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生きてこそ

 東部戦線での戦争終結より数日後。

 裕太はセドルン要塞に戻り、夕日を静かに拝むことが出来た。

 彼の心には、もう以前のような激情は無い。

 ただ空しさだけが去来する。

 そんな夫の背中を、シルヴァーナとフェティダは黙って見守り続ける。


 彼が望んだ通り、初代皇帝アダルベルトは全てを失った。

 皇国を繁栄に導いた偉大なる皇帝が、今や大罪人扱い。

 リィンを直接に殺したリナルドと合わせ、憎き仇達を破滅させたのだ。 

 第二代皇帝ガストーネも、自らの手で斬り殺した。

 彼の復讐は大方が達せられた。

 後は生き残った二人を殺せば、全てが終わる。


 だが、もう、殺す気も無かった。

 もはやアダルベルトは死んだも同然であり、リナルドには死より辛い人生が待っており、どちらも彼の気まぐれ一つでいつでも本当に殺せる。

 誰も止めはしない。邪魔はない。

 そう考えると、不思議なことに殺す気が失せていく。

 どうでも良くなってしまった。


「分かってる、分かってるさ……。

 この戦乱、魔界と皇国のショウトツは、事故と偶然の積みカサねで起きたものだ。誰か一人にスベての責任があるわけじゃない。

 それに奴らだって、別に悪人じゃなかった。ただ立場が違っただけなんだ。

 奴らを殺したからリィンが生きカエるわけじゃない……」


 最後のけじめとして二人を殺すも良いだろう。

 そして自ら命を絶つ、それも悪くないと感じられる。

 だが、それも止めた方が良いと分かっている。


 肩越しに振り返れば、二人の妻がいる。

 心から愛してくれる女達。

 彼女らを放り出し、裏切って、リィンの後を追うべきだろうか? ただ復讐に身を焦がして際限なく死体を積み重ねていくか?

 尋ねるまでもない問い。


「ねえ、フタリとも」

「はい、何でしょう?」

「何だ、にーちゃん……じゃないや。ユータ」

「愛したヒトの仇も討たないような、中途半端でナサけない奴でも、いいの?」

「もちろんですわ」

「今さら何をいってんだよ」

「そっか……ありがとう」


 前を向く裕太。

 結局、リィンの後を追うことも出来なかった。

 当初の絶望も怒りも嘘ではなかったが、だからといって妻達を見捨てて自分一人が楽になる道を選ぶことも、今さら出来ない。

 彼には、そんなことは出来なかった。

 顔を天に向け、涙がこぼれそうになるのを必死にこらえる。


「ごめん、ごめんねリィン……すぐにあの世へ会いに行くって約束、守れないよ。

 でも、もうイチド、君に会いたかった」


 にじんだ目を僅かに開き、再び夕日を見つめる。

 その歪んだ視界の中、夕日を背にして小さな人影が見える気がした。

 リィンの姿が。


「ふふ……幻なんか見るようになっちゃ、ボクもお終いかな。

 リィンの姿が見えるなんて」

「いいえ、終わってなんかいないわよ」


 聞こえた。

 リィンの声が聞こえた。

 無念の余り幻聴まで聞こえるなんて、ほとほと自分も焼きが回った……と自嘲。

 薄ら笑いを浮かべたまま幻を振り払おうと頭を振る。


 が、夕日を背にした小さな人影は消えない。


 それどころか、もっとはっきりとした姿となっていた。

 黄色の瞳、肩まである赤毛はウェーブがかかる。薄手の白いシャツに短いズボンを履いた、背中に蝶の羽を持つ妖精。

 腕には小さな赤ん坊を抱いているが、その姿は、間違いなくリィン。


 彼は、瞬きする。

 ゴシゴシと目をこすってみる。

 リィンの幻は消えない。


 後ろのシルヴァーナとフェティダも同じく瞬きしたり、目をこする。

 彼女たちにもリィンの姿が見えていた。

 乳児を胸に抱く彼女は、頬を涙で濡らしながら裕太の前に浮いている。


「久しぶりね、ユータ。

 すっかり見違えったじゃない」

「……な?

