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抗魔結界

 飛空挺墜落と爆弾騒ぎから三日経った。

 まだ足は痛むけど、どうにか歩ける。松葉杖を使えば問題ない。

 腕や足に幾つも銃撃を受けた。左ふくらはぎなんか貫通しちゃったけど、意外と傷は小さかった。

 あまりに鋭く細い、一瞬だけの光線だったのが幸いし、傷自体も小さかった。当たり所も良かったみたい。

 この分なら、すぐに元通りになるだろう。


 広場に不時着、というか無造作に置かれた巨大飛空挺は、昨日の夕方にようやく片付けられた。

 この墜落は、積み荷のジバチトカゲが逃げ出したのが原因。

 運んでいたジバチトカゲは土木工事用に飼育していたもので、本来は大人しいし飼い主の命令にも従うはずだった。

 ところが何者かが檻の扉を開け怖がらせて、パニックにさせたらしい。

 犯人は、例のリザードマン二人組、という噂だ。


 噂、というのは、僕らには詳しい説明をしてもらえなかったから。

 事件の背景は、僕らには無関係な魔界の事情ということだ。

 そしてかなり複雑な事情で起きた事件と考えられるため、今の僕らの語学力と魔界の知識では説明しても理解出来ない、というのが理由。

 何より、まだ捜査中なので憶測で話は出来ない、とのこと。

 僕らも巻き込まれたから関係者だし、アンクを狙う奴なんてたまったもんじゃないんだから、教えて欲しいんだけどなあ。


 で、飛空挺は王族達をはじめジュネヴラの人々が総出で後片付け。デンホルムさんとジークリンデさんもその作業に丸二日加わった。

 大急ぎで飛べるように補修を入れて、なんとか浮かせて町はずれの発着場まで移動させた。

 怪我をした僕と、その看病をしてた姉ちゃんは、窓からその作業を見物してた。

 で、この事件で大量の魔力を消費してしまった王族達。よってアンクの稼働は再び先延ばしになってしまった。

 あ~あ、こんな調子じゃ、いつになったら地球に帰れるのやら。


「……ラーメン食べたい、コーラ飲みたい、DVDの録画も貯まってるのに……」


 姉ちゃんのホームシック、というより禁断症状。かなりイライラ来てる。

 僕も同意見だ。

 マック食いたい、ゲームしたい、友達にだって会いたい。

 はあ……帰りたい。

 でも姉ちゃん、そのイライラを僕の包帯にぶつけないでくれ。

 締め付けられすぎて痛いんだ。





 ともかく、墜落事件から三日目。

 今朝は片付け作業を終えたデンホルム先生の授業を久々に受けていた。

 語学はもちろんのこと、一番のテーマは魔法。

 僕らにはまだ早い、といって後回しにされていた魔法についての授業だ。

 なぜ今まで魔法を教えようとしなかったのか、その理由についてもようやく教えてもらえた。


『マホウが、キカナイ?』

『その表現は正確ではないな。

 正確には、魔力そのものに対する反応がゼロなのだよ。

 いわば、完璧すぎる抗魔結界を有している、とも表現出来る。

 しかも術式も何も無しに。

 これは、我らの常識ではありえないことだ』


 まだ夏真っ盛りだけど、標高1000mを超える高地のジュネヴラは涼しくて過ごしやすい。

 白いカーテンを僅かに揺らす風が爽やかだ。

 窓の向こうに見える森は、魔界の遙か彼方まで連なるインターラーケン山脈を覆っている。

 そんな心地よい朝、黒板の前に立つデンホルム先生は魔法の講義を続ける。


『魔力は世界を満たしている。

 私の体にも、この市庁舎を形作る石の一つ一つにも、窓からそよいでくる風にだって満ちている。

 それらは非常に微弱で、私達には意識しなければ気付くことは出来ない。

