GagOrden
それから三日、アンク運用が続いた。
最終日にはルヴァン王子自身が魔力供給役を買ってでた。
全ての魔力を吸い取らせる勢いで苦しみ、それでも操作を部下のエルフ達に命じながら、アンクを動かし続けた。
結果、父さんが趣味で集めた科学データも、PCやスマートフォンに入っていた辞書データも、全て入力し終えた。
これ以上は、PCのプログラムを解析するような話。さすがにそれは僕ら姉弟には今は手出しできない。
それらのデータは沢山の小さな宝石、彼らが使う魔法を封じた石へと移された。
魔法の術式や魔力を込められた宝石は宝玉と呼ばれ、その中にはデータを保存する機能を持つものもある。
実際、見てみると表面に何かの記号や図式がビッシリと書き込まれてる。あまりの細かさに肉眼では見きれない。
アンクみたいな大魔力は必要ないので、誰にでも自由にデータが取り出せるらしい。USBメモリーみたいなものか。
魔力を持たない僕と姉ちゃんには無理だけど。
大まかな入力自体は終わったけど、大半の翻訳は結局後回し。魔界語に無い言葉についてはアンクも翻訳のしようがない。今後も僕らが一つ一つ説明していかないといけない。
もう一度、強力な重力の魔法を使って欲しい、という僕らの希望。
それに対するルヴァン王子の返答は、「分からナイ」の一言。
データの山を分析したうえで、地球への帰還が可能かどうか検討する、という。
ちなみに今回はTV会議、『無限の窓』と呼ばれる通信回線を使った魔王との相談は無かった。
さすがに魔王は仕事に忙しいらしい。
でも仕事って、あの子供達のお守りのことだろうか?
やっぱり各地からの陳情を聞いて予算を分配するとか、政治家みたいな仕事をしてるんだろうか?
アンク運用最終日の夜。
暗い窓の向こうから、森で暮らす狼達の遠吠えが聞こえてくる。
今はまだ夏だけど、高地にあるジュネヴラはかなり涼しい。おかげで熱帯夜に苦しむことなはい。
だからって窓を開けてると、虫がどんどん飛び込んでくる。
幸い、この客室の窓には網戸もはまってた。おかげで快適に夜を過ごせる。
「はあ~……疲れたわあ~」
「全くだねー」
姉ちゃんはベッドの上にぐでーんと転がった。
僕も椅子に座ってコップの水をガブガブ飲む。
必死で難しい科学情報をしゃべり続け、喉がかれてきてる。
ずるずると力なく尻がずれていく。
この四日間、死ぬ思いで頑張った。
いやマジ、地球に帰れなかったら、僕らはこの世界で死ぬことになる。
僕らには魔力が効かないという特性はあるけど、同時に魔法が使えないんだから。
魔法文明世界で魔法が使えないのは、地球で科学を使えないのと同じ。
あっと言う間にのたれ死にだ。
「ともかく、これで一歩前進だよ」
「地球へ、家に帰れるかどうか、魔王様とやらに賭けるしかないわ。
まったく、どうなるのかしら?」
テーブルの上にはランプが灯ってる。
魔法式じゃなくて、油を燃やすカンテラだ。
魔法式ランプも天井から吊り下がってるんだけど、僕らには点灯させることができない。
これも使用者の魔力で動くからだ。
地球から来た僕らには、ランプを点灯させることすら出来ない。
早く地球に帰りたい、そう想いながらチロチロと揺れる火を眺めていると、疲れが睡魔に置き換わっていく。
「ともかく、やれることはやったよ。
今日は寝るとしようか」
「そうねえ……はあ~、疲れたわ」
部屋を分けるカーテンをシャッと引いて、ノロノロとズボンを脱ごうとした。
するとコンコンという音が部屋に響く。
ドアを見れば、リィンさんの声が聞こえた。
『ねえ、まだ起きてる?』
『オキテル、ドウシタノ?』
キィ、と小さな音を立てて開かれたドアから、ヒョイと飛び込んできたのは二人のメイド服の妖精。
先に入ってきたのはリィンさん。その後ろから続いて飛び込んできたのは、金髪と青い眼の侍従長、リアさんだ。
そのまた後ろから黒髪黒目の少年、トゥーン領主がパオラさんを連れて入ってきた。
最後に眼鏡をかけたエルフの学芸員、クレメンタインっていったっけ、その女性が入ってきてドアを閉めた。
『はぁい、お二人さぁん、お疲れ様ぁ』
何やらニコニコとしたリアさんが、リィンさんと一緒に部屋の中をフワフワ舞う。
リィンさんも何やら上機嫌だ。ウキウキして、早く話したくてしょうがないという感じでしゃべり出す。
『あのね、あのね!
