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保父さん

 ル・グラン・トリアノンに来て、あっと言う間に一週間が経った。


 魔界の朝は早い、というより魔王城ル・グラン・トリアノンの朝は早い。

 あ、ちなみに魔王城というのは城と離宮と広大な庭園を全部含めての通称です。その中で一番大きな城がル・グラン・トリアノン。ぶっ壊れてるけど。


 朝起きたらすぐに顔を洗い、水くみして、朝食の準備を始める。

 今日の朝食は焼きたてパンと目玉焼きとサラダ、それに搾りたてのミルク。

 宮殿だけに白磁の皿や銀のスプーン、なんてモノはない。何故なら、半分は安全な離宮に保管され、残り半分は既に破壊されたそうだ。

 子供に陶器の皿なんか使わせても、すぐ落としたり投げて割るに決まってる。金属のナイフやフォークはふざけて刺したりしたら危ない。

 なので、食器は安物の木製。

 服もすぐに破ったり汚すので、安物を大量に準備してある。どんどん交換して、城の後ろの庭園に並べられた物干し竿に毎日干されてる。

 で、食事は大食堂でみんなで食べる。


「はいはーい!

 みんな早く座りなさいよ、ちゃんと良い子にしてないと、ご飯あげないわよぉ!」


 微妙に甲高い、だが確かに男の声が子供達を叱る。

 声の主は、小太りのおじさん。中性的な声と、女性的な口調で、白いエプロンに高さのある白いコック帽を被ってる。

 名前はバルトロメイ。元は皇国軍の少将で、今は魔王城のコック長。

 去年インターラーケンを奇襲した皇国軍を率いていたけど、本人曰く『魔王陛下の寛大かつ寛容な御心による説教と説法を受け、皇国と己の罪に気付き改心したの。子供達を魔力炉とし戦場に連れてきた罪を償うべく、私も魔界に残り子供達を世話することにしたわ』だそうだ。

