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デート

「ぐはあ~……疲れたあぁ~……」


 午後、ようやく一休み。

 部屋に戻ってきてベッドにぐでぇ~……ああ疲れた。部屋の中には服やら布やら革のブーツやら。

 さらに小物だのおしゃれなカップだの花瓶だの、なんだか良くわからないものも一杯だ。

 それを部屋まで運ばされたコッチは、もうヘロヘロ。

 荷物を僕に押しつけた姉ちゃんとリィンさんは、さらに何か買いに行った。

 もう、ついて行けない。


 街の商人達も、「上客が来た! お大臣だ! バブルだー」、という感じでワラワラと寄ってくる。

 広場で露店を開いていた人達だけじゃなく、店を構えていた人も商品を抱えてやってくる。

 なので、広場はえらいことに。


「はぁ~……イタリアやスイスじゃ、値切るのは当然よー1ユーロでもまけさせる、なんて言ってたくせに。

 ろくに値引き交渉もせず、無駄なモノを買いあさっちゃってさぁ。

 どうすんの、これ?」


 窓際に華やかさが足りないの、とかいって植木鉢まで買っちゃって。

 花が咲くまで何ヶ月かかるんだよ。

 それまでに地球に帰ることになったら、どうするんだか。

 しかもまだ買うって、なんと自分用の家具をって、何を考えてるんだ?

 この部屋にある家具すら使い切ってないのに。


 広場で蜂蜜タップリのパンや焼き肉をかじりながら買い漁りをしてたせいで、お腹は一杯。

 買い物に付き合わされて疲れ果てた。

 そして今は、ベッドの上。

 眠い……。





「……んしょ、うんしょ……ちょっとあんた! 何をグースカ寝てンのよ!」


 いきなり怒鳴られて目が覚めた。

 重いまぶたを開けてみれば、陽が傾いてる。というか夕方だ。

 あらら、ずいぶん長いこと昼寝しちゃったんだな。

 で、寝転がったまま頭をグルリと回してみれば、大荷物を抱えた姉ちゃんと、小さな体が荷物で見えなくなってるリィンさん。

 そしてその後ろから、なんだかタンスみたいなのや椅子やら運び込むオーク・ドワーフ・その他色々の種族。

 こ、これ、全部買ったのか!?


「こ、こんなにどこに置くんだよ!?」

「あぁ~ん? 何をケチくさいこと言ってンの?

 そんなの、後で考えればいいじゃない。お金はたっぷりあるんだから。

 ほらほら! みんなサッサと運び込んでねー。

 入りきらなかったら、こいつのベッドの周りにでも」

「う、うっわわ!?

 何すんだよ!」


 さほど広くない室内を埋め尽くす荷物の山。

 あっと言う間に歩く隙間も無いほどになった。

 つか、いい加減、床がヤバイ気がするんですけど?

 ここは二階で、石造りの建物だけど床は板張りなんですが……き、きしむ音がするんですが!?


「これじゃ寝起き出来ないだろ、つか、床がヤバイって!

