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魔界近代史:3/3

「おうよ。

 んで、その冷戦状態が崩れたのが、去年からってわけだ」


 最後は庁舎執務室、トゥーン領主。

 大きく立派な机の上にあぐらをかきながら腕組みする第十二子、トゥーン=インターラーケン。

 今日は奥さん三人のうち、パオラさんだけ一緒に執務室にいる。

 侍従長のリア妃、執事長のベルン族長、学芸員のクレメンタイン妃は仕事に忙しい。収穫やら冬の準備やら税金の徴集やらで。

 そして何より対皇国戦最前線の一つ、セドルン要塞の運営。


 正直、本当に意外。

 トゥーン領主は、はっきり言って日本人の中学生くらいにしか見えない。黒髪黒目で小柄、短めの髪がピンピン立ってる。小学生でも通じるかも。

 でも、実は巨大な要塞の司令官。

 セドルン要塞は、なんと山脈をぶち抜く巨大地下要塞らしい。

 ジュネヴラを発着する飛空挺や、街道を往来する兵達は、みんなセドルン要塞へ行き帰りしているのだ。

 それらを全て指揮するのが、目の前の子供みたいな人。

 トゥーン司令官……な、なんかすごい違和感があるなあ。


「ま、長い話になるからな。

 とにかく座れよ。じっくり聞かせてやるから」


 インターラーケン領主でありセドルン要塞司令官たるトゥーン王子は、僕らに椅子を勧める。

 素直に座った僕らの正面、応接机を挟んだソファーにドサッと王子は腰掛けた。

 いや、ドサッと腰掛けたかったようなんだけど、小柄な見た目通り体重が軽いから、ぽすっと軽い音がしただけ。

 パオラさんは応接机の上にお茶とリンゴを用意してくれた。

 そしてトゥーンさんの横にちょこんと座った二人を見てると、うーん、どうみてもプリンスとプリンセスって感じじゃない。

 中学生カップルくらい?


「ことの起こりは、去年の夏だ。

 パオラがインターラーケンに迷い込んできたことから始まったんだ」

「てへへ、お恥ずかしいっす」


 恥ずかしそうに頭をポリポリ掻くパオラ妃……妃と呼ぶのに抵抗がある。

 見た目、メイド。ティアラもイヤリングも何にも着けてない、ただのメイド服。

 うーん、人間は見た目じゃないんだろうけど。


「セドルン要塞の名前は聞いたことあるよな?

 あれはもともと、インターラーケンを奇襲するために皇国が掘り抜いたトンネルだ。

 で、トンネルの出口にあたる場所を調査しに、こっそり登山隊が近くへ来てたんだがな。

 その一員だったパオラは遭難して領地の中で倒れてたんだぜ」


 パオラさんが、登山隊の一員?

