自壊
間違いない、飛空挺が墜落してるんだ!
しかもよりによって、こっちに向かってきてる!?
グングンと大きくなるその姿は、巨大武装飛空挺だけあって迫力満点……とか言ってる場合じゃねーよ!
あんなのが広場に落ちてきたら、死んじゃうって!
それは外装を鉄板に覆われた巨大な飛空挺。
各所に砲門らしきものが突きだしてる。
斜めに機首を下げた飛空挺が、広場へ向けて真っ直ぐに向かってきてる。
この世界の飛空挺や大砲がどんなものかは知らないけど、墜落すればただでは済まないのは同じだろう。
こんな街中に、速度を上げながら高度を下げてくるなんて、もしかして緊急着陸!?
いくら飛行船がベースの風船みたいなモノといったって、あの大きさと重さのモノが加速しながら突っ込んできたら……!?
爆発炎上、破片がまき散らされて周囲に大被害、それは間違いない。
いや、そんなこと考えてる場合じゃないって!
広場やテント近くにいた妖精達が、一斉に空へ舞い上がり逃げていく。
露店を開いてたオークやゴブリンが、大慌てで荷物をかき集め走り出す。
兵士のワーウルフ達もワーキャット達も大騒ぎ、空を見上げて大声を上げる。
エルフ達は慌てて周囲へ指示を飛ばす。ドワーフ達は各自が持つアイテムを手にして印をくみ出す。
リザードマン達の中には町はずれの発着場へ向けて走る一団もいる。騎乗してるワイバーンへ向かったんだろう。
で、僕らはどうすればどうすれば!?
「ね、姉ちゃん! このままじゃ、ヤバイ!」
「や、ヤバイのは分かってるのよ!
逃げるわよ!」
「あ、え、でも」
「でもも何もあるかー! 死んだらどうすんの!?」
叫ぶが早いか、姉は広場から逃げるべく駆けだした。
僕はというと、オロオロしてしまって動けない。
逃げなきゃいけないのは分かってるんだけど、ここで逃げてしまったら、荷物が。
そうだ! 荷物を守らなきゃ!
PCが壊れたら終わりだ!
そう思ってテントへ足を向けようとした僕だが、その視界の端に違和感を感じた。
見直してみれば、それはルヴァンさんだ。
いや、他の王族三人もいる。
そして違和感の正体は、慌てていないこと。
全く慌てることなく、ごく自然体で墜落する飛空挺を見上げ続けてる。
その様子に、怒鳴り声が飛び交い人々が走り回る中、思わず足を止めて彼らを見続けてしまう。
フェティダさんが、近くにいたドワーフ達に指示を飛ばした。
即座に頷いた彼らは、フェティダ王女を中心に円陣を組む。
同時に同じ印を組み、同じ呪文を唱え始めた。
淡い青の光。
彼女の足下に、魔法陣のような図形が淡い青の光で描かれる。
最初は青い魔法陣の中にある小石や砂が、次にフェティダさんの黒いスーツの布地がフワリと浮く。
そしてフェティダさんの足も地面から離れた。
宙に浮いたフェティダさんの体は一気に加速、庁舎の尖った屋根のてっぺんにまで一気に飛び上がった。
不安定な尖った屋根の上に、重力を無視しているかのような軽やかさで起立し、スーツの懐から何かを取り出して高く掲げる。
他の三人も各自に動いてる。
オグルさんは部下のゴブリン達に命令し、同じく魔力で自らを空中へ浮かせる。
そして、ゴブリン達の円陣が描く魔法陣の直上でそのまま制止した。
ルヴァンさんは一言エルフ達に指示を出したら、そのまま瞬時に空へ飛び上がった。
よく見たら、青く輝く長い髪がウネウネと動き、何かの方陣を描いてる。自分の髪を動かして自在に魔法を作れるんだな。
空を飛ぶルヴァンさんはテント村にある、レーダーが置かれたやぐらの上に降り立った。
エルフ達は広場に広がり、それぞれに何かのアイテムを手にして印を組み始めた。
トゥーンさんは近くにいた巨人の兵士に何かの指示を飛ばす。
即座に突き出された巨人の手の平に、ヒョイッと飛び乗った。
そして巨人は、トゥーンさんを空に向けて思いっきりぶん投げた。
放物線を描いて飛んでいく彼は、クルクル……と華麗に身を捻り、庁舎の次に高い建物の屋根に着地した。
「し、信じられない運動神経……」
絶句してしまう。
パニックになって逃げ惑う人々や墜落に備えようとする兵士達の中、呆然と立ち尽くし事態の推移に目を奪われる。
と思ったら、グイッと左腕を引っ張られた。
我に返って振り向いてみれば、メイド服のジークリンデさんだ。その後ろには茶色いローブを着たデンホルム先生もいる。
『何をしてるの!? 早く逃げるわよ!』
魔界語も分かるようになったので、逃げるよう言われてるのも分かる。分からなくても怯えた顔が示すのは一つしかない。
デンホルム先生も顔を強ばらせ、いつも以上に恐い。
『何をぼんやりとしてるんだ!?
