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言えない

 むしむしと蒸し暑い、薄暗いサウナの中。

 木のベンチの上に布を引いて、焼けた石にぶっかけられた水が蒸発するのを眺めている。

 汗がダラダラ出てくる。

 うーん、でももう少し粘ろう。


「ふぅ、久々のお風呂は気持ちいいなあ」


 足の傷も、もうほとんど痛まない。

 なので久々にお風呂へ来て、サウナを楽しんでるわけです。

 いやー、ここんとこ布で体を拭くだけだったからなあ。気持ちいいわ。

 ちなみに今回は、ちゃんと湯浴み衣を来ています。白い短パンみたいなの、履いてますから。


 あ、もちろん墜落した飛空挺を片付けてる間とか、歩けなくなってる間、遊んでなんかいません。

 父さんの趣味データにあるSF設定資料集みたいな科学物理データ集、ちゃんと勉強してました。

 今までも起きてから先生の授業が始まるまでの時間に少しずつやってたけど、良い機会なので頑張って一気に読み進めてみましたよ。

 何しろ、あれが僕らが地球に帰るための命綱、必死です。

 吐き気が出そうなほど難しかったけど、頑張りました。

 はぁ~、疲れた頭をほぐすには、サウナが一番です。

 さて、そろそろ出るか。


 木製の扉を開けて浴室へ出る。

 朝一番の一番風呂、この広い公衆浴場を独占ですよ。

 火照った体に水をざっぱんざっぱん浴びても、誰にも何にも言われません。


 日本の公衆浴場だと、この時間帯は暇してるお爺ちゃんお婆ちゃんが独占してる。

 でも、このジュネヴラは最近出来たばかりの街で、しかも普通の街じゃなくて軍事拠点としての性格が強いらしい。

 なので、街にいるのは軍人の青年達と、最近移り住んできた商人達と、行商人とかがほとんど。老人はいません。

 だから、朝は一番忙しい時間帯。暇してる人は仕事の無い人、つまり僕と姉ちゃんくらいなもの。

 森には妖精達が住んでるけど、わざわざ街の風呂に朝一番で来る人はいないみたい。

 デンホルム先生は、何か用事があるとかで、今日の朝の授業も無し。

 姉ちゃんは朝早くから、リィンさんを連れてどっか行っちゃった。

 というわけで、この広いお風呂を独り占め。


「さて、今は誰もいないわけだから……今くらい、いいよね?」


 なんて独り言を言いつつ、下に履いてる湯浴み衣を脱ぎ脱ぎ。

 誰かが急に入ってきても大丈夫なように湯船の横に置いといて、と。

 いやー、僕も日本人ですから。やっぱり風呂は裸で入りたいわけなんです。

 そして、こんな広い風呂を見れば、アレをやりたいワケなんですよ。

 というわけで、広い湯船にざっぱーんと飛び込み、平泳ぎ。

 ちょっとぬるめのお湯は温水プールみたいな感じで、あー気持ちいい。

 ターンもしちゃうぜー。


「ちょっとアンタ! 何をしてんのよっ!」


 いきなり怒られた。

 ヤベッ! と思って振り向けば、いつの間にやら姉ちゃんが脱衣場の扉のところに姉ちゃんが立ってた。

 湯浴み衣のワンピースを着て、手にはカメラを持ってる。

 て、僕は今、裸!


