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防疫は大事です

「うーむ、いきなりビックリだ」

「ホントねえ。こんなのインターラーケンでは見れなかったわ」


 着陸したのは南駅舎、ワイバーンを集めた竜舎前。

 リザードマンの僧兵ディルクさんと、もう一騎の竜騎兵さんは、ワイバーンを引っ張って竜舎の中へと入っていった。

 ずらりと並んだ大きな竜舎の中では、沢山のワイバーンが丸まって寝てたり水を飲んだりしてた。

 でも、驚いたのは竜舎の方じゃない。竜舎ってほど立派なものじゃなかったけど、インターラーケンの発着場にもワイバーンを世話する小屋は並んでた。

 僕らが見て驚いたのは、竜舎から離れた場所を歩いてる、家畜の群れ。

 それは、毛皮の服を身につけた巨人族に連れられた、熊。

 間違いなく、熊。

 身長3mくらいの巨人の羊飼い、いや熊飼いに連れられた黒い熊の群があった。


「あれって、マチガいなく、クマだよね」

「地球のクマと、マッタく同じだわね。あれ、食べるのかしら?」

「無論、食べる」


 さも当然のように解説を始める先生。


「熊肉は臭みが少し強いが、なかなか美味い。

 熊は主に草食だが、他の何でも食べるし、成長も早くて多くの肉がとれるのだよ。

 値段も手頃で、ルテティアでは毛皮も肉も大量に売られている。

 もちろん、巨人族以外に熊を家畜と出来る者はいないが」


 そりゃそうだ。

 熊が暴れ出したら、魔法に長けた人でも大人しくさせるのは大変だろう。

 しかも家畜として飼うってことは、沢山の熊を飼うってこと。

 目の前で熊の群を率いてるみたいな、筋肉ダルマで巨大棍棒を手にした巨人でなきゃ手に負えない。

 リィンさんがじぃーっと熊を見つめてる。涎が流れ落ちそうな有様だ。


「熊肉って、珍味なのよねえ~。

 巨人族って他にもBubalusとか、Hippopotamusとか、他の種族じゃ飼えない動物を飼ってるのよ。

 うらやましいなあ~、美味しだろうなあ~」

「まったくだね。BubalusもHippopotamusも、まだ流通量が少なくて高価だからねえ。

 まだ食べたことはないが、早く増やして欲しいものだよ」


 先生も素早く舌なめずり。

 Bubalusというのは、簡単に言うと巨大な牛。角がとんでもなく固くて鋭くて、気性も荒い。Hippopotamusは、なんとカバのこと。

 どちらもネフェルティ王女が黒の大陸アフリカから連れてきて、巨人族が増やしてる最中だそうだ。

 もちろん、どちらも普通の人にとっては危険極まりない巨大生物。カバは意外と暴れん坊なんだって。

 そして話の筋から分かるように、巨人族は美味しいお肉の供給源なのだ。

 コホン、とデンホルム先生のわざとらしい咳払いが響く。


「まあ、インターラーケンのような田舎町しか見たことがないと、なんでも物珍しいことだろう。

 だが、こんなところで足を止めていては、とても夕暮れまでに城へ帰れないぞ」


 ごもっとも。

 棍棒と言うよりは丸太で熊を追い立てる巨人、頭に角を生やす彼らの姿は、まるで鬼だ。でも牧歌的な風景を見ながら、街中へ入るとする。





 南から北へ走る太い道。路傍の石柱にはRue Saint Jacques(サン=ジャック通り)と書いてあった。

 道幅は10mくらいはあるかも。全面が数十センチ四方の石で綺麗に舗装されてる。

 左右には歩道が一段高くなってて、店や民家が並んでる。歩道には野菜や日用品を売ってる人達。

 街道は人でごったがえしてる。種族も様々。荷車も走り回ってる。

 荷車はオークがひっぱる大八車みたいなものもあれば、馬やトカゲやダチョウみたいなのとかが引っ張ってる物も。

 民家を出入りする人や店の店員は、オークとリザードマンが多い気がする。それも、右手がオークで左手がリザードマン。

 先生は指さしながら街を解説してくれる。


「この街区は、右がオーク居住区、左がリザードマン居住区となっている。

 ルテティア外周部は各種族の平民居住区でね、各種族ごとに居住区を築いている」


 ふわふわ飛びながら街を見物するリィンさんは、先生の頭上から質問を投げかける。


「ねえねえ、デンホルムさん。

 ルテティアには詳しいの?」

「詳しいという程ではないが、研修でルテティアに何度も滞在している。

 最後に研修を受けたのは一昨年の夏で、中央広場に面する」

「あーはいはい、そういう長い話はいーから。

 今は道案内をお願いね」


 話の腰を折られて不満そうな顔の先生。

 でも僕も街のことを知りたくてしょうがない。

 さすが、ジュネヴラみたいな田舎町とは全然違うなあ。

 姉ちゃんも色々質問したくてウズウズしてる。


「へえー、思ってたよりセイケツなマチなのね」

「ふむ、どんな街だと思ってたんだい?」

「いえ、その、オホホ……。

 もっとこう、臭いがヒドいとか、ゴミだらけとか」

「あ、ほらほらネエちゃん、ニオイのヒドいのがとおってくよ」


 そういって指さした先には、オークが引っ張る荷車みたいなの。

 離れた所を通ってるのに、刺激臭がハンパない。一発で分かるンコの臭い。

 中身は汲み取り便所から組み上げたンコだな。

 その荷車が通るとき、前に立つ人がサササー……と道を空ける。まあ、近寄りたくないよね。


「あれは放下車だ。建設されたばかりの小さな町だったジュネヴラでは、まだ無かったものだね。

 裕福な者の家にあるトイレや公衆便所から排泄物を組み上げて、郊外のゴミ捨て場や硝石小屋に運ぶのだよ」

「ショウセキゴヤ?」


 ンコは普通は肥料だろう。ショウセキゴヤってなんだろう?

