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お買い物

 二階建て民家のドアをコンコンとノックする。

 するとすぐに扉が開けられた。

 顔をのぞかせたのは、外行きの準備が整ったデンホルム先生。


「センセイ、キましたよー」

「うむ、全く申し訳ないね」

「いえ、ボクもルテティアにはいってみたかったです。

 マチをみるついでですよ」

「そう言ってもらえると助かるな。

 金額は先日伝えた通りだけど、構わないかな?」

「もちろんです」


 陛下と別れた後、デンホルム先生の家に来た。

 ようやくルテティアへ家具や本の買い物に行く準備が出来たのだ。

 僕もようやく魔界中心都市を見物出来る。

 というわけで、墓地まで連れてきてくれた竜騎兵さんに、そのまま先生の家の前まで送ってきてもらった。

 このまま三人でワイバーンに乗り、ルテティアへ買い物に行く。

 昼に城へ戻れば、午後の勤務交代に間に合うだろう。


「それじゃサッソクいきましょう」

「待ちたまえ。その格好で行くつもりか?」

「え、ええ、そうですけど……まずいです?」


 僕の格好はスニーカー・ジーンズ・パーカー、細々と荷物を入れた小さなリュックというスタイル。ちょっと寒い時期なので、パーカーの下にセーターとかも着込んでる。

 子供達の暴走に対応するため、魔力を消失させる地球産の服が僕の仕事着。

 ずっとこの服を着てたから、何も考えずにそのまま行くつもりだった。

 そんな僕の姿に、先生は久々に見下すような目を向けてくる。


「いや、ルテティアはインターラーケンや魔王城とは違うんだ。

 狭い田舎ではなく、事情を知ってる者達ばかりではないのだよ」

「あ……」

「君のその服装、相当に目立つ。

 加えて、人間族の特徴である短い耳を出しているのが、極めてまずい。

 人間の国である皇国とは四十年にわたって交戦状態なのは知っているだろう。人間に家族を殺され傷を負わされた者は数多いんだ。

 しかもルテティアには有力魔族の貴族や将軍が多数滞在している。兵を率いている者とて少なくない。

 もし絡まれたら、大事になる」

「あ、いやでも、ボクらニンゲンがル・グラン・トリアノンでハタラいてることはシってるんじゃないの?」

「下々の者でも噂くらいは聞いたことはあるだろう。だが顔や名までは知らない。

 粗忽者そこつものが確かめもせず、いきなり斬りかからないとも限らない。

 知っていたとしても、魔王陛下の命令は絶対というわけでもない。陛下は独裁など敷いておられない。

 それに魔界は各魔族が寄り集まった共同体。各魔族の利害は複雑に絡み合い、権謀術数が渦巻く。万一それらに巻き込まれたら、ただでは済まない」

「え、あ、じゃあどうすれば?」

「安心したまえ、そのための準備はしてある。

 これに着替えなさい」


 といって差し出されたのは薄茶色の布の塊。





「……これでいいですか?」

「うむ、上々だね」


 というわけで、エルフ伝統の服に着替えることになった。

 だぼっとしたズボンを腰紐で縛り、シャツをボタンでとめ、頭からすっぽりとローブを被る。

 なるほど耳が隠れる。耳が隠れるとエルフは人間と見分けがつかない。


「もう初冬なのでローブを頭から被り続けていても不審には思われない。

 耳を見られないように気をつけたまえ」

「はーい」

「話では、城の人間達は皆エルフのふりをしてルテティアに行くそうだ。

 なので、これで問題はないだろう。

 少々危険ではあるが、後学のため一度は都会を見ておくにこしたことはないだろう」

「はーい」「わっかりましたー!」


 僕の「はーい」という素直な返事の後に、野次馬根性丸出しな「わっかりましたー」という言葉が続いた。

 もちろん後半の言葉を発したのは僕じゃない。

 いつのまにやら先生の家の中まで入ってきてた姉だった。しかも既にローブをすっぽり被ってる。


「……ついてクるの?」

「あったりまえでしょうが!

 この私を差しオいてマチを見物しようだなんて、許せないわね」

「アイニク、ボクがタノんだワイバーンはイッキだけだよ。

 サンニンもノれないから」


 ワイバーンに乗れるのは大体三人まで、つまりリザードマンの騎手をのぞいて二人しか乗れない。

 と思ったら、さらにドアからピョコッと小さな体が飛び込んできた。

 にへへー、と笑うリィンさんが室内をクルクル飛び回る。


「大丈夫よ、キョーコも別の竜騎兵を頼んでるから。

 久々にみんなで街を歩きましょ!」


 先生は、しょうがないな、という感じで頷く。

 僕も頷く。ただ、恥ずかしくてリィンさんをまともにみれないので、ちょっとそっぽを向きながら。

 この前の夜、キスして別れて以来だから。キスというか、唇を不意打ちで奪われたというか。

 ああもう、思い出しただけで恥ずかしい。どんな顔をすればいいのやら。

 でもリィンさんは気にせず僕の顔をのぞき込んでくる。


「あらあらー? ユータったら、どうしたの?

