贈呈品
初代皇帝アダルベルトも、魔王シモンと時をほぼ同じくして死んだ。
大戦終結直後、生き残った精兵と勇者を引き連れてピエトロの丘とフォルノーヴォ領に帰還した。
激怒した群衆と周辺大公の軍に襲われ混乱を極める教会・参謀本部を掌握し直し、周囲の大公から自身の直轄領たるフォルノーヴォを守るため。
魔王も引き留めることはなく、兄と最後の別れを告げた。これが今生の別れとなることは、言うまでもないことだった。
枢機卿団も工廠も参謀本部も、皇帝と魔王が兄弟だったという真実に驚愕し混乱してはいた。
が、やはりアダルベルト個人への信は深く、彼の指揮能力と慧眼に代わりはなく、教皇も彼の過去の過ちを許した。
内部の混乱は速やかに収まり、アダルベルトは再び皇国中枢部の指揮権を握った。
暴徒と化した群衆を制圧し、説得し、謝罪し、全方位から押し寄せる大公軍の侵攻を凌ぎきった。
その上でアメデーオに皇位を譲り、崩れるように倒れた。
不眠不休で事態を収めるのは、老体には負担が大きすぎたのだ。
世界の命運を握った男の疲れ果てた最期。
そしてフォルノーヴォ家の崩壊は突然で呆気なかった。
工廠とピエトロの丘、そしてパラティーノの平定が成り、アダルベルトを失った工廠と参謀本部は、フォルノーヴォ家をもはや不要と判断した。
皇家は権威を失墜させた、若輩のアメデーオでは乱世を乗り切れぬ、自らが世界を支配する皇帝に……そう考えるのも当然のこと。
教皇は謀反に乗らなかった。元々が生真面目で誠実な、何よりアダルベルトの友であった聖シモン八世はアメデーオを守ろうと奔走したが、力及ばず殺されてしまう。
最後の力を振り絞りはしたが、アメデーオを始めとしたフォルノーヴォ家をバルトロメイに預けるのが精一杯だった。
かくて、バルトロメイ治めるモンドファン領にはフォルノーヴォ家が亡命することとなった。
戦い破れて故郷に帰れず魔界にて恥辱の日々を送っていた皇国兵達も、領民として受け入れることになった。
なおかつ、アベニン半島全土から魔界と交易して一旗揚げようかという新進気鋭、というか頭の切り替えの早い者達もモンドファン領へ押し寄せている。
人間族を裏切る形になるバルトロメイを攻める大公も、魔王軍の支援を得たモンドファン領の軍に弾き返された。
バルトロメイの小器用さと気配りの上手さなら、この変革の時代を乗り切れるだろうと、魔界と地球では評している。
でも今は、捕虜達の冷たい視線を一心に受ける立場。
「……お久しぶりですわ、バルトロメイ元少将閣下」
「お久しぶりね、カラ。
すっかり痩せちゃって、可哀想だわ」
「貴方のように敵の飯をたらふく食べれるほど神経が太くありませんので」
「駄目よ、そんな細かいことを気にしちゃ。
もっとおおらかに構えないと、新しい時代を切り抜けられないわよ」
「人間を易々と裏切れるほど厚顔無恥ではありません」
「そんな貴女が再び故郷の地を踏めるのは、魔王陛下の恩情のおかげだわ。
心から感謝しなさいね」
捕虜の代表としてバルトロメイの前に立ったのは、カラ。
かつてルテティアのパリシイ島で捕らえられた彼女は、今回の捕虜返還でバルトロメイに引き取られることになった。
だが人間と皇国に高い誇りを抱いていた彼女には、バルトロメイの華麗すぎる変節と真逆への転進と過去を見事に捨てた栄達が受け入れられないだろう。
実際、彼女の口から飛び出るのは嫌味と皮肉ばかり。
バルトロメイは、嫌味と皮肉など笑顔で受け流している。
その横では、アメデーオが年の離れた兄と再会していた。
「お久しぶりです、リナルド兄上!
