Le Grand Trianon
魔王一族専用特別機。
アメリカで言うならエアフォースワンみたいな機体。なので、大きな機体じゃないけど中は広々。
僕らがヨーロッパへ渡る時にのったような、狭苦しいエコノミーシートじゃない。優雅にソファーやテーブルが置かれている。もちろん機内の揺れで吹っ飛んだりしないよう、床にガッチリ固定されて動かない。
離着陸時はシートベルト付きの席に着くけど、それ以外は機内を自由に歩ける。
そして小さな窓から外が見える。
今は雲の合間をぬって飛行中。
特別機の周りには飛翔隊の編隊が同じく飛んでいる。
あの機体は複座式。パイロットの他にメインの魔力供給役が必要なのだ。アンクと同じく魔力をエネルギー源にしてる。
人力飛行機と言えばそうだし、燃料のスペースと重量を省ける面では非常に効率的とも言える。
垂直離着陸も出来るから、相当な性能の機体なんだろう。
でも結局、魔力供給役が拷問受けてる状態なのは同じ。もっとマシなエネルギー源を探せばいいのに。
僕らは既に空の上。ジュネヴラから魔王城ル・グラン・トリアノンへ移動中。
ネフェルティ飛翔隊隊長は飛翔機に乗り込んで飛んでいる。
ルヴァン王子はコクピットにいる。僕ら姉弟がいる客室からはドアで隔たれてて操縦の様子は見れない。
フェティダ王女とオグル王子もコクピットの方にいる。通信機がそっちにあるので、それで領地や魔王城と連絡を取り続けてるそうだ。
なので、今は客室には僕と姉、それにデンホルム先生とリィンさんの四人。
荷物はほとんど機体床下の格納庫。客室に持ち込んでるのはパソコンやフランスのガイドブックなど最小限の手荷物のみ。
格納庫の中の荷物、大半は姉の荷物。多すぎ。
その姉はリィンさんとおしゃべり中。ちなみにリィンさんの荷物も、貧乏で有名な妖精らしからぬ量だ。
姉が「一緒に付いて来てくれるんだから」ということで買ってくれた品々。それと、僕ら専属お世話役というのは、給料がとても良かったらしい。
僕も先生に、必要な物があれば僕が買いそろえます、と申し出た。でも「それなら魔王城に着いてから揃えてもらえると有り難い。魔界中央の方が書籍も家具も充実してるからね」というわけで、まだ買ってない。
服については、相変わらずの地球の服を着てる。
綺麗に洗いはしたけど、ジーンズにスニーカー。長袖シャツに白のフード付きパーカーも羽織ってる。
魔王様に会うんだし、もうちょっと魔界の正装ってやつを、とも思ったんだけど、別にそんなものはいらないとの先生のアドバイスだった。
なぜなら、魔界に正装というべきものは無いから。
各部族がてんでばらばらの伝統と文化を持ってるので正装も様々。誰がどんな服を着ていようと誰も構わない、それが裸でも魔王陛下は気にしない、というのが理由。
無数の少数部族を束ねるだけに、各部族の文化と伝統についていちいち文句を付ける魔王様じゃないんだってさ。
それはともかく、魔王城についたら、街へ飛び出して買い物と観光を楽しみたい。
城そのものを見るのも楽しみだ。
なにしろル・グラン・トリアノンというのは、地球ではヴェルサイユ宮殿に当たるのだから。
ル・グラン・トリアノン(le Grand Trianon)。
地球側のフランスのガイドブックにも記述がある。
大トリアノン宮殿という意味で、ヴェルサイユ宮殿の庭園にある離宮の一つ。
1670年にルイ14世が建造した中国風の小宮殿で、1687年ジュール・アルドゥアン=マンサールの設計により改築。
地球ではヴェルサイユ宮殿の中に幾つかある離宮の一つに過ぎない名前だが、この魔界では中心の宮殿を表す名称だ。俗に言う魔王城は庭園と離宮全てを指すのが一般的。
建築したのもルイ14世ではなく魔王。
しかも、この建築したという言葉。地球では「ルイ14世が建築を命じた」という意味。だけど魔界では本当の意味で「魔王が自分で頑張って土木工事しました」というのだ。
魔界の王として相応しい場所を探していた魔王が、広大な沼と森の中を選んだ。
で、建築費用を安く済ますため、自分で木々を伐採し整地し岩を切り出して運んできた、と。
経費節減とはいえ、たった一人で巨大な城を建てようとするなんて、本当に巨大な魔力を持つ人なのか。
この話をするとき、デンホルム先生は苦笑いしてた。
「そう、確かに魔王陛下は自分で城を建てようと頑張られたそうだ。
魔王陛下の絶大なる魔力をもってすれば、難しいことではなかったんだ。
ただ、まあ、なんというか、いかに陛下が神に等しい魔力を有しているといっても、その、センスの方が……アレらしくてねえ」
妙に言いづらそうにする先生。
普段よりさらに回りくどく、無駄に長ったらしい。
なので横からリィンさんが助け船を出してくれる。つか、身も蓋も無いことを一言で言ってくれた。
「要は、魔王様は不器用だったの。
しかも芸術とかのセンスがまるで無かったわけ。
魔王様が一人で頑張って出来上がったのは、ぶっさいくな岩の山みたいなヤツだったそうよ。
しかも石の積み上げ方が悪くて、あっと言う間に崩れちゃったって」
「オホンッ!
