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スイス……?

 ここは草原のど真ん中。

 地面は草と土、遠くには森と山。

 目の前にいた父さん母さんは消えて、横にいた姉ちゃんしかいなくなってる。

 ここ、どこ!?

 僕らはなんでこんな山中の原っぱにいるの!?


「ユータ!

 あんたの持ってるのは何よ!?

 そのスマートフォンで現在地出しなさい!

 父さん達に電話!」

「とっくにやったよ!

 そしたら、そしたら……現在地を調べたら、衛星からの信号を受信出来ないって、現在地不明って!」

「……ヨーロッパのど真ん中で?

 周りは山に囲まれてるけど、空は良い天気で、電波を遮るモノは無いわよ」

「だから変なんだよ!

 僕の使い方が悪いのかも。姉ちゃんも確かめてくれ」

「わ、分かったわ。

 荷物見てて」


 姉ちゃんは背中の大荷物を降ろし、引ったくるようにスマートフォンを受け取る。

 僕も荷物を下ろして、姉ちゃんの手に握るモノを凝視する。

 レンタルの、ヨーロッパで使用できる最新型スマートフォン。

 が、その最新型も役に立たなかったらしい。姉ちゃんの顔色は怒りの赤から不安と恐怖の青へと塗り変わる。


「やだ……なんで、なんでよ!?

 どうして信号を受信できないのよ!

 つか、通話すら出来ないじゃないの!?

