないらしい身軽な人々も多い。契約だけとか口座振り込みだけの商人も多いはずだから、それだろう。

 オグル第十王子兼銀行総裁は、改めて仕事の話をしだした。


「それで、だ。

 ユータよ、用件はなんだ?」

「あ、はい、フりコみをおネガいします。

 えっと、アイテはジャン=アン……ダレだったかな?」

「家具職人ジャン=アンリ・リズネール」


 頭を下げたままで先生が話を引き受ける。


「家具職人ジャン=アンリ・リズネールへ、ユータの口座から振り込みを願いたく」

「家具職人って、家具を買うわけか。

 調度品総管理監督官を通さなくてもいいのかよ?」

「問題ありません。

 城で使うものではなく、小トリアノン宮殿の近くにあてがわれた私の私邸にて使用するものです」

「そうか。

 んじゃ、後の手続きは部下がやってくれるぜ。

 お前らのことは他の連中にも伝えておくから、以後は騒ぎにはなんねーだろ」


 それだけ言うと、頭取はノソリノソリと店の奥へ戻っていく。

 その歩く間にも、部下が書類片手に報告したり指示を求めたりサインしたり。

 さすが魔界の経済を管理する男、忙しそうだ。





 振り込みを終えて銀行を出る。

 ここはルテティア内周部。幾つもの宮殿に加え、ブルークゼーレ銀行や大商店の大店おおだながズラリと並んでる。

 道を歩くのは、各種族ごとに違いはあるものの、どれも見るからに立派な服を着た人々。

 ふと街角に目をやると、汚い布を被った乞食らしき人が棒を持った狼頭の兵士に追い払われてた。この区画は貧乏人立ち入り禁止なのか。

 見上げれば、鮮やかな羽根飾りを身につけた鳥人や、妖精のメイドと執事が忙しそうに飛び回ってる。

 道幅はさらに広くなり、整備も掃除も行き届いてて、走る馬車も大きく立派。それを引くのは優雅なユニコーンが目立つ。


 目の前の道はゆるやかなカーブを描いて、中央広場を囲んでる。

 広場の草木は綺麗に剪定され、多くの魔族がゆったりと語らったり食事したり。広場の隅にはちゃんとトイレもある。

 まん丸の公園、それを囲む道路、道路沿いに建てられた大きな建造物……といった感じで、見事な設計を見せる立派な都市だ。

 広場から東西南北に延びる幹線道路も、完全に整備されてる。

 さすが巨大な魔界を統べる魔王の中央都市。


 うん、街は凄い。

 とっても立派な街なんだよ、うん。

 街も建物も道路も立派なんだけど……あれはなんだろう?

 広場のど真ん中にある、ワケの分からない石の塊みたいなものは、何だろうか?