 そう、太陽から降り注ぐ光のように、物が下へ引っ張られて落ちる力のように、当たり前に世界を満たしているのだ。

 この世の物、全てが魔力を帯びている』


 丸テーブルを挟んで椅子に座る僕と姉ちゃん。

 テーブルの上にはお茶とミルクと砂糖壺、とっくの昔に冷めて湯気も出ない。

 バスケットの中にはビスケットが入ってるはずだけど、白い布がかかったままで中身は見えない。

 そんなものには気を止めず、ずっと黙って先生の話を聞いていた。

 話は可能な限り簡単な言葉を使い、非常にゆっくりと進められる。

 おかげで、まだ魔界語は良くわからない僕らでも理解出来た。

 それによると魔力は、重力や光と同じく世界の全てに行き渡っているものだそうだ。 そして、特に生き物には強い魔力が宿っているらしい。


『全ての物質が帯びる魔力だが、特に生物には強い魔力が含まれる。

 何故なら、魔力は心から生まれるからだ。

 それも高い知能、強い精神力を持つ生き物ほど、強い魔力を帯びる。

 特に魔王一族は桁外れの魔力を有している』


 姉ちゃんがスイッと手を上げる。

 発言前には手を上げろ、と先生には言われてるのだ。

 三人しかいないのに、そんな形式張らなくても、と思うんだけど。


『マオウイチゾクは、アタマヨクテ、ココロがツヨイ?』


 今の話からだと、そういう事になる。

 でも先生は、ちょっと複雑そうな顔をして首を横に振った。


『それは違う。

 魔王様と、王子王女の方々は、確かに強い魔力を持っている。

 だが、それは頭が良いとか心が強いとか、そういうことではないんだ。

 それには複雑な理由があるのだが、話が長くなるし、今は関係ない。

 だからそれは置いておこう』  


 外を見ると、今日も妖精の女性達がカゴを手にして飛び回っている。

 あの羽は魔力で作ったモノ、魔力の塊。

 あんなに分かりやすくはなくても、全ての存在には魔力を帯びているという。

 だが、それが僕らには無い、というのだ。


 ピシッと机が指示棒で叩かれる。

 慌てて視線を戻し、誤魔化しついでに手を上げて質問。

 学校の授業なら絶対に手を上げたりなんかしない。めんどいし恥ずかしいから。

 けど、今は聞きたいことが山ほどある。隣には姉ちゃんしかいないし、恥ずかしがる必要もない。

 下手なことを聞くとデンホルム先生が見下すような目をするのが気に入らないが。

 ともかく、質問には全て全力で答えてくれる。


『ボクラノセカイ、チキュウ……マホウ、ナイ。

 ダレモ、マホウツカワナイ。

 ボクラ、マホウナラッテ、モ、ツカエナイ?』


 もったいぶって深く頷く先生。

 思わずガックリと肩を落としてしまう。

 いずれは魔法を使えるようになり、空を飛んだり炎を操ったりと期待してたのに。

 そんな僕の失望には構わず、先生は話を続ける。


『魔法に反応しない、というのはつまり、我らが放った魔力に衝突も共鳴も反射も、何もしないということだよ。

 魔力が消えてしまうんだ。

 そのため我らが放つ魔法、この前のように『吸収』の結界に捉えられたりしない。

 例えオグル様のような王族が放った強力な『眠り』の魔法であっても、何の効果もないのだよ』

『ソレ、ソレッテ……モシカシテ、スベテノマホウヲ、ケシテ、シマウ!?』


 失望から希望、つか期待へ心が跳ねる。

 もしかして、あれか、あれなのか?

 超能力・魔術問わず、あらゆる異能の力を打ち消すアレなんだな!?

 僕も「その幻想をブチ殺す!」とか叫んで、敵を説教しろということか!

 となると、もっと魔界語を上手くならないと。でもあのキャラって男女平等にぶん殴るんだよなあ、僕に出来るかな? ……なんて風に、好きな小説やアニメにあった似たような能力を持つキャラになりきってしまう。

