現実は厳しい
少しは希望が持てるかと思った状況だけど、ますます悪化したらしい。
まず、周りにいるのはワイバーンの大群。何十匹もの翼竜が地上に降り立ったり頭の上を飛び回ってる。
僕らに向けられる剣と銃の数も膨れあがった。さらに弓矢とか、見たことのないモノも一杯だ。
僕らを調べているのもリザードマンだけじゃない。他にも沢山の種族がいる。
リザードマンの竜騎兵が操るワイバーンの背に乗せられて、他の見たこともない種族の連中がやってきた。
だが彼らの姿には見覚えや心当たりがある。だって、RPGや小説に出てくる『いかにもファンタジー』な姿だったから。
全身毛むくじゃらで、その上に軽装備の服と鎧をまとった連中。頭はイヌやネコ。尻尾がフラフラ動いてる。
イヌ頭、つか狼男か? そいつらは何人かでチームを組み、鼻をフンフンピクピクさせながら臭いを嗅いでまわってる。
ネコ頭の方は耳をピコピコさせながら、森や草原の中を走り回ってる。
こいつらは、どうやら扱いとしては一般兵らしい。
周囲の調査や僕達への警戒を怠らない。
他にも、人間に良く似た連中もいた。
やたら背が高く、髪の両横から長い耳が飛び出た男女……いうなれば、エルフか。
そいつらはローブを着ていて、俺達が地面に下ろしたリュックの中から荷物を取りだし、一つ一つを興味深そうに眺めてる。
とくにガイドブックや辞書を開いたときの驚きようは凄かった。
こいつらは一般兵じゃなくて、上級士官か学者なんだろう。印刷された大量の文字にビックリしたんだな。
そして、もう一種族、人間に良く似た連中が居るが……パッと見では、単なるヒゲ面のチビなオッサン集団に見えるけど……。
「ねえ、ちょっとユータ」
僕の隣であぐらをかいて座らされている姉ちゃんは、両手を頭の後ろに組んだまま、目は例の人間に似た種族へ向いている。
銃と剣を向けられてるので、動くことは出来ない。動かせるのは首から上くらいなものだ。
話をするのは止められてないようで、姉ちゃんが僕に話しかけてきても剣がブスリと刺さるなんてなかった。
同じく地面にあぐらをかいて座らされた僕は、自分に向けられた剣と槍の切っ先から目を逸らして、姉ちゃんと同じ方を見る。
「あれって、あのコ汚いヒゲ面なチビのオッサン連中って、人間かしら?
「いや……もしかして、ああいう種族なんじゃないかなぁ?」
「なんていう種族か、分かる?」
「あれは……背が低くて、筋肉ダルマで、長いアゴ髭だから……ドワーフ?」
「やっぱ邪気眼中二病は、ンな無駄な知識ばかりが豊富ねえ」
「うっせー。
んで、あいつらが何だよ」
「あいつらの胸……」
「ん?」
俺もドワーフらしき連中を見る。
そいつらは俺達が持っていたスマートフォンや、小型ノートパソコンや、カメラとかに興味を持っている。
しげしげと眺め、ボタンを押しまくり、駆動音と共に動いたり飛び出したりするパーツに目を丸くしてる。
で、姉ちゃんの言ってる胸とやらを観察してみた……胸?
