飛翔隊
ついに明日の朝、僕らは魔王城ル・グラン・トリアノンへ行く。
全ての荷物は既にまとめ終えた。バックパックに詰め込んでた地球産の品も、ジュネヴラで買い漁った荷物も、梱包を終えている。
僕ら以外の、フェティダ王女とオグル王子も準備は整え終えたそうだ。
あとは魔王城への特別便が到着するのを待つばかり。
そんなわけで、もう赤と黄色に完全に染まった山々に囲まれる朝の飛空挺発着場。
涼しい風の中に、ちょっと冷たさを感じるようになった季節。
真っ平らで土も剥き出し、石ころ一つ落ちてないくらいに整備された発着場を前に、僕らは特別便の到着を待っている。
隣にはリィンさんとデンホルム先生も一緒だ。
ここには飛空挺が離着陸する草地とは別に、だだっぴろい長方形の空き地も特別便用の発着場として用意されていた。
発着場周囲では、旗を持った妖精達が各所に配置されてる。
全員がイヤリングを着けてるけど、それは通信機を兼ねていて、発着場の横にある石造りの建物からの司令が届くようになってた。
うーん、まさに空港。
管制塔と誘導員だ。
「あのさ、リィンさん」
「なあに? ユータ」
「これからトウチャクするのって、オウゾクセンヨウのトクベツキ、なんだよね」
「そうよ。
といっても、あたしもまだ見たこと無いんだけど」
「ふーん、どんなのかな」
魔王一族専用機、か。
いままでみた飛空挺よりも、さらに巨大な飛行船なんだろうな。
姉ちゃんも気になるらしく、隣の先生に尋ねてる。
先生の長い緑の髪も冷たい秋風に流れてる。
「ねーねー先生。
先生はそのトクベツキ、見たことあるの?」
「いや、実は私もまだないんだ。
なんでも皇国から獲得した技術と我らエルフの研究成果を組み合わせ、ドワーフの技術者が製造した、最新鋭のものらしい」
「何がスゴいのかしらね。
やっぱり、見た目がゴツゴツしたタイホウだらけなのかしら?
それともイガイと、ユウガでカワイいものとか」
「ははは、やはり女の子だね。
確かに専用機というのは民衆への演出もあるから、見た目が良いことも重要だね。
でもやはり機能性が最優先だな。速力・装甲・火力は無論だが、一番重要なのは通信機能。全種族全軍との連携だ。
恐らく通信用宝玉が全面に装着されているだろうな。
いやむしろ対レーダー魔力吸収方陣、低視認を考慮した迷彩塗装が」
「……デンホルム先生」
じとっとした目で先生を見上げる姉ちゃん。
すっごい白けてる。
「なんだね?」
「先生って、ドクシンでしょ」
「うむ、良くわかったね。
いや当然か。でなければ君達と共に魔王城へ行くなんて身軽なことはできないな」
「あと、コイビトもいないでしょ」
このセリフに、先生はあからさまにたじろいだ。
図星か。
はぁ~やれやれ、という感じで姉は、そしてリィンさんも肩をすくめてる。
「そうよねー、そうだとオモったわ。
オンナゴコロをぜーんぜんカンガえてないんだもん」
「うんうん、だわよねー。
男って元々が屁理屈こねるのに、エルフの男となったらもう極めつけだもん!
どうしてこう、もっとムードとか優しさとか考えないのかしら?」
「な、何を言うんですか!」
あ、珍しい。
デンホルム先生が感情的になるなんて。
赤い瞳に怒りを浮かべてる。
どうやらモテないんだな。しかもモテないのを気にしてるんだな。
うん、僕と同じだな、うんうん。
「魔王一族専用機というのは、魔界を束ねる魔王一族の方々が搭乗されるのです。
即ち皇国からの攻撃だけでなく、魔王一族に反感を抱く者達からの暗殺にも気を払わねばならないのですよ。
つまり最優先で考えねばならないのは魔王一族の生存性です。
そのために」
「あーはいはい!
