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許されざる

 結局、とっぷりと日が暮れてしまった。

 みんなして、塩を手渡すたびに「彼女はいるの?」とか。パンを取ろうとすれば「どう思ってるのよ、リィンのこと」とか。

 妖精の女性達、ワリと年上の人もいるんだけど、みんなして僕とリィンさんの関係を探ろうと目をランランと光らせてた。

 いつまで経っても帰してくれなくて、結局日が暮れた。


 夜間警備をしてるワーキャットの兵士に、二足歩行の大トカゲ……いやダチョウに近いかも……ともかくその後ろに乗せてもらい魔王城へ帰る。

 先導役兼松明役としてリィンさんが前を飛んでいる。妖精の羽って本当に便利。

 もともと夜目が利くワーキャットの兵士さんにはいらないかも知れないけど、真っ暗な庭園の森を進むのは、僕が恐い。

 妖精の羽の光で少しでも照らしてもらえると、それだけでも心強い。

 僕のすぐ前で手綱を握る猫兵士さんが大あくび。


「ふにゃあ~……眠いんだにゃあ~」

「すいません、ヨナカにおネガいして」

「あ、ユータ。気にしなくて良いのよ。

 ワーキャットって、いつも寝てるようなもんだから」


 先を飛ぶリィンさんが振り返って一言。

 うーん、確かにワーキャットの人達って、いつも寝てる印象がある。

 ワーキャットさんは怒るかと思ったら、笑い出した。


「にゃっはっはっは。

 いつも寝てるようだ、なんて失礼だにゃあ。ちゃんと寝てるんだにゃ」


 それ、自慢になるのか?

 うーん、ワーキャット族的には自慢なのか。

 そんな話をしている間に、魔王城前に到着。

 星明かりの下で僅かに見える城のシルエット。入り口とか各所にかがり火が掲げられてる。


「あ、この辺で良いわ。

 兵隊さん、ありがとうね」

「んだにゃ。あんまり近寄ると、ガキンチョ達が怖がるし。

 おチビさんは、小トリアにょンへ飛んで帰れるね?」

「ええ。だからここで結構よ。ご苦労様でしたー」


 ダチョウみたいなのに騎乗したワーキャット兵士は、あくびをしながら森の奥へ戻っていった。

 残ったのは僕とリィンさん。


「今日はゴメンね、色々とうるさかったでしょ?」

「あ、ううん、タノしかったよ」

「そう、それならヨかったわ」

「それにしても、みんなリィンさんのことをシってるんだね」

「みんなって事はないけどね。

 でも狭いインターラーケンで暮らしてたから、近い親戚とか顔見知りは多いわよ」

「ふーん」


 まあ、正直うるさかったんだけど。ホントにみんな、恋バナが好きだなあ。

 あ、でも前から気になってたんだよな、異種族間の恋愛って。異種族との恋愛してる人は見たこと無い。

 いや、魔王一族はトゥーン領主とかフェティダ王女とかの例はあるか。……あの王女様は別の事情みたいだけど。


「あの、リィンさん、ちょっとキきたいんだけど」

「うん、なあに?」


 クルリと振り返る彼女の赤毛がフワリと広がる。

 黄色の大きな瞳、暗い夜でもハッキリと見える。星のように瞬いてるかのよう。


「マエからキになってたんだけど、ベツのシュゾクとのレンアイって、あるの?」

「無いわよ」


 うわ、即答。

 身も蓋もない。


「だって、子供を作れないもの。

 そんなの認めたら、血筋が絶えちゃうじゃない」

「あ、やっぱり」

「というか、リザードマンのウロコとか、ドワーフの剛毛とか、きっついわよ。

 オークと巨人が仲良しっていっても、禁断の恋とかしたら気持ち悪いじゃない?」

「う、うん、それは、まあ」

「例外といえば、魔王一族くらいかしら?