危機の場で思考と足を止めることは死に直結する。
早く広場を離れるんだ!』
こんな時でも先生のセリフは長い。
この人だけじゃなく、エルフはみんな話が長くて回りくどいそうだ。
いや今はそんなこと、どうでもいいけど。
つか、逃げれないんだってば!
「だ、駄目なんです! パソコンを置いていけないんです!」
『!? 何を言ってるのか分からない!
我らの言葉で話したまえ、と言いたいが、もう時間がない!
早くこちらへ来るんだ!』
先生にも右腕をつかまれる。
いや、確かに死にたくないけど、でもパソコンは地球へ帰るための手がかりなんだってば!
置いていって、もし壊れたりしたら、本当に僕らは終わりなんだよ!
二人に引っ張られながら、慌てて脳内で魔界語を組み立てる。
『ダメ! パソコン、オイテイケナイ! モッテイク!』
『パソコン!? あの超小型アンクか。
確かにあれは重要なアイテムだが、命には代えられない。
分かった。あれは私が持ち出すから、君は逃げるんだ!』
そんな話をする間にも、刻一刻と広場に落ちる武装飛空挺の影は大きく濃くなっていく。
見上げるまでもなく、視界の端に巨大な飛空挺の姿が見えている。
どんどん加速しながら真っ直ぐに広場へ……いや、違う、あれはテントの方へ向かってる!
まずい! テントの中にはアンクも荷物も、全部あるんだぞ!
突然、落下が止まった。
墜落する巨大武装飛空挺が、広場の真上で止まった。
広場にのしかかるような威容を見せたまま、突然急停止して空中に浮いてる。
見上げる僕とジークリンデさんと先生の上、広場の空を完全に覆い尽くした巨大飛空挺が止まっていた。
庁舎の上、屋根の上に立つ王女。
真っ直ぐに飛空挺へ向けて伸ばされた右手の先には、青く淡い光が広がってる。
その光は落下してきている飛空挺の先端、機首の部分を中心に広がっている。
まるで石を投げ込んだ池に波紋が広がるように、光の波紋が空中に拡散していた。
オグルさんも青い光の波紋を広げている。
背の低いオグル王子は、あの容姿で王子と呼ぶのには違和感があるんだけど、ともかく飛空挺の横に並ぶほどの上空まで上がり、別方向から光の波紋を生み出してる。
飛空挺の上から斜めに、飛空挺全体を覆うような広さの波を起こしていた。
同じようにトゥーンさんもルヴァンさんも、飛空挺を挟むように光の波紋を広場の上で起こしてる。
あれは、間違いない、魔法だ。
どういう魔法か知らないけど、多分バリアーみたいな種類の魔法を広げて、飛空挺を受け止めたんだ。
た、助かった。
あんな巨大な重量物の武装飛空挺を、軽々と受け止める……さすがは魔王の一族ってわけか。
「ふぅ~……良かった、これで大丈夫か」
『何を安心しているの、危ないわよ! 早く離れてっ!』
飛空挺は止まったけど、ジークリンデさんは相変わらず左腕を引っ張る。
でも上空の船は、もうピクリとも動かない。
本当に凄い力だ、あんな巨大で重そうな船を受け止めてしまうなんて。
『モウ、ダイジョウブ、ヒクウテイ、トマッタ』
『まだだっ!』
怒鳴ったのは先生。
テントへ行こうとしつつも、僕に逃げろと指示する。
でも、完全に止まってるから、安心なんじゃ?
『デモ、アレハ、モウ、ウゴカナイ。
モウ、アンシン?』
『違う!
今、あの船は王子達の魔力で無理矢理に一瞬で止められたんだ。
その反動に耐えれるほど、船の骨組みは頑丈じゃない。
それに飛空挺は、あんな体勢で停泊するようには設計されていないんだ!』
『……エ? ツマリ、ナニ?
コトバ、ムズカシイ、ワカラナイ』
『ええい!
つまり、結論として、簡単に言うと……あの飛空挺は潰れるっ!
