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新素材

『よー、金が要るんだって?』


 姉ちゃんや妖精達と一緒にキッチンで朝食を食べてたら、いきなりトゥーンさんがやってきた。

 昨日のやりとりを聞いたんだな。

 姉は立ち上がって熱く切実に話し出す。


『ソウでス。

 もうスグ、アキになりマスし、アタタかいフクもヒツヨウですカラ。

 フユまでにチキュウへカエレればイインですが、ルヴァンさまからのオコタエはイツにナルのか……』


 ルヴァン王子からの答えは、まだ来ていない。

 ずっと部屋やテントにこもり切りで、翻訳した地球の科学データを分析し続けているらしい。

 まあ、魔法文明とは基礎から全く異なる科学文明。理解は難しいだろう。

 その辺の事情はトゥーンさんも分かってくれてるらしい。ウンウンと頷いてる。


『ま、そーゆーこったな。

 今回は、さすがにパオラんときみたいに、オレが故郷へ送ることもできねーみてーだし。

 ルヴァン兄貴の研究が終わるまで待ってたら、春になっちまうぜ?』

『そ、ソレはコマルです』

『コマル、デスデス』


 二人で慌てて困る。

 一年もここにいるなんて、絶対ムリ。

 どうにかして秋のうちに帰る算段を付けたい。

 けど、ワームホールを作り出すなんて、地球の科学でも不可能に近い。

 魔法なら出来るかも知れない。けど僕らの転移みたいな事故を狙って起こすのは、宇宙に関する知識が地球よりずっと低い魔法文明で出来るかどうか。

 冬までに、は無理かもしれない。


『で、金の話だけどな。

 簡単な儲け方、教えてやろうか?』

『え? アルの? シリたいシリたい!』

『オシエテ! オシエテクダサイ、オネガイシマス』

『んじゃ、お前等の持ちモン売ってくれ』

『エ?』『モチもの?』

『そうだぜ。

 お前等の持ちモン、高く買うぜ?』


 姉と顔を見合わせる。

 コソコソとキッチンの隅へ行ってヒソヒソ話。


「姉ちゃん、どうしよう?」

「地球の品物かあ、確かに珍しいから高く売れそうね」

「少なくとも、今の僕らにはジュネヴラの仕事って分からないし」

「うーん、そうよね。

 適当なのを売るのがよさそうね。

 あ、でも、安売りはダメよ!

 小銭つかまされて、身ぐるみ剥がされて、スカンピンの無一文で放り出されるなんてヤだからね」

「もっちろん」


 ニヤリと笑いあう。

 二人で背筋を伸ばし、オホンと咳払い。

 そして姉が胸を張って話し出した。

 こういう時だけは自分から前にでるんだな。


『おハナシ、ウレシイです。

 デも、ダイジなニモツばかりナノで、カンタンにはウれません』

『おう、分かってるって。

 コッチは別に何でもいーんだ。

 要らない物を適当に見つくろっててくれや。

 後で部屋に行くからな』


 それだけ行ってトゥーンさんはキッチンを出て行った。

 僕らも急いで朝食の残りを口に放り込み、部屋に戻る。

 そして荷物を全部ひっくり返し、何なら要らないか相談開始。

 PCや携帯とかの機械類は、姉ちゃんが鞄へ戻していく。


「まず、電子機器はダメよ。

 これは地球に帰るための命綱なんだから」

「だね。

 あ、でも携帯ゲーム機ならいいんじゃ?」

「それはいいけど、電気製品は高く売れそうだから。

 最後まで取っておきましょ」

「あと、これはいらないけど、どうだろう?」


 取り出したのは、母さんのサプリメント。姉の各種ビタミン剤は、前に病気になったときに食べ尽くした。残ってるのは母さんの分。

 これはカルシウム。骨粗鬆症こつそしょうしょうが恐いとかいって食べてるカルシウム錠剤が入った袋、300錠入りが二袋。

 じーっと見つめる姉は眉をしかめる。


「確かに要らないけど、それ、薬よねえ……魔界の人が食べて死にました、なんてイヤだわ」

「うーん、そうだね。口にするものは止めておこう」


 携帯ゲーム機とサプリメントも鞄へ戻される。

 他には簡易医療セット、十徳ナイフ、パスポートとかがある。

 パスポートや航空機のチケットなんかも売れない。地球に帰ったとき絶対に必要。

 医療セットは……以前高熱を出したとき、薬は大量に使った。残ってる薬は少ない。あとは絆創膏にハサミに包帯、消毒液。


「ナイフや医療セットも、念のためとっとこうか」

「そーね。

 切れた電池はある?」

「あるよ。これは要らないね。

 他にもビニール袋とか、レシートとか」


 そんな感じで机の上に並べられていくのは、紙袋とかメモとか包装紙とか。

 ゴミ。

 まさにゴミ。

 見るからに、ゴミ。

 これを売りつけるのは……どうだろう?