 なにしろ皇国で改造される前の、元々の種族が分からないから、どの種族となら子供が作れるか分からないの。

 逆に言うと、どの種族とでも試しにやっちゃえー出来れば儲け、て感じね」

「ふ、ふーん」


 相変わらず、ぶっちゃけた言い方をするなあ。

 というか、恋愛=子作りと血筋維持、というのもストレートだな。


「あ、でも、良く似た種族同士なら出来るかもしれないわね。

 人間族とかエルフ族とかドワーフ族とか。聞いたことはないんだけど」

「それ、とってもナカワルい」

「ええ、だから聞いたことはないわ」

「みんなはオモシロそうにハナしてたけどな~」

「そりゃ、面白いでしょうよ。茶飲み話には最高ね」


 そんな話をしながらゆっくり歩く夜道。

 妖精の羽に照らされた石畳を、てくてくとのんびり進む。

 遠くに見える魔王城は、星明かりで見てもハッキリ分かるほど壊れてる。


「ねえ、そういうユータはどうなの?」

「ナニが?」


 何だか意地悪そうな笑みを浮かべながら、パッチリした目が覗きこんでくる。


「誰か気になる人とか、いるの?

 フェティダ王女様とか」

「えっ!?」


 改めて聞かれて、ドッキーンときてしまう。

 あの王女様って、確かに上品だし優しいしダイナマイトボディだし、ええと、せまられたこともあるし。

 でも、あれって酒に酔ってたしなあ。僕だって興味が無いワケじゃないんだけど。それに、全ての男が逃げ出す理由というのも気になる。


「う~ん、さすがにフェティダサマはオソレオオイかなー。アコガれてるのはホントだけど」

「あら、それじゃ本当に好きな人はいないの?」

「だって、そもそもオナじニンゲンがいなかったから。

 ここにはキたばっかりで、ノエミさんとかコドモタチとか、トシのハナれたヒトばっかりだし」

「なあんだあ、つまんないの」


 全く、僕の恋愛なんか気にしないで欲しい。

 自慢じゃないけど、モテる要素なんか何にもありません。彼女居ない歴=年齢ですから。

 そんな話をしつつも、僕らは足を止めて森の中でおしゃべり。

 周囲の闇からは虫の呟きやフクロウの声。

 夜の森に二人っきり。


「ねえ、それじゃさ」

「うん?」

「他の種族ではどうなの?

 エルフとか、ドワーフとか」

「それって、アリエナイってハナシじゃなかったっけ?」

「だから、あなた自身はどう思うかって話よ。

 チキュウとかいう国では人間族しか暮らしてなかったそうだけど、やっぱり別種族と結婚しちゃだめって言われてたの?」


 地球は国名じゃなくて惑星名なんだけど、なんてつまらないツッコミはおいといて、ふと考えてみる。

 地球は魔界に比べれば、知的生命体は人間だけだからなあ。魔界みたいにたくさんの知性を持つ種族がいたわけじゃないから、比較にならないかも。

 でも、エルフやドワーフくらいの差なら、同じ人間として考えていいかも。これらと人間族との差は、耳の長さや毛深さ、身長差くらい。ならもしかしたら、肌や目の色の違いと大差ないかもしれない。