 なんだか顔が赤いわよ。んふふふふ」


 むぅ~、すっごく意地悪そうな笑いを浮かべるリィンさんが、はやし立てるように僕の周りを飛び回る。

 うう、やっぱり本気じゃない、絶対からかってるだけだ。

 いやまあ、僕のことが好きなんて有り得ないとは分かってますけど。

 第一、種族違いのサイズ違い。リィンさんが嫌いなわけはないけど、恋人としては無理って分かってます。


「そ、そんなこと、ないよ!

 それじゃ、さっさと行くとしよ!」

「ちょっとお待ちを!」


 さらに声が飛び込んできたと思ったら、マル執事長だ。何人か部下の妖精を連れて、手に袋を持ってる。


「出立前でしたか、間に合って良かった。

 今日はルテティアへ行かれる予定と聞いていましたので、あなたの衣服を預かりに参ったのです」

「フクを?」

「ええ。

 チキュウの物質は魔力を消し去る力を持ち、その力で子供達の暴走を安全に抑えています。それはユータさんの服も同じです。

 ならば、魔王様も他の者でも、チキュウの服を着ていれば、より安全に暴走を抑えれるのではないか、と」

「あー、なるほど」


 姉ちゃんはホレホレと手を突き出してくる。


「あたしの服はもうノエミさんにワタしてあるわ。

 あんたの服も、ちゃっちゃとだしなさい。ジカンないんだから」

「あ、それとですね」


 改めて背筋を伸ばしたマル執事長は、もったいぶって話を続けた。


「陛下のおことばです。

 本日は日暮れまで城にいるので、ゆっくり遊んできなさい、とおっしゃられておりました」

「そっか……ヘイカには、アツきハイリョにカンシャします、とツタえてクダさい」


 というわけで、僕の服を受け取ったマル執事長は急いで城へ飛んでいった。

 僕らは家から飛び出すように、待たせてある竜騎兵へ駆けだす。

 それにしても、まったく、リィンさんときたら、人をからかうのが好きなんだから。

 いくら僕がそういうの未経験だからって、遊ばれてることくらい分かります。

 ホントにもう!





 城を飛び立ち、北東へと飛行する二騎の竜騎兵。

 一騎には僕と姉、もう一騎には先生が乗せてもらってる。

 リィンさんは自力で飛べるので、二騎の間で風を切っている。


 冷たい風を受けながら、思い出すのは朝のこと。

 魔王陛下の申し出、地球へ帰らず魔王城に居て欲しいという話。

 正直、元々が技術上の問題から帰れるかどうかすら分からない。ルヴァン王子も試みる価値はあるとしか言っていない。

 もしその試みが失敗に終われば、確かに僕らは魔界で暮らすことになるだろう。そして成功率は極めて低いのも予想が付く。

 でも、その試み自体を最初から諦めるというのは……もし帰れると分かっても帰らないという選択は……。

 正直、諦めきれない。


「ちょっと、なにをボーッとしてんのよ」


 後ろの姉の声で我に返った。

 陛下の申し出、姉ちゃんにも言うべきだろうか?

 いや、言うまでもなく姉は気付いているだろう。魔王一族は僕らを地球に帰したくないという事実を。

 というか、こんなとこで余計なことを言って、ワイバーンから僕が振り落とされるような騒ぎを起こしたくない。

 この姉なら、僕を突き落とすのもやりかねない気がする。

 というわけで、何か別の話で誤魔化すことにした。えーっと、何で誤魔化そうかな、あーっと、あれがいいや。


「いや、あのさ、ちょっとオモいダしたことがあるんだけど」

「何よ」

「ムカシのヨーロッパのマチって、とんでもなくフケツ……という話だったよね?」

「ええ、そうよ。

 フランス語のジュギョウではフランスの歴史と文化をネタにしてたんだけど、とんでもない内容だったわ。

 朝はオマルでウンコして、それを『水に注意!』とサケびながら窓から道にナげスてるとか。

 川のオセンがヒドくて、その近くに住んでた王やキゾクが悪臭にタえかねて城から逃げダしたとか」

「どんなジュギョウだよ……」

「でも、それはルテティアではないんじゃないかな?