「いくらなんでも、さあ」

「ちょっと、ねえ」


 もう一度、荷物を調べる。

 さすがに商品らしい商品を並べた方が、格好が付く。

 そんなワケで荷物の中から選び出したのは、ちょっとした小物類。

 携帯用高度・温度計、洗濯物を干すのに丁度いいヒモ、洗濯バサミ、登山用具の一つでヒモや荷物を引っかけるカラビナという道具、方位磁石、etc。

 う~ん、これなら格好が付きそう。


「まあ、最初はこれくらいで、どうかしら?」

「大金が欲しいワケじゃないし、良いんじゃないかな?」


 机の上に綺麗に並べれば、うん、道ばたで小物を売ってる露店っぽいかも。

 なんて準備をしていたら、ドアがコンコンとノック。

 入ってきたのは、トゥーンさんじゃなくてデンホルム先生だった。

 あれ、まだ授業の時間には早いぞ?


『お早う、二人とも。

 昨日は……おや、どうしたんだい?』

『オハようゴザイます、センセイ。

 でモ、ジュギョウにはハヤいですヨ?』

『いやなに、昨日の続きがあるので、急いで来たんだ。

 で、荷物を広げて、どうしたんだい?』


 かくかくしかじかと手早く説明。

 そしたら先生は少し驚いてた。


『それは奇遇だな。

 実は私も同じ話をしに来たのだよ。

 それなら話は早い、少し待っててくれ』


 といって先生は早足で部屋を出て行った。

 すぐに入れ替わりでトゥーンさんも来た。後ろにクレメンタインさんと、もう一人の妖精さんを連れてる。

 妖精らしく小柄だけど、珍しく男だ。しかも白ヒゲに顔の下半分を覆われた妖精。

 あ、この前会ったっけ。確か、妖精族長のベルンさん。


『おーっす、来たぞー。

 ああ、紹介しとくぜ。このジーサンはベルンってんだ。

 この前、会ったか?』

『はい、会っておりますじゃ。

 妖精族の族長をしとりますが、トゥーン様の執事長もしとりますだよ』


 ペコリと頭を下げるベルンさんに、僕らも丁寧にお辞儀。

 族長で執事長ってことは、インターラーケンの大方のことは切り盛りしてるんだな。

 いわゆる、実務方トップか。

 で、早速三人で机の上の品をしげしげと眺めてる。

 クレメンタインさんは、一つ一つを慎重に取り上げて光にかざす。


『ふぅ~む……。

 使い方は以前にも聞いておりますが、改めて説明して頂けますかな?』


 僕らは手早く名称と使い方を説明。

 それを聞きながらも三人はビニール紐をピンピン伸ばしたりカラビナをカチャカチャ開け閉めしたり。

 特に興味ありそうなのは、高度・温度計と方位磁石。


『同じようなモノは我らも持っています。

 ですが、性能はともかく、ここまでコンパクトに出来るのは……素晴らしい技術力ですな』


 クレメンタインさんの横では方位磁石を動かすトゥーンさん。ベルンさんも興味津々という感じ。


『これは、こんな形に出来るとは面白いですなあ。

 潜入作戦に使えますかな?』

『いや、これも探知魔法を完全に消しちまうから逆に目立っちまう。

 惜しいぜ、潜入作戦には最適そうなのによ』

『機能もですが、やはり新素材として売れば……買い取りはこれくらいで、転売価格をこのくらい……』


 なんてコソコソ話してる。

 どうやら高く売れそうだ。しかも地位と権力と武力にモノを言わせて強奪、なんてする気はないみたい。

 うんうん、もちろん安く買い叩こうとするのは当然だけど、基本的にいい人達だ。

 なんて思ってたら、またノックの音。

 入ってきたのはデンホルム先生と、黒メガネをクイと直すルヴァンさん。それに部下のエルフ達。

 トゥーンさんは気まずそうに「Salut」と簡単に、それ以外の人は僕も含めて礼儀正しく礼をする。

 ルヴァンさんも、別に威張り散らしたりしてるわけじゃないけど、なんとなくこの人には、そんな雰囲気がある。

 ルヴァン王子は僕らをチラリと見て会釈、そして弟のトゥーン王子を見下ろした。


『油断も隙もありませんね。

 彼らの荷物は糸くず一本まで、学術資料としても新素材としても貴重なのです。

 勝手に購入し転売するなど、認められませんよ』

『う、ち、ちょっとくらいいーじゃねーか!

