旅は道連れ
「え、センセイもついてきてくれるんですか!?」
「うむ、私も魔王城へ行くことにしたよ」
子守に関する詳細な説明が終わった次の日、朝から出立のための荷物をまとめてた。
そこへいつものようにやってきたデンホルム先生。今日も朝から授業をするのか、と思ったら、今朝の授業は無しと告げられた。
理由は、僕らと一緒に魔王城へ行くため、その準備をしたいっていうことだ。
それを聞かされた姉はビックリ仰天。
「で、でも、この仕事はソウトウにキケンっていう話でしたよ?」
「無論、承知している。
だが、君達の世話役はやはり必要なのだよ。それも、君達の事情や能力について可能な限り理解している者が。
それはやはり私だろう、という結論が出た」
「え、でも、センセイはいいんですか?
ルヴァン王子とイッショにダルリアダへ帰らなくても」
「ははは、心配してくれるのかい? 嬉しいね。
だが安心してくれ。私はもともと各地の見聞を深めるため、遍歴をしているのだよ。
ゆくゆくは円卓会議に、ああ円卓会議というのは簡単に言うと、ダルリアダの最高軍事会議なのだが、そこへ席を置ければ、と大志を抱いている。
魔王城へ行くのもその一環として良いのではないか、と思ってね」
「そうなんですかあ!」
姉は凄く嬉しそう、満面の笑顔だ。
僕も嬉しいし助かる。何しろ知ってる人のいない魔王城、僕ら二人だけでは不安すぎる。
まあ、ちょっと偉そうなというか見下すような視線は相変わらずではあるんだけど、やっぱり先生が来てくれるなら心強い。
思わず、二人で先生の手をとってしまった。
「センセイ! ありがとうございます、ホントウにありがとうございます!」
「いやいや、そんなに感謝するほどのことじゃない。
私自身の利益も考えてのことだ、気にすることはないよ。君達の世話役は給金も破格だからね。
なので、今後ともよろしく」
「はい! よろしくおネガいします!」
そんなわけで、僕ら姉弟に頭を下げられながら、先生は自分の準備のため部屋を出て行った。
いやあ、助かった。これで魔王城でも寂しいとか、分からないことを聞ける人が居なくて困るとかはないや。
どうなるかと不安でしょうがなかった魔王城行き、少しは光が見えてきた。
「ネエちゃん、タスかったねえ」
「ホントウだわ、ホントウ、良かったわあ」
心底嬉しそうに、そしてホッとした様子で胸をなで下ろす姉。
あれ? まてよ、その様子だと……もしかして?
「ネエちゃん」
「何よ?」
「もしかして、センセイのこと、好きなの?」
ボカズドボキッ!
いきなりどつき回された。
久々に、痛い。
「ばっ! ばばばば、バカなこと言わないでよ!
ああ、あたしは、そんなんじゃないわよ!
下らないこと言ってないで、さっさとニモツまとめるわよ!
充電だってワスれちゃだめだからね!」
「ふわぁ~い」
「ビシッと返事なさい!
そんなんじゃ、城でナめられるわよ!」
「はいはい、わーったよ」
まったく、照れちゃって。
でもデンホルム先生と姉ちゃんかあ、タイプ的にどうなんだろ?
デンホルム先生はエルフだけあって背は高い、180cmくらいかな。サラサラな緑色の長髪で、切れ長の目に赤い瞳。外見的には中性的という印象は相変わらず。
うーん、ルックスは姉ちゃんもバッチリおっけーだろう。
でも、性格的にどうかなあ。姉ちゃんツッコミきついから、もろに先生とは衝突してしまいそう。エルフだけあってハンパ無い理屈っぽさだしな。
それに先生の方はどうなんだろ。別種族の女性って興味あるのかな?
そもそも結婚してるかどうかすら聞いてない。
うーん、気になる気になる。
そんなことを考えながらも手は休めない。
久々にソーラー充電器を窓際に並べて充電。アンク運用が一段落ついた今、使うことはあんまりないけど、もしものために準備はしておこう。
並べ終えた携帯を見て、ふと考える。
リィンさんは、来てくれるのかな?
来てくれると嬉しいなあ。
「え!? リィンさんはついてきてくれないの!?」
「う、うぅんと、その……ちょっと難しいかなあ」
午後、部屋に来たリィンさん。僕らの出立準備のための買い物に付き合ってくれるため。
なので魔王城へ一緒に来てくれるか、もちろん来てくれると期待して尋ねてみた。
でも返答は、非常に気まずそうな顔と共に、Noだった。
姉ちゃんもビックリしてリィンさんに詰め寄る。
「ど、どーしてよ!?
あなた、私達のおセワガカリでしょ? だったら城にだってイッショに来てくれるのがトウゼンじゃないの!?
