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おっかねっもち!

 浮かれ気分で朝が来たぁ~、るんるん。

 昨日までの僕と、今日からの僕は違います。

 ええ全然違いますとも。

 なにしろ僕は、姉ちゃんも一緒に、大金持ちなのですおー!


 魔界中央銀行たるブルークゼーレ銀行ジュネヴラ支店には、僕らの口座の中でグルデン金貨がうなりをあげておりますとも。

 いやー、今頃になって実感が出てきた浮かれてきた。

 横を見れば、部屋の隅に山積みされた、銀貨と銅貨が詰まった袋ですよ。

 あははは、危ないねー泥棒さんが入ったらどうしましょ?


 ところで、口座の方の金は心配ありません。

 なぜならジュネヴラの口座はエズラ支店長と銀行員ゴブリン達の管理下にあるから。

 なにしろインターラーケンは田舎で貧乏。しかも僅かとはいえ、口座開設と管理自体に金がかかるんです。

 地球の銀行と違って、預けても利子はつきません。逆に管理料をとられます。大金を持ち歩く危険と手間を省く方が重要なためです。

 だから、ド田舎で貧乏人ばかりのジュネヴラで、口座を持つ人は大していません。

 なので口座を開いてる人の顔と名前は、全部エズラ支店長が覚えてます。


 そして僕らの顔と名前、場所、口座開設日時にいたるまで、口座証明書というか通帳に付けられた宝玉に記録されてます。

 誰かが僕らの通帳を盗んでも無駄。たとえ遙か彼方の支店に持って行っても、本人以外には簡単には引き落とせないのです。

 そして僕らの証明書再発行は、支店長がすぐにやってくれます。

 キャッシュカードみたいに手軽で無料じゃない分、セキュリティは固いそうです。


 というわけで、僕らは部屋の中のコインの山を大事にすればいいだけ……あれ?

 銀貨の詰まった二つの袋、うち一つが無い。

 えっ?

 どこ、どこに行った? 早速ドロボウが入ったのか!?

 慌ててキョロキョロしてたら、隣のベッドからジャラリと音がした。


「にょぉへへぇ~……おかねお金にょお~……」


 姉ちゃんが、銀貨の詰まった袋を胸に抱いて寝てた。

 というか、めくれ上がったキャミソールの中に詰め込む勢い。

 あ~あ、はしたないというか、弟として恥ずかしい。

 さて、それじゃ今日は何をしようかな。





『ねーねー、聞いたわよ!』


 朝食にキッチンへ入れば、早速リィンさんが声をかけてきた。

 釜から焼きたてのパンを取り出しながら、キラキラした目で寄ってくる。

 他の妖精達も、野菜や果物を並べながら好奇心一杯だ。


『あなた達、大金持ちになっちゃったんだって!?』

『い、幾らなの!? 幾らもうけたのよ!』

『すっごいわねえ~。

 あんた達の、えと、チキュウっていったっけ?

 貴重なモノばかりだったそうじゃない』

『でも、あれってそんなに高価なものだったの?』

『あら、知らないの?

 一切の魔力を吸収遮断しちゃう、常識外れの抗魔結界がついてるんだから』

『しかも、術式も魔力も一切使わず、糸くず一本にいたるまで、よ!』

『これを使えばどんな武器や魔法具が出来るかとか、ドワーフとエルフでチキュウの品を取り合いよ!』

『トゥーン様やオグル様も欲しがってて、昨日はとんでもない騒ぎだったんだから』


 僕を囲んでメイド妖精達が大騒ぎ。

 澄まし顔で昨夜の残りのスープをすする僕だけど、思わず頬が緩む。

 小さくて可愛い妖精の女の子に囲まれて、こんなに話題の中心になるなんて、日本じゃ経験したことない。

 あー気分良いなあ。

 でもリィンさんは僕の頭をツンツンつついてくる。


『それでそれで、これからどうするのよ?』

『ソレデ、トイウト?』

『だーかーらー!

 そのお金、まずはどうするのよっていうこと!』

『ウーント、マズ……フユ、ソナエタイ』

『ああ、冬服かあ。

 そういえば、あなた達の持ってる服って、夏用の薄いヤツばっかりだわね。

 靴や手袋も要るわねえ』


 その言葉に、さらにメイドさん達が盛り上がる。

 どんな服がいいとか、どの行商人がいるとか、もううるさいったらない。

 しかも、あたしがついていってあげるわー、何よあんた仕事溜まってるでしょ、ウチの妹が暇してるから案内してあげるわよ、とか言い出す。

 いや、いくらなんでも、それってついでにおごれって意味ですよね。

 露骨過ぎますよ、引きますよ。


  ゴンゴンッ!