そいつらは何かの作業服の様なズボンとシャツを着てるんだけど、その内二人の胸が妙に膨らんでいる。
顔はヒゲ面で、筋肉質で、でも胸が膨らんでて、動くたびに揺れてるから筋肉じゃなくて……。
「……あれって、まさか、女?」
「あんなヒゲ生やした、女? ドワーフって、女でもヒゲを生やすの!?」
「……さあ? ドワーフなんて実際に見たこと無いし。
というか、女だから胸がある、かどうかも怪しいんじゃない?」
「無茶苦茶だわ」
「常識が通じないからファンタジーなんだよ、きっと。
せめてSFだったら科学の常識が通じるんだけど……」
そんな話をしつつも、状況は好転する様子がない。
僕らは竜騎兵の大部隊に完全包囲され、逃げることも動くことも出来ず、降伏を示したいけど言葉も何も通じず。
完全に手詰まり八方ふさがり。
ワイバーンから飛び降りてきた連中に改めて包囲され、荷物も全部奪われた。
エルフやドワーフが何かを話しかけてきたんだけど、何を言ってるのかお互い全く分からない。
結局、僕らは剣と槍に囲まれて草むらに座り込むしかなかった。
頭の後ろに組む腕も、だんだん痺れてくる。
エルフらしき連中は、必死に僕らと会話しようとは試みてくれた。幾つかの言語を試してくれたらしい。
もちろん僕らも日本語だけじゃなく、受験のために必死で勉強した英語と、旅行のためにガイドブックで覚えた少しのイタリア語・フランス語も試してみた。
でも、やっぱり全然ダメ。
確かにさっきリザードマン達が反応した様に、何かの共通点らしきものはあるようだけど、通じるまでには至らない。
で、彼らは周囲の調査とボディチェック、荷物検査に移ったわけだ。
けど、それも上手く行ってないらしい。
エルフとドワーフは最初、僕らと荷物へ向けてリザードマン達と同じように印を組んだり呪文を唱えたりしていた。
何か宝石の様なものが付いたアイテムを向けても来た。
どうやら荷物を魔法か何かで調べようとしたらしい。
しかし、結果もリザードマン達と同じだったようだ。目を丸くして仰天してる。
「あっ! それ触らないで!」
いきなり声を上げて立ち上がろうとした姉ちゃんだが、その眼前に剣が突きつけられて硬直してしまう。
腰を上げたままで固まった姉ちゃんの視線の先には、ピンクの携帯を握りしめたドワーフがいた。
あれはレンタルしたスマートフォンじゃなく、姉ちゃんの自分の携帯。もちろんとても大事にしてる。
姉ちゃんが声をあげたのに気付いたエルフ達とドワーフ達が、何かを相談し始めた。
かなり激しくやりとりしているようで、意見がまとまらない。
彼らはカメラやパソコンをしきりに指さし、僕達の方と視線を往復させてる。
座り直させられた姉ちゃんに耳を寄せる。
「姉ちゃん、もしかして、あの機械が何なのか僕らに使わせて確かめよう……とか話してるのかな?」
「でしょうね。
んで、危険物だったらどうするんだ、とか言ってるんでしょうよ」
「ついでに言うと、あいつらって……仲悪そう」
「らしいわね」
エルフ達とドワーフ達の間には溝があるようだ。
僕らの常識がどの程度通じるかは分からないけど、その口調とか態度とか表情は、お世辞にも友好的に見えない。
ドワーフらしき連中は僕らに機械を使わせたいらしく、それをエルフ達が反対してるように見える。
いつまで経っても相談だか討論だかが続き、話がまとまるようには全然見えない。
結局、もう日が暮れそうだ。
周囲を調査してたイヌ頭ネコ頭も帰ってきた。収穫はなかったらしく、全員手ぶらで一言の報告をして終わってる。
ということは、近くに父さん母さんはいない、ということになる。
やっぱり、ここへ来たのは僕と姉ちゃんだけか……?