「うわあ! な、何だよ姉ちゃん、なんでいきなり!」

「街を取材中だったのよ。『異世界触れ合い街歩き』って感じで。

 今回は人々の生活を撮ろうと思って、風呂場にも来てみたら、全く……」


 怒られながら慌てて湯浴み衣を着る。

 みっともないところを見られてしまった。

 腰に手を当ててプリプリ怒る姉ちゃんの後ろから、リィンことジークリンデさんが顔を出した。

 タンクトップとショーツみたいな湯浴み衣を着てる。


『ユータ、もう足は大丈夫?』

『Merci、ダイジョウブ。

 ダカラ、オフロ、ヒサシブリ、キタ』

『そう、良かったわ。

 それじゃ、あたしもご一緒するわね』

『エ、エト、ウン』

「それじゃ、あたしもついでに入るとするわ」


 一瞬、女の人と一緒に風呂なんて……と思ったけど、湯浴み衣をみんな着てるんだから、水着で温水プールに入ってるのと変わりない。

 なので遠慮も何もいらないと納得。

 姉ちゃんはお風呂の中を何枚か撮して、カメラを置きに行った。


 最初は脱衣場に置いていて盗まれないかな、と不安になった。けど、この街の治安はかなり良いらしい。

 せいぜい酒場のケンカと軍事訓練中の事故、街道で荷馬車がぶつかるのがたまにあるくらい。

 理由は、王族達の管理がしっかりしてるのもあるし、軍主力のワーウルフ族は規律が徹底してるから。さすがイヌ。


 そして僕らの所持品、地球の物質は全て魔法に反応しない。完全に魔力を吸収か中和か何かして消してしまう。

 ひっくり返して言うと、もし探知系魔法を放って、探知の網にすっぽり抜け落ちた場所があれば、それは僕らの物がある、ということ。

 だから盗まれてもすぐに分かる……とは先生の話。


 それはともかくとして、リィンさんは壁から流れ落ちる水を頭から被り、ウェーブのかかった赤い髪をとかす。

 姉ちゃんは手桶でお風呂の湯をすくって体にかける。

 うーん、湯浴み衣を着ているとはいえ、白くて薄手の布だから、濡れると体に張り付いてラインがクッキリ浮き出る。

 しかもちょっと透ける。

 姉ちゃんは、憐れなことに、やっぱりペッタンコ。さすがに風呂で増量は出来なかったか。

 リィンさんは、ううむ、ほとんど小学生。細い体と手足、お尻は小さくて腰もくびれてない。

 蝶の羽が背中から生えてるだけで、見た目は……あれ?

 あの羽、水を……あれれ?

  ぽこっ!

 いきなり頭にげんこつ。


「ちょっと、何を女の水浴びをジロジロ見てるのよ」

「い、いや姉ちゃん、リィンさんの羽だよ。あれ、水が」

「羽って……あ、え? 水が素通りしてる!?」


 リィンさんの背中に輝く七色の羽、それに当たった水は全部、羽を無視して素通りしてた。

 まるでそこに存在しないかのように。

 僕らが驚いて目を丸くしてるのを、水浴びを終えたリィンさんが気が付いた。


『あら、どうしたの? ジロジロ見て』

『り、リィン、ハネにアタッたミズ、ゼンブ、トおリぬけテル!?』

『あ、これ?』


 彼女は自分の羽を誇らしげにパタパタと広げてみせる。

 水を浴びたはずの羽は、まったく濡れてない。相変わらず七色に輝いてる。


『これは魔法で作った幻みたいなモノだって、以前説明しなかったっけ?』


 思い出してみれば、確かに最初に妖精について話を聞いたとき、そんなことを言われた気がする。


『だから、空気の塊みたいな物でね、触ることは最初から出来ないの。

 おかげで何かに引っかけて破れることもないし、魔法で引っ込めることも出来るってわけ。

 あ、でも、だからって触ろうとするのはマナー違反だから。すっごい失礼なことだから、忘れないでね』

『ハーイ』


 二人揃って良い返事。

 んでもって、三人で広い風呂に肩までつかってくつろぐ。

 はぁ~天国だなぁ。

 そんな風にくつろいでると、さらに誰か入ってきた。


『Salut!』

『あら、リア。あなたもこっちに来たの?』


 リィンさんが振り向いた先には、作務衣みたいな形の湯浴み衣を着た人。

 金髪ショートヘアで青い目の、よくトゥーン領主と一緒にいる妖精だ。

 名前はリアって言ったっけ?


『ああ、あなた達はもしかして、リアを知らなかったかしら?』


 僕と姉は同時に頷く。

 名前は知ってるし、何度か見かけてはいるけど、どういう人かは知らない。

 お湯を浴びてから風呂に入ってきたリアさんを、リィンさんは紹介してくれた。


『それじゃ紹介しておくわ。

 この人はLiselotteリーゼロッテ、みんなはリアって呼んでるわ。

 トゥーン様の侍従長で、第一夫人よ』

『いやぁねぇ、まだ正式な結婚はしてないわよぉ』


 ちょっと赤くなって照れてるリアことリーゼロッテさん。

 へえ、侍従長っていうと、メイド達の上司ってことか。しかも第一夫人って、プリンセスということだ。偉い人だったんだな。

 ああ、思い出した。クレメンタインっていう人がトゥーンさんとエッチなことをしてたのを見かけたときの話だ。

 確か、リア・パオラ・クレメンタインの三人が毎晩とっかえひっかえとかなんとか……くそう、うらやましい。末永く爆発しろ。

 そんな僕の嫉妬は気にせず、リィンさんとリアさんのおしゃべりが続く。

 リアさんのしゃべり方って、妙に甘ったるいな。


『リア、どうしたの?

