晩餐
誘導員の妖精達が呆然としてる。
各種族の部下達も呆れかえってる。
飛翔機の噴射で吹っ飛ばされた王子王女達が草まみれになって立ち上がる。そしてその全員が、ネコ耳女性を睨み付けた。
ピゥッ!
何か、高周波音がした。
次に焦げ臭いような臭いがする。
いや、ホントに焦げてた。ネコ耳付きヘルメットが。
ネフェルティ王女と名乗った女性が小脇に抱えるヘルメット、そのど真ん中に穴が貫通してる。穴の周囲は焦げてる。
射線上にいるのは、オグル王子。
いつもは半開きの腫れぼったいまぶたが大きく見開かれ、一際青い光を放ってる。
もしかして、目からビーム?
「……ふざけんじゃねえぞ、姉貴」
ドスの効いた低音を漏らす銀行頭取。
普段から不機嫌そうなオグル王子だけど、今回は極めつけに不機嫌、というか激怒してる。
けどネフェルティ王女だか姫様だかは、どこ吹く風で機にした様子が全くない。
「やーやー、オグル君。おっひさー。
突然だけど、金貸して」
「うるせえ!」
オグル王子の目が光る。
瞬間、凄まじい光量が放たれた。しかも連続で。そのたびに光の筋が大気を貫く。
やっぱりレーザービームだ。
つか、ヘルメットを貫通する威力って、もしかして殺しちゃうレベルなんじゃ?
けど、飛翔隊隊長という肩書きを名乗った王女は死ななかった。
軽やかに身をひるがえし、飛翔機の影に隠れ、レーザーを回避する。
光による攻撃をかわすなんて、とんでもない反射神経と体術だ。
「まったくー、オグル君は相変わらず陰険にゃんだから。
そんにゃことだと、女の子にもてニャいぞ?」
「余計なお世話だ。
このツラで近寄る女なんぞいるか。
まずはテメエから、二度と近寄れなくしてやるぜ」
憎まれ口を叩き合いつつレーザーを連射するオグル王子と、それをからかうかのように軽々と避け続けるネフェルティ王女。
「何をボサッとしてんの!?
逃げるわよ!」
「え?」
いきなり後ろから肩を掴んでくる姉ちゃん。
振り返ると、周囲の人達が慌てて草原の中へ飛び込み身を隠す。
「流れ弾に当たるわよ!」
おお、言われてみればその通り。
僕らも発着場横の草むらに身を隠し、体を伏せてレーザーをやり過ごす。
時折、頭の上を光が通り過ぎる。そのたびに焦げた枯れ草の先がパラパラと落ちてくる。
なんて迷惑な姉弟ゲンカだ。
「その辺にしておきなさい」
ルヴァン王子の声と共に、レーザーも止む。
恐る恐る顔を上げてみれば、オグル王子の肩を後ろから掴んでるルヴァン王子の姿があった。
服は草まみれ、眼鏡はひん曲がってるけど、それでも冷静に弟を止めてる。
ネフェルティ王女の方はフェティダさんが脇に抱えてる。相変わらずのパワー。
シッポが飛び出す飛行服のお尻を目の前にして、大きく振りかぶる。
そして、振り下ろす。
びったーん!
「ぎにゃー!」
華麗にして豪快なるお尻ペンペンでした。
猫の王女は余程痛かったらしい。お尻を押さえて逃げ出しちゃった。
「まったく、あなたは!
相変わらずイタズラばかりして、大人として恥ずかしくないのですか!?」
「うにゃー、ごめんにゃさいだぞー」
うわ、ネコ耳が後ろにペタっと垂れた。
どうやらワーキャットに近い存在なんだな。
というか、魔王一族は魔力炉として改造された人々。ならネフェルティ王女はワーキャットから改造されたな。
トゥーン王子だけが何事もなかったかのように悠々と歩いてる。
「まったく、姉貴のイタズラには付き合ってらんねーぜ。
とにかく飛翔隊も特別機も全て揃ったし、街で晩飯としようぜ」
無難にまとめた領主。
なんか、魔王一族って濃い人達ばかりだ。
夕食時の迎賓館兼集会場。
VIPを迎え集会を開くための迎賓館だけあって、広めな部屋はある。
そこに机を並べ、ネフェルティ王女を含めた王族五人と僕らを交えた晩餐となった。
トゥーン王子の隣にはクレメンタイン妃が座ってる。
リア妃とパオラ妃も、メイド姿でしずしずと、というよりテキパキと給仕役をしていた。
まずは改めて猫耳姫の自己紹介。
まだ寒くないので火を入れてない暖炉の前の席で立ち上がり、エッヘンとふんぞり返ってる。
「と、いうわけで。
あたしは魔王第五子、ネフェルティ=エストレマドゥーラだよ。
魔界の南、ワーキャットが多く住むエストレマドゥーラ半島を領地にしてるんだ。
半島の先端にジブエル・アル・ターリクっていう街を作ってね、ここを拠点に『黒の大陸』を探検のがお仕事なんだよ」
「えっと、エストレマドゥーラとか、ジブエルって、どこですか?」
部屋の中央には大きなテーブル。
食事や果物、燭台に花も飾られてる食卓を8人で囲んでる。
そして他にも、かなり場違いな空気をまとうノートパソコンもある。
僕は足踏み式充電器をシュコシュコ踏みながら、ヨーロッパの地図を映し出す。
彼らが『超小型アンク』と呼ぶ地球の情報機器に、猫っぽい王女は丸い目をますますまん丸に見開いてのぞきこむ。
「にょほー、これが噂の魔力も無しに動く超小型アンクだね?