 そんな期待には構わず先生は話を続ける。


『消す、といえばその通りだね。

 でも魔力が吸収されているのかもしれないし、何かと相殺されて中和しているかもしれない。

 ともかく、君達に触れた魔力は急激に弱まり、消えてしまう。

 例えば、そうだな……そのバスケットを見て欲しい』


 そういって示したのは、テーブルの上に置かれたままのバスケット。

 ホコリ避けの白い布が上に置かれ、中身は分からない。

 まあ、いつものようにビスケットかパンが入ってるんだろうと思うけど。

 先生はテーブルの前に来て、手で印を組みながらブツブツと何かを呟く。

 すると手から淡く細い光が放たれ、バスケットを照らし出した。

 というか、光はバスケットを貫通して、テーブルの下まで照らしてる。

 すぐに呪文も印も止める。同時に光も消えた。

 そして何かを読み上げるかのように、事務的な口調で話し出す。


『ビスケットが12枚。パンは今朝の食べ残し、半分に切った物が二つ。

 ナイフは、少し錆びてるな。だが、これくらいなら研ぎに出すほどではあるまい。

 梨もある、食べ頃で美味しそうだ』


 言われて姉ちゃんが白い布をめくってみる。

 すると、確かにビスケットと半分になったパン二きれ。ちょっとサビが付いたナイフもある。

 美味しそうな洋なしも入ってた。

 僕はビスケットの枚数を数えてみる。


『……ビスケット、12、アル。

 コレ、マホウ?』

『うむ、これは探査の魔法だ。

 物体を詳しく調べる。範囲は狭いが、見えない中身を知ることの出来る、便利な魔法だ』


 まるでCTスキャナーか、超能力でいう透視だ。

 魔法の名前は『探査』、こんな詳しく分かるなんて便利そうだな。

 首を捻った姉ちゃんが再び手を上げる。


『ワタシたち、マリョクがキエてシマウ……スルと、このマホウは、ドウナル?』

『君達の体内を見ることは出来ない。

 魔法の面では、君達は存在しないということになる』


 魔力が消える、魔法の面では存在しない。

 その意味を考えてみる。

 光が消えたら、物は真っ黒で姿が見えない。

 重力が消えたら、物は下に落ちない。空へ飛んでいってしまう。

 なら、魔力が消えたら……つまり、魔法が効かない。

 おおお、やっぱりアレなのかー!?