エルフとドワーフはPCの起動画面やカメラの映像を食い入る様に見つめてる。
僕らに使い方を聞きはしなかったけど、あれこれボタンを触ってカメラの映像を再生させることに成功させた。
メモリーカードは交換したばっかだったので、大して映像は入っていない。それでも記録されていた幾つもの写真と動画に興奮してる。
携帯・スマートフォン・PCはロックがかけてある。パスワードを知ってるのは僕らだけ。さすがに彼らにはロックを破れなかった。
他の種族も円を描いて取り囲み、カメラの映像にどよめきの声を上げてる。
「ねえ、ユータ……」
「何だよ」
「もしかして、あいつらって……カメラの使い方が分からなかったのかな?」
「らしいね」
「人間に見えない連中で、カメラの使い方も分からないって、ことは……もしかして」
「もしかして?」
「こいつら、人間じゃないんじゃ、ない?」
カクッと首が曲がってしまった。
もっとマシなセリフを期待してたのに、がっかりして肩が落ちてしまう。
今さら何をいうのかと、本当に心から呆れた。
「姉ちゃん……現実を見てくれ。
この状況のどこが地球なんだよ、こいつらのどこが人間なんだよ。
僕らは間違いなく、21世紀の地球以外の時空に飛ばされちゃったんだよ!」
「で、でもでもっ!
そんなの、常識的に、現実にあり得るわけが、ないじゃない!?」
「んじゃ、この現実を常識的に説明してくれよ」
「そ、それは……夢とか、幻とか、イタズラとか……」
「夢なら覚ましてくれ。
幻なら消してくれ。
あいつらのイタズラだってんなら、あいつら全員をふんじばってくれ」
「そんな、そんなの……出来るわけないじゃない!」
「逆ギレしないでくれ!」
僕に当たり散らす姉ちゃんだったが、すぐに肩が落ちた。
あの気の強い姉ちゃんが半泣きになってる。
僕は、既に諦めた。目の前のことを現実と受け入れることにした。
理由も原因も分からないけど、僕らは地球以外の別世界に来てしまったんだろう。
そりゃあ僕だって、『剣と魔法のファンタジー世界で伝説の勇者になったり神の戦士と呼ばれたり』なんて夢を抱かなかったわけじゃない。
でも、現実は厳しかった。
いや、『そんなことは有り得ない』という当たり前の現実の方がましだった。
本当に異世界に飛ばされたらどうなるか、まともに考えたことなんか無かった。
だって、そんなことは有り得ないんだから、考える必要もなかったんだ。
本当にそれが起きてしまったら、ひたすら困るだけだったなんて。
もう旅行どころじゃない。
父さん母さんに会えないかも。
家にも帰れないのだろうか……。
というか、僕らはこれからどんな目にあわされるんだ?
「ユータ、あたしたち……どうなるんだろう?」
もう疲れ果てたらしい姉ちゃんが、うなだれて呟く。
姉が弱音を吐くのは珍しい。
とはいえ、これは弱音を吐きたくなる。というか、僕はもう諦めの境地に至った気分。
もうどうにでもなれ、とヤケになるしかない。
「わっかんねーよ」
吐き捨てた言葉に、姉ちゃんはキッと睨み付けてくる。
「わっかんねー、じゃないわよ!
男だったら、女を守ってみなさい!
この状況を何とかしてみなさいよ!」
「できるわけねーじゃん。
これをどうしろっての?」
「なによそれ!
