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ジュネヴラ観光

 執務室。

 地味な外観の建物だったけど、トゥーンさんの領主としての仕事場は、さすがに執務室という感じがする。

 床は毛の長い上等そうな茶色の絨毯。壁には大きなタペストリーみたいな布、よくみたらヨーロッパの地図が大きく描かれてる。

 暖炉と横に積まれた薪。大きな書棚に大きな本がズラリと並ぶ。

 デスクの横には丸められた羊皮紙や書類なんかがツボに立てられたりしてる。

 部屋の反対側、デスクの向こうにある大きな窓は開け放たれ、レースのカーテンが風にそよぐ。


 で、入り口から入った僕らの目の前にはトゥーンさん、というかトゥーン領主が腕組みしてる。

 大きなデスクの上にあぐらをかいて座ってる。

 四角い青空をバックに、机の上であぐらをかいて、腕組みしながらしかめっつらで僕らを睨んでる。

 うーん、悪印象バリバリに持たれてるな。


 デスクの横、トゥーン領主の左右にはパオラさんと妖精さんとエルフさん。

 メイド姿のパオラさんはトゥーン領主の右に立ってる。

 左には青い眼と金髪ショートヘアの妖精が浮いてる。

 窓の横には薄茶色のローブをまとったエルフさん、長身で白い髪をおかっぱにしている。釣り目の眼鏡が、きつそうな印象を際だたせてる。

 あ、二人とも見たことがある。トゥーン領主がアンクに魔力を吸われてるとき、彼の横についてた人だ。

 エルフさんは、他でも見たことがあるぞ。確か、僕が姉ちゃんを追いかけて森へ行ってる間に、PCを勝手に使ってた人だな。

 三人ともトゥーン領主の執務室で、領主の横についてる、ということはインターラーケン領では領主お付きの地位にあるわけか。


 さて、まずは挨拶をしなければいけない。


 中学高校と幽霊部員。上級生への礼儀とか下級生への思いやりとかなんて、あんまりしたことない。

 教師への敬語も疲れるし緊張するし、ゴチャゴチャ鬱陶しいお説教なんて聞きたくもない。

 つか、先生達も面倒そうなんだよね。先生は安月給で、どんなに頑張っても給料は上がらないんだから。そんなの僕らも知ってる。

 だから、人にまともな挨拶をした経験は、あんまり無い。せいぜいお年玉もらう時くらいかな。

 それも言葉が通じる日本人限定。

 異国の王族相手なんか初めて。


「……で、ここまできちゃったわけだが……こんなとき、どんな風にすればいいんだろう……」


 うう、緊張でガチガチ。

 頭に入れてきたことが吹っ飛んで真っ白になってる。

 言葉を口にしたいんだけど、イヤな汗をかくばかりで動けない。


「何をブツブツ言ってんの。

 ほら、さっさと挨拶するわよ」


 後ろの姉ちゃんがイライラした声を出す。

 僕の背中からスイッと出て、当たり前の様に深々と礼をした。

 胸に手を当てて芝居がかった動作と共に、さっき練習したセリフを口にする。

 さっきデンホルムさんから、この世界の挨拶を教えてもらってた。


「グリュース・ゴット。

 ホマン、アレ、ユー?」


 こんにちは、ご機嫌いかがですか、という意味。

 さっきガイドブックのイタリア語基本挨拶を指さし、デンホルムさんとジークリンデさんに『これはこの国ではどう言うのか』を聞いたんだ。

 英語の勉強と同じ、外国語の勉強は挨拶から。異世界交流も挨拶から。……なんだかどこかの外国語教室の売り文句みたい。

 いやでもそれ、普通の人の挨拶じゃないの? 王族相手には失礼なんじゃ?

 何かこう、ひざまずいたりとか、手にキスをしたりとかあると思うんだけど。


 挨拶をされたトゥーンさんは、やっぱり少し驚いたように目を見開いた。

 やっぱり『王族相手に無礼な!』と怒り出すのかと、思わず肩をすくめてしまう。

 でも隣の姉ちゃんは、ちょっと緊張しつつもニッコリ作り笑いで、そのまま頭を下げ続けてる。

 さらに僕の背中をグイと押さえつける。挨拶しろという意味か。

 慌てて僕も姉ちゃんのマネをする。


「ぐ、グリュース、ごご、ゴット。

 あー……ほ、ホマン、アーレ、ユゥ?」


 噛み噛みだけど、ともかく挨拶。

 映画とかでやってるみたいに右手を胸に当てて深々と頭を下げる。

 トゥーンさんはちょっと呆気に取られてから、僕らの後ろにいたデンホルムさんと二三言やりとり。

 眼鏡エルフさんやパオラさんも何か言ってる。

 彼らの話を聞いたトゥーンさんは、ヒョイっと軽やかに机を降りた。

 改まって咳払い。そして、驚いたことに彼も頭を下げてきた。


「Ie vams fien.Merci.