キュウキンだってスゴいんでしょ? もったいないと思わないの!?」
「あの、うーんと、それなんだけど、ねえ……」
庁舎二階、僕らの部屋の中をふわふわと漂いながら、おずおずと話を続ける。
「確かに、あなた達の世話係を請け負ったし、お給料も魅力なんだけど、魔王城までついていけってのは、さすがに遠すぎるわ。
もちろん城には親戚や友達が働いてて、ひとりぼっちなわけじゃないわ。城の話も色々聞いてるし……けど、でも、あたしはインターラーケンから出たことがなくて……。
それに、魔力炉の人間達も、恐いかな……って思って」
「そんな……」
うめくように絶望と失望を口にしてしまった。
いや、もちろん事情は分かってる。命懸けの仕事についてきてくれ、なんて頼めるわけもない。
妖精は自由に空を飛べるけど、飛ぶことに魔力を特化させたせいで他の魔法は強くない。体も小さくて力も弱い。
でも、それでも、ついてきて欲しかった。
ここでお別れなんてしたくはなかった。
「ちょ、ちょっと、そんなに落ち込まないでよ。
そりゃ、悪いとは思ってるのよ」
「え、あ、うん……わ、わかってます」
僕は余程沈んだ顔をしていたんだろう。リィンさんは心底申し訳なさそうな表情で、うつむく僕の顔をのぞき上げてる。
横に立つ姉は、僕の背中をバシッとぶっ叩いた。
「なにをしょげかえってるの!
愛しのリィンとお別れはザンネンでしょうけど、またいい人にメグり会えるわよ」
「うん……」
ジンジン痛む背中も気にする余裕はない。ただ姉の励ましに魂の抜けた返事をする。
そう、愛しのリィンさんとお別れ……愛しの?
愛しのリィンさんって、え?
「ちょ、ちょっとネエちゃん!
な、なんだよイトしのって、それじゃまるでボクが、そのリィンさんに、えと」
「あら、嫌いなの? リィンのこと」
素で聞きかえされ、絶句。
いや、そりゃ嫌いなわけはないけど、その聞き方だと、まるで女性として恋人としてという感じに聞こえますが?
いや、僕だって種族の違いは理解してますから。完全にサイズ違いなのは見れば分かりますから。
ぼぼ、僕だって何にも知らない子供じゃありません。アレのときアレのアレがアレだとアレなのは理解してます。
であるからして、有り得ないってわかってます。
同じく分かってるリィンさんも慌てふためいてる。
「ちょ、ちょっとキョーコ!?
何をいいだすのよ、いきなり、変なこと言わないで!」
「ヘンじゃないわよ。だって、ユータがあなたのこと、嫌いなわけないじゃない。
まったく、このトーヘンボクはニブチンで奥手なんだから」
僕らの意見を無視して決めつける姉。
しかも、とんでもなく失礼なことをいってくる。
「お、おかしなことをイうなよ!
まったく、さっさとカいモノにいこう!」
「あ、待ってよ。ちゃんとついて行くから」
怒って出て行く僕の後からリィンさんが飛んでくる。
姉は部屋から出てこない。
視界の端に映った姉の顔、すっげーニヤニヤしてやがった。まったく……。
ジュネヴラの街を巡り、世話になった人達にお礼をいいながら買い物をしていく。
姉ちゃんは結局ついて来てないので、リィンさんと二人で店や家をまわる。
またおかしなことを言われたらイヤだから、ついて来ないほうが気楽だ。
そんなワケで今はブルークゼーレ銀行ジュネヴラ支店のエズラ支店長から手紙を受け取っている。
「こいつを本店で見せな。
オメーらの事情をあれこれ書いてある。ちゃんと預金はだしてくれるだろうぜ」
「はい、あれこれありがとうございました」
「礼にゃあ及ばねえ。
俺は俺の仕事をしてるだけだ。
んじゃ、頑張れよ」
緑色の小さな小人、コブだらけの顔でよく分からないけど、たぶん笑顔で見送ってくれてる。
言い方もぶっきらぼうだけど、誠意は伝わる。
本当に人間は、いや人間以外も見た目じゃないんだな。
「これで全部かしら?」
「うん、タブン」
「うーん、あと、何かあったような気がするんだけど……」
冬服に肌着、食べ物に果物ナイフ。武器屋で買った剣も腰にある。
僕は剣なんか使ったことないし、魔王一族が直々に招待するからには必ず警護をつけてくれるだろう。
でも、全くの丸腰でいられるほど、魔界は安全な場所じゃない。今まで丸腰でいられたのは、平和な田舎町のジュネヴラを出なかったからだ。
もちろん僕も男なので、剣が嫌いとか恐いとかはない。ただ、これを使う日は来ないで欲しい。
僕がこれを抜かなきゃならないとき、それは抜いても手遅れっぽいピンチの時だ。
もう揃えるモノはないかな、と相談しながら歩くメインストリート。
ふと見上げれば、手提げカゴの中身を確かめるリィンさん。
あれ? よく考えたら、今はリィンさんと二人でっと買い物をしてるんだ。
あれあれ? すると、これはもしや、女性と二人でショッピングなデート?