「あの、センセイ」

「なんだね?」

「あれは、なんですか?」


 僕が指さした先にある、崩れた石の塊みたいなものに向かって皆で歩く。

 近くから見ると、決して崩れてるわけではなくて、最初からこういう形で作られたらしい。

 でも、何をかたどったものなのか、全く分からない。

 現代美術みたいな、抽象的とか幾何学的とかいう言葉も当てはまらない。そんなまとまったものに見えない。

 あえていうなら、小さな子供が適当に泥をこねくり回して積み上げたもの。

 気まずそうに眉をしかめた先生は、黙って塊の横に置かれた石版を指さした。

 姉ちゃんが片膝をついて石版を読み上げる。


「……えっと……魔王レキ六年、ルテティアかんせい、きねん。

 魔王、作。『朝日』……これ、朝日をアラワしてるの?」

「さ、それでは家具屋へ行くとしようか」


 そそくさと広場を立ち去る先生。

 納得はいかないけど、でも魔王陛下に面と向かって『下手くそですねー、センスないですねー』なんて言う勇気はない。

 僕も姉もリィンさんも見なかったことにして広場をあとにした。





 立派な建物が並ぶルテティア内周部をテクテク歩く。

 竜騎兵のディルクさんは『城壁が無く、延々と広がってる』と話してたけど、確かに広い。

 普通に歩いていると、街を横断するだけで相当の距離。

 一定間隔で交差点があり、案内板みたいな巨大石版が置かれ、建物より遙かに高い物見櫓みたいな塔も立っている。

 VIP専用街の内周部を出れば流しのタクシーならぬ流しの馬車や、人力車ならぬオーク力車も走り回っている。

 ちょうど僕らの目の前にオークの人力車が何台もやってきた。


「え、エルフの旦那様方、歩きは大変なんだな」

「偉い人がお供もつけずにいると、不用心だぞ。送ってくぞ!」

「もちろん、安くするだよ」


 ズズイっと前にでたのは姉ちゃんとリィンさん。

 前に並ぶ人力車のオーク達を見渡す。

 まずはリィンさんが行き先を告げた。


「家具職人リズネールの工房よ。

 誰か道は分かるかしら?」


 瞬時に全員が「分かる分かる!」「オラなら近道しってるだよ!」「おいらの人力車なら速いんだぞ!」なんて答えが返ってくる。

 もちろん分かってる。本当に場所を知ってる人なんて何人もいない。

 客が欲しいから「分かる」と取り敢えず答えておく。あとは車をひきながら通りすがりの知り合いに目的地までの道を聞いていくんだ。

 だって、銀行に来るまでがそうだったんだもん。

 次に声を張り上げたのは姉ちゃんだ。胸を張って偉そうに言ってるよ、しかも楽しそうだよ。


「あいにく、ミチジュンはこちらで知ってる人がいます。言われたトオりに運んでくれればケッコウよ」

「というわけで、あなた達……幾らで運んでくれるかしら?

 一番安い人にお願いしちゃうから!」


 とたんに、「20!」「19!」「15!」なんて競りが始まった。

 客が欲しいオーク達にまけさせる手として、当然ではあるんだけど、うーん露骨でエグい気もする。

 こっちはお金に困ってるワケでもないんだし、そこまでケチケチしなくても、て思うんだけどなあ。


 結局、一番安値を言ったオーク二人の車に分かれて乗ることにした。

 姉ちゃんは、乗ってる間も街のことを教えて欲しい、というわけで先生の方の車に乗った。

 なので僕は二人乗りの車に一人で乗る。


「それじゃ、マエのエルフのオトコがミチをシってるそうなので、あれについていってください」

「オッケーだあ」


 そんなこんなで走り出すオーク力車。

 石畳の上を走る簡単な木製の荷車みたいなもの、当然ながら振動はきつい。布なんか敷いてない木製の荷車、尻も痛い。

 まあでも走っていってくれるので、自分で歩くよりは速くて楽で助かる。あと、寄ってくる物乞いや押し売りはオークさんが追っ払ってくれるので、面倒がなくていい。

 なんて思ってたら、車の上にリィンさんが着地した。

 そしてスルリと僕の隣に小さな体を滑り込ませる。


「ちょ、ちょっとリィンさん。飛べるのにわざわざ乗らなくても」

「あら、飛んでると魔力を使っちゃうもの。

 たまには人に運んでもらうのもオツってやつじゃない?」

「ま、まあ、いいんだけど……」


 リィンさんの小さな体と僕、さほど広くない荷車の座席に並んで座る。

 横を見ると小柄な彼女の髪、綺麗な赤毛がクルクルとウェーブを描いてる。細い肩のライン、触れれば壊れそう。

 大きく揺れるたび、冬服の厚手なコートを着込んだ彼女の体が触れる。

 なんか、ドキドキしてしまう。


「ねえ、ユータ」

「え、えと、ナニ?」

「あたしが隣にいると、迷惑?」

「う、ううん! そんなことない、そんなことないよ!」

「そう、よかった」


 そういうと、彼女は体を寄せてきた。

 ピッタリと身を寄せる彼女の息づかいが聞こえてくる。

 厚手の服越しでも、彼女の細い腕や腰が感じられる。

 え、えと、これって、もしかして……勇作、いや誘惑されてるんですかっ!?


「り、リィンさん! その、その」

「なあに?」


 見上げてくる彼女、黄色い瞳が上目遣い。

 パッチリと大きな目が、幸せそうに笑ってる彼女が、僕を見つめてる。

 そ、そんな顔で見上げられたら、ちょちょとっと、そのお~。


「ほ、ホカのメイドさんもいってたけど、あの、あんまりボクといると……」

「いると?」

「へ、ヘンタイとか、フモウとか、呼ばれるよ?」

「ふーん……」


 つまらなそうに呟く彼女。

 前を向き、人も車も多い大通りを見つめる。

 そして、ポツリと口にした。


「あなたは、どうなの?」

「え、ぼ、ボク?」

「変態、とか言われるから、一緒にはいたくない?」

「いや、ボクは、ベツにきにしない、よ。

 まだマカイにきてヒがアサいせいかもだけど、シュゾクのカキネってどうなってるのか、よくワからないから」

「じゃ、一緒にいてもいいのね?」

「う、うーん、う~んと……うん……いい、です」

「そう、良かった」


 そういって、リィンさんはますます体を寄せてきた。

 もうピッタリとひっついてしまってますよ。

 あ、足まで、僕の太ももと彼女の太ももが、ピッタリとおお!