へ、陛下の権威を貶めるがごとき発言は、慎まれるべきですよ」
「あら、別に良いじゃないの。
魔王様自身が『ゴメン、無理。助けて。お金もちゃんと払います』ってドワーフや巨人族に泣きついたんだから」
「う、うむ、まあそうなのだが。
やはり神に匹敵する力を持つとは言っても、万能ではなかったのだ」
そんなわけで、改めてちゃんと建築されたのが魔界のル・グラン・トリアノン。
森はそのまま広大な庭園となり、その東を通る川の畔に新たな街が作られた。
魔王直轄都市Lutetia (ルテティア) 、ほぼ地球のパリと重なる位置にある。
魔王の魔界統一を象徴する新しい街。
その住民となる条件は、憎しみ合い殺し合う各種族部族が共に暮らすこと。互いの宗教を理由に争わないこと。
この条件を守って、古代の化石化した恐竜を崇めるリザードマンも、風の精霊を信仰する鳥人も、大地の神へ祈りを捧げるドワーフも、街中ではおおっぴらに争うことは無くなった。
今では各神殿寺院が隣り合うことも珍しくない。
それ以後、このルテティアのような各種族が共に暮らす直轄都市を各地に作ることが王子王女達が領地を得る条件のようになっている。
魔王城に着くまでの機内、先生の話が続く。
「各魔族の融和を目指した新しい都市の建設、これは魔界において極めて重要な意味を持った。
憎み合う種族が力を合わせたとき、奇跡のごとき力が生まれるであろう事は予想されてはいた。だが、あまりに仲が悪くて無理だった。
歴史上、魔王様が初めて現実の物とされたのだよ。そして予想通り素晴らしい街が築かれた。
エルフの都市計画に従い、ドワーフ達と巨人達が建設した市街で、リザードマン達が各都市間の空輸を担い、オーク達が大地を耕し、鳥人達の郵便が情報を伝達する。
その他の種族も各自の得意分野で力を発揮し、魔界は急速な発展をみたのだ」
そこまでの話を聞いて、姉ちゃんが首を傾げた。
律儀に手を上げて質問する。
「あの、先生。
そこまでの話だと、魔王サマがウラまれたりネラわれる理由がないように思えます」
「うん、良い所に気が付いたね。
実のところ、全てが上手く行ったわけではないのだよ。
魔王の光が魔界を照らせば、当然影が伸びる。
光が強ければ強いほど、影もハッキリと浮き出るんだ」
先生は話してくれた。魔王とその一族が恨まれる理由を。
それは、地球でもよくありそうな話だった。
魔王は種族出自を気にせず、有能な者はどんどん登用した。財務官僚として登用された流浪の民ゴブリンが良い例だ。
他にも、奴隷や通貨扱いされていたオークや、迫害されていた少数部族も押し寄せてきて、魔王の庇護の下で確実に地位と富と権力を手に入れていく。
ルテティア以外にも王子王女達の街が各地に築かれて、その影響は各種族に等しく及んだ。社会構造の変化が。
過去の伝統的生活や宗教観倫理観に縛られない者が現れ、確実に魔界の上層へ上っていったのだ。
同時に影響を受けたのは、過去の魔界で富と権力を得ていた者達。
彼らの富は着実に目減りし、権威は否定されていく。
迫害されていた者達より少しだけ社会上層に居た者達も同じだ。
彼らは「自分より下が居る、下の奴らをいじめれる」と思っていたから社会下層でも耐えていた。
なのに、いつの間にか自分達の方が最下層になってしまった。