 思わず小さくガッツポーズ。


『理解してもらえたようだな。

 君達は魔力を完全に帯びないし、触れた魔力を消してしまう。

 この探査の魔法にしても、他の魔法にしても、相手が帯びる魔力へのRéactionやRéflexionによって成り立つんだ。

 相手の体が帯びる魔法に当たって跳ね返ってきた魔力のRéactionを感じるから、探査は相手の中身が分かる。

 オグル様が使った眠りの魔法は、魔法が当たった相手の魔力をMédiationにして、その心を眠るétatに変えることで、眠るという効果が出る』

『エ……Réaction? Médiation、ナニ?』


 僕の魔界語の能力では、今のは難しかった。あちこちに知らない単語が混じってる。

 ちょっと講義に熱中して興奮してたらしい先生は、オホンと小さく咳払い。

 ここで姉ちゃんが僕の脇をツンツンつつく。


「あんた、何か知ってるつーか浮かれてるみたいだけど、なんなのよ」


 すぐにピシッと指示棒が叩かれた。

 授業中の日本語厳禁、全て魔界語で話すこと、それもルール。

 おかげでグングン上手くなっていくけど、キツイ。


『ユータ、このチカラをシッテルみたい』

『ほう? 君の世界では、こういうものが存在しているのか?』


 思わず胸を張って、鼻高々に解説をはじめてしまう。


『ボクラノセカイ、モノガタリノナカデ、デテクルチカラニ、ニテル』

『ほほう』

『アラユルマホウヲ、サワッタダケデスベテ、ケス。

 ケッカイモ、ナニモカモ、スベテ、ハカイスル、チカラ。

 ホカニ、マホウヲ、ハネカエスマホウ、マホウヲケスマホウ、トカ。

 タダノ、モノガタリ、ダケド』


 話を理解してもらえたと満足した先生が大きく頷いた。


『どうやら、分かってもらえたようだ。

 君達が最初に出会った竜騎兵達、君達を見て驚いたり焦ったりしていただろうけど、覚えているかな?』


 そういわれて見れば、確かにそうだ。

 彼らは僕らに対して何かの魔法を使って、それが上手く行かないらしくて焦ってた。

 そうか、あれは僕らが何者か調べようと、『探査』の魔法とか知覚系魔法を使っていたんだ。

 でもいくら調べても、何の反応もない。

 目に見えるのに、魔法的には居ない。

 この世界では絶対に有り得ない存在。

 だからあんなに警戒して、ヘタに近寄らないようにしてたんだ。


『その通り。

 我らも報告を受けて信じられなかったよ。

 敵の送り込んだ新兵器、というワリには暴れる様子もないしね。

 それどころか、下手くそながら我らの言葉で「お元気ですか?」と挨拶してきたそうだね。

 覚えてるかな?』


 言われて、あの時のことを思い出す。

 かなり必死になって二人で、ヘルプミーとかコマンタレブーとか叫んだはず……コマンタレブーはフランス語の「お元気ですか」という意味。

 あ、魔界語だとホマンアレユーだな。

 仏語ではComment allez-vous。

 魔界語はHommen allez you。

 そうか、あれを聞いて敵意無しと判断したんだ。

 というか、短剣を突きつけられながら「お元気ですか」だなんて、随分と見当違いなことを叫んじゃったんだなあ。

 あれを叫んだのは姉ちゃんだったっけ、と思って横を見たら、なんか、姉ちゃんが不安げな顔してる。


『ドウシタ?』

『アナタ、キガツカナイの?

 モシカシタら、アタシたち、ジッケンでキラレタリ、バラバラにサレルかも……』

「え」


 イヤな予感がして先生の方を見る。

 でも先生は苦笑いしながら首を横に振った。


『ははは……その不安は当然だろう。

 でも、安心して欲しい。君達の体を実験に使う必要はない。

 何故なら、この魔法への無反応は、君達の所持品全てに言えることだからだ』

『ボクラノ、モノ、ゼンブ?』


 僕らの所持品全て、魔法が効かない。

 ということは、これは僕らの能力とかじゃなく、地球の物質全てが持つ性質なのか。


『なので、実験には君達自身は必要ない。

 服とか、要らない物を少し分けてもらえれば十分だ。

 ついでに言うと、その事実ががなければ、別の世界から来たなんて信じられなかったろうね』

『ア、ソレ、シンジテクレテタ?』

『当然だ。

 君は、目に見えるのに触れない幽霊や、目に見えないのにそこにあるガラスのような生物を見たら、どう考える?

 我らの常識の範囲にない存在なら、その範囲外な世界から来た、と考えるだろう。

 だが、憶測や仮定の話をしたくなかった。また、完全に魔法を使えない君達に魔法の講義は理解の範囲外だろう?

 だから魔法の講義は今まで後回しにしていたのだ』


 かなり長く難しい説明だったので、実際には何度も聞き直したり簡単に説明し直してもらったりしながら話を聞いた。

 内容は、全く以て正論。

 彼らにとって、僕らは幽霊か透明人間みたいな存在だったんだ。

 うーん、ということは、この特性というか能力を使えば、この世界でもいろんな事が出来るんじゃないか?

 もしかして、ホントに超能力者になったのと、同じ効果があるんじゃ……?

 うお、なんかすげえ、ワクワクしてくるぞ!

 てなことを考えてる横で、姉ちゃんはまたもビシッと手を上げた。


『デモ、ユータはジュウにウタレタ。

 オオカミにオソワレタトキは、トゥーンサマのマホウで、フキトバサレタ。

 マホウ、ワタシタチにも、キイテルよ?』


 あ、そういえば。

 僕の足は魔力の光で撃ち抜かれてる。

 狼の群に包囲されたときは、トゥーン王子の風の魔法で助けられたけど、僕らも風で飛ばされた。

 魔力は効果が無いはずなのに。

 その疑問に、先生は手で指示棒をペシペシ叩きながら答えてくれた。


『良い所に気が付いた。

 確かに君達は、魔力そのものは消してしまう。

 だが、確かに物質として存在していることには変わりがないのだ。

 だから魔力は素通りしても、魔力で生み出された風や光は当たるのだよ。

 それは魔力ではなく物理的な力だからね』


 思わず肩がカクッと落ちる。

 そりゃあそうか。例の幻想をぶち殺す人も、超能力は消せても超能力で破壊されたコンクリの破片は消せないんだから。

 魔法で吹っ飛ばされた物体そのものは消せないから、結局それは当たっちゃう。

 うーむ、ガッカリ。


「あ~あ、上手く行かないなぁ。

 せっかくマンガの主人公みたいな格好良い事が出来ると思ったのに」

「あんたが?

 止めた方が良いわ、下っ端のモブキャラは即死だから。

 フラグ建てる暇もないわよ」


 この姉、本当にムカツク。


次回、第六章第二話


『故郷』


2011年4月23日00:00投稿予定

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