もういーからいーから、分かりましたって」
リィンさんはパタパタと手を振って長くなりそうな話を遮る。
遮られた先生の方は、かなり不満げ。
僕は先生の言うことに賛成なんだけど……でも姉ちゃんなら「センスの無い外見じゃ乗る気なくなるわ」とか言うんだろう。
あと内装が可愛いとか、トイレが清潔とか。
女って、そういうところが重要なんだよね。機能や性能なんか知ったこっちゃねー、つー感じ?
ま、僕にも良くわからん。だから彼女いないんだろうな。
そんな話をしていると、誘導員の妖精達の動きが慌ただしくなった。
四角い発着場にピシッと二列で並ぶ。
大きく間を開けて二列に並んだ妖精達が、そろって西を向いた。
その向いた先の空、山の向こうに何か小さな影が見える。
何か鳥のような、翼を広げたようなシルエット……翼?
翼を持つって、もしかして飛行船と同じ構造の飛空挺とは違うのか。
というか、発着場の左右に二列でズラッと並んだ妖精達の様子、石一つ無い真っ平らの長方形な空間。
え?
もしかしてコレ、本当に滑走路?
滑走するための地面があるって、ということは、飛んでくるのは飛行機?
巨大風船の飛空挺じゃなくて、鳥みたいに翼で飛ぶ飛行機か!
そう予想した僕らの視線の先、青空の中に見える小さな影が着々と大きくなる。
それは、確かに両翼を持つ飛行機と同じような外見だ。
しかも一つじゃない。
幾つもの小さな影が次々と現れ、大きくなっていく。
それらはあれよあれよという間に、ジュネヴラ上空へとさしかかる、と思ったら一気に飛び去ってしまった。
プロペラは無い。でもジェットエンジンとも少し違う、不思議な甲高い音を地上の僕らに残していく。魔力式の何かの動力源を使ってるんだろう。
翼は、まさに飛行機のソレ。ツバメやカモメみたいなシルエットをしてる。
機体の色は様々。銀とか赤とか黒とかを基調に、何か絵のようなものも描かれてる。
それらは見事に横一列で飛行し、華麗に旋回する。
ジュネヴラ上空で円を描き、空高く上昇し、花が開くように急旋回して急降下。
曲技飛行だ。
「す、凄い……飛行機、いや、戦闘機だよ。
まるで航空自衛隊のブルーインパルスだ」
思わず、久々に日本語で呟いてしまった。
姉ちゃんも同じく空を見上げながら驚きの声を漏らす。
「び、ビックリだわ。
どこが剣と魔法のファンタジー世界なのよ。
しっかり文明世界してるじゃないの」
僕ら姉弟は日本語で話してたけど、その内容は先生とリィンさんにも十分伝わったようだ。
というか、僕らと同じく空を見上げて仰天してる。
「な、なによあれ!?
あたし達妖精族や鳥人達より、ワイバーンよりも速く飛ぶだなんて!
信じられないわ!」
「飛翔機だ……。
私も現物は初めて見るが、噂だけは聞いたことがある。
魔力を直接に推進力へ変換し、『念動』の魔法や飛空挺のような軽い空気ではなく、鳥のごとく翼によって浮力を得る……。
昨年のインターラーケン戦役で試作機が一機投入されたとは聞いていたが、まさか、実戦配備されていたとは」
飛翔機。
この魔界では飛翔機と呼ばれてるのか。
信じられないな、まさに中世って感じのインターラーケンからは想像も出来ない技術力と工業力を持ってるんだな。
というより、インターラーケンが田舎すぎるんだ。
「おー、ようやく来たらしいな」
後ろから声と、何人もの足音。
振り返ればトゥーンさんなど王族四人。
他にもリアさんやクレメンタインさんをはじめとした、多くの部下と妖精メイド達。みんなで空を見上げて驚いてる。
腰に手を当てて空を見上げる王子は得意満面だ。
「ビックリしただろ?
