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竜騎兵

 姉ちゃんは大学生一回生、僕は高校一年生。

 二人とも必死で受験勉強を頑張り、どうにか二人とも合格できた。

 本当なら『今時、学歴より資格だろー? 受験を頑張って良い大学出たって、仕事無くちゃ意味ねーじゃん』といって、テキトーな所で妥協したかった。

 だが両親は、『国公立じゃないと学費高くて払えんぞ。仕送りもキツイ。もし近所の国公立に合格できたなら、ヨーロッパ旅行に連れて行ってやる』と、俺達の前に家庭の事情とエサをぶら下げた。

 なんと夏休みを利用して、両親の老後の貯蓄を切り崩してまでの海外旅行!

 これにやる気を出した俺達姉弟は、柄にもない猛勉強に打ち込んだ。

 結果、見事に合格。ヤッタネ♪


 二人とも卒業式を終えた日、両親から約束通りの欧州旅行計画が明かされた。

 でも、その内容は想像を遙かに超えた大旅行だった。

 なんと夏休みを一ヶ月くらいかけて、ヨーロッパの国々をじっくりまわるという。

 僕らは「一週間くらいのツアー旅行」と考えてたけど、なんとツアーは使わず航空券も何もかも自分達で手配していく、と。

 そのために、父さんは貯め込んでいた有給休暇を全て使い切り、職場には一年前から頭を下げて回っていたというのだ。

 これほどの計画を見せつけられて、僕ら姉弟も気合いが入らないわけがない。

 ついでに言われた、『もし受験に失敗してたら、父さん母さんだけで行ってくるつもりだったのよー、よかったわねー合格できて』というセリフにはムカついたが。


 春から夏まで学園生活をエンジョイ。

 さらには二人でバイトも頑張り、少ないながらも旅行費用の足しにした。

 高校にはバイト禁止という校則があったが、不況で学費や生活費を稼ぐ生徒が急増。教師自身が生徒のバイトを仲介してまわる有様。校則は有名無実化してたので、何も言われなかった。

 夏休みが始まる前に、可能な限り宿題もダッシュで終わらせた。


 もちろんヨーロッパ旅行は金がかかるし、しかも夏は旅行シーズン中。旅行に関わる全ての物価が跳ね上がる。

 親たちはあらゆる旅行本を読み倒したあげく、『ホテルと観光地を送迎バスで往復させられるだけの旅行など意味はない! バックパック背負って安宿を巡ってこそ、その国の人と触れ合い、その土地を学ぶことが出来るのだ!』と主張。

 んなわけで、旅行鞄をゴロゴロ引きずって優雅に欧州歴訪、なんて上品なことはしなかった。予算上も出来なかった。

 ネットで予約した汚い安宿を転々とし、両親姉弟四人揃って大荷物を背中に背負い、それでもヨーロッパ旅行を楽しんで来たのだ。


 そしてイタリアから始まり、電車を乗り継いでスイスのジュネーブまで来た。

 ガイドブックを片手に美味いと評判のレストランを探しながら観光もしていた。

 さっきまで、両親と一緒に田園風景を眺めながら、アスファルトの上を歩いていたんだ。



「……それが、なんで、こんなことになってんだ?」

「知らないわ!」


 怒鳴るように答える姉ちゃんは、引きつった顔で両手を上げている。

 僕も同じく両手を上げている。

 何故なら、どうみてもこの状況は、命がヤバイから。


 周囲には四匹のワイバーンと、その背に乗った四人のトカゲ人間。

 茶色いウロコに覆われたトカゲ人間の格好は、皮鎧を全身にまとって短剣を腰に差している。そのうち一人はライフルらしきものを手にしてる。

 これがRPGとか小説で言うなら、ファンタジー物でよくあるリザードマンの竜騎兵ということになる。


「考えたくないけど、どう見てもこれは、定番の異世界トリップ設定?

 別の惑星か、それとも仮想現実!?」

「翼竜にトカゲ人間、かしら……超古代の失われた恐竜文明へタイムスリップ、かも。

 でも、そんな使い古されたお話、アニメの企画会議なら通らないわ」

「いや、通ったらしいね。オマケに実写で」

「ん、んなワケないでしょっ!