 いきなり頭の上で鍋がオタマで打ち鳴らされた。

 仰天して真上を見れば、鍋とオタマを手にしたワンピース姿のリアさんだ。

 真下から見上げると、スカートの中の下着が丸見え……色気もなんもない白のズロース膝上まで、でした。

 これじゃクラスの女子のスカートが風でめくれたらスパッツでした、と変わんないよ。

 だからスカート姿で平気で飛び回ってるのね、そりゃそうだ。

 残念。


『ちょっとぉ、あんた達ぃ!?

 遊んでんじゃないわよぉ!

 さっさとぉ仕事に戻んなさぁいっ!』


 とたんにメイド達は渋々と散っていく。

 そこかしこから、やーね偉そうに、トゥーン様と結婚してからツンツンしちゃって、あーあ私も玉の輿したいなあ、妖精の男相手じゃ無理よ、なんて愚痴やら文句やらが聞こえてきた。

 うーん、まさに女の園。

 見た目は小学生でも中身は立派な女。姉ちゃんと同じく中身ドロドロ。

 で、残ったのはリアさんとリィンさん。


『ちょっとぉ、リィン?

 あんたは二人の世話役なんだからぁ、しっかり見とかなきゃだめよぉ』

『えへへ、ごめんなさい。

 つい盛り上がっちゃって』


 てへ、とか言いながら小さなペロッと舌を出すリィンさん。

 むうう、かなり可愛い。

 で、改めてリィンさんは僕に向き直った。


『そんなワケで、ね。

 あんた達にはこれから、金目当ての小鳥さんや狼さんが、たくさん寄ってくると思うから。

 気をつけなきゃだめよ』

『ハーイ、ワカリマシタ』


 素直に良いお返事。

 いやまったく、大金手にして人格変わって破滅、騙されて有り金全部奪われて破綻、てのはよく聞く話。

 気をつけないと……と思ってたら今度はノックの音。

 扉を見れば、開けっ放しのドアをわざわざノックしてるクレメンタインさんだ。

 その後ろにはデンホルム先生もいる。


『オホン、少しよろしいですかな?』


 クレメンタイン妃、とでも言えばいいのかな、とにかくトゥーンさんの第二婦人はツカツカとキッチンに入ってきた。

 僕の前に来て、なんだか言いにくそうにしてる。

 なんか良くわからないけど、こっちも椅子から立ち上がる。

 そして、『あー……』という前置きと共に話し始めた。


『昨日は、ご苦労様でしたな。

 我らも驚くべき新素材を手に入れて、非常に満足しておりますぞ』


 小さく頭を下げる。

 こっちも頭を下げる。

 そこへ、ようやく起き出してきた姉ちゃんもやってきた。


『おはようゴザイマす。

 アら……クレメンタインさま、ドウされましタカ?』

『キョーコ、良い所に。

 では、二人とも聞いて欲しいのです』


 エルフの妃様は僕らに席へ着くよう促す。

 なので二人とも、クレメンタイン妃と先生とリア妃にリィンさんも着席。

 で、クレメンタインの話が続いた。


『せっかく手にした大金なので、大事にしなさい……と言いたいのは山々ですぞ。

 ですが、その……出来ればそなた達の金、特に両替した分を、積極的に使って欲しいのです。

 無論、ジュネヴラの中で、ジュネヴラの住人を相手に』

『エ? ゼンブ?』

『スコしずつツカうつもりナンデスけど……イソぐリユウでもアルんですカ?』


 お金を使ってくれ、というクレメンタイン様。

 その申し出に、姉ちゃんは露骨にイヤそうな顔をする。

 妃様はちょっと頬を赤く染めながら、咳払いも挟みつつ、話を続けた。


『いやその、恥ずかしながら……恐らく支店長からも聞いてると思いますが、インターラーケンは貧しいのです。

 主な収入源は出稼ぎの領民達からの仕送り、他はセドルン要塞へ派遣された兵達が落とす金くらいなもの。

 いやはや、金がないのですぞ』


 さすがに、これ以上は妃として言いにくいらしい。

 話が長いエルフらしくなく、ごにょごにょと声が小さくなり、長身が縮こまって小さくなってしまった。

 なので、続きはデンホルム先生が続けてくれた。


『加えて、前にも言ったと思うが、何しろ魔界共通通貨は発行量が足りなくてね。

 貧しいというのは、貨幣そのものが無い、というのに直結してる。

 通貨が無ければ経済が成り立たないのだよ』

『つぃでにぃ、言うとぉ』


 リアさんが横から口を挟んだ。

