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リィン

 スッキリとした朝。

 昨日のことを思い出すと、ああ恥ずかしい。

 他の人達と顔を合わすのは、気が重い。

 でも、胸の中にためこんで押さえつけてたものが、全部綺麗に流れていった気分。


 それはともかく、と頭から振り払う。

 目の前には朝日に照らされる木々。すっかり日の出と共に目覚めるのが習慣になってしまった。

 理由は、夜更かしが出来ないし、する必要もないから。

 夜はルヴァンさん率いるエルフさんや、フェティダさん率いるドワーフさん達に地球の事を教えてる。

 色々と質問はあるみたいだけど、みんなあまり遅くならないうちに帰って行く。疲れるし、それより遅くにはやることがないので、すぐに寝る。

 深夜TVは無い。携帯ゲームしはあるんだけど、バッテリーが不安なので使えない。夜の娯楽というと、この魔界では酒場と賭場、歌劇とか。

 ジュネヴラには街の片隅に酒場があるのは見たことがあるので知ってる。けど他は知らない。

 いずれにしても、魔界のお金を持ってない僕らにはカンケー無い……しくしく、貧乏だ。

 そろそろお金を稼ぐ手段を考えてみようかな。


 そんなわけで身に付いた早寝早起き。

 まだ西の空は薄暗いけど、東の空が白み始めてる。

 そして、ようやく普通に歩けるようになった足で石畳をトントンと蹴ってみる。


「……よし、かなり回復したな」


 まだほとんど人の居ない中央広場。

 思わずオイッチニッサンシ……と手足を振り回してしまう。

 いやー、意外と早かった。


「Guten Morning」


 後ろから挨拶、ドイツ語のグーテンモーゲンと英語のグッドモーニングを足したような、『おはようございます』の意味。

 魔界語も随分と慣れてきた。

 んなわけで、後ろから声をかけてきたジークリンデさんにも爽やかに挨拶を返す。

 彼女は畳まれた洗濯物をカゴに入れてた。


『オハヨウゴザイマス。

 ゴキゲン、イカガデスカ?』

『もちろん上々よ。

 それにしても、相変わらず堅苦しいわねえ』

『デンホルムセンセイ、オシエテクレタ。

 コレ、イエレバ、ドコデモ、モンダイナイ』

『まあ、そうなんだけど。

 普通はもっと気楽に、「Salut!」で十分よ』

『サ、リュ?』

『Salut、言ってみて』

『さ、サリュ』

『そうそう、そんな感じよ。

 街中で一々、「ご機嫌いかが?」なんてめんどくさいわ。

 まったく、エルフは話が長くてまわりくどいんだからねえ。もっと気楽な言葉を教えればいいのに』


 そんな朝の会話をしてると、庁舎の三階の窓が開いた。

 顔を出したのは、黒シャツ姿のトゥーン王子。

 なんだか朝から疲れてるみたいな顔だな。

 ともかく今日も挨拶。


『オハヨウゴザイマス、トゥーンオウジ。

 ゴキゲンハ、イカガデスカ?』

『んあ~、うーむ……ちょっと、寝不足だなぁ……』


 ジークリンデさんは頭を下げず、軽く手を振っただけ。

 挨拶も簡単。


『Salut!』

『おう、Salut』


 首をコキコキ鳴らす王子様は、眠そうに大あくび。

 まるで友達みたいな挨拶だったけど、気にしてる様子はない。面倒そうに小さく手を振り替えしただけ。

 フェティダさんもだけど、彼女以上に王族の権威や礼節を気にしないらしい。


 というかこの王子様、偉そうにしている所を見たことがない。

 誰とでも気さくに話をするし、領民の妖精達をいじめるなんて悪代官みたいなこともしない。

 墜落する巨大武装飛空挺を受け止めてしまうような強大な魔力を持ってるけど、それを街中で使っている所もみない。

 本当に見た目、ちょっと生意気そうな中学生、という感じ。


「考えてた王家とか貴族のイメージと、違うなぁ」


 なんて考えてたら、王子の背後から白い腕が二本伸びてきた。

 そして王子の首に回し、背中から抱き寄せる。

 いきなりのことに驚いてもがく王子を、二本の細い腕は放すどころか更に強く抱き締める。


『うお! お、おい、クレメン、離せ!』

『トゥーン殿~、もっとです~、あと一回だけ、お願い致しますぞ~』

『ば、バカ! よせ!