 こっちも予算がきついんだよ』

『去年の戦費であれば、オグルが肩代わりしてくれたではありませんか。

 ル・グラン・トリアノンからも十分な軍事予算を得ているでしょう?』

『あの、恐れながら……』


 白ヒゲのベルン族長が、ハンカチで汗を拭きながら控えめに発言。


『確かに、軍事費は十分なのです。

 ですが、残念ながら……一般の財政が……。

 出稼ぎに出た者達からの税収だけでは、岩塩鉱山の開発すらままならず……』

『……んだあ? ケチくさい話だな』


 またも新しい入室者。

 扉から聞こえてきたのは、久しぶりの不機嫌そうな声。

 見れば、オグルさんの不機嫌そうな姿があった。相変わらず小さくてブサイク……というのは失礼すぎる。

 後ろには、昨日のブルークゼーレ銀行支店長、他にも何人ものゴブリンさん達。

 ふん、と下らないとでも言いたげに鼻で笑った。


『それなら、何で俺に金を借りない?

 借金がイヤだなんて贅沢言える立場でもないだろ。

 共同出資でも構わないぞ』

『お、お前ン所から借りたら、有り金全部吸い取られちまうだろうが。

 共同出資とかいって、後で経営権もなんもかんも取り上げるのは、いつもの手だろ!』

『ご利用は計画的に、な』


 否定も誤魔化しもせず、ニヤリと笑うオグル王子。

 オグルさんはゴブリンを支配している、ということは自動的にブルークゼーレ銀行のトップということか。

 で、ブルークゼーレ銀行は魔界の通貨を発行する、言わば魔界の中央銀行……。


「え、ということはオグルさんは……魔界中央銀行の、総裁!?」

「え、あ、あらやだ!

 おまけに大蔵大臣みたいな人じゃないの!」


 姉ちゃんもビックリ。

 うわあ、凄い偉い人だったんじゃないか!

 その凄い偉いオグルさん、いやオグル王子様総裁様は、僕らをジロリと見上げる。


『で、お前等……荷物を売るんだって?』


 僕と姉ちゃんは高速で頭を上下運動。

 魔王や王族はピンと来なくても、銀行トップの偉さはピンと来る。

 思わず直立不動。

 昨日の支店長が僕らの前に来る。

 今さらに緊張しまくる僕ら姉弟を、底意地の悪そうな笑い顔で見上げてくる。


『キヒヒヒッ! 今頃になってオグル様の偉さに気がついたってか?

 まあ、そんなにしゃちほこばりなさんな。

 いやなに、お前等の持つ金を魔界の通貨に両替させて欲しいんだわ。

 昨日、通貨の標本を見せたろ?

 あんな風に各地の通貨をサンプルとして集めるのも、銀行の仕事の一つなわけよ』

『あたしも欲しいわねえ』


 さらにまた来たのは、フェティダさんだ。

 やっぱりドワーフの部下達を連れて、ツカツカと部屋に入ってくる。

 あの、この部屋はそんなに広くないんですけど。もう人で一杯なんですけど。


『こっちは金属製品とか繊維製品が欲しいの。

 ドワーフのギルドには、もちろん鍛冶も紡績もあるから。

 あなた達の服、今まで観察させてらもったんだけど、凄まじく精巧で緻密な繊維と縫製よね。

 何より、そのデザイン……素晴らしいわ。

 機能性といい、染色といい、是非ともサンプルを持ち帰って』

『チョチョチョッ、チョットマッテッ!』


 服がどうこう言いながら、僕のシャツの裾をまくったり襟に指を入れたり、甘い吐息が耳をくすぐったり。

 あああ~もうタダで持って行っていいです~なんて言いたくなる、というか言わせてくれえ。

 そんな僕への誘惑を断ち切るかのように、姉の指が背中をつねり上げた。


「イテテテッ!