なんてちょっとドキドキしてると、リィンさんの黄色い瞳がこっちを向いた。
恥ずかしくなって、そして別れが悲しくなるので、すぐに目を逸らす。
リィンさんも視線をすぐカゴに戻した。
さっきの姉ちゃんのセリフ、頭から振り払おうとしても振り払えない。
でも僕だってセクシーな女性が好みなんだよな。地球ではお子様体型な妖精はちょっとなあ。
ほっそりとした腕と足、白くてスベスベの肌、ささやかな胸、華奢な首筋、小さな背中……。
う、うう、なんか一瞬、抱き締めたい衝動が。
いかんいかん、バカ姉のせいで妙な妄想に捕らわれてる。心頭滅却煩悩退散、いくら彼女いない歴が年齢とはいえ、理性を失ってはダメダメ。
「あ、ユータにいちゃんだ」
「なーなー! ニーちゃん、魔王様の城に行くってホント?」
頭の上から振ってきたのは、妖精の少年達の声。
見上げれば、よく街へ遊びに来る悪ガキ達だ。いつも僕をからかって遊んでる、許し難い連中。
でも、これでお別れとなると、少し寂しいな。
「ああ、これでおマエらともサヨナラだな」
サラリと軽く別れの挨拶。
いつもなら、憎まれ口の一つも返ってくるのに、今日は返ってこない。
それどころか、なんか、しょんぼりしてる。
うわ、なんか、泣き出しそう!?
「ユータ、いっちゃうんだね……もう、帰ってこないんだね」
「そんなの、いやだなあ、にーちゃんと遊べないなんて、ヤだな……」
「ふ、うう、ぐず……ねえ、ジュネヴラにいてよ、行かないでよお」
い、意外なリアクションに慌ててしまう。
まさかそんな、泣かれるほど悲しいなんて、予想外にもほどがある。
「いや、みんな、そんな……もうアえないわけじゃ、ないから。
ホラ、ナかないで」
「でも、お城で働いたら、チキュウってクニにかえっちゃうんでしょ?」
「エルフの人達言ってたよ。ユータとキョーコ姉ちゃんがしっかり働けば、ルヴァン様と魔王様がチキュウへの道をひらいて下さるって」
「それじゃ、もうインターラーケンにこないんだね……」
いやまあ、そういうことになるかもしれないってだけで。
実のところ、地球へ帰るのは極めつけに難しいから、魔界で一生を過ごすかもしれない。
でもどうなるのか分からない。ジュネヴラには戻ってくるかもしれないし、こないかもしれない。
本当に、ジュネヴラのみんなとも永遠にお別れかも。
「ちょっとみんな!
そんな湿っぽい顔しないでよ、ユータも泣いちゃってるじゃないの」
「え?」
気が付けば、僕の頬にも一粒の涙が流れてた。
うわ、恥ずかしい。まさかこんなところで泣いちゃうなんて。慌てて涙を拭く。
なんというか、魔界に来てから、泣いてばっかりな気がする。
「ほらほら、みんな、ちゃんとお別れの言葉をいいなさい」
「あう、にーちゃん、さよーならあ」
「元気でな、城でも頑張って働けよ」
「死んだらちゃんと墓参りするからね。にーちゃんのこと、忘れないからね」
最後のセリフは余計です。死ぬのを前提にしないで下さい。
ともかく子供達は手を振りながら飛び去った。
彼らの背中を見送る僕、でも心の中は寂しさで一杯だ。
「さて、リィンさん……?」
ふと周りをみれば、リィンさんがいない。
キョロキョロと見まわすけど、どこにもいない。
いきなり、どこいったんだ?
「……あ、ごめんごめん」
背後から声。
振り向けば、建物の影からリィンさんがピョコっと出てきた。
「どこイってたの?」
「え、あ、うん~と、まあ気にしないで、大したことじゃないの。
さ、帰りましょ」
そういうと庁舎の方へ飛んでいく。
なんだか知らないけど、もう買い物も無いと思うので僕も戻ることにする。
姉の待つ部屋に戻ってすぐ、リィンさんはいきなり切り出した。
「あのさ、あたしも魔王城へ行くことにするわ」
突然の心変わりにビックリ、そして次の瞬間に嬉しさで飛び上がりそうになった。
「ほ、ホント!? ホントにイッショにキてくれるの!?」
「ええ。だってさあ」
ニンマリと笑い、僕の目の前に飛んでくる。
そして、ハッキリと言ってくれた。城に来てくれる理由を。
「だって、こんな泣き虫のユータを城へ送ったら、キョーコだけじゃ手に負えないじゃない?
しょうがないから、あたしも手伝ってあげるわ!」
な、なんちゅう理由だ!
僕はそんな泣き虫じゃないし、いやさっきはお別れの時だったから別であって、ともかくそんな不安に思われるようなことはないぞ!
でも姉は、まるで当然のようにリィンさんの手を取った。
「リィン、ありがとうね!
こんなスカタンの弟、あたし一人でメンドウ見れるかフアンだったの。
よろしくおネガいするわ!」
「まっかせなさーい!」
失礼な女共だ。
次回、第十章第五話
『飛翔隊』
2011年7月1日00:00投稿予定