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金、欲しい

「姉ちゃん、金ある?」


 雨降る夜。

 遠くからゴロゴロという雷鳴が聞こえる。

 僕の質問に、リンゴをかじる姉は素っ気なく答えた。


「……日本円? ユーロ? ドル?

 スイスフランなら使い切ってるわ」

「魔界の金だよ」

「無いわ」


 遙か遠くで雷光が光る。

 鎧戸越しに、白い光が細い横筋となって飛び込んできた。

 テーブルの上に置かれたカンテラの光を上回る光量が、一瞬だけ室内を照らす。

 ほどなくして落雷の音が聞こえてきた。


「あんたはどうなのよ」

「何が?」

「魔界の金、持ってるの?」

「無いよ」


 一瞬の静寂。

 街のすぐ近くで輝く稲光。

 ほぼ同時に窓を雷鳴が、いや衝撃波が揺らす。

 でも僕らは驚いたり慌てたりしない。

 ただ淡々と、真顔を向け合い続ける。


 外は豪雨が降り続く。

 でも僕ら姉弟の周囲は乾いている。

 より正確には、僕らの財布の中身が乾ききっている。


「僕ら、いつまでここにいるか、分かんないけど……」

「これからどうなるのかも、わかんないままだわね」

「やっぱ、そろそろ真面目に考えた方が良いんじゃないかな?」

「いい加減、真面目に考えないとヤバイわよ」



 金。

 このジュネヴラでも商売が行われている。

 市場経済がある以上、通貨もあるはずだ。

 実際、ゴブリンは銀行だか金融だかを仕事にしている人が多いらしい。


 僕らの衣食住は魔王一族によって保証されてる。

 服は旅行のため十分持ってきてた。夏場とはいえクーラーの効きすぎる場所もある、アルプス山脈の頂上は寒い、というわけでフード付きパーカーのような長袖の服も持ってきてる。