 もう朝だぞ、窓も開いてるんだぞ!』

『おや、そうでしたか。

 それは気付きませんでしたぞ』


 色っぽい女の人がトゥーン王子を抱き締めてた。

 しかも、王子の体でよく見えないけど、どうやら裸らしい。

 おまけに「気付かなかった」とか言うセリフ、明らかにわざとらしかった。


 その女性がチラリと広場にいる僕らの方を見る。

 それは、眼鏡は無いけど、オカッパの白髪から長い耳を伸ばしたエルフ。

 いつも王子の横にいるエルフの女性だ。

 もの凄く色っぽい視線を送りながら、仰天してる僕をクスリと笑った。

 わざと見せつけてる、間違いなく。


 トゥーン領主は慌てて窓を閉めて奥に引っ込んだ。

 僕の方は、もうドギマギして顔も真っ赤。口から「あ、え……う」なんて上ずった声が漏れるばかり。

 隣のジークリンデさんは、あーやだやだって感じの顔。


『まったくもう、あのエルフと来たら、調子乗っちゃって』

『ア、アレ、アノ……エルフノ、オンナノヒト……』

『あれはエルフの国、ダルリアダから来たクレメンタインって女よ。

 学芸員、つまりトゥーン様の知恵袋とか相談役して派遣された、てのが表向きなんだけどねー。

 実際は、あの通り。

 若くて美人のエルフを送り込んで魔王一族をたらしこみ、その力を借りてエルフの力を強くしよう、というのがミエミエ過ぎるの』

『ソレはスゴイわねー!』


 いきなり後ろから姉ちゃんの、興味津々な声。

 見れば果物がつまったカゴを脇に抱えてた。

 朝食用にどこかからもらってきたのかな、なんて考える間もなく姉ちゃんはジークリンデさんに顔を寄せる。


『デモデモ、あのオウジ、パオラサンと、イイナカ、でしょ?』


 その話にジークリンデさんも食いついた。

 同じく顔を寄せヒソヒソと、楽しげに語り出す。


『そうなのよぉ!

 でも、パオラだけじゃないわよ。侍従長のリアとだってラブラブなんだから!

 さっすがトゥーン様は凄いわあ、王族の義務とはいえ、毎晩三人娘をとっかえひっかえよ!』

『キャーキャーッ!

 ナニそれ、スッゴーイ! イヤラシー!

 ネーネー、そのサンニンッて、ドウヤッてナカヨクナッタの?』

『それがね! それこそすっごい話なのよ!

 あのトゥーン様、ああ見えて、素晴らしく強く勇敢な戦士でね……』


 一気に女子の恋バナが盛り上がった。

 しかも他のメイド妖精や、なにやら通りすがりの無関係な妖精達まで、どこからかワラワラと集まってくる。

 キャーキャーワイワイと、華やかな円陣の出来上がり。

 うーん、僕は入り込める空気じゃない。


  バタンッ!

『……おめーら、何を余計な無駄話なんかしてやがる!

 今日も忙しいんだぞ、さっさと仕事しろ!』


 いきなり三階の窓が乱暴に開け放たれ、トゥーン王子が妖精達を怒鳴りつけた。

 怒鳴られた方は反省も何もした様子もなく、『はーい』『やーねえ、照れちゃって』なんてクスクス笑いながら散っていく。

 王子の方は、首筋に真新しいキスマークが出来てた。

 う、うらやましい……。

 リア充め、爆発しろ。

 なんて軽く呪詛をかけてると、後ろにジークリンデさんが戻ってきてた。


『それと、ちょっとユータ君』

『ハイ?』

『キョーコちゃんも、こっち来て』

『アら、ナニなに?』


 ふわふわ浮いてるジークリンデさんの前に立つ。

 彼女は洗濯物を入れたカゴを地面に置いて、改めて僕らの前に来る。

 そして、両手をくるりと振り回した。


 僕の頭に左手。

 姉の頭に右手。

 綺麗にチョップが命中。


『まったく、水くさいじゃないの!

 あなた達の世話係はあたしなんなんだからね!

 何か困ったこととか、言いたいこととか、弱音を吐きたい時とか、まずあたしに言いなさいよ。

 こうみえたって、あたしはあなた達よりお姉さんなんだからね。

 ちょっとは頼りなさい!』


 キョトンとする僕ら姉弟。

 昨夜の事、なんで自分に最初に言わなかったのかと怒られた。

 いや、そういわれても……。

 姉も呆れてる。


『オネエサンだかラたよりナサイって、ドウミテも、ジークリンデさん、トシシタ?』

『失礼ね!

