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 ガラにもないことをするんじゃなかった。

 この世界の人達とは違う、普通の地球人の高校生に、戦うなんて無理だった。

 確かに動きを封じる結界の魔法は僕には効果が無かった。

 けど、それだけだ。

 銃で撃たれたら終わり。

 目を閉じ、歯を食いしばり、一瞬後には自分の頭を貫通するだろうレーザーに怯えて体を強ばらせる。


『まだだっ!』


 叫び声。

 デンホルム先生の声だ。

 まだだ、て……どうみても終わってるこの状況で、何がまだなんだろう?


『諦めるなっ!

 奴らは魔力が切れてる、助けを呼ぶんだっ!!』


 耳に届いた魔界の言葉。

 だが意味は分かる。奴らの魔力が切れてる、だって?

 魔力が切れてる、ということは?


 僅かに薄目を開けてみる。

 細い視界の中、カチカチと銃の引き金を引き続けてるリザードマン。

 た、弾切れ?

 魔力切れで、撃てない!

 助かった……というわけでもない。

 再び弓と剣に持ち替えてる。


 吸収の結界の中に飛び込まなきゃ、今度は矢で射られる。剣で斬られる。

 撃ち抜かれた足を引きずって必死に立ち上がるが、どうみても奴らの方が速い。

 普通の人間の足じゃ、しかも撃ち抜かれてちゃ、間に合わない。

 うつむいて足を見ながら、そう絶望してた。


 けど、足を見るために下へ向けた視界に、丸い物があった。

 それは水色で水滴型をした、卵大のプラスチック製品。

 防犯ブザー。


 ピンを引き抜いた。



  ピュイイイイイイイイイイイッッ!!



 けたましい警報音。

 巨大テントの中に人工的な機械音が鳴り響く。

 大騒動で魔法を撃ち合うテントの外にまで、甲高いサイレンが響き渡る。

 トカゲの群と格闘する兵士達だけど、防犯ブザーの人工音は、あまりにも大音量かつ異質過ぎだろう。


 そして、それを近距離で聞かされた奴等は、もう音波攻撃のレベルに達する高周波音の直撃だ。

 鼓膜を破らんばかりの音に、思わず耳を押さえてしまってる。

 聞いたこともないだろう耳障りな警報音に、奴等は一瞬行動不能に陥った。


 台座に張りついた結界に飛び込む。

 奴らが動けなくなったスキに、どうにか足を引きずって移動することが出来た。

 結界表面に投げつけられた剣と矢が突き立つ。間に合った。

 先生の言う通り、奴らの魔力が尽きたのなら、もう銃撃は来ないはず。

 そして、これで人も呼べたはずだ。


 予想通り、即座に人々が続々とテントへ駆けつけてきた。

 そろって両耳を手で押さえ、顔をしかめながら中に飛び込んでくる。

 そして目にしたのは、結界で動けなくなった警備兵とデンホルム先生、銃撃されて血を流す僕。動揺するリザードマン二人。


 瞬時に事情を察したらしい人々が、剣と弓矢と銃を構える。

 リザードマン達は慌ててアンクの陰、僕がいるのとは反対側に隠れた。

 だけど飛び込んで来た人々の動きも速い。特にワーキャット達が目にも止まらぬ速さで疾走する。


 何かが、飛んだ。


 何が飛んだのか、僕の目には見えなかった。

 ただ、アンクが置かれた台座の向こう側で、青い液体が吹き上がってる。

 アンクと台座の影からのぞくのは、刃物の柄と、矢羽根。

 青いのは、血か。

 どうやらリザードマン二人は一瞬で殺されたらしい。


「た……たす、かった……」


 結界の中、ずるずると崩れ落ちる。

 まだ血が噴き出す足と腕を押さえる。

 今頃になってガタガタと全身が震え出す。


 けど、何か様子がおかしい。

 飛び込んできた人々が、アンクが置かれた台座の向こう側で大騒ぎしてる。

 何か悪さをしていたらしいリザードマン達は倒したのに、まだ何か解決していないようだ。

 というか、さっきより遙かに焦った感じがする。

 熱いほどに痛む足と腕を庇いつつ、首を巡らせて向こう側をのぞいてみた。


『Caca! Une explosion!!』

『逃げろ! 総員shelter!』

『待て!! アンクが破壊される!!』


 まだ知らない単語が混じってたけど、断片的に理解出来た。

 アンクが、破壊される……?

 見れば、青い血を流すリザードマンの片方、その死体の下から点滅する赤い光が漏れてる。

 皮鎧の下に着たベストのような服に、赤く光る石のようなものがひっついてる。

 赤い石が、どんどん光を強め、しかも点滅する速度が速くなる、てことは、まさか!


 ば、爆弾んっ!?


 ま、まずい!

 マジにヤバイ! 

 どうみても爆発まで時間がない、威力は知らないし僕は結界の中にいるけど、ここで爆発したらアンクが、パソコンも!