うみゅみゅ、さてさて……」
猫王女は軽く手をかざす。
その手からは淡い光が放たれて、パソコンを照らし出す。
何をしてるかは、僕らにもいい加減分かる。探知系魔法を放ってるんだ。
探知系魔法には魔力の分布のみを大雑把に調べるだけの『魔法探知』と、内部を詳細に透視する『探査』があるそうだ。
僕らには目の前で使われてるのがどっちなのか分からないけど。結果は聞くまでもなく分かる。
地球の物質に魔法は通らない。
なので、最初に僕らを見た人々のリアクションと同じ。イライラして同じ魔法を繰り返したりビックリしたりしてる。
「す、すっごいよお!
本当に、全然中身が見えない。一切の魔力を消しちゃってる!
こんな凄い素材、『黒の大陸』だって見つからないよ、きっと」
「あの、それはまたアトでゆっくりと」
「あ、うん、そうだね。
あたしの領地と街、それに『黒の大陸』だけど、ここだよ」
猫王女の鋭い爪が指し示したのはヨーロッパ最南端。
エストレマドゥーラ半島は、スペインやポルトガルがあるイベリア半島。
ジブエル・アル・ターリクとはジブラルタル海峡に面した海岸に位置してる。
そして『黒の大陸』とはアフリカ大陸だ。
猫王女の目がパソコンの画面を食い入るように、というか齧り付きそうな勢いでのぞきこんでる。
「ちょ、ちょっとコレ!
なんだか不正確だけど、魔界や皇国だけじゃなく、その周囲の地図まで入ってるじゃないの!?」
「シュウイ?」
「い、いや、あのね。
この『黒の大陸』の北岸の地図や内陸地、あたし達が作ってる地図とほとんど同じだよ。
それだけじゃなく、まだ探検していない場所まで入ってるじゃないか!」
「……へ?」
探検していない場所の地図まで入ってる、だって?
ということは、まだアフリカ大陸の地図を持っていないってこと。
え、ちょっと待って。
もしかして魔界の人達って、世界地図を作っていないのか?
つか、空軍を作るほどの技術力があって、大航海時代に入ってなかったっての?
僕の疑問には、隣に座ってる姉ちゃんの方がルヴァン王子へ尋ねてくれた。
「あの、ルヴァン王子。
もしかして、世界のチズをカンセイさせていなかったのですか?」
ひん曲がった眼鏡を脇に置いてる王子は、細い目を姉へ向ける。
いや、目が細すぎて目玉がどこ向いてるか分からないけど、顔は姉に向けてる。
「その通りです。
魔界は魔王降臨まで、各魔族が群雄割拠する戦乱の世界でした。
このため北の氷原、東の砂漠、西の大海、そして南の『黒の大陸』。これらを調査する大規模な探検隊を過去には放てなかったのです。
魔王たる父上が魔界を平定し、各街道を安全に通行出来るようになり、探検隊への支援も十分に出来る最近になって、ようやく始まった事業なのですよ」
「けどよ、それもお前らのおかげで一気に進んだわけだぜ」
横から口を挟んできたのはオグル王子。
半開きの目で薄笑いを浮かべてるようにみえる。
こうしてみると、なんだか悪役に見えるんだよな、申し訳ないけど。
まあ、ブルークゼーレ銀行頭取をやってる以上、人が良いだけじゃ仕事はできないだろう。
「お前ら、この世界と重なり合うように近いけど別な世界、とやらから来たというじゃねえか。
で、そこは俺達の世界と共通点が多いんだって?」
頷く僕ら。
パラレルワールドの概念は理解してもらえたか疑わしいけど、少なくとも『似たような世界から来た』とは分かってもらえたろう。
「俺にはとても想像できねえんだが……お前らが嘘をついていないのは分かる。
俺の目は、いかなる嘘も見抜く。全ての真実を見通す。
しかも『探査』や『魔法探知』といった魔法とは一切無関係に、だ。
だから抗魔結界など俺には意味がない。お前らの内臓まで全て見通せる。おかげでお前らが『中身はただの人間』とも分かるわけだ。
この能力のおかげで、おれはブルークゼーレ銀行の頭取をやれるわけよ」
自慢げに語る銀行頭取のオグル王子。
なるほど、その能力のおかげで僕らと最初に出会ったとき、僕らが怪しくないって分かったんだ。
オグル頭取の目は、CTスキャナーやレントゲンみたいな能力を持ってるんだな。
その「全てを見通す」という目は、今は僕と姉ちゃんを見通してる。
「んで、お前らだ。
魔界ではありえない物質で構成された、有り得ない生物であるお前らが、本気で別の世界から来たというんだ。
なら別世界とやらは、本当に存在するんだろうよ」
おお、分かってくれたんだ。
人間は見た目じゃない、というけど、本当だ。
というか、僕らは同じ人間すら見た目で判断出来ないのに、別種族なんか外見で何かが分かるはずもないや。
もしかしたら、オグル王子が不細工に見えるのは、地球から来た僕ら姉弟だけかもしれないな。
「そして、お前らが持つ小型アンクに収められたデータの数々だ。その地図だけでも驚きだぜ。
魔界や皇国だけじゃない、世界全てを収めた地図。球形の大地を余す所無く網羅しているじゃねえか。
これで世界探検は半分終わったようなもんよ。
ネフェル姉貴もお払い箱ってわけだな」
「うにゅー!