船は粉々に砕け、破片が降り注ぐぞ!』
『……エエエッ!?』
ガゴンッ……
何かが、大きな物が外れるような音がした。
広場全体に広がったその音は、腹に響くような重低音の、耳障りな金属音。
次に何か細かな金属が弾け飛ぶような音と、ガラスが割れるような音が鳴り響く。
そして、飛空挺を覆う金属板が変形しだす。
ビスらしき小さな物が吹き飛び、細かな金属片とガラス片がパラパラと落ちていく。
破片の多くは光の波紋に止められ、空中で停止する。
あれは物の動きを止めてしまう障壁なんだな。
だが、波紋の外側にまで弾けた破片は止められない。バラバラと音を立てて地面や建物の屋根に落ちる。
いつの間にか、他の建物の上にもエルフ・ドワーフ・ゴブリンその他の種族が登ってる。
飛空挺のほうへ手を伸ばし、各自が同じ種類の魔法を展開してる。
もちろん王族四人ほどじゃないので小さいけど、人数が多い。なので、広場周辺の建物や街道への破片落下を防ぐには十分そうだ。
それでもデンホルム先生は緊張した表情を崩さない。
『あれは吸収の魔法だ。
物体の持つ運動エネルギーを吸収し、動きを止めてしまう』
『だけど、王族の方々はともかく、他の人達の魔法は長時間保たないわ。
さあ、今のうちに逃げるのよ』
ジークリンデさんが言ってる間にも、飛空挺の崩壊が進んでる。
変形した装甲板がビスを失って次々と落下し始める。
船体を突き破って何かが船から落ちてくる。
飛空挺のハッチや扉、窓も吹っ飛んで、船員らしきリザードマンが飛び出してきた。
空に浮いたままの船から次々とリザードマン達が飛び出し、落下してくる……かと思ったら、彼らの多くは空中で制止したり速度を緩めて地上へ降りてくる。
どうやら空を飛ぶ魔法が使えるらしい。
でも、中には空を飛ぶ魔法を使えない人もいるらしい。
他の人に支えられたりしながら降りてくる人もいる。
何か苦しみながら、振り払いながら落ちてくる人も?
いや、本当に苦しんでる!
地上に激突するっ!?
けど、無事に空を飛んでる人の救助が間に合った。
落ちていた人に接近し、その背中から何かを引きはがして、手を握り落下速度を抑える。
引きはがされた何かの方は、そのまま地上へ、て、こ、こっちに来る!
何だかしらないけど、やばそう!
ようやくジークリンデさんに引かれて広場の端へ、街道への入り口へ逃げ出した。
建物の影に入ってから何が落ちてきてたのかと振り返る。
するとそれは、ドワーフの一人が展開した『吸収』の障壁に止められ、空中でジタバタしていた。
それは、トカゲ。
土色のウロコに覆われたトカゲだ。
でも、何やら頭部に触手みたいなものが数本伸びていて、背中にはフサフサのたてがみみたいなのが生えてた。
地球では見ない種類だけど、とにかくトカゲという言葉が一番よく合う。
それを見たジークリンデさんは、あっと声を上げた。
『あらやだ!
あれ、ジバチトカゲだわ!』
『ジバチトカゲ? ナニソレ?』
『ジバチトカゲって言うのは、穴を掘って生活するトカゲなの。
群れを成して……て、やだ、どんどん落ちてくる!』
『エエッ!?』
見上げる彼女の指先、もう大きくひしゃげ始めた飛空挺から、破片以外の物が続々と落下してきていた。
それは、空中でジタバタもがき長い尻尾を振り回すジバチトカゲ。
多くが王族達の、そして魔導師達の障壁に止められる。
光の波紋の上で尻尾をビッタンビッタンと振り回すが、その尻尾も光に振れた途端に動けなくなってしまう。
トカゲ達は次々と波紋に張り付いて動けなくなっていった。
が、数が多すぎ。
トカゲの上にトカゲが落ちたら、上のトカゲは障壁に触れない。
貼り付けられた仲間の上を飛び回って、何匹かが民家の屋根の上に降り立ってしまった。
その屋根で障壁を展開していたエルフ魔導師が慌てだす。
今は障壁を展開している最中だから、他の魔法は使えないのか。それに今動いたり逃げたら民家の上に破片が降り注いでしまう。
あ、いや待て、あのトカゲは逃げなきゃならないほど危険なのか?
『アノ、ジバチトカゲ、アブナイ?』
『一匹だけならそれほどでもないんだけど、あんな沢山いると、かなり危険よ。
だってあのジバチトカゲは群れると』
ドンッ!
もの凄い轟音が響き渡った。
見ると、さっきのエルフが立ってた屋根が半分、吹っ飛んでいた。
残っている半分には、降り立ったトカゲがいる。
綺麗に五角形の頂点に位置したトカゲたちは、それぞれの触手を結んでいる。
まるで魔法陣を描くように、触手が……まさか、魔法陣!
ということはあのトカゲは……。
『やだ! やっぱり大変なことになっちゃった!』
『ジバチトカゲ、ムレル、ト……マホウヲ、ツカエル?』
『そうなのよ!
普通の動物は魔法は使えないんだけど、あのトカゲ達って、何匹か集まると協力して触手で魔法陣を描けるの!
普段は地面を掘って巣穴を作るために使ってるんだけど、敵が来たりすると』
ズドドドドンッ!
広場の各所から衝撃音が響いた。
あちこちの建物から粉塵が巻き上がり、地面がえぐれ、何人もの人が倒れてる。
そして、トカゲたちがそこら中で五芒星や六芒星の魔法陣を描いていた。
次回、第五章第三話
*次回からは投稿時間を00:00へ変更します。ご注意を*
『ジバチトカゲ』
2011年4月13日00:00投稿予定