 ワーキャット達をはじめ、多くの人達は飛び込んできたのと同じか、それ以上の速さで逃げていく。

 何人かが爆弾を睨み付けながら、必死の形相で印を組み呪文を唱え出す。

 けど、どうみても赤い光の点滅速度が爆発寸前と主張してる。

 どんな魔法か知らないけど、間に合わない!!


 何かが、横を通り過ぎた。

 まさに神速、目では捉えられない。

 一瞬だけ網膜に焼き付いたのは、大きく振りかぶった黒いスーツ姿の人影。

 その手には、リザードマンの襟首。


『GUuuUUOORYAaaaAAAA!!!!!』


 聞いたこともないような、力のこもった女の声。

 ぶん投げられるリザードマンの死体。

 見事なコントロールで巨大テントの大きな天窓から放り投げられた。

 爆弾は死体ごとクルクルと宙を舞い、空の彼方へ飛んでいくかのよう。

 そして、今頃になって女が疾走したために生じた突風だか衝撃波だかが、テント内を駆け回る。

 粉塵が巻き上がり、小物が倒れたり吹っ飛んだりする。

 あまりの速さに風が置いて行かれたのか。


 爆発音。


 テントの外、空の方から轟音。

 柱がビリビリと振動する。

 地面も細かく揺れる。

 テントの布がバタバタとはためき、布地を突き破った細かな破片が降ってくる。

 危なかった。あんな威力の爆弾じゃ、アンクだって吹っ飛んだかも。

 そうなったら、終わりだ。


 つか、この結界だって保たなかったかも……て、あれ?

 ふと周りを見れば、結界が消えてる。

 宙に浮いていた黒い宝石も地面に落ちていた。

 ツンツンと突いてみたが、何の反応もしないし何かが回転するような音もしなくなってる。

 警備兵達を捉えていた他の結界も消えてた。解放された警備兵達と先生が、他の兵士達に助け起こされてる。

 どうやら、これも魔力が切れたんだな。

 てことは、爆発の直撃を受けてたかも知れない。

 マジにくたばる寸前だったんだ。


 そして、爆弾をリザードマンごとぶん投げた人物を見る。

 それは黒地に赤を配したスーツ姿の女性。ダラダラと滝のように流れる汗で、長い金髪も湿ってる。

 フェティダさんだ。

 テントに飛び込んできたフェティダ王女は、一瞬で爆弾をリザードマンの死体を放り投げたんだ。

 て、ちょっと待ってよ、どう見ても大人一人と同じ体重はありそうだったのに、それを一瞬で、あんな空高く放り投げるって、どんな怪力なんだ!?

 荒い呼吸にシンクロして上下する肩と、揺れる巨乳。でももしかして、あの胸は全部が筋肉なのだろうか?


 何は、ともあれ、助かった。

 ほっと一安心。

 同時に、目の前が暗くなった。









 気が付いたのは、その日の夕方。

 庁舎二階にある僕らの部屋で目が覚めた。

 目を開けると、この二週間ですっかり見慣れた天井だ。

 自分のベッドの上に寝かされていた。


 左ふくらはぎなど、銃撃された傷には包帯。

 服は白くて薄い寝間着か作務衣みたいなものに着替えられてた。

 視線を窓の方へ向ければ、部屋を分けてたカーテンが取り外されてる。

 なので、今は窓ガラス越しに外が見える。

 部屋には僕以外、誰もいない。


 市庁舎の外、広場には何か大きな物体が置かれてた。

 広場を埋め尽くすそれは、夕日に赤く染まる巨大飛空挺だ。

 あちこち壊れてるけど、どうやら広場へ無事に下ろす事が出来たらしい。

 視線をずらすと、サイドテーブルに姉ちゃんの荷物が置かれてる。

 その中には、あの騒ぎを撮影してたカメラもあった。


「……つぅっ!」


 体があちこち痛むけど、頑張って手を伸ばしてカメラをつかむ。

 体を起こし、電源オン。

 案の定、姉ちゃんの実況付きで再生された。


《……あー!

 バカ、どこ行くのよっ!?

 あんたなんか行ったって役に立たないでしょ!

 待ちなさーいっ!》


 テントへ走っていく僕の背中が、ぐちゃぐちゃに揺れるカメラの端々に映ってる。

 そしてその後のこともちゃんと映されていた。


《ああ、もう!

 あんなバカとは思わなかったわ……ええい、どうしようどうすればいいの、まさかほっとくわけにも……て、え?

 う、うわ!