 皇国でも指折りの大貴族出身で、趣味は料理。その料理の腕を買われて魔王城にスカウトされた、とも。

 実際、その料理はとっても美味しかった。今、僕が食卓に並べてる単なるパンすら、今まで食べたのとは味が全然違う。

 でもコック長というだけあって、ただ美味しいだけじゃない。魔界を構成する各種族の好みや風習を調べ上げ、食べられない食材を全て把握してるらしい。

 どんな種族でも美味しく健康的に食べれる食事を作れるという、凄い料理人だ。

 ただ、あの女性的な口調とか高めの声とか、オカマじゃなかろうかと思えてしょうがないんだけど。


 子供達もコック長のご飯は大好き。

 普段は大人の言うことなんて絶対聞かないような悪ガキだって、食事の時間には戻ってきてテーブルに着席する。

 なにしろ食事の時間に遅れたら、他の子供に自分のご飯を取られてしまうんだから。

 育ち盛りの子供達は、自分の食べ物を確保するために必死。


「こらー! いただきますをするまで食べちゃダメだぞー!」「へっへーんだ! そんなの知るもんか!」「びえーん、おしっこー!」「きゃー、ソフィアがお漏らししてる」

「あーもー、オシッコは出す前に言いなさいよ。ほらトイレ行くわよ」


 メイドと保父達が食事を食卓に並べるんだけど、その間だって子供達は静かにしないしじっとしてない。

 シルヴァーナのように年長の子供達は、子供の世話を手伝ってくれる。食器を並べたり子供達をトイレに連れて行ったり。

 ほとんどの子供は小さくて、子守を手伝える人数は少ないけど、それでも助かる。


 余談だが、地球ではトイレの無かったヴェルサイユ宮殿だけど、魔界の魔王城ではトイレは沢山あってありがたい。

 城の外壁各所に出っ張るように設置されたトイレ、その周りには花壇も作られてる。

 まだ汲み取り式だけど、中世ヨーロッパよりは衛生観念が高い。

 技術レベルも航空機やコンピューターを作るほどだし、20世紀の地球に匹敵する文明かもしれない。


 僕は食卓の間を歩き回ってサラダを小皿に小分けしていく。

 城に来たときには死人が出かねないほどの高度なトラップを大量に仕掛けてきた子供達。

 今のところ、やっぱり僕に心を開いた感じはしない。僕が近寄ると目を逸らしたり怯えたりする子がほとんど。

 でも、初日みたいに逃げたりはしない。

 殺気に満ちた罠を仕掛けても来ない。

 隣のテーブルで子供達に前掛けをかけてるノエミさんが話しかけてきた。


「子供達も、ずいぶんあなたに慣れてきたみたいね」

「ソウですか?」

「ええ、そうよ。

 だって、誰も君を見て逃げたりしないじゃない。暴走も初日だけだったし。

 やっぱり、君の力は子供達にも分かるのよ」

「ウ~ン、よくワかんないです」


 ノエミさんに褒められたらしいけど、どうにも僕にはよく分からない。

 確かに僕が、『暴走を止めれる、子供達を守れる、城から逃げたりしない』というのは子供達にも驚かれたようだ。

 何しろ今まで子供達が暴走を起こしたら、みんな逃げた。死に瀕する子供達を見捨てて。

 逃げなかったのは魔王陛下と、元皇国兵士達くらいなもの。

 その中でも陛下だけが暴走の中に迷わず飛び込み、子供達を救出してきた。

 なので、今までは魔王陛下だけしか子供達に懐かれなかったらしい。

 元兵士達は周囲で結界を張り被害を抑える役。助け出すことは出来なかった。

 おまけに基本的に元軍人。がさつで力任せで、子供にとっては恐い人が多いみたい。

 それを考えれば、僕と姉は子供達にとって新鮮で頼りになる存在、ということになるはず。

 でも、実際の所、子供達は僕には懐いていない。


「自信を持って良いわよ。

 これから一緒に、ノンビリやっていきましょう」

「は、ハい」


 そんなこんなで、朝食の準備は完了。

 そうこうしてるウチに魔王陛下もやってくる。いつものエプロン姿に大きな皮膜の翼を広げて、テラスに降り立った。その後ろからマル執事長以下の執事達も飛んできた。

 とたんに朝食の準備をしていた人達は深々と礼をし、子供達はテラスに飛び出して陛下にしがみつく。


「おあよー、じーちゃん」「朝のお仕事は終わり? 一緒にご飯食べる?」「あのねあのね、きーてよぉ、ジョナサンったらあたしのミルク飲んじゃったのよ」「僕じゃないよ、アンの仕業だよ」

「こらこら、お話はいただきますの挨拶をしてから聞くよ。

 さあ、皆で朝ご飯を食べような」

「はーい!」


 悪ガキ達も、魔王陛下の前では良いお返事。

 一斉に各自の席に戻ってちょこんと座る。

 魔王陛下は毎回違うテーブルに座る。今朝は一番奥のに座った。続いて各テーブルに大人達と執事メイド達も座る。

 城で働く人達も、みんな一緒に食事をとるのが魔王城の流儀らしい。


「それじゃ、いただきます」

「はーい! いっただっきまーっす!」「ねー、お塩とってよ」「うん、投げるよー」「きゃー! 投げるなー、塩だらけになったじゃないのー!」「やーん、みるく、こぼした」