 母さんの携帯にも、予約した宿にも、スイスの日本大使館も、何にも繋がらないじゃない!」

「まさか、この上に衛星がいません、とか、基地局が近くにありません、とか……?」

「基地局はともかく、GPS衛星が飛んでいない場所って……それは、ヨーロッパのどこ?」

「というか、地球上に、そんな場所があるのかな……?」


 僕達は、周囲を見る。

 そこは草原のど真ん中。ちょっと離れた所には森もある。

 草原と森を取り囲むのは山、そんなに高くない。山は森林に覆われ、相当に自然豊かな場所らしい。

 というか、街も道も家も畑も何にもない。空には飛行機も飛んでない。どう見ても無人の野、人も車もいない。


 足下は、何の変哲もない土と草。

 周りには虫が飛んでる。

 空の彼方には鳥が飛んでいる。



 僕ら家族四人は、人生初のヨーロッパ旅行中だった。

 様々な言語、人種、服装の人々を見てきた。日本とは異なる建築様式やら道路事情やらも見た。

 まずイタリアから入国し、ローマやミラノを回ってから、スイスへ移動してきた。


 各地の観光地だって当然に訪れた。

 スイスと言えば氷河特急、と言いたいけど高くて手が出なかった。なので、スイスパスという一定期間乗り放題券を買って、普通の電車でスイス巡りをしていた。

 名峰マッターホルンを臨む登山鉄道に乗って、頂上のゴルナーグラート駅で眺望を楽しみつつ酸欠に苦しんだ。

 スイスの首都ベルンでは、童話の世界みたいな通りを歩いたし、かのアインシュタインの家にも行った……しょぼかったけど。

 まだほんの2週間ちょっと、観光で見回っただけだけど、とても珍しくて楽しかった。

 そしてジュネーブに来て、これからフランスへ移動しようか、と相談していた。



 そう、ほんの少しイタリアとスイスを見て回っただけだ。

 だからヨーロッパの事なんて全然知らないと言って良い。

 でも、二週間程度の旅行をしてきただけでも、これだけは言える。

 言いたくない、言いたくないけど、これは言える。

 そして同じセリフを、姉は言いたいけど言いたくないらしい。


「あ……あのさ、姉ちゃん」

「なによ、ユータ」

「……笑わないでくれよ?」

「なにを、よ」

「僕達の、今の状況について、一つ考えつくことが、あるんだ」

「甘いわね。

 あたしは三つも考えつくことがあるわ」

「へえ、凄いなぁ。さすが姉ちゃん」

「当然よ、あたしは出来る女なの」


 ふふん、と腰に手を当て胸を反らす姉ちゃん。

 ちょっと斜めに顔を向けるその顔は、弟の僕が言うのもなんだけど、なかなかの美人と思う。

 受験の時は髪ボサボサ肌荒れまくりストレスで食べ過ぎとで酷い有様だった。

 けど大学合格後は美容もファッションも気合いを入れて、結構見違えった。

 性格はともかく。

 肩に掛かる茶髪をサラリと流しながら、その思いつくことを語り出す。


「まず思いつくのは、誰かのイタズラ。

 あたし達をさらって、携帯にも細工して、山の中にほっぽり出した」

「……ドッキリ企画としては、冗談で済まないレベルだね」


 確かに考えられないわけじゃないけど、可能性は限りなく低い。

 二人同時に気絶させ、誘拐し、スマートフォンに細工し、山の中に捨てる。

 TVの企画としては手が込みすぎだし、どっちかというと犯罪だ。


「次に考えられるのは、実は今、夢の中」

「リアルな夢だなあ。

 つねっても痛くないとか?」


 ぎにゅ~~~~。

 姉ちゃんの右手が、僕の左頬を思いっきりつねり上げてる。


「……なに、してんだよ」

「痛い?」

「痛い、つか、自分の頬でやれよ!」


 ほっぺたがヒリヒリ痛い。

 少なくとも、これは僕の夢じゃない。

 ならこれは僕の現実だ。


「それじゃ、最後の考えは?」


 最後の、三つ目の考え。

 それを聞かれた姉ちゃんは、あからさまにイヤそうな顔をした。

 コホン、と咳払いしてる。


「あたしにばかり聞いてないで、あんたの考えはどうなのよ?」

「僕の考え、か。

 んじゃ、さっきも聞いたけど、笑わないでくれる?」

「笑わないわ。

 言ってみなさいな」

「んじゃ、言うけど……僕らは今、21世紀の地球じゃない場所にいる」

「あっはっは!」


 高らかに笑う姉ちゃん。

 そうだ、姉ちゃんはこういう女なんだ。

 我が姉ながら、イヤになる。


「笑わないっつったじゃんか!」

「いやー、さすがにそれは笑っちゃうわ。

 あんた高校入ったってのに、いまだに中二病?

 柄にもない受験勉強しすぎて、頭がおかしくなったんじゃないの?」

「中学は卒業したつもりだけどね。

 もしかしたら、頭がおかしくなった方かもよ」

「全く、マンガやアニメの見過ぎだわ」

「んじゃ、邪気眼でも中二病でも無い正気な大学一回生の意見、三つ目は?」

「あっはっは……はぁ~……」


 見る見るうちに高笑いが元気を無くして溜め息に変わった。

 うつむきながら、ジロリと僕を睨んでくる。


「笑わないでよ」

「笑わないよ」

「んじゃ言うわ。

 あたし達は今、地球とは別の惑星にいる」

「わはははは!」


 腹に手を当てて胸を反らし高笑いをしてしまう。

 でも姉ちゃんは怒ったりしない。

 腰に手を当て胸を反らし、さっきと同じく笑い出した。


「あっはっはっはっはっ!」

「わははははははははっ!」


 草原の中、高笑いが響く。

 いつまでも笑い続けるが、その声に応える者はいない。

 蚊みたいな虫が寄ってくるだけ。


「あっはっはっは……はぁ」

「わはははは……ふぅ~……。

 姉ちゃん、真面目に言ってるの?」


 この質問に、姉は怒りで顔を真っ赤にして怒鳴りだす。

 そりゃそうだろう。こんなワケの分からない状況に放り込まれたら。

 僕だって腹が立ってきた。


「は! んなワケ無いわ!

 ばからしい。そんなこと、現実に起こるわけ無いでしょ?

 どこのバカだか知らないけど、あたし達をからかって喜んでる連中がいるに決まってるわ!」

「だろうね。

 父さん達のイタズラ、じゃあないだろう、と思うけど。

 でも、だとすると……誰が、何のために、こんな手の込んだイタズラを仕組んだかが問題だね」

「誰だか知らないけど、見てなさいよ!

 必ず無事に元の場所に戻って、仕掛け人をふんじばって、警察に突き出してやるんだから!」

「だね。

 まあ、まずは周囲を確かめよう。

 双眼鏡はどこかな~、と」


 地面に置いてた僕のバックパックから小型の双眼鏡を取り出す。

 ここがどこか知らないけど、遠くまで見渡せば道や川の一つくらい見つかるだろう。

 それを辿っていけば、絶対に人里に着く。

 そう思って双眼鏡をのぞき込み、グルリと周囲を見渡した。


「ふ~む……遠くに川が見えるね。

 山にも川にも人の姿は無し、道路も無しか。

 こんな良い場所が手つかずとなると、どこかの広い森林公園の中かな?」


  ちょんちょん。

 背中がつつかれた。確かめるまでもなく、姉の指。

 双眼鏡から目を離して振り向くと、空の彼方を指さしてる。


「あそこ、何か飛んでるわよ」

「ん?」


 空を見上げれば、確かに何か鳥のようなモノが飛んでいた。

 数羽が並んで、ゆったりと羽ばたいている。


「ただの鳥だね。

 あれがどうしたの?」

「いや、ただの鳥にしては……何か、変じゃない?」

「変って、別に……?