あんたはいつもそう、相変わらずヘタレでダメ人間なんだから!」
「んじゃ、自称超絶美女で知的で上品なお姫様である姉ちゃんがなんとかしてくれ」
「あ……あたしはお姫様だから、素敵な男に守られるの」
「……守ってくれる男が、ここにいれば、いいね」
「あんた、男でしょ」
「僕はヘタレでダメ人間な弟です」
そんな現実逃避会話をしていると、突然周りの連中が一方向を見上げた。
見上げる先、東の空にはいつのまにやら新たなワイバーンの群れと、丸い物が飛んでいた。
よく見ると丸い物は気球……いや、飛行船だ。
何匹ものワイバーンに紐で引っ張られた飛行船が、こちらへ向けて飛んでくる。
それに合わせてイヌ頭が整列し、リザードマンが誘導をはじめ、ネコ頭は周囲を警戒し始め、エルフとドワーフが僕らの荷物をかき集めて整理し出した。
草原への着陸態勢に入ったらしい飛行船を見つめる俺達も、緊張を増す。
「ユータ、もしかして、あの飛行船って」
「うん、多分、かなりの偉い人が乗ってるんだ」
「こ、こいつらの偉い人って、ファンタジー世界の偉い人、というとやっぱり、王子様かしら?」
「他に王様とか、将軍とか、大魔導師とか」
「え、映画なんかだと、こういう時って、超絶美形な若い大貴族とかが華麗に降り立つのよね!?」
「アニメやマンガなら、美少女な王女やツンデレ女将軍とかが……?」
キラキラと期待に輝く目で着陸した飛空挺のドアらしき箇所を見つめる。
ガラリと開いた扉の奥、薄暗い船内の中に二つの青い光が輝いてる。
それは、大きさは人間と同じくらい、いや人間より小さい。
ずんぐりむっくりした丸い物体で、黒いローブみたいな服を着ている。
二つの青く光る目は、はれぼったいまぶたで上半分を塞がれて、陰湿そう。
顔には鼻と口、ただし唇は薄く青白いし、鼻は大きく横に膨れあがってる。
顔の各所に緑のコブのような物がポコポコついていて、デコボコ。
背中は丸く盛り上がり、酷い猫背のようだ。
手足は短く太い、腹もデップリと膨れてる。
簡単に言うと、ブサイク。
肉の塊みたいなヤツが、ノソリと飛空挺から這い出して地上に降り立った。
僕も姉ちゃんも硬直してる。
「……ユータ」
「……なんだよ、姉ちゃん」
「どこが美形の王子様よ!」
「どこが美少女魔法使いなんだよ!」
理不尽な世界を呪う僕らを気にせず、その醜い肉の塊はこっちへ近づいてくる。
目を背けたくなる醜さだけど、重そうなまぶたの下に光る目だけは、綺麗な青い光をたたえてる。
獣人達やエルフ達からの話を聞きながら、僕らの数メートル手前まで、まるで這う様に進んできた。
僕らもファンタジーの王道的展開への期待を裏切られたことはおいといて、そいつの姿を見る。
う……本当に不細工、醜い、気持ち悪い。
姉ちゃんは既に目を背けてる。
そいつの二つの目は、上から下まで僕らの姿を観察する。
次に、他の連中がやったように、僕らと荷物へ向けて印を組んだり呪文を唱え、少し驚いた様に目を開いた。
改めて僕らの方を、じっと見る。
何かを見通す様に、僕の目をジッと睨み続ける。
突然、青く光る目が見開かれた。
はれぼったいまぶたが突然大きく開く。
青い光が輝きを増し、全てを貫く様な視線が放たれる。
思わず目を閉じて縮こまる僕ら。
でも、なんとも無かった。
恐る恐る目を開けると、そいつはまたまぶたを下ろしてる。
体にも服にも荷物にも、なんの変化もない。
ただ、そいつは何かを納得したかの様に小さく頷いた。
肉の塊はゆっくりと背を向けて、周りの連中に何かの指示を飛ばす。
すると、ほぼ全員が弾かれる様にワイバーンの背に飛び乗った。
エルフとドワーフは僕らの荷物を全部をまとめ、飛行船に運び込む。
リザードマンの幾人かが、僕らに剣を突きつけたまま飛行船を指さす。
そして背中をグイグイと押してくる。
「ね、姉ちゃん、どうやら乗れって言ってるんじゃ?」
「の、乗ってどうなるのよ!?
乗せられたらどこへ行くのよ!?
あたし達、どうなっちゃうの!?」
「分からないけど……荷物も持ってかれたし、ここで殺されるのはイヤだし……」
「あ、あんた、どうなっても知らないわよ?
責任取りなさいよ!?」
「どうあっても、僕のせいにするんだね……」
訳の分からない状況と、厄介ごとは何でもかんでも僕に押しつける姉に溜め息をつきつつ、僕は立ち上がる。
本当に、どうなっちゃうんだろう?
次回、第一章第五話
『異郷』
2011年2月20日01:00投稿予定