異郷
飛行船から降り立った所は細長い湖の横にある草原だ。
窓から見下ろすと湖の畔には街があり、沢山の人影が見えていた。
ただ、ヨーロッパのおとぎ話やファンタジー映画にあるような、中世ヨーロッパの町並みじゃない。
全くないワケじゃないけど、数が少ない。
なんというか、丸太小屋と掘っ立て小屋と大きなテントがズラリと並んでいる。しかも、どれもこれも汚れていない。新しい。
街と言うよりは、急ごしらえのプレハブ小屋が並ぶ作業現場という雰囲気。
飛空挺が降り立った場所を横切る様に、遙か彼方から街まで石の道が敷かれている。これもかなり整備されてる。
飛行船から降り立った僕も、後から降りてくる姉ちゃんも、不安と同時に好奇心を隠せない。
「ユータ、これって本当に魔法世界や別惑星の街……なのかしら?」
「僕らの常識がどこまで通じるか分からないけど、なんか、変だよね」
「そうよね。
建物は丸太小屋とテントで、どれも新品みたいな綺麗さだわ。
この道だって最近敷かれたみたいな感じだし」
「それに、上から見ても、街にいる人数に比べて、畑が狭すぎるよ」
「よっぽどの小食な連中ばかりとか、森と湖からの獲物で生活してるとか……」
「つか、街自体が最近建設を始めた新しいものなんじゃない?」
「きっとそれ……と思うわ」
飛行船から降り立とうとしたままで止まっている姉ちゃんだが、その後ろから例の肉の塊が睨んでいる。
先に降りていたエルフの男が駆け寄り、姉ちゃんにスゥ……と手を差し出した。
手を差し出して、そのまま動かない。
姉ちゃんは、どうすればいいのかと困惑し、周りや後ろを見る。
すると、後ろでイライラしているらしい丸いヤツが、アゴをクイッとエルフの方へ動かした。
どうやら、降りようとしてる姉ちゃんに手を貸している、ということらしい。
怖々とエルフの手を取った姉ちゃんは、ゆっくりと地面に降り立つ。
その後ろから、油断無く僕らを睨み付けているブサイクが、ズルリと這い出る様に地上へ降り立つ。
その塊が降り立った瞬間に、出迎えていたイヌ頭連中が一礼する。
礼をされた方は小さく頷く。
やっぱり、こんな姿ではあるけど、相当の偉い人なんだ。
僕らを睨み付けたときの眼光、恐らくは高度な魔法か何かだ。それで僕らの正体を確かめたに違いない。
ということは、きっと大魔導師。醜いのは修行の結果とか長生きしすぎて体が崩れるほど老化したから、とかかな?
僕の側に歩いてきた姉ちゃんは、なんか顔が赤い。
そういえばさっきのエルフさん、なかなか色男だったな。
「ね、ねえユータ」
「なんだよ、顔が赤いぞ」
「も、もしかして、この人達って、凄くいい人達なんじゃ、ないかしら?」
「うーん、相当に礼儀正しいみたいだよね」
「そ、そうよね、あたしたちを縛ったりしなかったし」
「無傷で連れてきたのは、人体実験とか標本とかにするために連れてきたわけでもないようだね」
「ヤなコト言うわね……。
でもま、キャトルミューティレーションとかでなくて良かったわ」
そう、確かに大魔導師をはじめとした人達は、正体不明であろう僕らに対して、とても礼儀正しく丁寧だった。
僕らを飛行船に乗せるとき、イヌ頭達が僕らを縄で縛り上げようとした。
けどそれを制止したのは大魔導師の人。軽く手で制し、イヌ頭も素直に引き下がった。
僕らを先に立たせ、大魔導師は後ろから監視して、飛行船に乗船。
そしてワイバーンの大群も獣人の一般兵達を後ろに乗せて、全員が離陸した。
飛行船の中でも、僕らは大魔導師と部下達に睨まれているだけで、別に尋問も何もされなかった。行動も自由。
窓から外をのぞくのも止められたりしなかった。
おかげで、僕らが今さっきまでどこにいたのか、確かめることが出来た。
そして、ここが昼前までいたスイスとはかけ離れた場所だと思い知らされた。
姉ちゃんは窓の光景を目にして、「やっぱり地球じゃないのね……」と、とうとう諦めた様に呟いた。
ようやく納得したらしい。
眼下に見えたのは、草原と森林が入り交じる広い盆地だ。