 な、あ、え……え?

 り、リィン……リィンッ!?」

「ええ!

 会いたかったわ!」


 リィンは裕太に抱きついた。

 心からの涙と笑顔と共に、彼の胸に飛び込んだ。

 あまりのことに思考が停止した裕太の胸に。

 後ろの二人も頭が真っ白になっている。

 そんな彼らの姿を気にせず、彼女は自分の腕に抱く赤ん坊を彼の眼前に示す。


「ほら!

 あなたの子よ!」

「……え……えええええっ!?

 リィン、まさか、ホントにリィンなの!?」

「そうよ、死んでなんかいないわ。

 あたしは出産のために里帰りしてただけよ」


 彼は、腰が抜けた。

 リィンと我が子を胸に受け止めたまま、地面にへたり込んで尻餅をつく。

  ぽんっ!

 間の抜けた破裂音と共に、彼の体から魔力の霧が一気に吹き出した。青黒い煙は、宙へ散って消えていく。

 憎悪も絶望も消え失せ、完全に気が抜けて、それらをエネルギー源としていた魔力が一気に蒸発してしまった。





 単なるすれ違いと勘違い。


 裕太が戦死したと思いこんだリィンは、確かに部屋で泣き続けていた。

 だがお腹の子だけは守らねば、という母の本能に突き動かされ、故郷に帰って出産する決意をする。

 部屋に籠もっていても騒ぎは聞こえていた。皇国艦隊の侵攻は近いらしいしので、急がねばならない。

 思い立った夜明け前、すぐに最低限の荷をまとめ、インターラーケンの実家で出産すると手紙を机の上に残し、きちんと鍵を閉めて急いで離宮を後にした。

 まだ薄暗いためか、混乱を極めていたためか、誰の目にも止まらなかったらしい。

 それと前後して皇国艦隊接近の報が宮殿へ届いた。

 リィンが帰郷したことなど誰も気付かず、大慌てで掩蔽壕へ逃げ込む宮殿の者達。

 部屋の扉をノックした同僚の妖精達も時間が無く、鍵を破って部屋に押し入るまでは出来なかった。

 結局、小トリアノン宮殿は空っぽのままで消し飛んだ。

 彼女は翼持つ妖精。ルテティア消失の余波が及ばぬ地まで、僅かの差で飛び去ることが出来た。


 インターラーケンの実家に帰ったリィンは、全力で出産に備えた。

 何しろ異種族たる裕太の子。出産に際しては何が起きるか分からない。

 また、人間に近い裕太の子を産むとなれば、反感を買い妨害を受けるかも知れない。

 なのでインターラーケンでもかなり山奥の僻地に潜み、周囲との接触を可能な限り断つことにした。


 それでもルテティアで皇国軍がたった一人に倒された噂くらいは届いた。

 ただ、その倒した人物については散々に尾ひれ背びれが付いた挙げ句に、その名前はケイナミーリュダ卿、と伝わってきた。

 金三原裕太の名は魔界では発音しにくく、多くの者を介した伝え聞きで、しかもその内容はリィンが知る裕太の人物像とはかけ離れ過ぎている。

 なので、新たなる魔王、破壊の化身、闘神、等々と呼ばれる者が裕太のことだなんて全く想像もしなかった。

 そして裕太も次元回廊実験のためジュネヴラにはあまり滞在せず、ほぼ実験場に籠もっていた。そのため、ケイナミーリュダ卿が金三原裕太のことだとは町の妖精達も気付かなかった。

