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助けて!

 光。


 トカゲ男が構えるライフルの、銃口らしき場所から、光が生まれた。

 やっぱり音は無かった。

 そして再び焦げ臭い臭いが立ちこめる。


 煙が僕の後ろから漂ってくる。

 でも、光が当たった場所を見ることが出来ない。

 恐怖で体が硬直して動かない。

 右の頬を生暖かい物が流れ落ちていくのが分かる。


 やっぱりそれは銃だった。

 ただ、銃口から撃ち出されたのは銃弾じゃない。

 光、レーザー光線だ。

 ファンタジーなリザードマンが、SFなビームライフルを撃ち、現実に光の筋が僕の右頬をかすめた。

 こ、古代文明じゃなくて未来世界!?

 それとも科学が進んだ別の惑星なのか!?


 う、うう、動けない。

 動けば殺される。

 隣の姉ちゃんも、言葉も出てこないほどビビッてる。

 旅行前は、『ヨーロッパは治安も悪い所あるし、気をつけようね』なんて話をしてた。 その中には強盗に銃を向けられたら、抵抗せず素直に金を渡せ、というのもあった。


 けど、この場合はどうすれば良いんだ?

 こいつらは強盗じゃない、はず。そして人間ですらない。日本円もユーロもスイスフランも通用しない。

 目的も言葉も何もかもが分からない。

 い、一体、一体どうすればいいんだ!?


 僕らが硬直して動けない間にも、リザードマン達はすぐ近くまで接近していた。

 ほんの数メートル近くまで、四方を囲む様に立ってる。

 相変わらず聞き取れない言葉で会話し、僕らに向かっても叫び続けてる。でも、何を言ってるのか全く分からない。

 そのうち一人がさっきからずっと、ハンドサインのようなものを繰り返している。


「ね、姉ちゃん……手話って、分かる?」

「わ、分かるわけないでしょ!

 ていうか、手話も各国で違うの。世界共通語じゃないのよ!」

「もちろん、リザードマンとは共通じゃ、ないよな……」

「あ、あったりまえでしょ……?

 てか、あの手話みたいの、なんか……変じゃない?」

「変って、何が……ん?

 なんか、光ってる?」


 僕らの目がハンドサインを繰り返すリザードマンの手を見る。

 左右五本ずつ、計十本の指が高速で何かの形を組み続けている。

 その手の周囲は、うっすらとだけど、淡く輝いているような気がする。

 当のリザードマンは、なにやら呪文の様な物を呟き続けている様だ。

 よーく見てみたら、その光は僕らを照らしているらしい。


「ユータ、これってもしかして、何か、魔法のようなもの?」

「かなあ?