 別の部屋に置いてよ!」

「ああ~? 男のクセに細かいことを気にするわねえ。

 だからアンタはもてないのよ」

「もてないのは関係ないだろ!」

「ま、そうまで言うなら別の部屋を借りるとしましょ。

 ねえリィン、どこか別の部屋ある?」


 自分の体くらいある荷物を床に置いてへばってるリィンさん。

 ハンカチで汗を拭きながら『?』と首を傾げる。

 姉ちゃん、日本語で話しかけてるってば。


『オッと、ゴメンなさイ。

 リィン、アイてるヘヤ、あるカシラ?』

『あーっと、廊下の奥にある倉庫が、まだ空のままだったわよ。

 そこに少し置かせてもらいましょ』


 僕らの部屋を埋め尽くしていた品が、次々と運び出されて廊下奥へ運ばれる。

 徐々に床のきしむ音は収まり、沈んでいた床板が戻っていくのが分かる。

 まったく、危ないなあ。


 さて、この部屋を埋め尽くす購入品の山は、ほとんど運び出された。

 代わりに姉ちゃんがぐでーんとベッドに倒れ込んだ。

 間をおかずグースカプーと寝息を立て始める。

 力尽きたか。


 さてさて、僕はもう十分寝た。

 そして小腹が空いてる。

 外は夕暮れかあ、そろそろ晩ご飯の時間だな。

 ふむ、晩ご飯か。

 いつもならキッチンで食べるところだけど……。


「せっかくお金あるんだし、クレメンタイン妃、いや王女かな、あの人にはお金を使ってくれって言われてるし。

 たまには外で食べてみようか」


 今日は姉ちゃんの買い物に付き合わされてばっかりだった。なので、僕は全然お金を使ってない。

 ウェストポーチの中には少々の銀貨と銅貨。ジャラジャラとうるさいし重い。

 通貨不足のジュネヴラ、コインの価値は公式レートより高めだ。これだけあれば十分過ぎるだろう。


 頭に浮かぶのは、以前見かけた酒場。

 遠目で見てただけだけど、酔ったワーウルフとドワーフがケンカしてた。

 RPGなんかでは情報収集とか仲間集めとかで出てくる酒場だけど、さて実際はどうなのか。

 酒は好きでもないけど、ぜひ実際に見てみたい。

 見てみたいけど、夜の街を歩き回るのはなあ。


 夜の間、街の大通りには一定間隔で松明が掲げられる。

 でも裏通りは暗い。

 そして大きな街じゃない、ちょっと歩けばすぐに森や沼がある。

 巨大狼以外にも危険な怪物がいるだろう。

 酒場だけに、酔っぱらいに絡まれることも。

 うーん、一人では行けないか。

 誰かついていってくれる人は……姉ちゃんとリィンさんは疲れ果ててるから無理だし……。


 なんてことを考えながら、赤い夕日が急速に弱まり薄暗くなりつつある庁舎の廊下を歩く。

 キッチンから漂ってくる夕食の香り。

 う~んと、これはフィレ・ドゥ・ペルシュ(Filet de Perche)だな。それに大麦と野菜のスープ。

 フィレ・ドゥ・ペルシュは、レマンヌス湖の小さな魚ペルシュ(Perche)の3枚おろしをフライで食べる料理。淡泊な白身魚で、僕ら日本人の口にも合う。

 あれって美味しいし、別にわざわざ外食しなくても、と思えてきた。


 キッチン前に到着。

 んじゃもうここでいいか、と思ったらキッチンから出てきたのはフェティダさん。

 薄茶色のフェルトのワンピースに皮のブーツ、足とのところには太ももまでスリットが入ってる。

 長い金髪は後ろに束ねてポニーテール、前髪が少しだけ赤い目にまでかかってる。アクセサリーはイヤリングだけ。

 珍しくドワーフの部下を連れず、何故か一人でキッチンに来てたのか。


『ア、プリンセス・フェティダ。

 コンバンハ』

『あら、今晩は。今から夕食ですか?』

『ハイ。

 プリンセスハ、ドウシマシタカ?』

『いえ、夕食はどんなのかと思って、のぞいてみましたの』


 フェティダさんが、今夜の夕食は何かとキッチンまでやってくる……。

 王女のイメージ的には、広い部屋の巨大なテーブルを前に座り、メイドが皿を運んでくるのを澄まし顔で待ってる、と思ってたんだけど。

 なんて考えてたら、顔に考えが浮かんでたらしい。


『うふふ、王女ともあろう者がはしたない、なんて思うかしら?』

『イ、イエッ! ソンナコトハ』

『誤魔化さなくていいわよ、実際はしたないのですから。

 私だって目付の部下達がいたら、こんなのは出来ないですわよ。

 でもここは私の城じゃないし、今は部下もいないですしね。

 こんな田舎町くらい、気楽にさせて欲しいですわ』

『ナルホド。

 ソウイエバ、ブカノヒトタチ、ハ?』

『みんな、あなたが売ってくれたチキュウの物質にかかりっきりですよ。

 翻訳されたチキュウの文明のデータもあるし、しばらくは私も楽になれますわ』

『ア、デモ、ヒトリデ、アブナイ……?』


 女性が一人でなんて危ない、と思ったけど、そんなワケないか。

 なにしろ、王族の魔力と強さは飛空挺墜落の件で知ってる。

 爆弾を満載した飛空挺を突っ込ませても死なないんじゃなかろうか?

