地球へ……?
「あなた達を、チキュウへ戻そうと思います」
いきなりフェティダ王女の部屋を訪れたルヴァン第二王子。
彼の口から突然語られたのは、僕らを地球へ帰す、という言葉。
僕らが待ち望んだ、でも僕は不可能と諦めつつあったこと。
絶望の淵にあった姉ちゃんの顔は、みるみるうちに希望へと塗り変わる。
「ほ、ホントウ、ですか?
ホントウに、私達をチキュウへ帰してくれるんですか!?」
「試みる価値はある、と判断しました」
喜びに輝く姉ちゃん。
対する僕は、驚愕に言葉を失う。
いったい何故、どうやって僕らを帰すつもりなんだ?
そんなこと、本当に可能なのか!?
「ぷ、プリンス・ルヴァン!
ホントウですか!? ホントウに、ボクらをカエせるんですか!?」
「保証は出来ません。
ですが、最善を尽くしましょう」
し、信じられない。
まさか、協力してくれるだなんて。つか、何の必要と利益があってのことだろう?
僕の頭の中は、喜びと疑念と不安と期待で入り交じる。
姉ちゃんの方は、喜びのあまり飛び上がって「ばんざーい!」なんてはしゃいでる。
意外で嬉しすぎる申し出に言葉を無くした僕らの代わりに、王女の方が話を続けてくれた。
「ルヴァン兄さん、彼らをチキュウという世界に戻すと言われましたか?」
「はい」
「ですが、ユータからの説明では、極めて難しいとのことでしたが」
「もちろん極めて困難な試みです。
ですが不可能とも言い切りません。
無論、彼らが最大限の協力してくれれば、の話ですが」
協力。
僕らが最大限の協力をすれば、地球に帰してあげれる、という。
いったい、どんな?
僕らに何が出来るというんだろう。
姉ちゃんの方は、まるで大スターでもみるかのようなキラキラした様子でルヴァン王子に駆け寄る。
「も、もちろん!
私タチにデキるコトであれば、何でもします!
カナラずチキュウに帰して下さい、おネガいします!」
「最善は尽くしましょう、お互いに」
「は、はい! ガンバります!」
何をするのかも聞かずに即答する姉。
だけど正直、僕は即答出来ない。
僕らが何をしたら地球に帰れるというのか、全く分からないからだ。
というより、魔法も使えずロクな科学知識も持たない僕らに、何か出来るとは思えない。
「あの、でも、ボクらがナニをすれば、チキュウにカエれるんですか?」
「それについては、非常に長い話になるのです。
今夜は既に遅いので、明日、改めて説明した方がよいと思います」
「あ、えと、でも」
うーん、この人はエルフ達のボス。
頭の良いエルフ達の中でも、ずば抜けて知能が高い。
でもエルフ達の特徴は、話が小難しくて回りくどくて細かくて、いつまで経っても結論が出てこないということ。
開口一番で「地球に戻すつもり」と言ってくれたことから分かるように、ルヴァン王子の回りくどさは純粋なエルフほどじゃない。
けど、その性格はやっぱりエルフに近い。
ここで何をやるのかだけでも聞いておかないと、いつになったらオチを言ってくれるんだかわかりゃしないや。
「それじゃ、ヒトつだけオシえてクダさい。
ナニをすればイいんですか?」
「子守」
子守。
ルヴァン王子は即答してくれた。子守、と。
子守をしたら、僕らを地球に帰せる、という話なのか。
次元の扉が子守で開く。
……なんでやねん!
僕の疑問は、姉も同じだったらしい。
大はしゃぎしてたのが、首をひねりまくって「?、??……?」と考え込んでる。
そしてそれは話を横で聞いていたフェティダ王女も同じだった。
「あの、ルヴァン兄さん。子守を彼らにさせるとは、どういうことでしょうか?」
「父上の仕事を彼らに手伝ってもらうのです」
「あ……!
あの、でも、それって……?」
口を大きく開けて驚く王女。
今の言葉だけで話の内容がある程度は分かったらしい。
ルヴァン王子の父って、魔王様か。
魔王の仕事を手伝うって、僕らの仕事は子守って言ってなかったっけ?
なら、魔王の仕事が子守っていうことに……子守!?
「ね、ネエちゃん!
タシか、あのマオウサマって、たくさんの!」
「え? あ、ああっ!