 あっと言う間に戦争のような騒がしさ。

 実際、この慌ただしさは戦争並みかも。


 陛下は子供達が寝てる間に離宮や城下町ルテティアへ飛ぶ。

 そこには通信アイテムである無限の窓が置いてあったり、魔族各代表が滞在してたりする。それらを通して会議し、各所に指示命令を飛ばす。

 でも、あくまで通信や会議が出来るだけ。魔界各地に自分で行くことが出来ない。だから統治に支障がでていた。

 魔界に来てすぐの頃に説明された『魔王様がインターラーケンに来れない理由』が、コレだったんだ。

 でも、これでも随分とマシになったそうだ。僕らが来るまで陛下は魔王城を離れること自体ができなかったんだから。

 しょうがなく城内に『無限の窓』を運び込み、子供達に落書きされたり壊されたり暴走に巻き込まれて粉々にされたりを繰り返してたってさ。



 さて、子供達の食事は大方があっと言う間に終わる。

 食べるのが遅い子もいるけど、そういう子は急かしたりせず、ゆっくり食べててもらう。

 朝食後は、勉強の出来る落ち着いた子は、大人達が文字や算数を教えてあげる。

 でもま、大方の子供は庭園へ遊びに飛び出してしまう。

 魔王陛下をはじめとした大人達も、監視を兼ねて子供達の遊びに付き合う。

 で、僕はと言えば。


「キョウもヨくモらしたなあ……」

「ほらほら、愚痴ってないで、しっかり洗いなさいよ」

「ユータの手って、豆や古傷がほとんど無いのよね。まるで貴族みたいに綺麗なもんだわ。

 よっぽど良い暮らしをしてきたのかい?」

「いや、そういうワケじゃ、ないんですけど……」


 僕はまだ子供達が警戒心を解いてないので、一緒には遊びません。

 だからため息をつきながら、夜中にお漏らしで濡れたシーツをゴシゴシ手洗い。他にも洗濯物は山盛り。

 今日は天気が良いので、あっと言う間に乾きそう。

 メイドの妖精さん達と一緒に、泉で白い布を岩の上でこすり、ビッタンビッタン叩きつける。洗濯の魔法、というのは無いので手作業だ。

 仕事の合間に好奇心一杯のメイドさん達は、僕のことをアレコレ聞いてきます。

 冬にはきついだろうなあ、水仕事って。





 朝の勉強や遊びの後はお昼ご飯。

 朝食以上の大騒ぎが終わったら、お昼寝タイム。

 子供達がベッドでスヤスヤ寝てる頃、ようやく姉ちゃんが起きてきた。

 ベッドルームを後にして廊下を歩いてた僕の前から、まだ寝ぼけまた目の姉が歩いてくる。


「ふぅわぁ~……おはよー、今日もボウソウは無かった?」

「うん、ヘイワにウルサかったよ」

「おツカれさまだわね。んじゃ、あとはあたしがやるわ」

「よろしくー」


 まだあくびをしてる姉は目をこすりながらエプロン着用。

 これは寝坊ではなく、夜のシフトに入っているため。

 早朝から夕方までは僕、夜は姉。僕と姉のどちらかが必ず城で勤務しているようにするためだ。

 僕らは魔王陛下に匹敵する対暴走要員。ここのところは間違いない、自信を持って胸を張れる事実だ。なので城の勤務態勢も自然と陛下と同じくらいに僕らへ配慮されている。

 ちなみに、初日以後に暴走が起きたことはないので、まだ姉は暴走に突っ込んだことはない。

 姉は「あー早くボウソウ起きないかしら? あたしの力を見せつけてあげるのに」なんて物騒な事も呟いてる。

 まず暴走を起こさないようにするのが重要だと思うんだけど。


 ところで、姉の勤務にはさらに特別の配慮がなされてる。

 どう特別かというと、城の元皇国兵士な保父さんたちがとっても特別に配慮してくれる。

 簡単に言うと、チヤホヤしてくれる。

 現に、振り返るとベッドルーム前で一息ついてた保父さん達が、姉の姿を見かけるなり満面の笑顔で声をかけてきた。

 しかもどこに持っていたのか、庭園から摘んできたらしい花を一輪差し出す……おいおい、花束を渡してくる人までいるよ。


「やあ、Signorina.キョーコ。今日も神秘的な美しさをたたえてるね」

「今日のシフトは君と一緒なんだ、驚きだね。きっとこれは運命だよ」

「この花を君の横に飾るとしよう。君の髪ほど綺麗じゃないけど、なかなか美しいだろう?」


 男達に言い寄られる姉は、ツンとお澄まし。

 みんな軽くあしらって、さっさと職場たるベッドルームへと歩いていく。

 しかし最高に機嫌が良いのは軽やかな足取りだけをみても明らかだ。


 何しろ人間族の成人女性が少ないのだ。

 僕の知る限り、皇国から魔界へ移り住んだ大人の女性は5人だけ。

 パオラさんをはじめとしたマテル・エクレジェ女子修道院の修道女達四人。そして皇国軍の少尉だったノエミさん。

 対する元兵士の男達は、正確に何人かは聞いてないけど、何十人もいる。

 魔力炉の子供達には女の子も当然居る。四十四人も。けど、ほとんど娘っていう年の差がほとんど。一番年上そうなのはシルヴァーナの年頃。五年後はともかく、今は無理っぽい。

 でも年齢以前に、魔力炉の子供達は不用意に刺激を与えると暴走しかねない。今後も簡単に手を出せる存在じゃなさそうだ。

 エルフや妖精など、他の種族の女性についてどう思ってるのかは知らない。けど、各魔族の混血というのは聞いたことがない。なので否定的だろう。


 つまり、絶望的なほど女性不足。

 魔法が通らない正体不明な存在であっても、女性は貴重。

 言うのは申し訳ないけど、ノエミさんは既にワリといい歳なので、圧倒的に若い姉ちゃんと比べると……ちょっと。

 美人でグラマーだとは思うけどなあ。


 ついでに言うと、彼ら兵士達は皇国出身。

 皇国とは神聖フォルノーヴォ皇国、地球ではイタリアが対応する地域。

 つまり彼らはイタリア人に近い、のかどうかは知らないけど、恋愛に積極的なのは間違いない。

 僕と同じく朝シフトが終わった人も、姉ちゃんと話をしよう機嫌を取ろうと、なかなか仕事を上がろうとしない。

 おかげでこの一週間、姉ちゃんはお姫様気分だ。


「あ~あ、チョウシにノっちゃって」


 呆れながら歩く僕の隣には、同じく仕事を上がるノエミさん。

 姉ちゃんが来たおかげで仕事は楽になったろう。けど、同時に女王様的地位を奪われてしまった身としては、内心複雑だろう。

 その複雑さは僕と同じく振り返る横顔にも浮かんでる。

 引きつった口元に。


「本当に不安だわねえ。

 あんな浮ついた態度で、魔界の命運を握る大役を担えるのかしら?

 まったく、あなたの真摯な勤務態度を見習って欲しいものよ」

「は、はあ……」

「あなたからも言ってあげてね。

 そんな調子だと、いずれ大怪我しちゃうよって。

 特に、彼女はまだ暴走に直面したことはないじゃないですか。あんな軽い気持ちで、君のように暴走する子供達を止めることが出来るのかしらねえ?」

「うーんと、その、ダイジョウブ……ですよ」


 ノエミさんの言ってることはもっともです。

 でも、ピクピクと引きつる口元とか眉間のシワとかは、どうにもそれ以上のことを感じてしまうんです。

 こちらも姉とは生まれたときからの付き合いなので、女の世界がどんなものかも思い知らされてますから。


 正直、女の争いに巻き込まれたくないです。

 だから日本人特有の曖昧な返答しかできません。

 くわばらくわばら。


次回、第十二章第二話


『Le Petit Trianon』


2011年8月20日00:00投稿予定

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