まっだだぞ。本当にその地図が正しいか、わかんないんだもん。
それに『黒の大陸』には、すっごい珍しい素材が一杯なんだぞ。
まだまだあたしのお仕事は終わらないよーだ!」
「つか、最近は探検に行ってねーな。
ほとんど飛翔隊の訓練だろ」
「だいじょーぶ!
領地経営と探検は、あたしがいなくても部下の人達がぜーんぶやってくれるから!」
「……反乱されるぞ」
うーん、この二人、見た目はボケとツッコミ。
いきなり大喧嘩始めるから仲が悪いのかと思ったけど、そうでもないんだろうか。
と、ここでフェティダさんが立ち上がった。
「まあ、そういうお堅い話は抜きにしましょう。
私達兄弟姉妹がこれだけ揃うことなんて、最近はなかなか無かったのですから。
たまにはいがみ合う事無く、互いの壮健を喜び近況を語り合いましょう」
その言葉にトゥーン王子とクレメンタイン妃も立ち上がる。
ワインが注がれたグラスを手に持ってる。
でも少し恥ずかしそう、落ち着かない様子。
他の王族も、僕らも同じように立ち上がる。
「ま、そういうことでな。
今夜は俺の領地に集まってくれて、まあその、ありがとよ。
なんせ去年拝領したばっかで、しかもいきなり皇国の奇襲でボッコボコにされちまったもんだから、ろくなメシはねーんだけど、な。
出来る限りの豪華な料理をリアに作ってもらったし、パオラにも皇国の料理を用意してもらったから、だな。
ま、まあなんだぜ、楽しんでってくれよ」
必死にホスト役としてのスピーチをこなすトゥーン王子。
虚勢と無理はミエミエだけど、真っ赤になるほど頑張ってる。
リアさんとパオラさんも、皿に料理を盛り分けて客達の前に並べる。
う……魚のパイ包みやフォンデュに加えて、妖精名物の虫料理も混じってる。
バッタの串焼きみたいなのとか、蜂の子の煮物とか、アリの入った炒め物とか。
僕と姉は、思わず目を合わせる。
内容を聞かれないよう、小声で日本語で囁き合う。
『姉ちゃん、いくらなんでも、これは、残したら……失礼だよね?』
『こ、これくらいなら、なんとか食べれる、わよ。
こここ、根性入れて喰いなさい』
というわけで、虫料理をも含めての豪華な晩餐。
僕らは目を閉じて口の中に蜂の子を放り込み、味わう前に飲みこ……あれ?
蜂の子、蜂蜜味で意外と美味いぞ。中身はクリームみたいで舌触りも良い。
姉も目を丸くして驚いてる。
『これ、食べれる、というか美味くね?』
『どうやら、そうみたい。
そういえば、最初って味わう前に飲み込んだから、味を知らないままだったんじゃ』
『だね。
なんだ、虫料理も結構いけるじゃんか。
アリはちょっと酸っぱいな。蟻酸ってヤツだね』
『うん、このバッタみたいなヤツもパリパリして香ばしくて美味しいわよ』
こうして、ようやくにして僕らは妖精達の伝統料理を食べれるようになった。
刺身や納豆を出された日本の外人達も、こんな経験したんだろう。
魔王城での思い出話や、トゥーン王子の皇国潜入作戦の活躍とかを聞かされながら、楽しい夜がふけていった。
んで次の日の朝。
魔王城への出立が延期になった。
飛翔隊隊長ネフェルティ王女が酔いつぶれて二日酔いでぶっ倒れたから。
次回、第十章第七話
『le Grand Trianon』
2011年7月5日00:00投稿予定