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故郷

 ちょっと風のある夜。

 飛空挺の後始末で中断してた、夜の地球講義も再開。

 僕らは毎晩のようにルヴァンさん率いるエルフ達や、フェティダさん率いるドワーフ達に、地球のことを教えるんだ。


 今夜は庁舎横の迎賓館兼集会場に来てる。

 その建物はフェティダ王女様が宿泊してて、部下のドワーフ達もたくさん居る。

 一階にある集会場が、ドワーフ達用の教室だ。

 今も魔法のランプに各所を照らされた広い部屋に、何人ものヒゲ面なオッサンオバサン達がいる。

 で、今は王女様はいなくて、ドワーフ達ばかり。

 テーブルの上には果物とパソコン、ドワーフ達は椅子に座ったり立ったりしながらテーブルを囲んでる。


 ドワーフは男も女も背が低くて筋肉質で、強烈なヒゲ面。

 今も僕らの目の前にいる人達は、チビなオッサンにしか見えない。

 ヒゲを剃らないのは、彼らが信じる大地の神の教えだそうだ。ドワーフ達にとって髪は神聖な物で、不用意に触るのは厳禁。

 それを切ったり染めたりなんて、もってのほか。


 さて、どうしてルヴァンさん率いるエルフ達と、フェティダさん率いるドワーフ達が交互にやってくるのか。

 何故に同時にまとめてやってくれないのか。

 その方が話が早くて効率良いのに。

 それは、仲が悪いから。

 ドワーフは、言うなれば技術者集団。匠の技を伝える職人達。彼らの社会もギルドというか職能集団を基礎としてる。

 これに対してエルフ達は学者集団。新たな技と知識を求める調査研究がメイン。官僚的な社会を形成してるらしい。

 種族としても、経済の面でも、すっごいライバル関係で激烈に仲が悪い。

 魔王一族の二人が間に入ってくれるから、どうにか一緒の場所にいれるという有様なんだって。

 フェティダさんはドワーフ達のボスとして、魔王から派遣された王女様なのだ。


 で、技師達相手だけあって、彼らが聞きたい内容も物理化学が中心になってしまう。

 そんなの僕には分からない。

 なので、自然と姉ちゃんの周りにドワーフの人達が集まっていた。

 ドワーフの一人が足踏み式の充電器シュコシュコ踏み、姉ちゃんはPC画面を使って高校の物理化学を教えてる。


『……ココが、カンジン。

 チキューのコトバ、「原子核」、マエにオシエタよ?

 ソノマワリに「電子」、カミナリのツブ。アナタタチのコトバでDonner、マワってる。

 電子ハ原子核をオオう、タマゴのカラみたいナモノ、ナンジュウにもナッテル。

 イチマイめのカラ、「K殻」、Donnerは2コ。ニマイめ、「M殻」、Donner8コ。

 ソンなフウにブッシツは……』


 さすがに国立大学を現役一発合格しただけあって、苦手と言ってた理系の知識も結構なもんだ。

 魔界の科学技術レベルは低くはないけど、さすがに地球ほどではなかったらしく、それも完全に整理されたものじゃ無かったらしい。

 でも理解出来ないほど低いわけじゃない。

 おかげで、僕らが学校で習った程度の知識でも満足してもらえた。

 なんて思ってたら、姉ちゃんが手元にあったチョークを投げつけてきた。

 しかも思いっきり見下した目を向けてくる。


「ちょっとアンタ!

 何をボサッとしてんのよ。あんたもなんか役に立ちなさい!」

「う、そ、そんな事を言われたって」


 ほんと、そんなことを言われてもなあ。

 中学で習い、高校受験で使う程度の理科の知識は、ドワーフ達もエルフ達も持っていた。

 レンズによる光の屈折、基本的な人体の構造、生態系とか気象とか。

 例えばエタノール、つまりアルコールを混合物から取り出す方法。やり方は「加熱して出てきた蒸気を冷やす」だけど、そんなものは彼らも知ってる。それで蒸留酒作ってるんだから。

 しかも僕が知ってるのは、あくまで本の上での知識。彼らが必要とするのは実際の実験と、生活で使う知識。

 ドワーフ達の興味は物理化学が中心だから、僕の出番はイマイチ少ない。

 なので、部屋の隅でポツーン。

 うう……寂しい。


『今晩は、お二人さん』


 入り口の方から女性の、ちょっと低めでハスキーな声。

 見るまでもなく、ちょっと遅れてやってきたフェティダさんだ。

 沈んでた気分が一気に浮上、雲の上まで飛んじゃう気分!