 というか、実際に死ななかった。飛空挺は受け止められ、爆弾は放り投げられた。

 でもやっぱり女性、それを言うのは失礼だろう。

 その王女様の方は、ニッコリと笑いかけてきた。


『あらあら、一応は心配してくれるのかしら?』

『ハ、ハイ。モチロン』

『それでは危ないから、あなたが騎士役を買って出てくれますか?』

『エ? ボクガ?』


 僕がフェティダさんの騎士?

 ありえねー、僕なんかが役に立つもんか。足手まといがせいぜいだよ。

 でも王女様は、そんな事実は気にしてないらしい。


『実はですね、私はあの魚が嫌いなのですよ。

 それに今は部下もいないし、たまには羽を伸ばしたいですわ。

 なので酒場でも行ってみようと思ってましたの』

『ハア、ナルホド』

『それで、どうでしょう?

 ジュネヴラから出ない分には、部下達も心配しないでしょうけど、一人で酒場に行くのも……と、考えてましたの。

 付き合ってくれますかしら?』

『モチロン、イキマス。

 ボクモ、イコウト、オモッテマシタ』


 クレメンタインさんから小銭を使って欲しいと頼まれたこと、でもまだ自分の買い物をしてないこと、酒場に行きたかったけど一人じゃ危なくて行けないこと、などを簡単に説明。

 王女様は楽しげにポンと手を打った。


『それは奇遇ですねえ!

 それじゃ話しは決まりましたわ。早速行きましょう!』

『ハ、ハイッ!

 ヨロシク、オネガイシマス!』


 と言うわけで、フェティダさんと夜の酒場へ繰り出すこととなった。

 キッチンのメイドさん達にも一声かけていく。これで『どこ行ってたのよ、せっかく夕食作ってたのに』とか怒られないので大丈夫。

 フェティダさんも、どこいったか分からなくて部下の人達が困ることもないだろう。


 二人で庁舎を出ると、広場を囲む建物の壁に取り付けられた松明が石畳を照らしはじめてる。

 急速に暗くなる太陽に代わって街行く人々の足下を明るくする。

 ジュネヴラは基本的に田舎町な雰囲気なので、夜はそんな華やかじゃない。だから住人達は家路を急ぎ、人通りも減り始めてる。

 そんな中、以前に見かけた酒場へと並んで歩く僕ら。



 酒場につく頃にはすっかり暗くなってた。

 裏通りに入ってすぐの所にある店、松明に照らされた入り口は大きく開け放たれている。

 店の中から光と、沢山の人々が笑い合う声が漏れてきてる。


『モウ、ヒトガ、イッパイデスネ』

『ジュネヴラは、セドルン要塞へ行ったり故郷へ帰る人達の旅籠みたいな街なのです。

 みんな、ここで一息ついていきますわ。

 だから、昼間から酒を飲み騒いでる兵士も多いのですよ』

『セドルン、ヨウサイ……ヒガシノ、キチ?』

『ええ。

 去年から構築が始まった、新しい要塞ですよ。

 ま、そんな話は後にして、入りましょ』


 嬉しそうに店の入り口をくぐるフェティダ王女。

 僕も、ちょっとドキドキしながら後に続く。

 酒場に入るのは初めてだ、しかもあんな美女と。


 あれ? これって、もしかして、デート?

 しかも、魔界のプリンセスとデートか!?


 おお、これは、さらにワクワクドキドキしてきたぞ!


次回、第八章第六話


『酒場にて』


2011年6月1日00:00投稿予定

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