 その疑問には、先生が得意げに語ってくれた。


「硝石小屋というのは、火薬の原料を造る建物だ」

「ンコから、カヤクが!?」

「うむ。

 郊外の小屋であれらと草などを混ぜ、深い穴の中に入れ、年に何度かかき混ぜる。

 その過程で色々と秘伝の技や品を加えて、五年もすれば硝石が土に染み込んでいる。

 それをかき集めて硝石屋に売る。そして火薬に精製されるわけだよ。

 実の所、ああやって作る火薬は旧式で品質が安定しないんだが、安く大量に作れるので魔王軍でも鉱山でも重宝してるよ」


 排泄物が火薬になるって、ほんとだろうか?

 いや、嘘を教えるはずもないから本当なんだろう。

 そういやどっかのマンガで、敵を斬り殺した武将が「死んでクソに混じって玉薬になれ」なんてセリフがあった。なんのことか分からなかったけど、そういう意味だったのか。


「トイレに溜められた排泄物を汲み上げるのは、下々の者達の貴重な現金収入だよ。トイレの管理者から少額ながら金がもらえるからね。

 だからオーク達が小遣い稼ぎにと、全てかき集めて郊外へ運んでいくんだ。

 よって、ルテティアは少なくとも不潔ということはないよ」


 街をテクテク歩きながら、先生の講義を聴く。

 石造りの橋を渡る。下の川は、まあ、インターラーケンみたいな清流じゃないけど、ゴミもあるけど、とんでもなく汚いということもない。

 下水を垂れ流し、なんてやってないんだな。

 姉は空気をクンクンと嗅いでみる。


「別にアクシュウとかもしないわね。川にアレコレ投げスて、というのもないみたい」

「もちろんだ」


 得意げに、今度はルテティアの下水事情を語り出す。

 姉もリィンさんも、先生のウンチク語りにちょっとうんざりしてきたみたい。


「インターラーケンでは下水に、というか水路にあれこれ投げ捨ててたようだが、そんなことはルテティアでは許されないよ。

 大山脈ゆえに水が豊富で、川の流れも速いジュネヴラでしか許されない行為さ。

 ここは広い平地に造られた街でね、高地が無いから川の流れは極めて遅いんだ。水量も十分とは言えない」


 言われて川の流れを見てみてば、確かに。

 流れは非常にゆっくりで、流れてるのかどうか分からない。

 どんよりと濁った感じにすら見える。


「こんなところにあれこれ捨ててごらん。流れ去る前に川の中で腐るよ。そこから虫などが大発生する。

 しかも底に沈殿し続けて、すぐに川が埋まってしまう。雨が降ったら溢れ出すね。

 もちろん下水は各街区に網の目のごとく張り巡らされているが、汚水処理は各領主の第一の責務だ。それを怠ったら魔王陛下から叱責されるが、それ以前に、下水近くに作ることが義務づけられた領主の屋敷が……恐ろしいことになる」


 うわあ、納得。

 ンコで埋まった下水、想像もしたくない。蚊やハエやゴキブリが大発生して、雨なんかが降り出したら、ひいいいいい。

 待てよ? これって全種族の総力を結集して造った魔王直轄都市だから、ここまでのレベルになってるんだよな。

 ということは他の都市は、いや地球の中世ヨーロッパは……。

 だから『中世ヨーロッパは不衛生』とか『コレラやペストが大流行した』とか言われてるわけか。

 女性二人はオエーってしてる。


「というわけで、魔王陛下直々の命をもって河川の汚染は禁じられてるんだ。

 ルテティア各区の領主には街路と水場の清掃、それにゴミ捨て場の提供義務が課せられている。

 もっとも、この命令は何度も何度も出し直されて、陛下ご自身が率先して街を清掃して下さった。今の状態まで向上させるのには苦労したそうなんだ。

 もちろん飲んだら病気になるから、生水は飲まないように。食べ物もしっかり洗って火を通すんだよ。インターラーケンみたいな生活をすると、死ぬからね」


 うーん、納得。

 これが都市計画というものなのか。

 魔王陛下と王子王女達は、各地に全魔族が共に暮らせる街を造ってると教わった。けど、裏ではこんな苦労をしてるのか。

 あんなにホンワカした魔王も、政治には苦労してるんだろう。


 そして、いろんなRPGや小説で、トイレや下水の話が削られるのも納得。

 今歩いてる道を見渡しても、ゴミは落ちてるし風呂も洗濯もしてなさそうな人々が歩き回ってる。乞食はいるし、裏通りからは刺激臭が漂ってる。

 オーク達も泥で薄汚れた姿が多い。

 これですら相当に改善してるというのなら、地球の中世ヨーロッパはどんな有様だったのか……想像出来ないし、したくない。

 フランス宮廷マンガで、そんなリアルに不潔過ぎる話は、だせないよなー。


次回、第十三章第三話


『恋する乙女とスットコドッコイ』


2011年9月11日00:00投稿予定

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