 End you?」


 今度はこっちが驚いて目を見開いてしまう。

 思わず頭を上げると、そこにはちょっと頬を赤らめて恥ずかしそうなトゥーンさん。

 よほど照れくさいようで、目がちょっとそっぽ向いてる。

 ともかく僕らは教えられた通りの返事をする。


「も、モイ、アスィ、めるしー」


 納得か満足したらしく、デスクに戻っていった彼は、今度はちゃんと椅子に座った。

 僕らもようやく頭を上げる。

 さっきまでの不機嫌そうな表情はどこへやら、トゥーン領主もお付きの三人も、随分と表情が和らいでる。

 やった、挨拶の効果ありだ。



 で、ここからはパオラさんとデンホルムさんを挟んで、ガイドブックのイタリア語辞書を必死で指さし、身振り手振りや覚えたばかりのこの国の言葉も交えて、僕らの頼み事を伝える。

 そろそろお風呂や洗濯をしたい。

 街を見学させて欲しい。

 姉と弟で部屋を分けれないか。

 この国の言葉を習いたい。

 アンクを使いたいので協力して欲しい。


 特に最後の頼み事には緊張した。

 何しろアンクは動かすと、王族を拷問にかける機械なんだから。

 でも、あれを使わないと翻訳に時間がかかりすぎる。高度な内容の話ができない。

 必死で二人で頭を下げ、身振り手振りでアンク使用への協力をお願いする。


 当然ながら、トゥーンさんは渋い顔。

 でもデンホルムさんや眼鏡エルフ女性さんから何かを言われ、恐らくは協力すべきという進言だろうけど、渋々ながら頷いてくれた。

 他にも何かをぶっきらぼうに話してるのを、デンホルムさんが辞書で簡単に示してくれる。


 città:街、lavaggio:洗濯、casa:家、guida:案内係。

 それからaffari:取引、Conoscenza:知識、sicurezza:安全。


 これらの言葉を示してから、ジークリンデさんをピッと指さす。

 小さな妖精の彼女はニッコリと微笑んでくれた。

 よかった、話しは通じたんだ。


「街とか洗濯場とか、家を案内してくれるってコトだね。

 僕らの情報と交換で、この世界の知識と安全、か」

「ふぅ、とりあえず良かったわ。

 それじゃ早速行きましょう」


 改めてデンホルムさんから「さようなら」の挨拶を聞いた僕らは、もう一度頭を下げて「ア、ヴォア」と礼儀正しく挨拶する。

 トゥーン領主も「Au Wiedersehoir」と、相変わらずぶっきらぼうに返してくれた。

 お付きの人達も、パオラさんと妖精さんは笑顔で手を振って、眼鏡エルフさんは見下ろしてくるような視線で見送ってくれた。

 エルフってやっぱり、おとぎ話とかファンタジーでもある通り、気位が高くて偉そうなのかな?





 建物を出て再び広場に戻った僕らは、ようやく大きな深呼吸。

 あー緊張した。

 とにもかくにも、僕らの安全保証とかアンク運用への協力はお願い出来た。

 うーむ、一仕事終えた達成感って感じ。

 あ、そういえば……今、気が付いた。この世界に来てから、キスや抱き締めるとかの挨拶を見てない。さっきもしてないし。

 そうか、ここにはそういう挨拶が無いのか。ちょっと意外。


「あー緊張した。

 ともかくやったねえ、姉ちゃん」

「そうね。

 それと、ユータ。彼らの言葉に気がついた?」

「え、彼らって、トゥーンさん達の言葉?

 全然聞き取れなかったけど、何かあったの?」

「あれ、フランス語よ」

「え!?」


 驚いた、あれはフランス語だったんだ。

 あ、でも当然か。ここはパラレルワールドとはいえ、フランスに近い場所なんだ。

 なら何も不思議はないか。


「そっか、んじゃフランス語を習うってことになるのか……あれ?