今日から、ようやくGagOrdenが無しになったの!』
『GagOrden?』
初めて聞く単語にキョトンとしてしまう。
姉ちゃんも首を捻る。
それを見て、リィンさんとリアさんは言い直してくれた。
『あっと、つまりね……えっと、余計なことを言うな、ていう命令よ』
『そうなのぉ!
戦争の事とかぁ、魔界の詳しい話とかぁ、そぅいぅのは教えちゃだめぇって、命令されてたのよぉ』
『そういうことですぞ』
白いオカッパ頭のクレメンタインさんが、裾の長いローブを引きずりながら前に進み出る。
おほん、と咳払いしてから、もったいぶった話をしはじめた。
『確か、お二人には名乗ったことがありませんでしたな。なので、まずは自己紹介を致しましょう。
私の名はクレメンタイン。
古きアールヴの時代より続きし知恵と栄光の大陸ダルリアダに生きるエルフの一人で御座います。
魔王第二子たるルヴァン様が築かれた魔法都市キュリア・レジス、その知恵と知識の結晶たるセント・パンクラスにて学芸を修め、学芸員の任にあたっております。
そして、こちらの魔王第十二子たるトゥーン様の第二婦人でもありますぞ』
やたらセリフが長くて分かりにくい。
エルフは話が長くてまわりくどい、とは聞いてるけど、本当だなあ。
最後の第二婦人というところで妙に胸を張ってる。代わりにトゥーンさんは少し照れて、赤くなりながらそっぽを向いた。
そしてパオラさんも頭を下げて、改めて自己紹介してくれた。
この人とまともに話をするのは久しぶりだ。イタリア語のガイドブックを片手に必死で話をしようと頑張ってた時以来か。
『改めて私も自己紹介しますだよ。
パオラといいますだ。
神聖フォルノーヴォ皇国のオルタ村から魔界に来てだなや、トゥーン様の、その、第三婦人、つぅか、まあ、トゥーン様に身も心もお仕えしてるだぁよ。
てへへ、まだちょっと照れるべな』
長い銀髪を揺らしながら、ソバカスのある頬をポリポリかいてるパオラさん。
神聖フォルノーヴォ皇国、というのは何かしらないけど、異国からトゥーン領主に嫁いできたらしい。
まだちょっと照れる……ということは、結婚したのは最近か。
今になってわかったけど、この人の魔界語はかなり訛ってるんだな。
三人も嫁を取れるなんて羨ましい永遠に爆発しろ、なんてことは置いておこう。
で、クレメンタインさんの話が続く。
『今まで、あなた方には敵から送り込まれたスパイの容疑がかけられていたのですぞ。
正体不明、所持品は謎、言葉も通じず、服装からして見たことがないと来ていましたからな。
なにより、一切の魔力を遮断、もしくは消去してしまう、高度な抗魔結界を有しているのです。
それが軍事基地もあるインターラーケンに、しかも王族四名が揃いアンクを運用している最中に、突然現れたと来ております。
もしや皇国から送り込まれたスパイではなかろうか、と警戒していたのですぞ』
ちょっと難しい単語が多かったけど、内容は分かった。
巨大な軍事基地と王族四人、そしてアンクのあるインターラーケンに正体不明の二人組が前触れ無しに現れれば、そりゃあ疑うだろう。
しかも敵とかいうなら、この魔界は戦争中なワケだ。
警戒して当然だ。
『ですが、その疑いは晴れましたぞ。
あなた達は異世界からの遭難者だと、正式に認められたのです。