 て……あれ?

 大きさが、え、え? 鳥の背に、何か付いてる?」

「それ貸して」


 僕の手から双眼鏡をひったくった姉ちゃんが、鳥を最大望遠で観察する。

 目を細めて見つめる先には、ノンビリと飛んでる鳥が三羽。なんだか、僕らを中心とした円を描くように旋回しているような動きだ。

 と、言うか、なんかジワジワと接近してきてるような、でも、だとすると、大きさがおかしいような?

 というか、なんか、えと……。

 大きな鳥、というか、でかすぎない?


「な、なあ、姉ちゃん。

 あの鳥たち、なんか、おかしいというか、デカイんじゃない?」


 姉ちゃんは答えない。

 黙ったまま、食い入る様に双眼鏡を覗きこんでいる。

 背に何かを乗せているらしい鳥を、一心不乱に見つめてる。

 肩を幾度か叩いて、デカイ声で呼びかける。


「姉ちゃん!

 どうしたんだよ。つか、あの鳥ホントに何か変だぞ!

 何が見えてるんだよ!?」


 ようやく双眼鏡から目を離した姉は、もの凄い真顔だった。

 つか、顔が強ばってる。凍り付いてる。

 そして、黙って双眼鏡を突きつけてきた。


「な、何だってんだよ……?」


 僕は、もう一度双眼鏡を覗きこみ、例の鳥三羽をレンズに捉えた。

 すると、大分近くまで接近していた鳥の姿をハッキリ見ることが出来た。

 そして何がおかしいのかも、ハッキリと分かった。


 一つ、それは鳥じゃない。コウモリのような皮膜と、蛇みたいな頭を持ってる。

 二つ、大きさがハンパじゃない。森の木々や他の鳥と比較すると、人が乗れそうなサイズだと分かった。

 三つ、それらの背中にいるのは、本当に人間だ。間違いない。鳥の様な巨大飛行生物の口から伸びる手綱を握りしめてる。


 立体映像でも、幻でもない。

 ワケの分からない巨大飛行生物が、確かに存在してる。しかも人が乗ってる。

 考えたくない、考えたくないけど……これは、まさか、そんな!?


「ユータ!」


 姉ちゃんの大声に弾かれて振り向けば、顎が外れそうになってる姉が、僕の真上を凝視してる。

 しかも腰が抜けたらしく、尻餅もついてる。

 その視線の先を見上げれば、今度は僕もアゴが外れそうになりながら、腰が抜けた。

 逃げたいけど逃げられない、動けない。


 周囲を旋回していた巨大飛行生物が、いつの間にか真上にいた。後ろから別のに接近されてたんだ。

 間違いなく人が乗れるサイズのそれは、間違いなく人型の生物を乗せている。

 そして、それは絶対に鳥に乗った人じゃない。


 その飛行生物は、翼竜だ。それも、恐竜図鑑では見たこともないタイプ。

 ロボットじゃない、確かに生きてるとしか見えない。

 絶対に、間違いなく、21世紀の地球には存在しない生物。


 そして他の翼竜もすぐ近くまで飛来して、僕らを中心に旋回を続けてる。

 背に乗って手綱を握るのは、人型はしてるけど、人じゃない。

 あんな茶色いウロコに覆われた人間はいない。

 横で唖然とした姉ちゃんが、呻くように呟く。


「こ、これってユータ……まさか……恐竜!?」

「ち、違う……そんな、まさか、これって、こいつらって……!?」

「違うって、何なのよ!」

「こいつら、まさか、ワイバーン!?

 ワイバーンに乗った、トカゲ人間……竜騎兵だ!」

「そ、そんなバカなこと、あるわけないでしょ!

 剣と魔法のファンタジーに迷い込んだって、そういうの!?」

「そう、なのか……?」


 異世界。

 まさか、異世界だってのか?

 でも間違いなく、こんなの地球の光景じゃない。

 僕らは黒い穴に飲み込まれ、地球じゃない世界に迷い込んだっていうのか!?


次回、第一章第二話


『竜騎兵』


2011年2月17日01:00投稿予定

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