 それを考えると、地球で言う国際結婚と似たような話かも。


「ダメとかいうことはないとオモう」

「あら、そうなの?」


 目を輝かせるようなリィンさんの瞳が、真っ直ぐに僕の目を見つめてくる。

 う、ううむ、そこまで顔を寄せられると、ちょっと、恥ずかしい。

 なので少し目をそらしてしまう。

 真っ暗な森に目をやりながら、必死で言葉を続ける。


「チキュウのニンゲンにもイロイロとチガいはあったよ。ハダやメのイロとかで。

 ムカシはケッコンもダメとかいわれてた。

 でも、イマはめずらしくないよ」

「へえ、そうなんだ!」

「うん。むしろジマンできるくらいかも」

「ふぅ~ん……そうなんだあ、へえ~」


 なんだか含みがありそうなリィンさんの相づち。

 そして顔を離し、顎に手を当てながら目の前をフワフワと浮いている。

 次に何かとんでもないことを言い出すんじゃなかろうか、と少し不安になって身構えてしまう。

 そしたらいきなりクルリと振り向いた。


「それじゃ、ユータは別の種族でも気にしないの?」

「あー、うーんと、ショウジキ、わからないなあ」

「分からないの?」

「だって、そういうの、ケイケンがないから。

 シュゾクがどうとかイゼンに、オンナのヒトとつきあったこと、ない」


 あーあ、まったく、言わせないで欲しいなあ。

 他に大事なことはいくらでもあるだろうに、どうして心の傷をえぐるようなことを聞いてくるんだろ。

 ちょっとむかつく。腕組みしてそっぽを向く。


「あらあら、気に障ったかしら?」

「サワったよ」

「んふふふ、ごめんなさいねー」


 僕とは対称的に上機嫌のリィンさん。

 ニコニコにやにやしながら僕の周りを飛び回る。

 蝶よりも大きくて淡く輝く羽が生む、螺旋状の光跡。


「ハナシはオわり?

 だったら、もうモドるよ」

「あ、待って」


 魔王城へ足を踏み出そうとした僕を呼び止める。

 いい加減、面倒くさそうに振り返ると、何だか言いにくそうにしている。

 あー、とか、う~、とか言いながら指を組んだり足を組んだりとモジモジ。

 いつまで経っても話が出てこない。


「……なに?」


 しびれを切らせて尋ねたら、またひとしきりモジモジしてから、ようやく言葉を続けた。


「あ、あのね、その~。

 ま、魔王城に来た、初日のことなんだけど」

「ショニチ? ボウソウのあった?」

「そうそう!

 その時、なんだけど、えと……あたしがシルヴァーナの暴走に巻き込まれそうになった時よ」

「ああ、うん、そんなことあったよね」

「その時、助けてくれたじゃない」


 助けた? そんなことしたっけ?

 首を傾げてあの時のことを思い返してみれば、ああ確かに。暴走に巻き込まれそうになったリィンさんを、必死で突き飛ばしたんだ。


「そういえば、そんなこともあったね。

 うん、あのときはアブなかったよ、ヒッシだった」

「えっと、うん、そうなんだよね。

 それでさあ……」


 さらに足を内股でモジモジ。

 星明かりの下でも、うつむいた顔が赤く染まってるのは見るまでもなく分かる。

 なんだかこっちまで恥ずかしくなってしまって、僕もモジモジ。

 二人でモジモジして、ようやく彼女は顔を上げた。


「あ、ありがとうね!

 助けてくれて、さ」

「い、いや、キにしないでよ」

「そうもいかないわよ。

 ふあー、ようやく礼を言えたわ。

 ごめんね、ずっと言いたかったんだけど、こっちも忙しくて機会を逃しちゃって」

「だから、そんなのキにしないで。

 ボクはいままでリィンさんに、タクサンたすけてもらったから」

「あは、あはは、まあそうなんだけどね。

 お互い様では、あるんだけどね、改めて礼なんか言うと、本当に恥ずかしいわ」

「だねー」


 クスクスと笑う彼女。

 僕もつられて笑ってしまう。

 すると、急に彼女の顔が目の前に迫ってきた。


 唇が、重なった。


 ほんの一瞬だけど、ちょっと触れただけだけど、確かに唇が重なった。

 ファーストキス。

 初めてのキスなんだけど、それに気付かなかった。

 一瞬のことで、気付く暇もなかった。

 呆気に取られた僕の目に、飛び離れていく彼女の姿が映る。


「そ、それじゃね!

 まま、また明日!」


 一気に宙へ舞い上がり、星空の中を流れ星のように飛んでいくリィンさん。

 僕の目は、彼女の残す光跡を追いかけた。

 淡い光の筋が消え去っても、本物の流れ星が空を横切っても、僕は彼女が飛び去った先を見つめ続けた。


 星明かりが照らす暗い森、崩れかけの魔王城の前、僕はぼんやりと空を見上げて立ち尽くしていた。


次回、第十二章第四話


『墓』


2011年8月26日00:00投稿予定

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