『フェティダサマ、コンバンワ』


 緩んでしまいそうな頬を引き締めて礼をする。

 姉ちゃんとドワーフの人達は王女様を見て小さく頭を下げ、すぐに姉ちゃんとの話に戻る。

 部屋の隅で居場所が無くなってる僕に、王女は優しい微笑みを向けてくれた。


『今夜もお疲れ様ね。

 それじゃ、また色々と教えてくれるかしら?』

『ハ、ハイ!』


 今夜は、初めて会ったときと同じスリットの入った赤いドレスを着てた。

 胸元も大きく開いてて、魅惑の谷間が僕の視線を釘付けにしてしまう。

 けど、だからといってそれをジロジロ見つめるなんて失礼なマネはできない。

 王女様は、真面目に僕らの話を聞きに来てくれてるんだから。

 そして、どうしてか知らないけど、隅で暇をしてる僕から話を聞くことが多い。


 フェティダさんは窓際の長椅子に腰掛け、足を組みながら僕を呼ぶ。

 なんか、ふらふら~と吸い寄せられるように、その隣へ僕も座る。

 そして取り出したのは、スマートフォンと携帯。これらにも沢山の情報や、今までに撮った写真がある。

 それをもとにして地球の事を色々と話すのが、毎晩の僕の役目。


 フェティダさんはドワーフ達の長だけど、魔王一族から派遣されただけで、ドワーフとは見た目も好みも違う。

 ドワーフ達と違って、あまり科学面の話は聞いてこない。主に僕らの生活とか、家族の話を質問してくる。

 ヒゲは生えてないし、背は高いし、ダイナマイトボディだけど筋肉質ではない。ほとんど人間と同じ。

 ただ、人間と違うのは、首から胸元にかけて魔王一族の証である青黒い模様があること。それと、トカゲ回収やリザードマンごと爆弾を空へ放り投げたので分かる通り、とんでもない怪力とスピードを持ってること。

 本当に信じられない。見た目は普通の人間に近いのに、どこにあんなパワーがあるんだろう?


『ふぅーん、地球の学校って、凄く面白そうだわねえ……あら、どうしたのかしら? ボーッとしてますわね。

 あたしの腕に何かありますか?』

『ア、イエ、ソウジャ、ナクテ』


 思わず彼女の左腕をじーっと見つめてしまってた。

 高校で撮った携帯の写真を見せてる時に考え込んでた。別に力こぶがあるわけでもないのに、どこからあれだけ腕力が出るのか、と。

 そんな僕の考えは、どうやら顔に出てたらしい。


『ははあ、さては、この前リザードマンごと爆弾を投げ飛ばした時のことを思い出してたのですわね?』

『エ、エト、ハイ、ソウデス』


 クスリと笑う王女様。

 年は、人間の常識で言うなら、多分二十代後半くらいかな。もちろん彼らの寿命とかなんて知らないけど。

 気品はあるしプライドも高そう。サラサラと流れる長い金髪なんか、近寄りがたいほどの高貴さってヤツを感じる。

 だけど実際には、僕みたいな正体不明の子供にも気楽に接してくれる。

 もちろん地球のことを知りたいって言う好奇心や、僕らの知識や工業品を手に入れて自分達のものにしたいっていう目的もあるだろう。

 でも、そんなのは抜きにして、偉そうにしたりツンツンしたりしない。僕の魔界語がヘタで説明が長くなったりトンチンカンだったりしても、怒ったりせず気長に付き合ってくれる。