 ししし、しかも、チラリと僕を見上げる彼女の顔、恥ずかしげに頬を染めつつも幸せそうに笑ってるじゃないですかああああああああああ!


 も、もしかして、本気なんですか?

 種族違い、サイズ違いの僕を、どうみても冴えないもてないブサメンな僕で、いいいんですかああああ!?

 ぼぼ、僕だってリィンさんのことは嫌いじゃないですよ。

 そりゃ、体は小学生くらいの小ささで、胸ペッタンコでお尻も小さくて。正直、フェティダ王女様みたいなダイナマイトボディが好みです。

 でも、だからって、明るく元気なリィンさんのような人が側にいてれくたら、心強いです。というか昔も今も心強いです。


 で、でもこの状態って、地球でも変態と呼ばれるもの、おまけに僕は一六歳で結婚も出来ない未成年……じゃない。ここの成人とか結婚年齢なんて知らない。

 いや、そういうのも種族ごとに違うんだ。妖精だとどうなんだろう。

 リィンさんは既に一九歳、いやもう二〇歳になったかな? 地球ならちゃんとした大人だ。小学生に見えるってだけで、何の問題もない。

 つか、ここは魔界でパラレルワールドの彼方。地球の日本の法律なんて無意味無関係だ。


 ということは、リィンさんが僕でいいというなら、あとは僕の気持ち次第。

 り、リィンさんのことをどう思うかって、もう、好きに決まってるわけであり。

 でもでも、この魔界で好きとか付き合うとかって、やっぱり結婚子作りに直結してるんだろうな。


 り、りりりり、リィンさんと、こここ、子作りぃいいいい。


 子供が出来るかどうかは分からないけど、その努力が出来るか否かと聞かれたら、出来ると自信を持って答えれるんですですハイ。

 だだだって、既に、僕のアレが暴れん坊将軍でして、あとは、リィンさんが、あああああああんあんなわけなんだよおおお。

 リィンさんの、あの、あああっとえと、サイズも、タブン、ギリギリおっけーなんでしょうか!??!


「あんた、キモイわよ」


 いきなり僕を天国から現実へ戻す、つか地獄へ引きずり落とす姉の声。

 我に返ったら、ニヤニヤ笑う姉の顔があった。そして白けたデンホルム先生の顔も。

 横を見たら、既にリィンさんはいなかった。停車した車から飛び立ち、ちょっと上に浮かんでる。

 道の横を見れば建物。トンテンカンテンとかギーコギーコとかいう音が聞こえてる。

 先生の呆れ果てた目が痛い。


「ユータ、既に到着しているのだが」

「旦那、そろそろ降りてくんねーか?」


 車をひいてたオークさん達も白い目。

 でも頭上を飛んでるリィンさんだけはニコニコしてた。


「早く降りなさいよ。

 そんなに浮かれてたら、こっちが恥ずかしくなるじゃないの」


 慌てて飛び降り、胸元の袋から銅貨をつかみオークさん達の手に叩きつけるように支払う。

 いくらかなんて数えてない。んなのどうでもいい。

 振り返れば、相変わらず呆れた先生、ニヤニヤする姉、幸せそうに笑うリィンさん。

 リィンさんは、姉にペコリと頭を下げた。


「というわけで、これからもよろしくお願いね」

「ま、いいわ。

 あんなバカでも、リィンが助けてくれるんだったら、少しはマシでしょう。

 スットコドッコイの役立たずだけど、こちらこそお願いね」


 というわけで、僕とリィンさんのお付き合いは姉の了承も得てしまいました。

 ええっと、あまりの急展開に、頭がついていきません。

 もしかして僕は、一六歳にして就職し、結婚までしてしまったんでしょうか?


次回、第十三章第四話


『指輪』


2011年9月14日00:00投稿予定

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