 僕と姉ちゃんはマジマジとパオラさんを見る。

 去年の話だから、多分今よりも子供っぽかったはず。

 そんな女の子が、どうして危険な偵察任務を行う登山隊に参加していたんだろう。

 僕らの胡散臭げな表情で疑問に気がついたらしい彼女は、恥ずかしそうに説明してくれた。


「わだすはインターラーケン山脈の南側、皇国のオルタ村で生まれたっす。

 オルタ湖に浮かぶ小島のマテル・エクレジェ女子修道院で修道女をしてただよ。

 んで、オルタ村は山奥の村だで、わだすも山には詳しかったんだべ。

 だからして、山を調べたいから案内役はいねーか、一緒に山登ってお祈りしてくれる坊主はいねーか、てぇ人集めしてるのに手ぇ上げたんだあ」


 いや、いくら山に詳しいからって、こんな女の子を山奥まで連れて行くなんて。

 随分な無茶苦茶をする登山隊だなあ。

 そうは思ったけど、チャチャは入れずに相づちだけ打って話を聞き続ける。


「道案内には、他にも山の羊飼いが何人も加わったべ。わだすはホントは里帰りついでに山の途中まで、つー話だっただよ。

 でもなにせ、すっげー量の荷物を、すっげー高いトコまで運び上げねばなんねかっただ。それだけやんねば、とても上れねぇような恐ろしい山なんだべ。

 何人もの神父様が祈りのために参加しただども、みーんな薄い空気にやられちまったりで倒れてもうてよ。

 結局、教会から手を上げた中で、山のてっぺん近くまで行けたのは、わだすだけだったべや」


 納得。

 案内役兼お祈り役、山に詳しい人達の中の一人として参加したのか。

 で、他の神父達は全員が高山病で倒れちゃったわけね。

 残ったのは、山の生まれで薄い空気に慣れてたパオラさんのみ、と。


「んだども、結局は道に迷って登山隊とはぐれてもうたよ。

 崖から落ちて死にかけてたところを、トゥーン様に助けられただ」

「おう、あんときゃビックリしたぜ。

 ほっとくワケにもいかなくて助けてよ、しばらく面倒を見てたんだが、どうにも可哀想になってな。

 オヤジも、あっと、魔王だけどな、皇国との和解の道を探りたいってことでよ。

 パオラを故郷に帰してやって、それを足がかりにして交流を図ろうって話になったんだ」


 話ながらも、パオラさんとトゥーンさんは時折見つめ合う。

 そのたびに頬を赤く染めながらニコニコ。

 畜生、見せつけやがってリア充め、天寿を全うして死ね。

 そんな感じで「子守」の仕事に至るまでの説明が、というより二人のなれそめが長々と続く。


「んで、パオラを帰すために俺とリアとクレメンタイン、それにネフェルティって姉貴が一緒に山を越えたんだがな。

 今度は俺達の方が遭難しちまったんだ。

 しかもオルタ村では、皇国のインターラーケン奇襲作戦が進められていたんだよ。

 オルタ村からインターラーケンまで延々とクソ長いトンネルを掘り、大軍を一気に魔界のど真ん中へ突っ込ませるって作戦だ。

 そのために掘られたのが、セドルンという名のトンネルってワケだぜ」


 へえ~、インターラーケン山脈を掘り抜いての大作戦か。

 この山脈は地球で言うアルプス山脈。そのイタリア側からスイスまで掘るなんて、長いトンネルだな。

 イタリアのオルタから、スイスのジュネヴラ付近まで、トンネルを掘り抜いた……。

 アルプス山脈を、トンネルで掘り抜いただって?

 どんだけの距離を掘ったんだよ!?


 この質問に、トゥーンさんは地図の二点を指し示した。

 それはインターラーケン山脈の南北をつなぐ二点。皇国のオルタから魔界のインターラーケンまで。

 地球で言うなら北イタリアのロンバルディア州、ミラノよりさらに北にあるアルプス山脈中腹くらい。そこにある湖の北岸にトンネルの入り口がある。

 出口はスイス首都ベルンの南。去年まではそこら辺に城があり、インターラーケンの首都だったそうだ。

 直線距離にして、120km。


 ん……んな、バカな!?


 ユーロスターが通る英仏海峡トンネルだって50kmくらいだぞ。

 確か津軽海峡線の青函トンネルで全長53kmと聞いたことがある。

 その二倍以上の距離を掘り抜いただって?

 どんな技術力だよ!