 それは、色んな種族がいる魔界らしい理由だった。


『金属の貨幣ってぇ、重いのよぉ。

 あんなの沢山抱えてたらぁ、飛べないわぁ』


 僕も姉ちゃんも、カクッとこけそうになった。

 人間タイプ一種族だけだったら金属の貨幣で済んだんだろうけど、空を飛ぶ種族もいるもんなあ。


『ソレじゃ、デカセギでカセイだオカネ、どうしてルノ?』

『ほとんどぉ、それぞれ勤務してる城やぁ屋敷に出入りしてるぅ商会や行商人からぁ、商品を買っちゃうのぉ。

 インターラーケンにはぁ商品だけがぁ送られて来るのぉ』

『残りも里帰りの帰り道、インターラーケン山脈入り口のふもとの街で使っちゃうわ。

 んで、やっぱり商品だけを馬車で運んでもらうの。

 おかげでみんな、懐ほとんど空っぽで帰って来ちゃうワケ』

『さらに言うとぉ、税金もぉ勤務先からインターラーケン口座へ振り込みなのぉ。

 現金がぁ、ぜーんぜん来ないのよぉ』


 リアさんとリィンさんの説明は、重い荷物を担いで移動出来ない妖精らしい理由。

 高校生の僕だって、金が経済の血液と呼ばれるのは知ってる。

 血が無かったり止まったりしたら、死ぬ。

 経済の死は国家の死、と言うわけだ。


 そしてインターラーケンには通貨が流れてこない。

 これじゃ、いくら開発を頑張っても経済が発展しないだろう。

 だったら紙幣に……といっても簡単には行かないだろう。技術その他の理由で。

 おほんっ! と特大の咳払いをして、クレメンタイン妃は話を続けた。


『また領地経営では、大方が手形と口座で決済してしまいますので、実際には現実の貨幣を動かしませぬ。

 そんなワケで、ジュネヴラは通貨それ自体が足らないのです。

 しかもその通貨、昨日までは大半が、ブルークゼーレ銀行ジュネヴラ支店の金庫でホコリを被っていた有様だったのです。

 ですが、昨日ようやく、金庫から出ることが出来ましたぞ』

『ア、ナルホド』

『ツマり、アタシたちがカネをツカえば、ジュネヴラにカネがデマワることがデキる』

『そうですぞ。

 しかもあなた達二人は、まだまだチキュウの産物を所有しております。

 それも、パソコンやケータイといった、超小型アンクまでも幾つも持っていると来ております。

 あなた達がチキュウの産物を売り、ジュネヴラで金を落とせば、インターラーケンの経済が活性化するのです。

 というわけで、よろしくお願いしますぞ』


 クレメンタイン妃は一礼して、先生も連れてそそくさと出て行った。

 先生は、今日の授業は無しとするので買い物に行ってきなさいという言葉も残していった。

 僕は、ちょっと難しい話に置いていかれがち。

 でもま、大方の話は分かった。

 姉ちゃんは、だいたい理解出来たみたい。ウンウンと頷いてる。


 うーん、経済学。

 やっぱ色々あるんだな、領地経営って。

 というか、現実的だ。ファンタジーな魔法世界かと思ったら、すごく現実的だ。

 さすがパラレルワールド、絵本の中のおとぎ話とはワケが違う。


『とぉ、言うワケでぇ』


 リア妃はフワリと浮き、僕らの頭上を飛び回る。


『あなた達、街でたっぷりぃ色々買っていってねぇ。

 リィンもぉ、頑張ってよぉ』

『まっかせなさーい!』


 小さくガッツポーズのリィンさん。

 おお、気合いが入ってる。

 クルリとこっちを向いたその目はキラキラ、というかギラギラしてる。

 そして姉ちゃんも。


『それジャ、サッソクいきマショウ!

 ンデねンデね、ドコからイコッか!?』

『まずは、やっぱり仕立屋さんね!

 冬服から要るんでしょ?』

『モチろん!

 シタギもイルし、ホカニもフトンとか……』


 盛り上がる女二人。

 僕は置いていかれた……かと思ったら、いきなり二人に腕を掴まれて引きずられる。

 朝食もそこそこに、さっそく買い物へ繰り出すらしい。

 まあ、僕を連れて行く理由は分かる。


 姉ちゃんの買い物に付き合わされるというのは、荷物持て、ということ。

 ああ、今日もヘロヘロになりそうだ……。

次回、第八章第五話


『デート』


2011年5月30日00:00投稿予定

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