エプロン魔王
クシャミで馬車をひくどころじゃなくなった大トカゲ達。
なので馬車を降り、歩いて宮殿へ行くことになった僕ら。
子供達はコショウが詰まった袋やカエルを投げつけながら散り散りに逃げていく。それを追いかけていくフェティダ王女。
というわけでノエミさんに連れられて、リィンさんとデンホルム先生と姉ちゃんとの五人でテクテクと城へ向かう。
「フェティダ王女様には、本当に感謝しています。
何しろ子供達の数が多いので、魔王陛下と一族の方々、それに私達だけでは、とても手が足りず……。
正直、あなた達が来てくれるというので、皆も喜んでいますよ」
「そうイえば、コドモってナンニンいるんです?」
「えっと、56人ですね。
男の子は一二人、女の子が四十四人です」
「ご……」
た、沢山の子供達とは聞いたけど、そんなにいるだなんて。
しかもあんなイタズラをする子供ばかりなのか。
か、考えただけで頭痛が。
ずぼっ!
僕の右足が地面にめり込んだ。
違う、落とし穴に落ちたんだ。
ガクンと視点が二十センチくらい落ちる。
足下を見れば、落ち葉が積もった小道の敷石が一部はぎ取られ、掘られた穴が枯れ葉で隠されてた。
「ま、マンガじゃあるまいし……」
生まれて初めて、落とし穴というものに落ちてしまった。
もちろん新鮮な感動なんて無い。
微妙にむかついただけ。
「あ~あ、なにしてんのよ」
「う、うるさいなあ!」
呆れた目を向ける姉がスタスタと先に行く。
その姉の足が、枯れ草に隠れていた紐をひっかけた。
ピンッシュルシュルッ、という音と共に糸が木陰や草むらを走る。
がんっ!
木の上から落ちてきた鍋が姉ちゃんの頭に直撃。
そんなに大きな鍋じゃなかったけど、あれは痛い。
頭を押さえた姉は、力任せに鍋を蹴り飛ばし、蹴った拍子につま先も痛めたようだ。地面をのたうち回って苦しんでる。
先生は呆れたように溜め息をついて、両手でシュパパパッと素早く印を組んだ。
「まったく、話には聞いていましたが……やんちゃの過ぎる子供達なのですね。
どれ、文字通りの児戯に等しい罠など、まとめて片付けるとしましょう」
印を組み終えた両手をスッと前に突き出す。
同時に突き出された腕を中心に大気が渦を巻く。
そして生み出されたつむじ風に、木の葉は吹き飛ばされ木々の枝が揺れ、土埃と小石が巻き上がる。
パシュばしゅドシャぴゅんゴンッ!
つむじ風が疾走すると同時に、色んなものが宙を舞う、というか飛んでいく。
目に見えただけで紐、ヘビ、石、泥、やかん、皿、クモ、ゴキブリ、刃物まで。
木の葉と砂がはぎ取られた地面には、そこら中に落とし穴や撒菱。
うお、荒縄に吊られたデカイ丸太も道を往復してる。限界までしならせたらしい木の枝も、ビュンビュンと風を切って道の真ん中を打ち払う。
殺人レベルじゃねーか。
「ど……どんだけの悪ガキ共なんだ……」
「だ、だから子供は嫌いだってのよ!」
だめだ、本当にダメだ。
ワームホールとか地球帰還とか言ってる場合じゃない。
これ以上進んだら、本当に今すぐ殺される。
僕も姉も、リィンさんもデンホルム先生も、唖然。
ノエミさんは慌てて頭を下げた。
「ご、ごめんなさい!