あれが今年の春に設立されたばかりの飛翔隊だぜ」
滑走路の両端に並んだ妖精の誘導員達が振る旗に従い、最初の一機が地上へと舞い降りる。
翼と機体の中から車輪付きの足が下ろされ、着地と同時に泥や砂利を跳ね飛ばし、甲高い音を地上に反射させながら着陸する。
黒メガネをクイクイ直すルヴァン王子は、着陸態勢に入った飛翔機を見つめている。
「あの飛翔隊こそが、魔王により統一された魔界の力を象徴する兵種です。
エルフの理論、ドワーフの技術、ゴブリンの資金、リザードマンの機動、ワーウルフの規律、ワーキャットの反射神経、巨人族の怪力……。
そして最後のパーツ、昨年のインターラーケン戦役により皇国から奪取した積層形成宝玉による立体術式。
全てを結集したとき、飛翔機は完成をみたのです」
そんな話をする間にも、飛翔機という名の戦闘機部隊が次々と着陸し、滑走路横のスペースへ並んでいく。
見た目、ジェット戦闘機にも似ているが、ちょっと丸っこくてずんぐりむっくりした感じ。
機体の後ろに大きなノズル、恐らくエンジンみたいなものだろう。他にも機体の各所に小さめのノズルのようなものが付けられてる。
コクピットにあたる部分はガラス製で、中には人影が二つ。複座式か。
翼や機体は様々な色に塗られてる。けど術式のような図形が全面に書き込まれてる。各所に宝玉と呼ばれる魔法をこめた宝玉も装着されてる。
パカッと開けられたコクピットからは、防寒服とヘルメットを着込んだ様々な種族の人達が飛び降りてきた。
ドワーフ、ゴブリン、ワーキャットなど。見た目、小柄な人が多いのは、機体の大きさから小柄な人でないと入れないせいだろう。
そして、飛翔機隊の華麗な曲技飛行に目を奪われている間に、その後ろから特別大きな飛翔機が接近降下してきていた。
それはジャンボジェットくらい、とまで大きくはないけど、小型の旅客機くらいな大きさがある。
機体の大きさに合わせて誘導員達も移動。列の間を大きく空ける。
王子達についてきた部下の各種族も滑走路の端で整列。特別機の着陸を出迎える。
それにならって僕と姉も滑走路の一番端に並んだ。
特別機は、飛翔機を十倍くらいの大きさにしたような機体だ。
地球の飛行機よりも、なにやらゴテゴテしたものが付いている。何の機能があるのかは、魔法に詳しくない僕には分からない。
形状も、翼の形が特徴的だ。ジャンボジェットよりも三角形に近い。
えーっと、なんて言ったかな、デルタ翼だっけ? スペースシャトルや超音速旅客機のコンコルドってのに似てる感じ?
音も風も凄い。腹に響く轟音を響かせて、黄金色に染まる周囲の草原も風でなぎ倒しながら着地。
そして地面を削り砂利を弾き飛ばしながら疾走する。十分に間を空けて並んでいたはずの誘導員達も、慌ててさらに離れていく。
そして、滑走路の長さを一杯まで使って、ようやく停止した。
大きさに相応しく、地上を移動する速度は鈍い。
滑走路から横の駐機場へ移動するのには時間がかかる。
縄で引っ張られたりしながら、のっそりのっそりという感じで駐機スペースへ移動した後、さらに上空で待機していた残りの飛翔機も着陸を開始した。
空から特別機着陸を警護していたわけか。
そして、空には最後の飛翔機が一機残るだけとなった。
一機だけなのだが、発着場の上空を旋回するばかりで、なかなか降りて来ようとしない。
が、飛行速度は目に見えて落ちていく。
高度は下げないのに、速度だけが遅くなっていく……?