 でも待って、変だよ。

 あの人達、僕らの持ってたガイドブックのフランス語会話には何のリアクションも無かった。

 フランス語を使うなら、まずそこに突っ込んでくるはずじゃ?」

「ええ、その通りよ。

 でも、ここの人達の使う言葉って、あたしの知ってるフランス語じゃないわ。もの凄くなまってる。

 しかも英語とかドイツ語とか、色んな言葉が混じってるみたい」

「ああ、なるほど。

 だから地球のフランス語が、かえって分からないんだ。

 でも姉ちゃん、よくフランス語なんか知ってたねえ」

「とーぜんよ! あたしは出来る美女なの」

「っと、そういえば大学でフランス語選んだって言ってたっけ。

 それじゃ分かって当然か」

「そーゆーこと。

 とにかく、全くワケの分からない言葉じゃないと分かっただけでもモウケモノってヤツね。

 習うのも楽かもしれないわ」

「うー、結局それが必要なのか……。

 まぁ、それは今はおいといて、街を案内してもらおうよ」

「そーね」


 難しい勉強からは一時現実逃避。

 今は目の前の、街の案内をしてもらうところから始めよう。

 そんなわけで、僕らはデンホルムさんとジークリンデさんに連れられて、街を歩き回ることとなった。





 ジュネヴラ。

 それはスイス第二の都市ジュネーブのパラレルワールド先での名前。

 ジュネーブと同じくジュネヴラでも東に湖を持ち、そこから西へ蛇行する川沿いに街が作られていた。

 周囲は高い山に囲まれ大森林に覆われてる。そこから流れてくる水はとても綺麗で、直接口にしても腹を壊さなかった。

 飲料水として山からの水が、水路や石造りの水道橋を通じて街中まで引かれてる。

 街のあちこちにある水道橋のアーチは、石と石の間に紙一枚差し込めないほどの精巧な作りだ。

 とはいえ、どんな寄生虫や病原菌がいるか分からない。出来る限り生水は飲まないようにしよう。


 街には石畳の道が東西に通ってる。

 幅は4~5mくらいで、一定間隔で道路標識みたいな石柱が置かれてる。そこから枝を張るように、土が剥き出しの小道が左右へ伸びてる。

 街道は川の南側を通っていて、建物は道沿いに建てられてる。

 なかなかに交通量は多い。ユニコーンの荷馬車、普通の馬に牽かれた馬車、背負子しょいこを背負ったオーク、カゴに本を詰め込んだエルフ、大きなノコギリを肩に担いだドワーフとかも歩いてる。

 でも一番目立つのは、兵士だ。剣を腰に下げた甲冑姿のイヌさん達、弓矢を手にしたネコさん達、巨大な斧を背中に担ぐ角の生えた巨人とか。ぞろぞろと街道を歩いてる。

 確かに小さな街に王族が四人もいるから、兵士の密度も高くなるんだろうけど、どうにも多すぎる気がする。


 建物は、さすがに街道沿いには石造りの立派な建物が並んでる。

 おそろいの尖った三角形の屋根で、赤い鱗状のタイルも共通。雪が多いだろうから、建物の上に雪が積もらないようにしてるんだろう。

 街道に面した建物の一階は、多くが店になっているようだ。カゴ一杯の薬草や香辛料らしきものが並ぶ店内、小窓から受け渡される大きなパン、色とりどりの布を飾った洋服屋な雰囲気の入り口とか。

 二本の剣が交差する看板が下がってる店は、窓からのぞいてみれば案の定、中で刃物を研いでいた。真っ赤に熱せられた鉄の塊を叩いてるかと思ったけど、ハンマーも炉もない。売ってるだけか、研磨専門かは分からない。

 でも、看板を見ても中をのぞいても何の店か分からないのもある。店主らしき緑の小人が机に向かって書き物してるとか、誰もいなかったりとか。

 道ばたで露天を開いてる妖精とか、音楽を奏でながら何か演説してる甲冑姿のイヌさん達とか、かなり賑やか。


 路地の奥から騒がしい声が聞こえると思ってヒョイとのぞけば、酒場だった。

 昼間から木製のジョッキで酒をあおってるらしいドワーフやイヌ頭さんたちが、肩を組んで歌ったり踊ったり。

 妖精の給仕達が料理やモップを片手に忙しげに飛び回ってる。

 あ、急になんだか怒鳴りあって、ああ殴り合いになっちゃった。

 ドンガラガッシャンと凄い音を響かせ、見事な体術でドワーフとイヌさんのストリートファイト。

 周りの連中は止めるどころか歓声を上げてはやし立て……賭も始まったみたい。


「おお、なんか凄いよ!