 僕も姉も、それが桁外れな土木工事だとは理解出来る。

 どんな工事だかは想像出来ないけど、想像出来ないほどとんでもない工事だとは分かる。

 信じられない。

 このセドルントンネル工事を見ただけでも、皇国が恐るべき国だと理解出来てしまった。

 そして、僕らのリアクションにトゥーンさんは満足そうだ。


「どうやら、セドルントンネルがどんだけスゲエものかは分かったらしいな」


 二人で素直に頷く。

 正直、ファンタジー世界を舐めてた。

 中世ヨーロッパに似たおとぎの世界かと思いきや、とんでもない技術水準だ。

 魔法、恐るべし。


「んでよ、この奇襲作戦の情報を掴んだ俺達は、どうにかして阻止しようと考えた。

 けど、もう作戦開始まで時間が迫っててよ。まともな方法じゃ奇襲に先んじて魔界へ帰れなかった。

 そこで! 一発逆転の賭。

 なんと魔界へ奇襲する皇国軍の中に潜入し、内側から皇国軍をぶっ潰したのさ!」

「実はだなや、色々あって女子修道院の仲間達も、その、オルタの司教に殺されちまっただよ……。

 そこを助けて下さったのがトゥーン様達だべ。

 ほんで、生き残ったシスター達と一緒に、魔界へ逃げることにしただよ」


 その魔界潜入とか女子修道院での話が、また長い長い。

 しかも、そのうちの多くが二人のおのろけ話。

 パオラさんが勇者に殺されそうになったところをトゥーンさんの魔法が救ったとか。

 女子修道院を襲撃し修道女を皆殺しにしようとしたオルタの司教を、トゥーンさんとネフェルティっていう姉の王女が倒したとか。

 そこでパオラさんがトゥーンさんに告白したとか。

 一緒に魔界へ亡命した仲間達もトゥーンさんのことが大好きだけど、パオラさんのために身をひいてくれたとか。


 こ、こここおの勝ち組野郎めハーレム状態かよ!?

 死ね、今すぐ死ね、あーっと言う間に死ね。


 いやそれはおいといて。

 むかつくけどホントにおいといて。

 インターラーケンを奇襲する皇国軍に潜入した一行は、トンネル内で大暴れしてトンネルを破壊し軍団に大打撃を与えた。

 インターラーケンに駐屯していた魔王軍、それを率いていたルヴァン王子、街道の工事に来ていた工夫達、さらには援軍に駆けつけた魔王と王女達。全てが一丸となり皇国の奇襲を撃退することに成功した。


 え……えと?

 さっき、変な話があったぞ。

 勇者がパオラさんを殺そうとしたとか、オルタの司教が女子修道院を襲撃したとか。

 勇者って、人間を守り魔族を倒す不死身の戦士、という話だったはず。

 それに司教って、教会の偉い人だよな。それがなんで同じ教会の、しかも女性ばかりのはずの女子修道院を襲って、皆殺しにするんだ?

 この質問に、パオラさんは非常に複雑そうな表情で口を閉ざしてしまう。

 代わりにトゥーンさんが人間と皇国の裏事情、というより真相を簡潔に説明してくれた。


「あーっと、それも話し出すと長くなるから簡潔に言うけどな。

 簡単に言うと、皇国の団結力は宗教による思想統一と情報操作から成り立ってる。

 要は、魔族は悪の化身で地獄の使いで触れただけで子々孫々まで祟られる、と教え込んでるんだ。

 だから、魔界の真相を知ったヤツが邪魔なのさ。

 というわけで魔界の本当の姿を見たパオラや、パオラから真実を聞かされた女子修道院の連中が邪魔になった。

 だから皆殺し、てわけだ。

 ついでに言うと、勇者とは神の戦士とか謎の救世主とかなんて、良いモンじゃねえ。

 勇者とは、木偶でく人形。

 皇国の意に沿わないヤツを暗殺し、魔族襲撃を偽装する破壊工作をする、汚れ役専門の道具だぜ。

 こちらの見立てでは、皇国の技術で造られた心を持たない魔法人形ってとこだ」


 うわあ、エグい。

 なんてドロドロとした、現実的な話。

 自国民への情報操作、宗教による精神支配、おまけに暗殺と粛正か。

 絵に描いたような独裁国家。

 勇者にしても、簡単に言うと血も涙もない戦闘機械な存在って、身も蓋もない。



 ああ、もう頭がこんがらがってきた!

 一気に色んな情報を流し込みすぎだって!

 しかも事情が複雑で長すぎ!

 つか、知らない人の名前とか色々出てきすぎ。ねふぇるてー、とか、まてれーぐれじぇ、とか、もう覚えきれないって!