 何しろ、インターラーケンにも魔王城にも、ちゃんとトイレあったし。

 城の中だってセイケツだったわ。

 衛生ってヤツを理解してるエルフがセッケイした街らしいから、ちゃんとしてると思うわ」

「そう、ネガうよ」

「あらあら、何かヒソヒソ話?」


 横を見れば、リィンさんの好奇心満面な顔。

 妖精の羽でツバメのように僕らの周囲を飛び回る。

 背面飛行もお手の物。


「うん、ルテティアってどんなマチかなー、っていうハナシ」

「んーっと、あたしも初めてなのよね、ルテティアは。

 竜騎兵様に聞いた方が早いわね」


 彼女の黄色い瞳が向いたのは、ワイバーンを操るリザードマン。

 話を振られた直立歩行爬虫類型知的生命体な人は、皮鎧と焦げ茶色のウロコで守られた肩越しにチラリと振り向いた。


「拙僧のことかいのお?」

「僧?」


 姉が聞き返す。

 僧って、僧侶のことだよな。インターラーケンや魔王城では、あんまり宗教的なモノは見たことなかったけど。

 各魔族は各自に信仰してる神があるとは聞いてる。けど、このリザードマンは普通の兵士にしかみえない。


「失敬。

 拙僧は名をDirk (ディルク)と申す者ですじゃ。

 神竜僧院総本山に籍を置いてましてな。神敵を討ち滅ぼす神の刃となるべく、飛竜を駆り雲間を渡る使命を授かっております。

 この春、我らを庇護せしラーグン閣下と高僧会より、魔王城にて魔王陛下に助力せよと命じられまして。

 こうして近衛兵の一人として職務にいそしんでおります」


 長い二股の舌をチロチロ出し入れしながら自己紹介してくれる竜騎兵の人。

 なるほど、リザードマンの教会から派遣された僧兵だったのか。

 宗教的なものを持ってないから気付かなかった……というより、どの辺が神竜僧院とやらを表すものなのか知らないから、分かるはずもないか。

 でもラーグン閣下って、えーっと、ああ思い出した。魔王第一子で、リザードマンを束ねる王子だ。


「それはそうと、お尋ねになられたルテティアの街ですが、ほれ、既に眼下は全てルテティアですぞ」

「え?」


 言われて下を見ると、遙か眼下に見えるのは田園地帯。

 普通の農村、話に聞いたような大都会は、ここからでは見えない。

 姉ちゃんはキョロキョロと周りを見渡す。


「あの、ディルクさん。ここがルテティアですか?」

「うむ。既にここはルテティアの街、正しくはルテティアの最外園、農園地帯じゃ。

 この街には城壁が無く、延々と果てしなく広がっておるのです。

 広場から伸びる幾筋もの通りと、市街を囲む環状の通りがありまして、池に生まれた波紋が広がるかのように、幾重もの円を描いておってな。

 街の中央にある広場、それを囲む宮殿、森や池、貴族豪商達の邸宅、商人街と築かれておるのだよ」

「へえー」

「そしてここは最外園で、オーク共の農園や巨人共の畜舎、森などが配されている」


 その言葉通り、地上には広い田園と牧場が次々と目に飛び込んでくる。

 家畜の種類も頭数も、インターラーケンの田舎とは比べものにならない。

 いや、それだけじゃない。なんだか汚いものが現れた。

 掘っ立て小屋みたいなのがゴチャゴチャと並んだ、薄汚い街みたいなものも眼下に見える。

 その横には悪臭漂うゴミ捨て場のような沼地。


「今しがた飛び去ったのは、貧民街というやつじゃ。

 流民や市民権を持たぬ者、貧乏人、病に冒された者達の吹きだまりじゃな。

 街近くの沼や荒れ地のような場所が街のゴミ捨て場とされておるんじゃが、その周りに勝手に集まってしもうての」


 ふーん、スラムというヤツか。

 TVとかで聞いたことはあるけど、実際に見たのは初めてだ。

 でも僕らが行く場所では無いようだ。なぜならスラムを飛び去った先に整理されて立ち並ぶ建物が見えてきたから。

 あれがルテティアの街だな。


「ところで、申し訳ないのだが、竜騎兵など竜の市街への許可無き立ち入りは許されていない。

 なので、拙僧らは街の入り口にある南駅舎にて、この竜達と共に貴殿らを待たねばならぬのだ。

 夕暮れ前には駅舎に戻るのだぞ。道に迷いしときは、街の者にでも南駅舎はいずこか尋ねるがよい」


 そういってディルクさんが指さした先には、大きな馬屋みたいなのが地上に見えてきた。あれが駅舎か。

 その向こうには幾つもの建物があり、街の雰囲気を醸し出してる。

 遠くてよく分からないけど、低めの建物が広がる中に、一定間隔で尖ったものが突きだしてる。塔かなにかか。

 あれがルテティアかあ、どんな街だろう、楽しみだな。


次回、第十三章第二話


『防疫は大事です』


2011年9月8日00:00投稿予定



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