 心が広くて穏やかな大人の女性って感じだ。


『もの凄い怪力で恐い人だな、と……思いますかしら?』

『イ、イエ! ソ、ソンナコト、ナイデス、ハイ、ナイデ、ス!』


 思いっきりどもりながら否定したけど、それは恐い人だと思っていたのを見透かされたからじゃない。

 まあ、やっぱり強力な力を秘めた恐るべき魔王一族、なんて再確認したけど、動揺したのは別の理由。

 フェティダさんが、顔を近づけてきたから。

 もちろん、胸も。

 おお、ほおお、眼下に神秘の谷間があ……しっ視線が、吸い込まれる。

 そんな僕の下心を知ってか知らずか、彼女はすぐに体を戻した。

 こっちの心臓はバクバク跳ね回ったまま戻らないけど。


『あれは、魔法よ。魔法で力を強くしてるのです。

 私達は肉体強化と呼んでいますわ』

『ニクタイ、キョウカ?』

『そう、意識を集中して魔力を溜める、というのと同じくらい基本的な術です。

 全身に魔力を満たし、筋肉や神経、骨も強化しますの。

 それを使えば力もスタミナも格段に上がりますわ。治癒能力も上がるし。特に私達魔王一族の魔力で強化すれば、もう桁外れですのよ。

 例えば……そうね、あのリンゴを』


 そういうとフェティダさんは、テーブルを囲んでたドワーフ達に一言声をかけた。

 すぐに一人がテーブルに置かれてた果物の一つを投げてよこす。

 パシッと受け取った彼女は、僕に手渡した。


『握りつぶせますか?』

『エ? ソレ、ムリ』

『試してみて下さい』


 手渡されたのは真っ赤なリンゴ。

 地球のリンゴと全く同じ。別に特別硬くはなさそうだけど、握りつぶせるほどじゃない。

 もちろん、握ってみたけど潰せない。ちょっとへこむ程度。


『ヤッパリ、ムリ』

『そうでしょうね。

 そして、普段なら私にも無理ですよ』


 そういって、彼女の白い指が、僕の手を包む。

 優しくリンゴを自分の手に移す。

 彼女の肌のぬくもりが、まだ指先に残って消えない。

 きっと僕の頬は、リンゴより赤くなってるに違いない。


 で、まるで僕を誘惑するかのようなフェティダさんは、右手でリンゴを握りしめる。

 思いっきり、『うぅーんっ!』と力一杯握ってる。

 でも、リンゴは変化無し。

 彼女の額に少し汗が流れただけ。


『ふぅ~、見ての通りです。

 魔法を使ってないと、私も普通の女でしかありませんわ』

『ヘエ。ソレジャ、マホウ、ツカウト?』

『こうですね』


 彼女は、ちょっと精神集中するかのように目を閉じる。

 眼前にリンゴを握る。

 そして、目を見開いた。


  バシュンッ!


 リンゴが粉々に砕けて弾け飛んだ。

 そこら中に果肉が、そして果汁が飛び散る。

 床はもちろん、フェティダさんと僕の服もビチャビチャだ。


『きゃあっ! やりすぎましたわ!』

『アララ、フクガヌレタ』

『やだ、ごめんなさい!

 こっちに来て下さい、すぐに拭きますから』


 そういうと王女様は僕の手を引いて、慌てて部屋を飛び出した。

 後にはドワーフ達の笑い声が響いてた。



 迎賓館にも洗面所、というか、山から水道で引かれた噴水みたいのがある。

 蛇口はない、常に水が流れっぱなしの水場だ。

 夜だけどトゥーン領主に仕える妖精達がいつもいる。なので、すぐに服を拭く布を持ってきてくれた。

 フェティダさんは妖精達から布を引ったくるように受け取り、水場の水で布を少し浸した。

 そして、なんと自分じゃなくて、僕の顔を拭こうとしてきた。


『チョ、フェティダサマ!

 ボク、ジブンデ、フケル』

『いいから、ジッとしてなさい。

 早く拭かないと、虫が寄って来ますわよ』


 そういって、ムリヤリに僕の顔や服を拭いてくる。

 無理矢理といっても、さっきリンゴを潰した時みたいな怪力じゃない。普通の女性の力くらいだ。

 背の高い彼女は少し腰を曲げて、僕の顔や首を優しく拭く。

 いやでも、子供じゃないんだから。第一、王女様にそんなことさせるなんて、恐れ多いってヤツじゃ……と思って、自分でやるからいいです、とキッパリ言おうとする。

 でも、彼女の顔を見上げると、出来なかった。

 何故なら、僕の顔を拭く彼女の顔が、とても嬉しそうだったから。

 なんだか、息子を見る母親のような表情だ。


『ふふ……懐かしいわ』

『エ? ナニガ?』


 ふと呟く、王女の懐かしいという言葉。

 もしかして、フェティダさんには子供がいるのかな?