 わ、分かってるよ! 色仕掛けには引っかからないって!

 痛いってのっ!」

「分かってるならしっかりしなってのっ!」

『んでだな、そこの高度計ってヤツを』『だから、勝手に話を進めてはいけません』『銀行業としてよ、通貨のサンプルがないと』『通貨のサンプルならセント・パンクラスにも必要ですぞ!』『そこの薄くて透明な布でもいいわけなのよ、くれないかしら?』『転売価格がこれくらいですから、この辺りで』

『アーモーッ! イイカゲンニ、シテヨー!』

『ウヒひひヒ、コレはオオモウケのヨカンだわヨォ』


 狭い室内は大騒ぎ、残暑も加わり蒸し暑くて息苦しくて狭いっての。

 部屋の外では野次馬な妖精達その他の人達も集まって、延々と騒ぎが続いた。





 結局、騒ぎは夕方まで続いた。

 机の上へ露店風に並べた商品だけじゃなく、ゴミだからと下げたレシート類やビニール袋類も、ぜーんぶ売れちゃった。

 それだけじゃなく、セント・パンクラスとブルークゼーレ銀行の通貨標本として、財布の中身も持ってかれた。

 本当の意味で、すっからかん。

 他にもハンカチとかティッシュとかも。

 身ぐるみ剥がれた気分。


「ま、まあ……地球に帰るまで、地球のお金は役立たず……だし。

 帰ったら父さん達に電話したら……いい、し」

「い、今必要なのは、魔界の通貨……よ……ぜぇぜぇ」


 フラフラの僕ら。

 夕日を浴びながら、ベッドの上でバタンキュー。

 そして僕らの枕元には、何枚かの羊皮紙。

 それは、ブルークゼーレ銀行口座証明書。入金額も示してある、通帳のようなもの。

 魔界の通貨、グルデン金貨にして二百枚。それを僕と姉ちゃんの口座に半分ずつ。


 ちなみに現在、魔界の銅貨は一枚が千円くらいの感覚らしい。

 一番の小銭な銅貨でも、発行が追いつかないせいで、小銭にしては高い価値になってる。

 んで、銅貨十枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚が公式レート。

 つまり単純計算、僕らは一日にして二億円相当を手に入れた。

 億万長者になったのだ。


「お……おほ」


 窓際のベッドに寝転がる姉から、声が漏れる。

 見れば、口の端がにひぃ~……と釣り上がってる。


「おほほ、おほほほほっ! おーほほおおほほふふほへほほへへほへっ!」


 あ、壊れた。

 地球じゃ有り得ない大金手に入れて、魂がどこか向こうの世界に行っちゃったな。

 僕はと言えば、大金過ぎて実感がない。


「にょほほへほへほへほっ!! ほほーほほほおほほおほへほへおおほほっっ!!」


 壊れた姉の壊れた笑い声は、笑い疲れる深夜まで続いた。





 んで次の日。

 朝一番に支店長が部屋をノックして、何人ものゴブリン達と一緒に入ってきた。

 全員、大きな革袋を抱えてる。


『昨日の注文通り、お前等の口座の金貨を一枚ずつ、銀貨と銅貨に変えてやったぜ。

 全部で銀貨百枚、銅貨一万枚だ。

 あーやれやれ、これで金庫の中がスカスカだぜ。また本店から小銭を急いで送ってもらわねーとなあ』


 久々に大金を動かせて満足らしく、ブツブツ言いつつも嬉しそうな支店長。

 彼らが出て行った後、僕らの目の前には、魔界のコインが詰まった布袋がズラリと置かれてる。

 これで二百万円相当のコイン、てわけか。壮観だ。

 おお、なんか、金持ちになった気がしてきた。

 でも、な、なんか、金の重みだけで、木の床がミシリと音をたてたんですけど。

 ヤバイ、両替し過ぎたかも。


「おひょひょにょひゃひゃへはーっ!!」


 金が詰まった袋に飛びついた、姉。

 頬ずりして、臭いを嗅ぎ、涎を垂らしながら袋の封を開ける。

 そして、コインを数え始めた。


「いぃちまぁ~い……にぃまぁいぃ~……ぐへへ、たまらんのう、たまらんのう……」


 あんた恐い。

次回、第八章第四話


『おっかねっもち!』


2011年5月28日00:00投稿予定

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