こうして無事に会えた奇跡が信じられません」
「アメデーオ、お前も苦労したそうだなあ。
我らフォルノーヴォ家は等しく故郷を追われ、魔王の恩情に縋らねば生き残れない有り様だ」
「そうですね……父上が語っていた通り、常勝も永久の繁栄も有り得ないのですね。
しょせんこの世は夢幻のごとし、というわけでした」
「そうだな。
だが生きていれば、生きてこそ笑えるときも来るさ。
ああ、そうだ、紹介しよう。
実は魔王城跡地で保父をしている間に再婚することにしたんだ。
お前も知ってるだろ? 余の副官と参謀長をしていたアレッシアだ」
「お久しぶりですわ、若様。
アレッシアと申します。ふつつか者ですが、フォルノーヴォ家の女の一人として家の名を汚さぬよう精進致します」
アレッシアは心からの笑顔でアメデーオの前に跪く。
すぐに兄嫁を立たせた第三代皇帝は、気安く彼女の手を握り肩を抱いた。
皇位も、領地も、富も権威も何もかも失ったフォルノーヴォ家の者達。
でも決して不幸というわけではなさそうだ。
式典は、あっさりと始まってあっさりと終わった。
もともと宗教的儀式については、魔界統一のものがない。前日まで各種族各宗派の儀式を各寺社祭壇で勝手に長々延々とやっていた。
魔王一族主催の統一式典は正午から、生き残った魔王一族と各種族有力者が列席し、一切の宗教的色彩を排して執り行われた。
代表の現魔王ラーグンが、オベリスクを前に魔王の霊へ感謝と慰労を手短に述べる。
その背後に居並ぶ王侯貴族豪商高僧その他が、各自の最上位の礼を捧げる。
それだけ。
ほぼ一瞬で終わった。
その様子は全魔界と地球全土に生中継された。
あまりのあっけなさに地球では、地球駐在大使たるミュウ王女を歓迎すべく豪勢な昼食会を開いていた各国指導者達が呆然とする。超大国の黒人大統領がプッと吹き出してしまったほど。
だが、魔界全ての者が手を携えて一つの式典を平和に執り行う、非常に重要な意義を示す式典でもあった、と政治評論家達は口を揃えた。
が、式典会場の誰も動かない。
式自体は終わったはずなのに、誰も帰ろうとしない。
礼を終えたままの姿勢で、その場に黙って静止している。
動いているのは会場の最前列一番右に席を与えられた遣魔使節団の一行のみ。
どうして誰も動かないのか、と不思議そうに周囲を見渡している。
大林は近くにいた京子に囁く。
「どうして誰も動かないんですか?」
「えと、実は、もうすぐ来るはずなんです」
「ああ、後から誰か重要な参加者が来るわけですね」
「いえ、そうじゃなくて、贈呈品が送られてくるという情報がありまして」
「贈呈品?」
「ええ。
バルトロメイさんが諜報活動をしていたのはご存じですよね」
「もちろん……すると皇国から?」
「正確にはピエトロの丘、工廠から……ああ、来たようです」
彼女は何でもないことかのように空を見上げ、取り出した双眼鏡をのぞいた。
大林も、他の使節達も空を見上げる。幾人かは望遠鏡を取り出して目に当てる。
すると青空の彼方、小さな点のようなものが幾つか見えた。
「バルトロメイさんから、工廠が式典に『ディオの長槍』を撃ち込む、という情報が送られてきたんです」
「ディオの長槍?」
「ほら、昨年の限定戦争で皇国から打ち上げられた兵器ですよ」
「はあ……て、あれはまさか、短距離弾道弾なんじゃ……」
「そうですわ。
去年の残り物が幾つかあったので、それを会場に撃ち込む計画だそうです。
いやですねー、在庫処分で贈り物だなんて失礼な」
「の、のんびり構えてる場合かー!」
使節団の一行は仰天して立ち上がり右往左往。
だが会場の魔族達は、相変わらず平然としている。
そんな中、小さな黒い塊がノソリと前に進み出た。
ゴブリンの盲目少女に体を支えられたオグルだ。
「やれやれ、俺をこき使うとは、ラーグン兄貴も豪気だねえ」
「そう言わず、付き合ってくれないかな?
最後に締めの花火が欲しかったんだ」
「けっ、汚い花火もあったもんだ」
オグルは空を睨む。
式典に参加していた魔族達も進み出て、頭取を中心とした『増幅』の魔法陣を展開する。
高魔力を受け取り、目を激しく輝かせた王子は、目を大きく見開く。
光が広がる。
青い空、幾つもの小さな炎と煙が生まれる。
しばらく時間をおいて、腹に響く衝撃音が地上へ届いた。
「これにて、閉幕!
各々方、大義であった!」
ラーグンの声が響き、各魔族は再び礼をする。
それぞれに歌ったり踊ったりお経を上げたりなどしながら、ゾロゾロとオベリスク前から去っていく。
唖然とした使節団を残して。
大林も酸欠の金魚が如く口をパクパクしている。
「な、え、あ……弾道弾を、あっさりと、迎撃って……」
「オグル様にしか出来ない芸当ですよ」
自然に説明を続ける京子。
だが大林達地球人は自然ではいられない。
興奮した黒人レポーターがマイクを向けてくる。
「すっげーすっげーよっ!
魔法ってすっげーよなー!
でも、この後はどうすんだ? こーしょーとかピエトロの丘とか、どーすんだ?」
「もちろん贈答品の返礼は致しますわ」
彼女はにっこりと微笑む。
ただ、その笑顔は黒さを覆い隠すためのものだと、生中継を見ている視聴者は気付いていた。
次回、エピローグ第五話
『物語』
2012年7月6日00:00投稿予定。