 あなたはいつもトゥーン様の部屋のお風呂を使ってたじゃないの』

『この前のぉ、ジバチトカゲのせいよぉ。

 水道橋が壊れちゃってぇ、まだ修理が出来ないのよぉ。

 しょうがないからぁ、こっちを使ってるのぉ』

『あらやだ。庁舎のお風呂、まだ直ってなかったの?』

『そうなのよぉ!

 もぅ、今はそれどこじゃないってぇ……』


 やたら甘ったるいしゃべり方をするリアさんは残念そう。

 リィンさんも大きく息を吐く。


『そういえば、そうよねー。

 はぁ~、疲れたわぁ。

 でも、子供達もようやく病気治ったし、これで一安心よ』

『エ? コドモ!? リィンサンノ!?』


 リィンさんって、もう結婚してて子供もいたの!?

 思わず聞き返してしまったら、ビシャッと水をかけられた。

 リアさんはニヤニヤ笑ってる。


『あたしのじゃないわよ! あたしは独身です。

 そうじゃなくて、村の子供達よ』

『ムラのコドモ……あア、ジュネヴラじゃナクて、ヨウセイのムラね』


 姉ちゃんの言う通り、ジュネヴラには子供がいない。

 たまに森に住む妖精の子供達が来るくらい。

 ということは、森に住む子供の妖精達が病気だったのか。


『実のところ、子供だけじゃなくて、大人達にも結構流行ってたのよ。

 それも、妖精だけじゃなく、ジュネヴラにいる他の種族の大人までよ!

 大人の方は全員治ったんだけどね、子供達の方が長引いちゃって。

 こんなに病気が流行ったの初めて見たわ』

『ヘエ……アレ、ソレ、モシカシテ、ボクラト、オナジ、ビョウキ?』


 僕らも以前、最初に街を案内してもらった次の日あたりから凄い病気にかかった。日本でたっぷり受けた予防注射も効かない、生死の境をさ迷う強烈なものだった。

 ということは、あれは町中で流行ってたんだ。

 と思ったけど、リィンさんは首を横に振った。


『いえ、あれとは違うと思うわ。

 あなた達は熱を出したけど吐いたりしなかったでしょ?

 こっちで流行ったのは、すっごいゲロと下痢よ!』

『あなた達はぁ妖精の村にぃ行かないしぃ、魔王軍や街の運営ともぉ関係ないからぁ、知らなかったでしょうぅ?』

『もう、あっちでゲロゲロこっちでブリブリ、凄かったんだから!』


 確かに知らなかった、そんなことが起きてたなんて。

 うーん、それにしてもリィンさん。何のためらいもなく下痢とかブリブリとか。

 まあ、そんな上品な生活してるわけじゃないんだろうけど。

 隣の姉ちゃん、何やら顔が引きつってる。


『ソレって、いったイ、いつごろカラ?』

『うん?

 うぅ~んっと、一ヶ月くらい前から、かしら?』

『そぅそぅ、それくらいかしらぁ?』

『そ、ソレで……ダレか、しんダ?』


 恐る恐る口にした質問に、リアさんは軽く首を横に振る。


『それがぁ、運が良かったんでしょうねぇ。

 街にはルヴァン様はじめぇ、医術に長けたエルフ達とかもぉ、たくさん居たのぉ。

 感染者を隔離しろぉー汚物は消毒だぁーってぇ、対応が早くてぇ、どうにか誰も死なずにすんだのよぉ』

『そ、ソウ……それは、ヨカッタわ』


 本当に、心からホッとした様子の姉ちゃん。

 それを見て、僕も気がついた。

 一ヶ月くらい前って、僕らが来た頃だ。

 そして僕らは、恐らくはこの魔界の病気にかかって倒れた。

 ということは、この魔界の住人達も、僕らが持ち込んだ病気で……。


『ネ、ネエチャン、ダレモ、シナナクテ、ヨカッタネー?』

『ほ、ホントよネー、オホホホホ』


 引きつった笑顔で笑いあう僕ら。

 リィンさんとリアさんは「?」という感じで首を傾げてる。

 真実は言えない、僕らが持ち込んだ地球の病気のせいで皆が死にかけてたなんて、とても言えない……。


感染症対策には隔離と消毒が基本です。


「ヒャッハー! 汚物は消毒だあぁー!」ですねえ。


次の章は、かなり難しい話も入りますので、お覚悟を。



次回、第七章『科学と魔法が交差する時』、第一話


『Ernst』


2011年5月7日00:00投稿予定

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