 こう見えても、もう十八歳よ。

 あなた達、まだ一五かそこらでしょ?』

『エ?』『エえ?』


 僕は確かに一五歳、でも姉は一九歳です。

 隣を見れば、姉ちゃんは嬉しいんだか嬉しくないんだか、返答に困ってる。

 いやまあ、確かに東洋人は小柄で肌のハリがあるから、白人より若く見られるっていうけどさ。

 でも、僕らより遙かに小さい妖精に言われるのも、どうだろう?

 つか、その年の数え方にしたって、地球とは違うだろうに。

 姉ちゃんはオホンと咳払い。


『アノ、ジークリンデさん。

 アタシ、19デす』

『……嘘おっしゃい。

 あなた、魔法に反応はしないけど、人間族でしょ?

 だったらパオラと同い年、十五くらいにしか見えないわよ』

『19デす!

 五月五日うまレなのデ、もうアナタよりウエです!』

『五月五日? 何それ?』


 五月五日、というのは日本語で言った。魔界のカレンダーは知らないから。そして彼女は地球の暦は知らない。

 今度は僕がオホンと咳払い。


『五月五日、トイウノハ、チキュウノ、ヒニチ。

 ジークリンデサン、ウマレタノ、イツ?』

『魔王歴二十一年、アゲハ月、居待月の日よ』

『イチネン、ハ、ナンニチ?』

『354日に決まってるじゃないの』


 何を当たり前なことを、という感じで言うジークリンデさん。

 僕と姉ちゃんは、どう言えばいいのやら、と目を合わせる。

 どうやらこの人、一年の長さはどこも同じと思いこんでるらしい。いや、普通はそうなんだけどさ。

 はぁ~やれやれ、と姉ちゃんは額に手を当てた。


『あノ、ジークリンデさん。

 アタシたちのチキュウでは、イチネンは365にちヨ。

 で、ソノこよみデあたしハ19、ユータは15』

『なんなの? なんで一年の長さが違うのよ。

 どういう国なの? あなた達の国って』

『ドウイウくにッテいわれテモ、コマルけど……たぶン、ホシのコウテンシュウキがチガウから』

『コーテンシューキ? ワケの分かんないこと言わないでよ、あんたはエルフか。

 あーもー面倒くさいわ。

 それじゃ、キョーコは同い年、ユータは年下、それでいいでしょ!?』


 ずいっと顔を寄せて睨んでくる。

 まあ、魔界で地球の暦とかこだわる必要は無いし。

 これ以上、彼女の機嫌を損なうのもまずそうだ。

 なので、二人でコクコクと頷いた。

 それを見て、ようやく彼女も満足げにニカッと笑った。


『それでよろしい。

 では、約束よ。

 今後は、嬉しい時も悲しい時も寂しい時も、あたしと一緒に過ごすこと。

 良いわね!?』


 その勢いに、またも二人で頷いてしまう。

 そしたら、彼女は細い腕で僕と姉の頭を抱き寄せた。

 フェティダさんと違って薄い胸だけど、それでも女の人に抱き締められたら、とても平常心ではいられない。

 瞬時に顔が熱くなってしまう。


『それじゃこれからは、もっと仲良くしましょ。

 まず手始めに、いつまでもジークリンデなんて他人行儀に呼んでないで。

 普段はリィンって呼ばれてるわ』

『リィン、サン?』

『さん、なんてのも要らないってば!

 リィン、て呼んでくれれば良いわよ』


 そういうと、足下に置いたカゴを持ち上げる。

 そして手を振りながら飛び去っていった。


「リィン、かあ」


 横からツンツンと肘で脇を突かれた。


「あんた、顔が真っ赤よ」

「しょうがないだろ?」

「ま、坊やのあんたじゃしょうがないか」

「そうそう、しょうがないよ」


 嫌味を言われたのは分かってるけど、全然気にならない。

 この魔界に来て初めて、いや人生でも初めてかも、こんな幸せな気分になったのは。

 昨日のフェティダさんに、リィンさん。


 なんだか、魔界も悪くないかな? なんて思えてきた。


次回、第六章第四話


『言えない』


2011年4月27日00:00投稿予定

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