 進みすぎた科学は魔法と見分けがつかないっていうけど。

 でも、何も変化無いよね」

「つか、この大トカゲ、なんか焦ってない?」


 姉ちゃんの言う通り、そのトカゲは焦ってるように見える。

 幾度も同じパターンで印と呪文を繰り返し、僕らに向けて光を放ってる。

 でも何か上手くいかないらしく、どんどん印の組み方が速く力を込めたものになってる。

 表情は、全然分からない。全くの無表情。


 剣と銃を構えたままの他のリザードマンが、焦ってる仲間に何かを話しかける。

 トカゲだけにギャッギャと甲高く騒がしい鳴き声か、と思えたけど、そうじゃない。

 確かに人間とは異なる音質ではあるけど、間違いなく何かの言語だ。


 他のリザードマンも同じように印を組む。

 だけど結果は同じ、どうやら上手く行かないらしく焦っている。

 その間に、最初に印を組んでいたヤツが横を向き、再び印を組み始めた。

 さっきとは別の種類らしい印と呪文を組み上げたそいつは、近くの地面に落ちていた石に向けて右手を伸ばした。


 石が浮いた。


 目を丸くする僕らの目の前で、フワフワとこぶし大の石が宙に浮く。

 トカゲ男が右に腕を振れば右に、左に振れば左に石が動く。

 ここは草むらの真ん中で、宙に透明な細い糸が張られている様子もない。

 つまりこれは、ファンタジーで言う魔法であり、SFなら超能力……念動力。


 地球のGPS衛星からの電波が届かない場所で、地球にいなかったはずのは虫類が、地球の常識が通じない現象を起こした。

 つまり、これは、やっぱり……。


「姉ちゃん、ま、魔法……だ」

「魔法って……ここは地球じゃなくて、タイムスリップでもなくて、剣と魔法のファンタジー世界、とでも言いたいの?」

「否定できるなら、頼むからしてくれよ。

 これがイタズラとか、幻とか、言ってくれ」

「……今のところ、無理だわ。

 つか、今はそれどころじゃないわよ」


 そう、無理だ。

 本当にそれどころじゃない。

 どうやら彼らは、僕らに対する何かの魔法が上手くいかなかったんだ。それで、僕らに警戒心を強めてるんだと思う。

 何故なら、四人のリザードマンが印を組むのをやめ、全員が武器を握りしめて僕らに向けたから。

 皮鎧を着た茶色のリザードマンの一人が、短剣の切っ先を突きつけながら、こっちに近寄ってくる。

 無表情だけど、ヘタにこちらが何かをすれば殺す気なのは間違いない。

 対する僕には、両手を上げ続けるしか出来ることがない。


「ね、姉ちゃん! 一体、どうすればいいんだよ!?」

「わ、分かるわけないわよ!

 あーもー! 敵意も戦う意志も無いって、どうやったら分かるのよ!?」

「じゃ、じゃあ、逃げる!?

 防犯ブザー!」


 僕らの腰には防犯ブザーがついてる。

 万一の時用に、と旅行中はずっと付けていたやつだ。実際には危ないことなんかなくて使ったことないけど。

 これを鳴らして逃げれば!?


「そ、空飛ぶトカゲから、どこへどうやって逃げるのよ!? すぐ追いつかれるじゃないの!

 つか、ブザーは、助けを呼ぶためのもの! 誰もいない森の中で鳴らしても、誰も来ないわよ!」

「て、てゆっか、ヘタに刺激したら、この場で射殺……ダメか。

 な、なら、話をするしか……日本語がダメなら、英語は!?

 フランス語やイタリア語はどうなの!?

 旅行前に、さんざん準備や勉強したじゃんか!」

「え……!? て、無理に決まってるでしょ。

 どうみても外国語だから通じる、なんて相手じゃ」

「む、無理でもやるしかないって!

 へ、ヘルプミー!」

「あーもー! お願い通じて!

 こ、ここ、コマンタレブー(Comment allez-vous:フランス語:お元気ですか)!」

「えとえっと……く、クアントコスタ(Quanto costa:イタリア語:いくらですか)?」


 トカゲたちが、止まった。

 足を止め、縦長の瞳孔がこっちをじっと見つめてる。

 まぶたがパチパチと開閉する。ただし、人間の様に上から下にじゃなくて、下から上に。

 仲間同士で視線を送り合い、長くて二股に分かれた舌をチロチロ出しながら、一言二言言葉を交換してる。

 剣と銃を下ろしはしないが、それでも何かの効果があったらしい。

 相談を終えたらしい一匹が、軽く咳払いの様なものをして、改めて言葉を口にした。

 いや、口にしようと頑張っているらしい。


「Ch……gyuo……Gryugigi……Chia,o?

 Sd……Shig,nare?」

「……え?」

「え、え、ええ?

 今のって、なんか、言葉?」


 僕らの反応を見て、そのトカゲ男は再び咳払い。

 そして、とてもゆっくりとしゃべりだす。


「P...Po,sso aver,e il......suoo name...

 Daa dove...vi,ene 」


 リザードマンは、何かの言葉を語った。

 どうやら彼らにとっても慣れない言葉だったらしいそれは、非常に聞き取りにくい。 しかし、幾つかの単語は分かった。

 いや、正確には僕らが知ってる言葉に近かったんだ!


「ね、姉ちゃん!

 い、今の、今のって、まさか!?」

「間違いないわっ!

 イタリアやスイスでさんざん聞いた言葉に近いわよ!」


 言葉が通じたわけじゃないけど、少なくとも全く分からない訳じゃない!

 そして、21世紀の地球と完璧に無縁無関係な場所でもない!

 ただそれだけでも、僕らには希望の光が見えたといっていい。

 思わず上げっぱなしで痺れてきてた互いの手を取り合ってしまった。


 けど、甘かった。

 状況は僕らが考えていたより、ずっととんでもないものだったんだ。

 だって、僕らは見てしまったから。


 周囲を囲んでいた四人のリザードマンが、何かを頷きあったのを。

 そして、遙か空の彼方を見つめたのを。

 喜びの余り飛び上がっていた僕らも空の彼方を見つめ、そして、天国から地獄へ突き落とされた気がした。


 空の彼方には、青空と白い雲をバックにして、点の様な物が浮いている。

 徐々に大きくなる点は、次第に羽ばたく翼の影となる。

 それは、ワイバーンの大群。

 恐らくは目の前のリザードマン達の仲間が、先に本隊へ報告に戻っていたんだ。

 その報告を受けて飛んできた竜騎兵の大部隊なのは、予想がついてしまった。


次回、第一章第四話


『現実は厳しい』


2011年2月19日01:00投稿予定

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