そうか、あの子共タチ!」
僕らがアンクを初めて見た日のことだ。
アンクにパソコンのデータを入力するのと同時に、『無限の窓』と呼ばれる通信用アイテムを使って、いわゆるTV会議が開かれた。
その会議には魔王も参加していた。
魔王の姿、それは、ただのオッサン。
青い髪と青髭の、エプロン姿なおじさんだった。
しかも、たくさんの子供達を世話しながら会議をしていた。
ちょっとお爺さんになりかけの、保父さん。
あのころ、僕らはまだ魔界語が分からなかった。
だから、どうして子供の世話をしながら会議をしてるのか、分からないままだった。
というか、どこが魔王なんだと不思議でならなかった。
あれが魔王の仕事だというなら、僕らにその手伝いをしろ、ということか。
だから、なんでやねん!
ぜんっぜん関係ないじゃないか!
そんな僕らの疑念というかツッコミは、ルヴァン王子も予想済みだったようだ。
僕らのリアクションを見て、さも当然のように頷いた。
「細かい説明については時間が必要です。
ともかく、私があなた方に提案するのは、子守です。
そうすれば、我らはあなた方の帰還に協力出来ます。
続きはまた明日にしましょう」
それだけ言って、ルヴァン王子は部屋を出て行った。
後に残された僕と姉ちゃんは、キョトンとしたままだ。
フェティダ王女も目を丸くしてる。
部屋の中の空気は、大きなクエスチョンマークが跳ね回ってるという感じ。
次の日、ルヴァン王子が部下達を連れて、直々に僕らの部屋に来た。
そしてチキュウへの帰還計画について説明してくれた。
それは確かに長く、複雑で、難しい話。
それでも王子にとっては簡潔で要点のみの話だったらしい。
丸一日かかって日も暮れた頃に、ようやく僕らに質問をした。
「明日の朝、改めて返答を伺います。
二人で相談し、よく考えて、慎重に選択して下さい。
あなた達には無理にチキュウへ帰らずとも、このまま魔界で平穏無事に暮らす道もあるのですから。
いえ、むしろ私にとっては、その方が喜ばしい。
あなた達が有する各種知識は、その所持品と共に、そのままでも必ずや魔界の益となるでしょう」
夕暮れになって、ようやくルヴァン王子は部屋を出る。
あとには、あまりのことに呆然とした僕らが残された。
一体どうすればいいのか。
僕らがやるのは、確かに子守。
確かに、僕らが子守をしないと地球への帰還は出来ない、という説明だった。
『魔王って、よくある物語なんかだとさあ……』
ベッドで大の字になってる姉ちゃんは、チラリと椅子に座る僕を見る。
水を少し口にして、独り言のようにセリフを続ける。
久しぶりに日本語で長い話をする気がする。もう頭の中は魔界語が標準のようになってたようだ。
日本語を語ることに違和感を感じてしまう。
『弱肉強食の世界を這い上がって、力で全てをねじ伏せて、逆らう者は皆殺し。
悪逆非道の限りを尽くす、というのが定番なんだよな』
『んでもって、真の正義と勇気を持つ人間の戦士が長い旅の末、神の力を手に入れて、世界を救う……というとこかしら?』
『もちろん魔法使いや僧侶の仲間と出会い、努力と友情で勝利を勝ち取る。
王道だね』
『なにそれ、ありきたりねえ
子供のおとぎ話じゃあるまいし、つまんないわ』
『そう、そんな昔ながらの勧善懲悪なんて、世の中には有り得ない』
僕は椅子から立ち上がり、ドア側にある僕のベッドに腰を下ろす。
天井を見上げながら、日本で流行りのファンタジー物のストーリーを思い出す。
『だから最近のは、魔王は実は悪じゃありませんでした、悪いのは人間の方でした、黒幕が別に居るんです……というのも多いなあ。
ラスト近くになって世界の真実に触れた勇者と魔王が、手を取り合って真の悪を倒すという感じ』
姉ちゃんも天井を見上げる。
別に天井に何かあるワケじゃないけど、他に見るべき物もない。
僕らのこんがらがった頭では、余計な物を見る余裕がない。
『それって、ストーリー上は肝心要の重要部分よね?』
『うん。
ラスボス戦か、その直前くらいで明かされるかなー。
で、『まだ最後の戦いが残ってるぜ。さあ仲間達よ、そして今さっきまで剣を交えていた魔王も、共に真の悪を倒すんだ!』と、盛り上がる真のラストが待ってる。
そしてホントの悪役を倒して大団円、世界は真の平和を取り戻して、めでたしめでたし……なわけだ』
『結局、勧善懲悪なんじゃない。悪役が一匹増えただけの』
『その通り』
ふぅ~……と長い溜め息をつく。