ちょっと目を離したスキに、あの子達ったら、こんなイタズラをするだなんて。
あの、どうか気を悪くしないで下さい」
いやいや、気を悪くするどころじゃありませんよ。
開いた口が塞がりません。
イタズラとか学級崩壊なんて可愛い言葉じゃ収まらないです。
姉は既にジリジリと後ろに後退しています。
リィンさんは先生の背中に隠れちゃってます。
その先生はといえば、魔法を放つために腕を突き出した姿勢のまま、顔を引きつらせてる。
「あ、あの、ミス・ノエミ」
声も引きつらせた先生。
申し訳なさそうなノエミさんが顔を上げる。
「これは、子供が少し目を離した隙に出来るイタズラなのですか?」
「はあ、何しろ大勢いますので……。
中には罠が得意な子供もいるんです。野山でウサギやキツネを捕まえて生活してきた子もいまして」
いえいえ、聞くのはそこじゃありません。
聞くべきは、『僕らは歓迎されてない』という点です。それも殺したいレベルで。
命懸けとは聞いていたけど、けど、まさか一歩足を踏み入れた時から命の危険にさらされるだなんて。
「ユータ」
「なんだよ」
「あんたに任せた」
「ナニを?」
「全てを、よ」
言うが早いか回れ右。
走って逃げようとする姉の襟首を捕まえる。
「は、ハナして! あたしは逃げる! 死にたくないの!」
「ヒトリでニげるなんてずるいぞ!」
「んじゃ、イッショに逃げる?」
「そうしよう……とイいたいけど、けど……チキュにカエるには……」
「なら、あんたに任せた! ガンバりなさい!」
「マてー! ホントにニげるなー!」
全力疾走で飛行場へ戻ろうとする姉を、実のところ一緒に逃げたいんだけど、それでも何とか捕まえる。
でもズルズルと、ジワジワと引っ張られてしまう。
こんな時だけ、なんて力だよ。
お~い……!
そのとき、遠くから声がした。
方角としては城の方、でも道の向こうからじゃない。
どちらかというと、斜め上。
振り向いて声の方を見上げると、そこには大きな黒い影があった。
それは、巨大なコウモリ羽のように見える。
二枚の真っ黒な皮膜のようなものが庭園の上空に広がっている。
羽の付け根部分には人影。遠くてよく見えないけど、どうやら背中にコウモリ羽を生やした人間型生物らしい。
と思ってたら、見る見るうちにこちらへ向けて滑空してきた。
それは間違いなく人型で、背中にコウモリ羽を生やしてる。
人型部分は人間族の姿で、青いヒゲと青い髪が特徴的。目も青い。髪はわりと長め、後ろで簡単にまとめてる。
服装はズボンと黒のセーター、そして白いエプロン。
魔王だ。
手を振りながら「おーい! 遅くなって済まないー!」と叫びながら降りてくる魔王様。
よほど慌てて来たらしく、降り立った途端に肩で息をしながら手を膝についてる。
駆け寄るノエミさんに背中をさすられながら、ハアハアとあえぎつつ僕らへ向き直った。
「はぁはぁ、ふう~。
いやー、迎えが遅れて申し訳ありませんでした。
ともかく、まずは自己紹介しますね。
僕は魔王です、よろしく」
汗を幾筋か流しながらも、笑顔で頭を下げる魔王様。
僕も姉も顔を見合わせ、ともかく魔王へ向き直り頭を下げる。
「はあ、あの……カナミハラ=ユータです。
こっちはアネの」
「か、カナミハラ=キョーコ、です……初めまして」
「はい、初めまして。
あ、いや、お二人とは以前に鏡越しで会いましたね。
いやー、あの時はご挨拶もせずに、すいませんでした」
「いえ、あの、そんな、キニシナイでクダさい」
「お付きの方々もご苦労様でした。
道中大変だったでしょう」
何時のまにやら地面に膝を付き平伏していたリィンさんとデンホルム先生。
まるで時代劇のように恐縮してる。
先生の返答も時代がかってる。
「滅相も御座いません。
かような些事にも御心を配られるなど、恐悦至極。魔王陛下よりのご配慮、身に余る光栄に存じます。
僭越ながら古より連綿と続けしダルリアダに残る我が一族を代表し、ここに」
「あーいやいや、悪いんだけど、ちょっとここでは長い挨拶は避けて欲しいんだ。
子供達が待ってるからね」
「はっ! ご無礼を致しました。
我が名はDenholmと申します」
「ん、デンホルム君だね。
えっと、そちらの妖精族のお嬢さんは」
「Sieglindeですわ、魔王様。
皆にはリィンと呼ばれてますの」
「そっか、それじゃリィン君でいいかな?」
「もちろんですわ!」
「そっか、それじゃユータ君に、キョーコ君。それとデンホルム君に、リィン君だね。
改めて、よく来てくれました。
感謝します」
改めて礼儀正しく頭を下げる魔王様……えーっと、ホントに魔王と呼んで良いのだろうか?