盆地を取り囲むのは、雪に山頂を覆われた巨大な山脈。
僕らは盆地の一番端、細長い湖から少し離れた場所に立っていたことになる。
今は荷物を全部奪われて地図も見れないし、正確にヨーロッパの地図を覚えてるワケじゃない。
でも、これだけを見れば、アルプス山脈の中にあったスイスを連想しないこともない……あくまで連想するだけだ。
ここは絶対にスイスじゃない。いや、ヨーロッパじゃない。
こんな広大な無人の大地が、街も道も何にもない手つかずの大自然が、ヨーロッパに残っているはずがない。
当然ながら、トカゲ男が持つレーザーガンのような高度な技術を持ちながら、飛行船をワイバーンに牽かせるなんて非効率なことをしている場所が21世紀の地球にあるはずもない。
古代じゃない。こんな生物たちの化石なんか発見されてないんだから。
未来でもないと思う。彼らは科学の産物を全く知らなかった。どんな未来であろうと、21世紀の産物が完全に消えてしまうことはないと思う。ビルの破片とかプラスチックとか、必ず残るはず。少なくとも伝説くらいは伝えられるはずだ。
なら、ここはタイムスリップした先の地球じゃない。
僕らは別世界に来てしまったんだ……。
で、異世界に来ただけあって、街の住人達は人間じゃなかった。
いや、人間に良く似た人達もいるけど、全く似てない人達もいる。
そして一番数が多いのは、まさにファンタジーって姿の連中。
草原の中、兵士に囲まれ魔導師さんに後ろから睨まれながら、街へ向かって歩いていく。
「姉ちゃん、さすが異世界……ファンタジーだねえ」
「ほ、本当に、おとぎ話の世界よ、妖精よ!」
「凄い……本当に、蝶の羽で飛んでる……。
仮想現実世界だとしたら、良く出来すぎだよ」
「向こうに見えるの、巨人だわ……大きいわ……。
別惑星かどうか知らないけど、本当にファンタジーの世界なんだ……」
街へ近づくと、多くの住人達が僕ら一行を出迎えた、というか物珍しげに僕らを眺めてる。
まず目立つのが、軽く3メートルはある巨人。筋肉の塊みたいで、頭に角が二本生えてる。
犬のサイズも大きい。人が乗れそうなサイズの白い犬が、こっちを見てる。
色で目立つのが緑色の小柄な人達。顔は醜いし、声も甲高くて耳障りだ。そして僕らへ向けて表情を憎々しげに歪めてる。
他にもブタの頭を持った連中とか、人間に似てるけど背中に翼が生えてるとか、兵士達と同じイヌ頭ネコ頭と、様々な種族が入り交じってる。
でも、一番数が多くて目立っているのは、輝く蝶の羽を持った小柄な人達。
サイズとしては子供くらいで、背中に大きくて淡く光る蝶の羽を羽ばたかせている。
自由自在に、軽やかに飛び回り、こっちを見てささやき合ったり笑ったりしてる。
よく見ると、妖精は僅かだけど胸が膨らんでる人達ばかり。もし人間の生態と一致するのなら、全員が女性ということになる。
もちろん人間ソックリな連中もいる。
まあ、もの凄いヒゲ面のチビなオッサンだったり、耳が長かったりするのがほとんどだけど、中には人間と見分けの付かないヤツもいる。
特に妖精の女の子グループの中にいる子は人間そっくりだ。
銀髪の女の子。見た目は十代半ばで、長い銀色の髪を後ろにまとめてる子は、全くの人間にしか見えない。
顔はソバカスで、青い眼。
旅行中に見た白人の女の子と同じような感じだ。
金髪ショートヘアで同じく青い眼の妖精と、大きな声で話をしている
「なあ、姉ちゃん。あの子……」
「え? ……ああ、ホントだ。
人間にしか見えない人もいるんだ。
あら、なんだかあの子達、全員がエプロンしてるわよ」
「だね。
というか、全員が同じような服装だよね。
ならあれは制服ってことか……」
その女の子達のグループは、色は違うけど、全員が同じような服装だ。
白いエプロンに、黒っぽい服。動きやすそうなシャツとズボンの組み合わせ。
銀髪の女の子をはじめ、何人かはフワフワのスカートを履いてる。
妖精がスカートって……あれで飛び回ったら、下から下着が丸見えじゃねーの?