まあ、最初から私はスパイだなどと考えてはおりませんでしたが。
なにしろ、こんな怪しくて怪しくてしょうがない、目立ちすぎる連中では、スパイになどなりませんから。
抗魔結界も強力すぎて、探知系魔法そのものを消し去るものだから、かえって丸わかりという有様ですし』
『とゆーわけだ』
腰に手を当ててニカッと笑う、黒いシャツとズボンのトゥーンさん。
こうしてみると、本当に日本の中学生って感じに見える。
『おめーらが神聖フォルノーヴォ皇国はおろか、この世界の住人じゃねえ、とまでは信じにくかったけどよ。
魔界とも皇国とも、この世界の住人と全く異なる存在なのは、認めるしかねえ。
まったく、インターラーケンは遭難者に縁がある土地だぜ』
そういって隣に立つパオラさんを見るトゥーン領主。
見られた方は、えへへ……と恥ずかしげに頭をかいてる。
パオラさんも遭難者なのか?
それに、さっきから出てくる神聖フォルノーヴォ皇国という名前。話の筋からすると、どうやらその皇国とやらと戦争をしているらしい。
あれ? でもパオラさんは皇国から来たっていうし、どうなってるんだろう?
そんな疑問は横に置いて、トゥーンさんの話は続く。
『んなワケで、スパイじゃないのは兄貴からの話で分かったから、もう隠し事もする必要はねーわけだ。
部下の妖精達とも誰とも、自由におしゃべりしていいぜ』
その言葉に一番嬉しそうな顔をしたのはリィンさん。
一緒にフワフワ飛んでるリアさんと、キャハハと笑いながら手を取り合ってる。
ああ、そうか。
今まで、何か色々と言いにくそうにしてたのは、口止めされてたからなんだ。
なるほど、GagOrdenって箝口令とかいうやつの事ね。
『そういうワケだったの!
いやー、今までゴニョゴニョと話をそらしたり隠し事したりして、ゴメンねー』
そういって頭をピョコッと下げたのはリィンさん。
謝ることないのに。
頭を下げられた姉ちゃんの方は嬉しそうだ。
『ソレじゃ、コレカラは、ジユウにオハナシできるッテ、コトね!?』
『そうなのよ!
だから明日からは、これまで以上によろしくね!』
そういってリィンさんは、目を輝かせながら僕らの目の前まで飛んできて、僕らの手を取った。
本当に嬉しそう。
よほどおしゃべりがしたかったのか。
姉ちゃんもキャーキャーとはしゃいでる。
やっぱ女はおしゃべりが好きだな。
『つーわけで、だ』
パンパンと手を叩きながら、トゥーン領主が注意を集める。
『今夜はその件を伝えに来たわけだ。
もう自由に話ができるから、明日っからはオレも色々と聞かせてもらうぜ。
別にいいよな?』
『ハ、ハイ』
『モチロンです』
僕も姉ちゃんも即答で良いお返事。
トゥーンさん達はにこやかに手を振りながら部屋を去っていった。
あとにはさっきと同じ、狼の遠吠えとフクロウの鳴き声が響く夜。
いつの間にやら油が切れかけてたカンテラの火は小さくなっていた。
でも、薄暗くなった部屋の中、僕らの顔は明るかった。
地球に帰れるかどうかは分からないまま、それは変わらない。
でも、この世界で暮らしていけそうな気がしていたから。
もしかしたら、なんとかなるかもしれない。
曖昧だけど、そんな予感だか期待だかがムクムクと心に湧いてきていた。
次回、第七章第四話
『妖精の子供』
2011年5月13日00:00投稿予定