 食は庁舎で自由に食べれる。

 住は庁舎の一室を使わせてもらってる。

 今は何も困らない。


 とはいえ、いつまでも好意に甘えてるワケにはいかない。

 ちょっと街の屋台で買い食いをしたいときもある。

 ここでの生活が長くなればなるほど、僕らの旅行用荷物では足りないという事態は起きる。例えば冬服はないから、もし冬までいることになったら大変だ。

 なんでもかんでも、いつまでも王子達からもらえるわけでもないだろう。

 金が要る。


 でも、僕らはそれを持っていない。

 ええ、全くありませんとも。

 つまり僕らは無一文の貧乏人なんですよ。

 いやもちろん日本円はありますよ。ヨーロッパ旅行をしていた以上はユーロだってあるし、スイスの通貨であるスイスフランだって持ってましたとも。

 でもそんなの、魔界じゃ紙切れでしかないんです、はい。


 祭の後、悲しげなリィンさんの後ろ姿を見て、もっと頑張ろうと決心した。

 もっと頑張ろうと決心した矢先、一番に考えたのは金のこと。

 金を稼げないと、なあ。


「真面目に考えなきゃいけないけど……といっても、どうやって稼げばいいのかな?」

「やっぱ、バイトじゃない?」

「魔法も使えない僕らがバイト、かあ。

 まだ魔界語も下手だし、ロクなのはないだろうな」

「それどころか、ここの文明レベルじゃ労働基準法なんて期待出来ないわ。

 ブラック企業どころの話じゃないでしょうね」

「でも、金が要るんだよね……」

「そうねえ……」


 二人揃って深すぎる溜め息。

 雷は相変わらず街の上で怒り狂ってる。

 貧しい僕らを責め立てるかのように。







『なるほど、商業について知りたいのだね?』

『とイウか、カネヲかせギたいデス』


 というわけで、次の日の授業。

 姉ちゃんはデンホルム先生に、いきなり金の話を切り出した。


『そうだね。

 君達も、もう街を自由に動けるのだし、そろそろ金について知る必要があるね。

 では、今日は魔界の商業について知ってもらうとしようか』


 う、なんだか難しくて長い話になりそうな前置き。

 だから、魔界の経済を知りたいんじゃなくて、金が欲しいだけなんです。

 慌ててピッと手を上げる。


『ショウギョウ、マデハ、イラナイデス。

 オカネ、カセギタイ、デス』


 僕の単刀直入かつ切実な願い。

 だけど、先生は人差し指をチッチッと言いながら左右に振る。


『では聞くが、そもそも君達は私達の使う貨幣を知っているのか?』


 そういわれて、姉ちゃんと目を合わす。

 もちろん二人とも知るわけがない。

 広場の露店や店先で何かのコインらしきものをやり取りしてるのを見たことはある。

 でも、手にとってみたことはない。

 なので、二人で先生に向き直って顔を左右に振った。


『だろうね。

 ところで、参考までに君達の通貨が知りたいな。

 持ってるなら見せてくれないか?』


 一応は大事なモノなのでバックパックの奥に突っ込んでいた財布を取り出し、机に広げる。

 大金じゃないけど、バイトで稼いだ大事な金だ。

 日本円とユーロがメイン。僕はスイスフランも少し残ってる。

 先生は紙幣やコインをしげしげと眺めてる。


『ふぅ~む、信じがたいほど精巧な作りだ。

 恐ろしく細かい文字を印刷出来る技術、この光に透かすと浮き出る絵も素晴らしい。

 しかも、これを通貨として使用するということは、同じ物を気が遠くなるほど大量に印刷せねばならない……。

 材質は植物繊維のはずだが、このインクは謎だな。光沢を出すということは、金属でも混ぜているのか?

 何より金や銀ではなく紙というのが驚嘆に値する。どのような偽造対策がしてあるのか、想像もつかないな。

 詳しく調べたいが、やはり探査の魔法が通らないせいで』

『アの、デンホルムセンセイ、ハナシをツヅケていいデスか?』

『あ、ああ、うん、そうだね。

 話を続けようか』


 このままだと紙幣の作り方だけで一日が終わりそうなので、姉ちゃんが話を戻す。

 かなり残念そうだけど、先生も千円札を机に置いた。

 おほん、と咳払いしてから講義が続く。

 

『で、私達の使う貨幣なんだが、これも実物を見た方が早いだろう。

 なのであそこに行こうか』


 といってローブから伸びる手が指し示したのは、窓の向こう。

 広場の隅にある、二階建ての石造りの建物。

 いつもゴブリンの店員が暇そうにしてた店。







『ああ~ん?

 客じゃねーのかよ、クソ。

 冷やかしはゴメンだぜ』


 薄暗い店内。

 壁にはスカスカの棚、羊皮紙や紙の書類は言い訳程度。

 カウンターにはうっすらとホコリが積もり、店主であるゴブリンさんが居る場所だけが浮き出てる。

 一応、店の奥には金庫らしきものはあるけど、どうみても繁盛してないなあ。


 で、店主である緑色の小人、ゴブリンさんは入店してきた僕らを見て、最初は目を輝かせて椅子から立ち上がった。

 でも「貨幣を見せて欲しい」という用件を聞いて、見るからにガッカリ。

 はあ~やれやれ……とか呟きながら椅子に座り直してしまった。

 先生はゴブリンの落ち込みなど気にした風もなく、ツカツカとカウンターに向かって用件を繰り返す。


『どうせ暇なのだし、私達に付き合っても良いでしょう?

 彼らに恩を売っておけば、いずれはパオラ妃のような驚くべき見返りがあるやも知れません』


 パオラ妃のような見返り?

 パオラ妃って、トゥーンさんの第三婦人で皇国から来たっていう、あのパオラさんか。

 そして先生のその言葉に、ゴブリンさんは面倒くさそうながらも立ち上がった。

 あのパオラって人、何か凄いことをした人なのかな?


『それもそうだな……まあ、迷い人は大事にしろ、というのはインターラーケンの伝統みてーだし。

 暇つぶしに付き合ってやるとすっか』


 迷い人は大事にしろ……確かトゥーンさんもパオラさんを遭難者って言ってた。

 つーことは今までの話をまとめると、敵国の皇国から遭難してきたパオラさんを大事にしたら、何か良いことがあったわけね。

 今度、聞いてみよう。

 それはともかく、ゴブリンさんは僕らの前にトコトコ歩いてきた。

 緑色の、けっこう醜い小人で、茶色の服を着ている。靴は木か。声は甲高くて、耳がキンキンする。


『オレはJehuda Ezraイェフダ・エズラ、ダチにゃあエフって呼ばれてらあ。

 このブルークゼーレ銀行ジュネヴラ支店の支店長してるぜ。

 つっても、まあ、今は開店休業状態なんだけど、な』


 ああ、やっぱりここは銀行だったんだ。

 なるほど通貨のことなら銀行に聞くのが一番。

 さてさて、それでは本格的にお金の話の始まりか。


次回、第八章第二話


『貨幣経済』


2011年5月24日00:00投稿予定

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