「他にも人間にしか見えない人はいるけど、やっぱり人間とは人種が違うのかな?」
「分からないわね。
でも、あたし達はどこへ連れて行かれるのかしら?」
「やっぱりお城の牢に入れられて、取り調べ……」
「上から見たけど、城なんか無いわよ」
「だよね。
でも、この人達って明らかに大きな組織として動いてる。
やっぱり国とかあるはずだ」
「なら、ここは開発中の辺境かも」
「うん、そうだと思う。
だから建物が新しくて、道も敷かれたばかりなんだよ」
街中を進んでいく僕らを、多くの住人達が珍しげに眺めている。
だが警戒心や敵意を剥き出しにしている者もいる。それは緑色の小人達が中心だ。
興味津々という感じのヤツが多いけど、駆け寄ってきたりとか石を投げたりとかは無かった。
それどころか、僕らの真後ろにいる魔導師さんにひと睨みされると、恐縮して頭を下げてしまう。
「姉ちゃん。
後ろの人って、やっぱり偉い魔導師なんだよね、きっと」
「それか、この地を治める領主や王様、かな」
「ともかく敵意とかが無いのを分かってくれてるのは助かるね」
「まだ分かんないわよ。
あたし達が正体不明なのは相変わらずなんだから。
言葉が通じないと、こっちの事情も説明できないし」
「だねえ……。
取り調べはされるだろうけど、どうやって説明したらいいのやら」
「絵でも描こうかしら」
そんな相談をしつつも、夕暮れの街を進む。
上から見た通りの小さな街で、すぐに目的地らしき場所に到着した。
それは見上げるほど大きなテントが幾つも並んだ一角。
中心にはやぐらか見張り台のような物が建っていて、その一番上に丸くて大きな石のようなものが置かれてる。
その中でも一番大きなテントの前で、警備の兵達が剣や銃を構えている。
人間を一撃でミンチに出来そうな太い鉄の棒を握る巨人。
ボウガンに矢を装填した緑の小人。
ナイフを掌でもてあそぶネコ頭。
妖精の、恐らくは男が頭上で小さな弓を握ってる。男の妖精もいるんだな。
青いローブをまとい黒のトンガリ帽子を被り杖を手にした、いかにも魔法使いな連中もいる。
ほぼ全員が軽装ながらも鎧を着て武装してる。
でも、銃の数は少ない。ほとんどが剣と弓と棍棒。ということは工業力が低いのか、予算がないか、だ。
そんな中、兵達の中から一人の男の子が歩いてきた。
鎧とかは着けず、腰に剣を帯びている。普通の黒っぽいシャツとズボンを履いた、黒髪黒目の少年だ。
パッと見は東洋人の男の子に見えるけど、どうやらやっぱり人間じゃないらしい。
あの両腕は、絶対に人間のものじゃない。
「ちょ、ちょっとユータ……あの男の子の両腕って……?」
「い、入れ墨じゃ、ないよね」
「あんな、動き回って光る入れ墨なんか、ないわよ」
姉ちゃんも、男の子の両腕を見て目を丸くしてる。
その子の両腕は、青黒く染まってる。
その上、青く光ってる。
おまけに模様がウネウネと動き回ってる。まるでイカやタコの体が瞬時に変色するかのようだ。
やっぱり人間に見えるだけで、全員が人間とは違う種族なのか?
その男の子は、僕らを連れてきた兵達の間にツカツカと入ってきて、僕らの前に腕組みしながら立ち塞がった。
近くにいた兵士からの話を聞かされながら、ジロジロと僕と姉ちゃんを上から下まで観察してる。
眉をひそめたその子は、他の連中が最初にしたのと同じように、高速で印を組み淡い光を僕らへ放つ。
反応も同じ、びっくり仰天してる。何度も似た様な事を繰り返して、そのたびに仰天し、イライラしだす……どうやら表情や感情とかは僕らと同じと見て良いらしい。
諦めたのか、印を組むのを止めて後ろの魔導師さんに何か声をかけた。
二人とも、なんだかぶっきらぼうに言葉を交わしてる。
その内に、お互いバカにするかのように口の端を歪めたり、肩をすくめたり、ちょっと声を荒げたりしてる。
「姉ちゃん、この男の子って、地位が高いんじゃ?」
「そ、そうらしいわね。
子供のように見えるけど、もしかして王子様とか、大貴族の跡取りとかかな?
なんだか、凄く気品があるって言うか、可愛いわよね!」
「だね、なんというか、美少年って感じ?
でも人間じゃないから、人間の男の子に見えるだけで、普通に大人なのかも」
「……かも。
それにしても、後ろの人と同じくらいの地位っていうなら、凄い子ってことだわ」
「だけど、この人達ってさっきから、何に驚いてるんだろうね?」
「さあ……初めて見る種族だからビックリした、とか」
「うーん、何もかもさっぱりわかんないよ」
僕らがそんな期待と不安に入り交じった会話をしている間に、少年と魔導師さんとの相談も終わったらしい。
少年が一声かけると、テントを警備していた兵達が入り口を塞いでいた幕を開ける。
周りの兵達がテントの中を指さす。
少年と魔導師さんもクイッとアゴを入り口へ向けて振る。
「入れ……ということらしいね」
「そのようね」
「どうする?」
「どうするも何も……」
「だよねえ」
こうなったらもう、否応もない。
拒否したら、殺される。殺されなくても、彼らには僕らを半殺しにしてから引きずっていくことも、縄でグルグル巻きにして担いでいくことも出来るんだから。
自分の足で行くよう促されているだけ、紳士的な対応なんだろう。
中には実験道具が並んでて、活きの良い研究素材が来たと大歓迎されたりしたら、かなりイヤだなあ。
なんて考えてたら、後ろから尻を蹴られた。
「ぼ、ボサッとしてんじゃないわよ。
さっさと先に行きなさい!」
「やっぱり僕が先なのな……」
「当然でしょ!」
非紳士的なのは姉ちゃんの方だった、畜生。
ホント、もうどうにでもなれ、と開き直るしかない。
少なくとも彼らには、僕らをいきなり殺す気はないんだから。
むしろ、どうにかして話を聞きたいと考えているらしい。
あのまま野原をあてもなくさ迷って、いきなり猛獣に襲われて食べられたりしなかった、というのは幸運と思うことにしよう。
そんな風に、必死に前向きに考えながら、僕と姉ちゃんはテントの幕をくぐった。
次回、第一章第六話
『取り調べ』
2011年2月20日01:00投稿予定