 そんなことがあるわけ……て、あ、そうか!」


 何かを閃いたらしい姉ちゃんは、上げていた手をポンと打つ。

 この状況をワケ分かんない状況をどうにか出来る良いアイデアでも思いついたのか、と僕も期待に胸を膨らませる。

 僕とほぼ同じくらいの身長の姉ちゃんが、横からキラキラした目で僕の目を見返してきた。


「これ、映画の撮影よ!」

「え」

「あたしがあまりにも美人だから、女優さんと間違えられちゃったのよー。

 いや~ん、美人って辛いわあ。

 ジャパニーズビューティーって、ヨーロッパでも通用するのねえ~」


 両手を胸の前に組んでクネクネしてる姉。

 僕は、可哀想な生物を見る目で溜め息をつく。

 そして夢の世界に旅立った姉の頬を、思いっきりつねった。


「姉ちゃん……痛いかい?」


 ドスッ、という鈍い音と共に、姉の鉄拳が僕の頬にめり込んだ。


「痛かったわよっ!

 ありがとうだわね、夢から覚ましてくれて!」

「そりゃ良かった」


 その間にも、痛む頬をさする僕らの周囲を旋回しながら、十メートルくらいまで下降してきてる竜騎兵みたいな連中。

 いったい、こいつら何なんだ?

 まさか、本当に異世界に迷い込んだっていうのか??


「もしかして僕、ゲームし過ぎて現実との見分けが付かなくなった、とか?」

「あたしはしっかり正気よ!

 でもやっぱり、この状況は……映画の撮影なんじゃ?」

「だったら、周りに監督やカメラがいるはずだけど……」


 僅かな救いを求めて周囲を見る。

 でも、そんなものはいない。

 いるのは、大きな翼を羽ばたかせて突風を巻き起こしてる四匹の翼竜とトカゲ人間。

 さすがに、あの巨体を浮上させる翼が生む風は凄い。まともに目を開けるのも辛い。

 その時、「あっ!」という声を上げた姉ちゃん。クイクイと俺の服を引っ張って耳を引き寄せる。


「もしかして、あたしたちがうっかり撮影場所に来たんじゃなくて、この人達が間違えてここに来たんじゃない?」

「え? どゆこと?」

「つまり、あたし達をエキストラと勘違いして、演技を続けてるとか!」

「まっさかあ~」


 そんなことがあるかなぁ、なんて思いつつもトカゲ人間達を観察してみる。

 まあ、確かに特殊メイクでリザードマンの着ぐるみも作れるだろう。

 というわけで彼らをよーく観察してみるが、背中にチャックがあるように見えない。

 第一、あの飛んできたワイバーンを説明できるのだろうか……?

 そんな僕の反論など気にせず、姉ちゃんは僕の服をさらに引っ張り、引きつった微笑みで手を振りながら、その場を立ち去ろうとした。


「え、エキュスキューズミー。

 ウィーアージャパニーズツーリスツ、ハヴァナイ」


 姉ちゃんの話を遮って、何かが足下を貫いた。

 音はない。

 ただ、足下の草むらが一部、焦げてる。煙が上がってる。

 二人して油の切れたロボットみたいにぎこちなく振り向けば、ライフルらしきものが真っ直ぐに向けられてた。

 改めて、強風に負けず二人で手を上げた。


「な、なんなのよ!?

 なんでいきなり撃つのよ!?

 てか今の、実弾!? まま、マジで? なんでなんで??

 なんで撮影に実弾使ってるのよぉ!?」

「ねねね姉ちゃん! いいいいい加減げげ現実を認めなよっ!

 ぼぼっ、僕らが、不審者で逃げようとしたから、だから撃ったんだよっ!

 こいつら、本当にトカゲ人間なんだっ!」

「嘘、ウソウソっ!?

 ここが地球じゃないだなんて、そんなことがあるわけ無いでしょお!」

「古代恐竜文明かも、意外と未来かもしれないけど、今はどーでもいーから!

 手を上げてっ! 不審者じゃないって見せるんだっ!

 あ、あの、僕らは怪しくないですっ! つか、降参ですっ! 敵じゃないんです!

 僕らは美味しくないってばっ!」

「あんたっ! いったい何の話をっ!?