新たな街でリザードマンが立ち上げた航空輸送会社であるワイバーン便の発達により物流も変化し、昔ながらの旅籠や運送業者が悲鳴を上げる。
ドワーフ達の良質な手工業製品の普及により、各種族内で作られていた製品が売れなくなったりもする。
北の大陸ダルリアダに引きこもっていたエルフ達は、学者や官僚として各地に派遣され、偉そうに政治へ口出しをする。
各種族の戦士達は部族間抗争の減少と対皇国戦の小規模化によって仕事を無くす。
そもそも、魔王は憎き敵である皇国から来た人間。王子王女達も単なる実験動物ではないか。
今も皇国と通じていないと言えるか、魔界を裏切るかもしれないではないか。
おまけに昨年インターラーケンで皇国から奪取したアンクを大事にしている。敵国のアイテムを利用するなど恥ずべき行為、と考える者も。
第一、俺達は隣にいる先祖伝来の宿敵との怨恨と決着を忘れたわけではないぞ。それを無理矢理仲良くしろなどと、勝手なことを……と感じる者などいくらでもいる。
そして、魔王の支配を受け入れた種族同士の殺しを否定されたら困る、ということも多いのだ。
リザードマン伝統料理である魚人族の刺身や、ドワーフ族の大好物であるオーク肉の石焼き三段バラ焼き肉をどうしてくれるんだ、と。鳥人達の羽が無かったら、ワーキャット族の成人の儀式も出来なくなるじゃないか、という風に。
各種族同士の殺し合い、それは各種族の文化と歴史そのものでもあるのだ。
伝統を傷つけられ、文化を否定され、社会を破壊されてなるものか。我らの誇りを取り戻せ。魔王一族を討つべし……そんな不満や怒りを抱く者も、決して少なくない。
夏に起きた武装飛空挺墜落とアンク爆破未遂は、そんな不満を抱いたリザードマンの一派によって起こされたものだった。
納得するしかない話。
社会の変化や技術革新で伝統技術が廃れたり新会社が作られたり。
地球でもよくあること。
しかもその原因が敵国から来た魔王なら、恨みも怒りもひとしおだろう。
さすがに長い話でしゃべり疲れた先生が水を飲むスキに、リィンさんが話し始めた。
「とまあ、そういうワケなのよ。
でも魔王城では魔王様がしっかり守って下さるから、そういうのは気にしなくて大丈夫よ。
魔王様だけじゃなく、他にもたくさんの人間族が城にいるから、城と街の人達は人間族に慣れてるって話だし。
だから、危ないとか寂しいとか困るとかはないと思うわ」
その話に姉はほっと一息ついて胸をなで下ろす。
やっぱりソコんとこは気になるよな。僕だって恐い。
ともかく安全を保証されるのは助かる。
「それはヨかったです。
それならアンシンして、キレイなシロをタノしめますね」
何の気無しに口にした言葉。
僕らは本来、ヨーロッパ旅行の次の目的地はフランスだった。
何の因果かパラレルワールドの彼方に来ちゃったけど、魔界では魔王城とされるヴェルサイユ宮殿の方を観光するのも良いかな、と思って。
けど、目の前の二人のリアクションは、変だった。
気まずそうに押し黙り、視線を逸らす。
「……もしかして、キレイなシロじゃないの?」
横から姉ちゃんが肘で突いてくる。
「ユータ、さっき説明あったでしょ?
ブキヨウな魔王サマが建てたって。
なら、キタイはデキないわよ」
「あ、そっか」
「オホン、いや、そういうことはないんだよ」
咳払いする先生。
さらにもう一度咳払いをして、話を続けた。
「その後にドワーフ達が建てた、と言ったろう?