テーブルに置かれたカンテラの火がゆらゆらと揺れている。
僕らの影も、家具の影も、微妙に揺れてる。
『これがゲームやアニメだったら、あと少しで終わりだから真実が明かされたんだろうけど、ね。
実際、あの話の内容は、ほとんどネタバレって勢いだったよ』
『お生憎様だわ。
私達の旅はこれからだ、という雰囲気ね』
『途中で打ち切りになりそうなセリフだよ、それ』
『この場合の打ち切りって、つまり……やめましょ、気分が悪くなるわ』
『そうだね。
今日はもう寝よう。
答えは明日の朝だ』
『そうね』
カンテラの明かりを消す。
真っ暗な室内は、何も見えない。
ただ、窓の向こうに広場の松明と星明かりが見える。
全く大気汚染がないし、街の明かりが雲を照らし出したりもしてないので、天を埋め尽くす星明かりが美しい。
以前、そのことをリィンさんに言ったら、「どこが? いつも通りじゃないの」と呆れられた。
地球と魔界の違いは、本当に大きい。
次の日の朝。
秋の空気はとても涼しく、山を静かに下ってくる。
赤や黄色に染まりゆく山の葉だが、まだ緑の葉っぱも多い。
そんな夏と秋がせめぎ合うジュネヴラの朝、答えを出した。
庁舎前、広場に出て朝日を眺めてた僕と姉ちゃん。
後ろから音もなく姿を現したのは、ルヴァン王子。そしてトゥーン領主と、フェティダ王女と、オグル頭取。
その背後には部下の人達もいる。
僕は振り返り、怯むことなくはっきりと答えた。
「やります」
迷いはない。
姉ちゃんも腰に手を当てて胸を張って答える。
「やるわよ、やればいいんでしょ!
なによ、子守くらいでチキュウにカエしてくれるっていうんなら、安いもんだわ。
やってやろうじゃない!」
王族四人とも頷く。
道は決まった。
これから、大変な仕事が待ってる。
子守。
本当なら誰でも出来るはずの、簡単な仕事。
だが僕らは命懸けでしなくてはいけない。
子守の相手は、魔王の子供達。
ただ、魔王の実の子ではない。
魔王が引き取ることになった身寄りのない子供達だ。
だが、その子供達の世話に忙殺され、魔王の仕事に支障が出てきているらしい。
何より魔力を大幅に消費させられている、と。
だから僕らに手伝って欲しい、という話だった。
もちろん、まともな子供じゃない。
魔王一族に匹敵する魔力を有する、爆弾のような存在だというのだ。
それも、どちらかというと、不発弾か地雷。
魔王とその一族以外には扱いきれないような、危険極まりない子供。
それを、僕らに世話しろと言う。
よく考えて慎重に選べ、というのももっともな話だ。
地球には帰りたい。
でもそれは、命懸けの仕事と引き替えだという。
しかも、それでも協力してもらえるだけ。
技術力の問題から、上手く行く保証はない。
でも、僕らは地球に帰りたい。
魔界じゃ生きて行けそうもないから。
魔法を使えない僕らじゃ、いくらお金があってもやっていけない。
こんな危ない世界では、現代っ子の僕らなんて、すぐ死んでしまう。
戦争中の魔界では、生き残れない。
魔王率いる魔族連合の魔界と、人間の国である神聖フォルノーヴォ皇国。
魔界と皇国の果てしない戦乱。
その副産物として産まれた魔王とその一族。
昨年、インターラーケンで起きた大規模な戦闘。
その戦闘後に魔王が引き取った、いわゆる戦災孤児達。
魔王は、人間族出身だった。
驚くべきことに、魔王は皇国から逃げてきた人間だという。
しかも強大な魔力を得た原因は、皇国での人体実験。
魔王一族とは、皇国が生み出した生物兵器群。いや、原子炉のようなエネルギー供給源として造られた存在。
そして魔王一族に立ちはだかるのは、人間族最強にして不死身の戦士達……勇者。それすら実際に存在するという。
魔族を虐げ、世界の全てを我が物とせんと画策し、悪逆非道の限りを尽くす人間の国、神聖フォルノーヴォ皇国。
その侵略に怯える魔族達。
人間達を守る謎の戦士達、不死身の化け物、勇者。
勇者と皇国軍を食い止め平和を守るべく、人間に反逆した生物兵器達は魔王一族となり、戦い続けているというのだ。
僕は思った、というか心底納得した。
RPGで勇者に攻められる魔王と魔界って、こんな状況なんだろう……と。
かくして、キョーコとユータは魔界の中心へ足を踏み入れることとなった。
はたしてそこで彼らを待つものは何なのか、彼らに何がなし得るのか。
歴史の奔流は、彼らを逃がそうとはしない。
次回、第十章『旅立ち』第一話
『魔界近代史:1/3』
2011年6月23日00:00投稿予定