 爆発寸前になってる僕の脳。

 隣では姉ちゃんも頭がパンク寸前になってるようだ。

 そんな僕らの有様に、トゥーンさんとパオラさんも気がついてくれた。


「トゥーン様、ちぃと一気に話しすぎたべよ。

 もうワケわかんねーと思うだ」

「ん、ああ、そうだな。

 わりい、ちょっと話が長すぎた。ともかく結論を言うとするわ。

 その撃退した皇国軍から、大量の兵器や機材を奪ったんだ。

 その中の一つに、奴らが開発した巨大宝玉のアンクがあったんだ。それが今、広場の向こうにあるテントに置かれてるヤツだ」


 窓の向こうを指さす王子。

 そこには、広場の向こうに大きなテントが並んでいる。

 その中でも一際大きなテントの中にアンクが置かれてる。

 なるほど、あれは皇国から奪ったものだったんだ。

 ご神体がスーパーコンピューターねえ。


「そして、真実を知った皇国軍の連中から、何人も魔界へ移り住むことになった。

 それだけじゃなく、アンクや機材のエネルギー源に使われてた魔力炉が、つまり無理矢理エネルギー源にされていた奴らも救出され、魔王が引き取った。

 それは、人間のガキ共だ」


 人間の、子供?

 魔力炉って、アンクを動かすために魔力を提供するための存在、だったはず。

 確か魔王と王子王女達は、みんなその実験材料だったって。

 でも、魔力供給ってアンクを動かすときに見たけど、ほとんど拷問……。


 ということは、皇国の連中は、同じ人間の子供を拷問にかけてたのか!?

 アンクや、いろんな機材を動かすために!

 げ、外道。

 まさに悪の帝国。

 嫌悪と怒りで顔が歪んでしまう。

 隣で姉ちゃんも眉を思いっきりしかめてる。


「どうやら、ここまでの事情は理解出来たらしいな。

 んで、ようやく『子守』の話になるわけだ。

 おめーらに頼みたいのは、その救出された魔力炉の子供達の世話ってワケだぜ。

 桁外れの魔力を持つ、しかも散々苦しめられいたぶられて、すっかりひねくれちまったガキ共だ。

 魔王たるオヤジでさえ手を焼くほどの、悪ガキ共だぜ」

「ちょ、ちょっとマってよ!」


 ここに来て、ようやく姉ちゃんが声を上げた。

 いや、それは当然だ。僕だって聞きたい。ルヴァン王子からの説明では、魔力が強すぎて世話に手間がかかる、というだけの話だった。

 そんな、魔王でさえ手を焼く悪ガキって、どうやって相手しろって言うんだ?


「あ、あたしタチに、そんなとんでもない子供のセワをしろって言うの!?」

「そうだぜ。

 だからルヴァン兄貴は説明したろ?

 命懸け、と」

「だ、だから!

 ちょっとマってチョウダイ!

 そんな、そんなの、出来るワケないじゃないの!?

 マリョクのカタマリとは聞いたけど、しかもそんな悪ガキばかりって、あたしタチにだって手にオえないんじゃないの?

 あたしタチに、何が出来るってのよ」

「大丈夫だぜ」


 自信を持って答えるトゥーン王子。

 でも、今の話のどこに大丈夫と言える要素があるんだろう?

 どうみても大丈夫そうじゃない。


「ルヴァン兄貴は、お前らなら出来ると判断した。

 だから頼んだんだ。

 魔法が効かないお前らなら出来る、とな」


 い、いや、確かに魔法は効かないけど。

 でも魔法でぶん投げられた石は、魔法を消しても飛びっぱなしなんですよ。

 投げられた石は当たるんです。当たると痛いんです。死ぬんです。

 高い所を歩いてるときに魔法で足場を崩されても、落ちて死にます。

 魔法の炎は消せても、魔法で真っ赤に焼けた鉄の棒は冷めてくれません。触れば大ヤケドで死ねます。

 どこも大丈夫に聞こえません。


 やっぱり、僕らは生きて地球に帰れないのかな……。

次回、第十章第四話


『旅は道連れ』


2011年6月29日00:00投稿予定

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