実際、次に建てられたル・グラン・トリアノンは素晴らしいものだったのだよ。
壮麗で荘厳、華麗にして雄大。まさに魔王城に相応しい、地上の楽園がごとき宮殿が造られたんだ。
それはそれは素晴らしかったそうだよ」
「あたしの友達や家族も、何人も魔王城でメイドとして働いてるんだけどね。
そりゃあ、その、凄い城……だったそうよ。
魔王城で働いてるって言うだけで、みんなが羨んだっていうほどの、えっと、凄い立派な城、だった、んだって」
リィンさんも、魔王城で働く妖精達からの話を語ってくれる。
過去形で。
先生もリィンさんも、魔王城の素晴らしさを語ってくれる。全部、過去形で。
つまり、魔王城が素晴らしかったのは、過去の話……。
《みんなー、ルテティアに着いたよー。
もうすぐ魔王城が右に見えるからねー》
いきなり機内にネフェルティ王女の声が響いた。
魔王城の城下町ルテティアに到着したという。
すぐに僕らは窓に飛びついた。
眼下に見えたるのは、広大な畑と牧場と森。
ポツポツと農家の並んだ集落も見える。各集落をつなぐ細い街道では、馬車らしきものが往来しているようだ。
その先に見えてきたのは、石造りの立派な街。完全に整備された市街とゴチャゴチャした民家の群みたいなのが、次々と目に飛び込んでくる。
上空から見ても街の果てが見えない。森と街、畑と民家、川と道が混じり合う巨大な都市だ。
なるほど、魔王の城下町というだけあって、ジュネヴラとは比べようもないような大都会。
そして機体はゆっくりと旋回し、南西へと飛ぶ。
広大な森の中にある、魔王城へと。
いや、多分、魔王城だったモノへと。
「な……ナニ、あれ……?」
「あれが、ル・グラン・トリアノンなの……?
ほとんどクズれかけじゃないの!」
「つか、なんでクレーターが?
ナニがあったっての!?」
眼下には、確かに巨大な建造物があった。
石造りで、広大な森の中にあり、正面入り口らしき場所には大きな泉のようなものもあった。
それらは上空からみてもハッキリ見えるほど大きなモノだ。
ただし、もっと目立つのは、大穴。
屋根に空いた大穴だ。
屋根だけじゃなく、壁も崩れてる。
建物の各所が崩落して中が剥き出しになってる。
窓ガラスもあちこちが割れて、ほとんど吹きさらし。
そして、森と庭園の各所にも、大穴。
地面がえぐれてる。
何かが爆発したかのような穴があきまくってる。
どうみても、これは何かに襲撃されて戦場になったとしか見えない。
て、待てよ?
確か最初の取り調べだか会議だかの時、魔王城にいる魔王の姿が映ってた。
その時、城の様子も映っていた。
窓ガラスは割れ、カーテンも破れてた。魔王が必死に走り回る子供達の世話をしてたぞ、ボロボロの城の中で……?
「ま、まさか……」
絶句する僕。
姉も、パクパクと口が開閉する。
あまりの状況に、予想に、言葉を失ってしまう。
代わりに口をきいたのは、リィンさん。
「……まあ、その~、その通りよ。
あれ全部、魔力炉の子供達の仕業だそうなの。
おかげで城はボロボロ、働いてた人達も次々と逃げ出して、魔王様は子供達の世話を自分でしないといけなくなったワケよ」
「うむ、そうなのだ。
おかげで魔王陛下の魔力と時間は子育てに費やされ、政務に支障が出ているのだよ。
もし君達が手助けして下さるなら、魔王陛下の覚えは目出度く、ご助力を得られるだろう。
チキュウへ帰ることも容易となる」
先生の言葉は、右から左へ通り過ぎる。
つか、聞きたくない。
巨大な城を廃墟に変えるような連中を、僕らに世話しろって?
父さん母さん、ごめんなさい。
僕らは魔界で死にます。
先立つ親不孝を許して下さい。
ついに彼らは魔界中央le Grand Trianonへと足を踏み入れる。
それは同時に魔界と皇国の因縁にも深く関わることとなる。
彼らがここで考え、話し、行ったことは、世界にいかなる波を起こすのか。
それは今後のお楽しみ。
というわけで、物語はようやくにして大きく動き出したわけです
ここまで長くお付き合い下さっている読者の方々には、本当に感謝している次第です
そして物語は、まだまだ続くのでありまして……いつまでも終わらずすいません
とはいえ、焦ってもしょうがありません。マイペースに頑張っていくつもりです
なので、新章までは主要人物紹介を挟んでから、いつもより少し長く空けさせて下さい。
次回、『主要人物紹介』
2011年7月12日00:00投稿予定