隣の姉ちゃんが日本語で話しかけてくる。
「ね、ねえユータ。
あの飛行機、何かおかしくない?」
「だよねえ。
飛翔機って、ルヴァン様の説明だと、地球の飛行機と同じく翼で飛ぶんだよね。
ということは、速度を落としたら」
「揚力が無くなって、落ちちゃう?」
姉の言葉通り、飛翔機はカクンと機首を下げた。
いや、下げたどころか、落ちた。
上空で木の葉のようにクルクルと回ってる。
まるで墜落しているかのように、て、え!?
「まさか、また墜落!」
「ちょ、ちょっと! 冗談でしょ!
また暗殺者かテロリストだっての?」
「魔王一族って、どんだけ恨まれてるんだよー!」
日本語の叫びは周囲には理解されなかったけど、理解の必要もないだろう。
だって、みんな空を指さし大慌て。
発着場へフラフラと力なく落ちてくる飛翔機から離れようと、誘導員達がみんなして逃げてく。
僕らもぴゅーっと逃げる。
あ、王族の人達は、今度も慌ててない。
オグル王子とトゥーン王子は、しゃーねーなー、という雰囲気。
ルヴァン王子とフェティダ王女は、全くもって冷静に発着場へ進んでいく。
そして、また機体を受け止めようと四人で四角形を描き、手を空へ向けた。
機体の方はふらふらと力なく落下してきてる。
そして、発着場の数十メートルくらい上空で、ちょうど地面と水平になる体勢になった。
いきなりノズルから爆発音。
いや、爆発じゃない。
機体の下部に付けられたノズルから、地面へ向けて何かが唐突に吹き出したんだ。
その噴き出されたモノは推進力となり、浮力を生み、機体の降下を止めた。
反対に、吹き出されたものは突風となって地上へ叩きつけられる。
円陣を描いて魔法を使おうとしていた、王族四人へ。
ルヴァン王子が、フェティダ王女もオグル王子も、吹っ飛んだ。
発着場を飛び越え、草原の中まで。
そのまま背の高い草の中に落ちて見えなくなった。
あ、ただ一人トゥーン王子だけが耐えてる。発着場の地面に伏せてる。
ノズルの噴射に気付き、慌てて飛び離れて強風を避けたんだな。
さすがの反射神経。
で、機体はというと、地面に向けられたノズルからの噴射で、見事に空中で静止してる。
さっきまで木の葉みたいに落ちてきてたのが嘘みたいに、地面と平行を保ったまま降下してくる。
うひゃ、あれって垂直離着陸機だったんだ。
そのままキレイに着地してしまった。
コクピットがバンッと跳ね上がる。
そして防寒着を着た一人の人物が立ち上がった。
被っていたヘルメット……なぜか三角形の出っ張りが二つ付いてる、猫耳みたいに……を脱ぎ、結構なボリュームのある胸を張り、その人物は高らかに笑っている。
「にゃーっはっはっはっはっは!」
変な訛りの笑い声。
その人の頭には、二つのネコ耳。
でもワーキャット族じゃない。人間の頭に猫の耳だけ付けたような感じ。
よく見るとお尻からシッポも伸びてる。ピコピコ動いてる。まん丸の目の中には縦長な瞳孔。
ワーキャットより人間に近い姿。
つーか、人間の女性にネコ耳と猫シッポをつけただけ? おお、猫娘。
「みにゃのもの、ひかえおろー!
あたしこそは魔王第五子にして第三王女、そして飛翔隊隊長!
君達にょ心に元気と勇気をお届けするネフェルティ=エストレマドゥーラだぞー!
ほーれ、拍手はくしゅー」
その猫耳女性は、王女と名乗った。
魔王第五子にして第三王女、そして飛翔隊隊長。僕らに元気と勇気をお届けする、ネフェルティ=エストレマドゥーラと……ギャグか?
逃げ出した誘導員達、慌てふためいてた部下達も、僕らも呆然とする。
全身を草まみれ泥まみれにして立ち上がった、草原の中の王子王女達も、目を丸くしてる。
陽気に高笑いするネフェルティ王女を。
次回、第十章第六話
『晩餐』
2011年7月3日00:00投稿予定