初対面の人に礼儀正しく自己紹介をして、頭まで下げてくる魔王って、そんな魔王がかつていたろうか?
魔王って普通、こう、凄いド派手な服を着て、雷光を背後に背負って、重々しいファンファーレをBGMにして、角のついた兜とかも被って登場するものじゃなかったろうか?
いや、そもそも僕は実際の魔王なんて見たことがない。ゲームやマンガでしか見たことがないんだ。
だったらもう、目の前にいるオジサンが現実の魔王だと納得するしかない。
そう、これが本物の魔王なんだ。
ゲームやマンガの中のボスキャラでもなく、おとぎ話でもなく、現実の魔王は青髪青ヒゲ碧眼の男。
普段着にエプロン姿で、礼儀正しくにこやかで、紅葉に赤く染まる林の中に吹き渡る風に舞う木の葉がよく似合うオジサン。
これが魔王なんだ。
魔王だっつったら魔王なんだよ!
納得しろ僕の脳みそ!!
そんな葛藤は表に出さず立ち尽くしていると、魔王は背中のコウモリ羽をシュルシュルと小さくしていく。
最終的に襟や裾から背中の中にスポッと入っていった。
巨大なコウモリの羽すら消えたら、もう本当にただのオジサンだ。
「ノエミさん、お迎えご苦労様でした。
それじゃ城までは一緒に歩きましょうか」
「そうですね。
それでは皆さん、行きましょう」
クルリと背を向けて歩き出す魔王とノエミさん。
リィンさんとデンホルム先生は立ち上がり、しずしずとトラップの残骸だらけな道をついていく。
で、残ったのは僕と姉。
どうしたものかと顔を見合わせる。
「どう、しよう……?」
「どうするって、言われても」
「みんなイっちゃったよ?」
「見ればワかるわよ」
「……ここでニげたら……」
「……逃げたいわ……」
「でも……」
先に行ってしまう魔王達。
ここで逃げても、その後どうすればいいのか分からない。
いや、どうしようもない。そんなのは分かってる。
諦めろ。この姉に付き合わされて15年、いや16年? もう諦めの境地に至ったじゃないか。
しくしく。
そんなわけで、意を決して魔王の後を追う。
駆けだした僕の背中から、姉の声が飛んでくる。
「ちょ、ちょっとユータ! 正気なの!?」
「ネエちゃんはスきにしなよ!
ボクは、もう、やるしかないや!」
魔王達の背中を追いかける。
取り残された姉が、飛行場と僕の背中で視線を往復させ、どうしようかと迷ってるのが気配だけで分かる。
ようやく魔王達に追いついたとき、背後から姉の声が再び聞こえてきた。
「ちょっと待ってよー!
もー、あんた一人でナニが出来るってのよ!
こ、このジョウヒンで美人なアネが、つ、ついていってやるんだから、カンシャしなさいよね!」
一人取り残されるのが不安で恐くて寂しいからだろうけど、そこは指摘しないでおいてやる。
姉への優しさってワケじゃなく、後で嫌がらせされるのが嫌だからだけど。
とにかく僕ら姉は、イヤでもなし崩しでも、魔王の下で子守をすることになってしまった。
次回、第十一章第三話
『廃城にて』
2011年7月25日00:00投稿予定