 いやでも「子供がいるんですか?」とは面と向かって聞きにくいな。


『こうしてますとね、弟達や妹達と暮らしてた頃を思い出すの』

『ア、ナルホド』


 思わず納得。

 確か以前の会議で魔王を見たけど、すごく沢山の子供達が走り回ってた。

 どこが魔王だ、保父さんだろ……と言いたくなるほど。


『特にトゥーンはあなたと同じ、黒髪と黒い瞳でしょ?

 こうしてると、小さい頃のあの子を思い出すのよ。

 ああ、楽しかったですわ……魔王城、名前はル・グラン・トリアノンっていうんですどね、そこには広い庭園がありまして、トゥーンは小さい子達と一緒に泉や森の中を駆け回ってましたわ。

 リトンっていう、水が大好きな子がいるんだけど、よくその子と泳いでたの。

 で、夕暮れに迎えに行ったら、まだ泳いでてね。水から引っ張り上げて、無理矢理に体を拭いてあげたりしてましたの』


 とても懐かしそうな、幸せそうなフェティダさん。

 そっか、僕に優しくしてくれてたのは、弟のトゥーン領主に似てたからなんだ。

 確かフェティダさんは魔王の第三子、第一王女だって聞いた。だからほとんどの兄弟が弟と妹。

 それにしても、王女様が自ら兄弟の世話をしてたのか。家庭的な一族なんだな、魔王の家って。


 そんな話を聞いてると、僕も母さんを思い出す。

 小学生の頃、家族でプールや海に行ったこともある。

 あの時も、夕方まで飽きずに泳いでた僕を怒って、でも優しく髪をふいてくれてたっけ……。

 懐かしいな、母さん。


『あ、ごめんなさい。痛かったかしら?』

『イエ、ベ、ベツニイタクナイ、デス……』


 言われて気が付いた。

 いつの間にか、頬に涙が流れてた。

 魔界に迷い込んで、もう三週間は経ってる。ホームシックというわけじゃないけど、親に会いたくてしょうがないわけじゃないけど、だけど……。



 帰りたい。

 日本に、我が家に帰りたい。

 肉の少ない鍋を囲んで、姉ちゃんと肉の取り合いして、仲良く分けなさいって父さんに怒られて、母さんがおかわりをよそってくれて。

 目が覚めたら高校行って、つまんない授業を半分寝ながら聞いて、誰が誰のことが好きとか嫌いとか友達とおしゃべりして。

 あんな、何の変哲もない、平凡なつまらない毎日が、懐かしい。

 帰りたい……。



 そう、思ってしまった。

 帰りたい、母さんと父さんに会いたいって、思ってしまった。

 考えないようにしてたけど、もう止まらない。

 思いも、涙も。

 頬を伝う涙も、喉から漏れる嗚咽も、止まってくれない。

 畜生、王女様の前だってのに、メイドの妖精達だっているのに、止まらないんだ。

 止まって、くれないんだ。


 泣きはらした僕を、フェティダさんの腕が包んだ。

 そっと僕の顔を胸に抱き締めてくれる。

 もう、声を抑えるのも耐えられない。


「ふ、ふぐ、ううぅ……す、ずいま、ぜん……こんな、情けない、でず……」

『気にしないでいいですわよ。

 あたしの胸で良いなら、少し貸してあげます』


 泣いた。

 もう何年ぶりか覚えてないけど、声を上げて泣いた。

 パラレルワールドの彼方、魔界の奥地インターラーケンで、王女様の胸に抱かれて子供みたいに大泣きした。

 恥ずかしいとか、みっともないとか、もう頭になかった。


 ただ、泣き続けた。





 どれくらい泣いたか分からない。

 ようやく涙も嗚咽も収まり、フェティダさんの胸から顔を上げることが出来た。

 気が付いたら、他の妖精達も一緒になって泣いてた。

 ちょっと離れた所からも鳴き声がする。泣きすぎて真っ赤になった目を向けてみれば姉ちゃんだ。

 廊下の影で、妖精達に背中を撫でられたりドワーフ達に慰められながら泣き崩れてる姉がいた。

 頭の上から優しい声が降ってくる。


『無理しなくていいですわよ。

 男の涙だって綺麗なのですから』


 そういって微笑む王女様は、魔王の娘とか魔界の王女には見えなかった。

 どちらかといえば、天使や女神のようにみえた。


次回、第六章第三話


『リィン』


2011年4月25日00:00投稿予定

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