 凄い、なんて連中なのよ!?》


 再びカメラを向けた先には、広場に降り立ったフェティダ王女とオグル王子……オグル導師とか呼んだ方がしっくりくるなあ……が映ってる。

 船の方はとレンズが向けられた先では、最初より巨大な結界を展開して船の墜落を食い止めてるルヴァンさんとトゥーンさんがいた。

 降り立った方の二人、そのうちオグル導師は広場の隅で何やら精神集中を始めてる。

 手も印を組む。


 カッと目が見開かれた。

 しかも、白い光を放ち出す。


 サーチライトのような強力な光が、広場を縦横無尽に走り回る。

 その光にあたったトカゲは、いやトカゲだけじゃなくワーウルフやオークまで、まとめてその場で倒れてしまう。

 どうやらあの目から放たれる光、魔力を帯びているらしい。

 光を受けた連中は次々と意識を失い倒れていく。

 そしてその光はカメラにも直撃した。

 つまり、姉ちゃんにも当たったということだ。

 そのハズだった。


《キャッ! ……て、あれ?

 なんともない?》


 再びカメラの画像が振り回される。

 どうやら自分の体をパタパタはたいて、魔法の影響を確かめているらしい。

 だが何の異常も感じなかったようで、すぐ再び撮影に戻った。

 画像が広場へと向けられる。


「僕と同じだ……。

 僕にも動きを止める魔法が効かなかった。

 ということは、姉ちゃんにも眠らせる魔法が効いてないんだ」


 そんな分析をする間にも事態は進む。

 フェティダ王女の方は、カメラに映らない。

 いや、一瞬だけ影のようなもの映るんだけど、早過ぎて何なのか、よく分からないんだ。

 スロー再生して、ようやく分かった。

 おぼろげだけど、フェティダさんがトカゲをつまみ上げてる姿が一瞬映ってた。

 とんでもないスピードでトカゲを回収し、手に持った袋に詰めていく。


《ピュイイイイイイイイイイイッッ!!》


 耳障りな警報音が響いた。

 防犯ブザーだ。

 兵士達の叫びや魔法の衝突する音とは全く違う、あまりに異質な音。

 広場とその周辺にいた人達全ての視線が音源へ向く。


 そして、カメラは放り出された。

 地面に転がって横倒しになった映像は、テントへ向かって駆け出す姉ちゃんの背中。



 しばらく横倒しになったまま広場の様子を映していたカメラは、広場へとゆっくり下ろされる巨大飛空挺を収めていた。

 潰されないように広場で寝ている人々を起こしたり運んだりする兵士や街の人。

 その中の一人、ローブを着たエルフの女性がカメラに近づいてきた。

 持ち上げられた映像に映っているのは、見覚えあるエルフ女性。

 そうだ、トゥーン領主と一緒にいることの多い、あの眼鏡白髪オカッパ頭の人。

 少しカメラを調べてるうちに、何かボタンを触るような動きをする。

 そこで映像が途切れた。



  カチャ。

 ドアが開く音がする。

 見れば、お盆に水や布を乗せてもってきた姉ちゃんだ。

 その後ろにはジークリンデさんとデンホルム先生もいる。


「……気が付いた、ようね……」


 冷静な顔、だけど絶対冷静じゃない押し殺した声。

 ズイッとお盆をジークリンデさんに押しつけた姉ちゃんは、ツカツカと僕の方へ歩いてくる。

 ピタッと、ベッドの横に立つ。

 そして、大きく振りかぶった。


  バシィッ!


 平手打ちの音が部屋に反響する。

 いきなりのことに、おまけに痛む体じゃ、避けることも出来ない。

 頬は一瞬で赤く晴れ上がり、カメラも掛け布団の上に落としてしまった。


「こ、こ、この……バカぁっ!!」


 肩を震わせる姉。

 顔を真っ赤にして、涙を流してる。

 潤んだ瞳で、僕を見下ろす。


「あ、あ、あんた、無茶すんじゃないわよっ!

 死んだらどうすんのよ!?

 あんたが死んだら、あたしは、どうすりゃいいのよぉっ!

 一人で、こんなワケ分かんない場所で生きてけって言うわけえ!?

 勝手に死ぬなっ!

 このバカァ! マヌケッ! オタンコナスッ! 変態ぃ! 役立たず! 死ね! 死んじまえ!」


 無茶苦茶な文句を付けながら、ボロボロと涙を流す姉ちゃん。

 その有様に、痛む頬をさすりながらも、何も言えない。

 後ろのデンホルム先生も、かける言葉が見つからないらしく、肩をすくめてる。

 ジークリンデさんはお盆を置いて、ポンッと優しく姉ちゃんの背中を叩いた。


 とたんに、姉ちゃんは彼女の体にすがりつく。

 胸に顔を埋めて、わんわんと泣き続ける。

 僕も、初めて見る姉の有様になんと言えば分からず、ただ見上げるしかない。


 窓から差し込む夕日の中、姉ちゃんは大声で泣き続けた。


かくして飛空挺墜落事件は幕を閉じた。


どうにか死線を乗り越え、無事を喜び合う姉弟。


そして平穏な日常へと戻っていくジュネヴラの街。


太陽は今日も明日も変わらず空を巡り続ける。



次回、第六章『閑話休題』、第一話


『抗魔結界』


2011年4月21日00:00投稿予定

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