 気付いた者も僅かにいたかもしれない。だが、奥地に引っ込んだリィンの元にまでは話を伝えられなかった。彼女が帰郷していることを知る者も少なかったし。



 人間の体は妖精より大きいため、その胎児も通常の妖精より大きかった。そのため出産はかなりの難産だった。

 どうにか乗り切り、無事に女の子を産んだ。が、さすがに産後の肥立ちが思わしくなく、そのまま静養を続けていた。

 そうこうしているうちにインターラーケンに皇帝が来るという話が広がる。戦乱の気配が訪れる。

 彼女は娘を抱いて、更に山奥へと逃げた。


 で、山奥から戦いの推移を見つめていたら、空で魔王と共に戦うケイナミーリュダ卿

の姿に何やら懐かしげな面影がある。

 遠くてよくわからないけど何だろう……と、戦いが終わってからおっかなびっくり山を下りてみれば、死んだはずの裕太がいる。

 仰天し、丁度セドルン要塞に入ろうとしていた彼の後を追おうとしたが、要塞は乳児連れの女が入れる場所ではない。当然止められる。

 兵士達にすがりついて今の人物は誰かと話を聞けば、ようやくにして事情が分かったというわけだ。

 リィンが死んだと思いこみ、絶望と憤怒のあまり無限暴走に陥って闘神と化した恋人が、政略のため皇国のシルヴァーナ姫と魔王一族のフェティダ姫を妻とした、と。

 あまりに急展開で劇的な事態に彼女も面食らったが、兎にも角にも愛する裕太が再び要塞から出てくるのを待っていた。

 新魔王の妻が来た、という伝言も終戦直後の混乱でなかなか伝わらず。その伝言が届く直前に、彼は東部戦線へ飛び去ってしまった。


 これが彼女の事情だった。





「そ……それじゃ、ボクは何も失っていなかった……?」

「ええ、そうよ!

 あなたの愛するリィンは、ちゃんと生きてるわ」

「じゃ、じゃあ、この子は、ボクの子……?」

「もちろんよ。

 ララって名付けたの。さあ、抱いてあげて」


 玉のように、という言葉があるが、まさに玉のような赤子。

 それをおっかなびっくり抱き上げる裕太の目は、ぽろぽろと涙があふれる。

 運命に引き裂かれた人間と妖精の再会。

 幸せの絶頂にいる男女。

 それはいいのだが、不幸のどん底に落とされた気分になった女達が彼の背後に。


「な、なあ……フェティダねーちゃん……これって、どうなるの?」

「……え……えと、えーっと……。

 わ、私達、もう結婚しちゃったわよね!?」

「そ、そうだ!

 もうユータはあたし達のもんだ!

 いい、今さら結婚は無しとか、無しだからな!」


 この言葉に、ようやく我に返った裕太。

 喜びの余り涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま、振り返る。

 そして気まずい空気に気付き、徐々に顔が情けなく歪んでいく。


 彼を囲む女性が三名。

 一生変わらぬ愛を誓い合った妖精の女、リィン。

 夫を救うために次元の彼方からすら舞い戻った皇国の姫、シルヴァーナ。

 ただ健気に裕太へ尽くしてくれた魔界の王女、フェティダ。

 今や、いずれも等しく愛する女性。その想いに嘘偽りはない。


 視線は女達の間でオロオロとさ迷う。

 彼は、今さらに気が付いた。

 自分が歴史上、いや宇宙史上最大級の女難の相を抱えていることを。


かくて戦乱は終結した。


引き裂かれた家族も再会を果たした。


だからといって「平和になりました、めでたしめでたし」なんてことはなかった。


特に裕太の周りでは、これからが家庭内戦争の幕開けだったりする。


南無。



というわけで、長きに渡ったこの拙作もエピローグのみを残すのみとあいなりました。


でもPC壊れて、スマホで書いてるけど、これが書きにくいったらありゃしない。


何とか一ヶ月以内には書き上げて投稿したいと思ってます。でも遅れたらごめんなさい。


もし気長に待って頂けるのでしたら嬉しいです。




次回、エピローグ


『そしてまた、夏』


投稿予定日、未定

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