 本物のストリートファイトなんて初めて見た、うお、鋭いタックル!

 ほら、そこでマウントを!……ああ、返されちゃった」

「ちょっと!

 何を見物してんのよ、後ろ後ろ!」


 姉ちゃんに言われて後ろを見れば、デンホルムさんが涼しい顔で右を指さしてる。

 その先を見てみれば、うひゃ、立派な装備に身を包んだイヌの兵士達が、給仕をしていた妖精さんに連れられて走ってきてた。

 ジークリンデさんも僕の腕を引っ張る。関わらない方がいいから退散しよう、ということか。

 君子危うきに近寄らず、なので僕らは早足で路地を後にした。


 見上げれば、やっぱり多くの妖精達が飛び回ってる。

 白い鳥の翼や黒いコウモリの羽を持った人もいるんだけど、圧倒的に多いのは領民の妖精達。

 よく見てると、なんか街の中だけじゃなく川を挟んだ向こう側にある森へも飛んでるみたいだ。

 空を飛べるんだから道も川も無関係として、森と街を多くの妖精が往復して飛び回るのは何故だろう?


「あ、ほら、ユータ。見てよ」

「ん?」


 姉ちゃんはさっきから、夢中でカメラのシャッターを押しまくってた。けど今はシャッターを押さずに最大望遠で森を見ているようだ。

 僕も望遠鏡で森を観察してみる……ああ、なるほど、そういうことだったのか。

 レンズの向こうには、飛び回る妖精達が森の中に降りていく姿がある。

 そして樹上には木の枝や板を組み合わせた、家のような物がひっついてる。

 それも一つや二つじゃない。森を見渡してみれば、大きくて立派な木の上には必ず妖精の家らしきものがあった。


「なーるほど、妖精達は木の上に住んでいたんだ」

「考えてみれば当然よね。

 空を飛べるんだから、猛獣がいる地上に降りて暮らす理由は無いわ。

 あ、このインターラーケンの領民は主に妖精って言ってたから……ということは、ほとんどの領民は森の梢で鳥みたいに暮らしてる、ということかしら?」

「あ、うん、きっとそうだよ。

 このジュネヴラって妖精以外の、他の種族のために作られたものだよ、きっと。

 住民の大半が、生活のほとんどを森に頼ってる妖精。だから、人数の少ない他の種族用には小さな町で十分なんだ」

「そうでしょうね。

 んでもって、もしかして他の種族って、ほとんどが街を素通りしちゃうんじゃないかしら?」

「素通りはしてないよ、きっと。

 ここは何かの中継地点なんだと思う。みんなここで一休みとか補給していくんだ。

 それも、かなり大きな軍事拠点への」


 空を見上げると、七色の羽を輝かせて飛び回る妖精達よりずっと上に、飛行船が浮いている。

 この街に来てから必ず見ている、東西に往来する飛行船の群れ。

 そして竜騎兵とかワイバーンの群れも往来してる。遠目でよくわからないけど、飛行船も竜騎兵も、かなりの武装をしてるみたい。

 これは、大きな戦争でもしてるんだろうか。

 そうだ、街中ではワイバーンを見なかった。やっぱりワイバーンは危ないから街から離れたところに集めてるんだろうな。


 街を歩き回ってる最中、僕も姉ちゃんも写真動画撮りまくり。

 いやー、テンションが上がる。

 思わず二人で記念写真撮ったり、デンホルムさんやジークリンデさんの動画も撮ったり。


 僕らが記録映像を撮影しているのは、案内の二人もカメラの機能は知ってるから分かるだろう。

 そのハイテンションなはしゃぎっぷりに、ジークリンデさんはちょっと引いてる。デンホルムさんはバカにするような冷たい視線。

 でもそんなの、観光客モードになった僕らには気にならない。

 いやー興奮する。

 今まで見回った場所はローマとか、ヴァチカン市国のサン・ピエトロ大聖堂とか、スイスの氷河とか、ド派手で分かりやすい世界遺産ばっかだった。

 それに比べれば、まぁ地味な田舎町だろう。

 けど、本当に中世ヨーロッパの雰囲気が感じられる。幻想世界の住人達が、おとぎ話な生活をしてる姿。しかもあちこちで魔法を使ってる姿も見れる。


 このデータ、本当に地球へ持って帰りたいなあ。

 うん、やっぱり必ず帰らないと。


次回、第四章第四話


『風呂!』


2011年3月31日01:00投稿予定

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