 なんで、なんであたしらの味なんか!」

「だ、だって、食われたらヤだから……」

「縁起でもないこと、言わないでえっ!」


 そんな話をしながらも、僕らは両手を上げたままで冷や汗を滝の様に流し続けてる。

 これはどう見てもヤバイ、やばすぎる。

 高度を落とし、ホバリングしてるワイバーンの口は人間の頭を一飲み出来そうなサイズ。

 トカゲ人間だかリザードマンだかの目は、僕達に集中してる。


 そして、さっきから何かを大声で叫んでる。

 叫んでるんだけど、だけど、何を言ってるのか分からない。

 もちろん彼らは日本語を話してないし、僕達が受験でさんざん勉強した英語も使っていない。

 こっちは、とにかく敵意が無いことを示すため、両手を上げ続けてる。


 けど……この『両手を上げる』という行為が、彼らにとって『敵意無し』という意味かどうかも分からない。

 リザードマンの常識や習性なんて、もし彼らが本当にリザードマンだったらだけど、知るはずがないんだ。

 実際、彼らは僕達へ向けて、何かのハンドサインをしきりに繰り返している。そのたびにお互い大声で叫びあってる。

 彼らのハンドサインが何を意味するのかも分からない。

 でもこちらとしては上げるしかない。

 この状況では、上げ続ける以外の行為を知らないんだから。


 これが効果あったのかどうか分からないけど、彼らは僕らを撃ち殺そうとはしない。

 翼竜のエサにもなってない。

 少なくとも、僕らをいきなり殺す気はないらしい。

 それが分かっただけでもホッと出来た。

 同じく少し落ち着いたらしい姉ちゃんが、腕を上げっぱなしでは僕をつつけないからと、足を軽く蹴ってきた。


「ねえ、異世界トリップ物って、ファンタジー物の定番でしょ?」

「……そうだよ。

 剣と魔法のファンタジー世界に勇者として召喚されて……というのが定番だよね。

 他にも召喚獣や使い魔という名の奴隷として、単なる事故で、とか」

「もし超古代文明という設定なら、少なくとも現代より文明は劣ってるってのが多いけど……」

「そういうの、多いよね」

「じゃあ、なんで、銃口が突きつけられてるの?」

「最近のファンタジーRPGでは、銃も出てくるのが多いから、かな?」

「……全然ファンタジーでも古代文明でも無いじゃないの!?」

「僕に言わないでくれ!

 あ……ほら、よく見て。ちょっとファンタジーっぽい」

「何がよ?」

「あの銃口、穴が空いてるワケじゃない。

 何かの宝石がはまってるよ」

「……あ、そう」


 そう、宝石がはまった銃口が俺達の方を向いている。

 リザードマンの竜騎兵、その中の一人が手にしていたのは、ライフルに似た形状をしていた。構え方もライフルそっくり。

 そして銃口とおぼしき宝石の部分が、僕達の方を真っ直ぐに向けられていた。

 あれじゃ実弾は出ないはず。でも、さっきは間違いなく僕らの足下にある草を焦がした。

 なら、先端から何が出るのか知らないけど、とにかくあれはライフルに近い武器。

 だから僕らは、両手を上げるしかない。


 そんな話をしている間にも、竜騎兵達は僕らを囲む様に次々と着陸する。

 僕らから離れた草むらにワイバーンを着陸させ、ヒラリと地面に降り立つ。

 相変わらず銃口はこちらに向けられたまま。他のトカゲ男は腰の短剣を抜き放つ。

 そしてジワ……ジワ……と近寄ってくる。


「ね、姉ちゃん! どどど、どうすんだよ!?」

「あ、あたしに分かるわけないでしょ!?

 あんた男でしょ、なんかいい手はない!?」

「こんな時だけ男扱いかよ……」

「ううう、うっさい!

 あんたは異世界に詳しいんでしょーが!

 何のためにゲームしまくってたのよ!?」

「あれはTV!

 ここは現実!

 二次元と三次元の区別くらいついてるって!」

「どっちでもいいわよっ!

 愛する姉のために体張りなさい!」


 ゲシッと足を蹴られた。

 その拍子に一歩前に出てしまう。

 同時にトカゲ人間達も身構える。ライフルを手にしていたヤツがストックを肩に当てて照準を覗きこんだ。

 銃口の宝石が、僕に向けて!?

 ウロコに覆われた指が、引き金らしきものを引く!


次回、第一章第三話


『助けて!』


2011年2月18日01:00投稿予定

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