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 裕太は、礼儀正しく新魔王として名乗った。

 だが礼儀正しく名乗られたからといって、艦橋の士官兵士達は嬉しくなかった。

 揃って心臓を鷲掴みされたかのよう。


「て、てめえ!

 ななな、何の用だ!?

 俺を神聖フォルノーヴォ皇国の新たなる皇帝と知っての狼藉かぁっ!?」

「知ってのロウゼキです」


 素で答えられた。

 頭を上げながら、何でもないことかのように。


「まあ、新皇帝があなたのようなヒトで残念でもあり、良かったですよ」

「ど、どういう意味だ!?」

「残念なのは、貴方みたいなクズと心中なんてまっぴら、だからウち死にが出来なくて残念、ということです。

 全く、こんな貧弱な艦隊だなんてヒョウシヌけですね」


 ニッコリ笑ってクズ呼ばわり。

 刹那、ガストーネの僅かな理性のタガは吹き飛ぶ。

 腰のホルスターから金色に輝く拳銃が引き抜かれ、裕太へ向けられる。


  シャコッ!


 軽い音と共に、拳銃の前半分が消えた。

 次に、ゴトッ、という音が床からする。

 裕太の右手には長刀の形状を取る実体化した魔力。

 引き抜かれた拳銃は、一瞬で切り裂かれていた。


「う、撃てえっ!」


 叫んだのは副官。

 弾かれたように士官と兵士が銃や剣を手にしようとする。

 銃口からの光や弾も飛び、艦橋に穴を開けた。

 ただ、倒れたのは皇国軍士官達のみ。

 裕太は涼しい顔で、自分の背後から殺到した魔王軍兵士からの援護を受けていた。

 副官始め皇国軍士官達は、血を噴き出しながら床に倒れる。

 この一瞬で艦橋の士官と兵士の大方が全滅してしまった。


「ひ、ひひ、ひぎいああっ!」


 耳障りな悲鳴と共に、ガストーネは切り裂かれた拳銃を投げ捨てて後ずさる。

 後ずさる新皇帝の踵に、何かが当たった。

 それは血だまりの中で絶命した艦橋警備兵の一人。

 血に濡れた手には、安全ピンが引き抜かれていない手投げ弾が握られたまま。

 彼は、必死で手投げ弾に飛びついた。


「ここ、これでも、喰らいやがれっ!」


 震える手で安全ピンを引き抜き、新魔王へ向けて力任せにぶん投げる。


 彼は、別に避けようともしなかった。

 避ける必要も無かった。

 手投げ弾は、彼の目の前でピタリと止まったから。

 空中に固定されたまま、全く進まない。

 ただ手投げ弾の周囲に光の波が微かに広がり、キュウゥン……、という僅かな音が聞こえてくる。

 障壁の魔法。


  ドンッ!


 爆発は、手投げ弾一個なので大したものでもない。

 破片も全て障壁に止められ、虚しく空中を漂っている。


「あっぶないわねえ。

 爆弾の前にのんびり体を晒してるんじゃないわよ」

「いやあ、ごめんなさい。

 でもハルピュイ様タチが守ってくれるとオモってましたから」

「馬鹿は守らないからね」

「その時は、受けトめて投げカエしただけですよ」

「ふん、大した態度だわ。

 いい気になってないで、今度から自分の身は自分で守りなさい」


 裕太の背後から現れたのは、第六王女ハルピュイ。

 新魔王を障壁で守ったのは彼女だった。

 軽く利用されて不機嫌そうな王女は、釣り目で目の前の男を見下す。

 右肩を押さえて苦しんでるガストーネを。

 裕太はといえば、何故にいきなり肩を押さえて苦しみだしたのか分からず首を捻る。


「新皇帝ヘイカは、どうなさったんでしょうね?」

「ああ、肩を脱臼したようね」

「ダッキュウ?

 なんでいきなり?」

「非魔力式の手投げ弾ってね、意外と重いのよ。

 それを力任せに腕の力だけで投げたら、普通の人間だと肩が抜けちゃうらしいの」

「へー、まるでシロウトですね」

「実際、素人だったんでしょうよ。投げても突っ立ったままだったし。

 手投げ弾は、投げたらすぐに口を開けて隠れるか伏せないと、自分が破片を受けて死んだり爆風で鼓膜が破れたりするの。

 見たとこコイツは、後ろでふんぞり返って酒飲むだけのどら息子、という感じね」


 ガストーネは肩を押さえて呻きながら、床に落として割れた酒瓶の破片とワインの中で無様にもがく。

 そんなこんなをしている間にも、艦橋は制圧され生きている人間はいなくなった。

 新皇帝を除いて。

 尻餅をついてジタバタするだけの皇帝の前に、裕太が立つ。


「ところで、新皇帝ヘイカ」

「ぎいやああああああっっ!!

 た、助けて、助けてくれえ! なな、何でもするから、何でもするから!」

「ホントに何でもする?」


 残像が見えるほどの速度で頭を上下させるガストーネ。

 満足げに笑顔で頷いた裕太は、話し始めた。


「ジツはボク、昨日ちょっとショックなことがありまして。

 今まで恋人のカタキである皇帝を殺そうとキアいを入れてたんです。

 それで、アダルベルト前皇帝を殺そうと剣をフり上げたんですけど、殺せなかったんですよ」

「な、なな、何の話だっ!?」

「だって、あの皇帝ときたら、とても立派な人だったんですよ。

 コウケツで、勇敢で、責任感があって、出来る限り多くのヒトを幸せにしようと、あのヒトなりに頑張ってたんです。

 それに世界をマモるため、サけられない戦争を可能な限りチイさくしようとしてました。

 だから、ボクの個人的なウラみで殺すのは、えっと……そう、逆ウラみってやつかなあと思えて」

「そ、それ、俺に関係、あんのか?」

「オオありです」


 裕太は腰をかがめ、ガストーネへ顔を寄せた。

 無邪気な微笑みを向けながら。


「あなたも皇帝、ですよね?」

「そ……そうだ!

 俺は神聖フォルノーヴォ皇国第二代皇帝、ガストーネだ!

 それがどうしたっ!?」

「というわけで、貴方でいいです」

「だから、何がだ!?」

「セキニンを取って死んでね。

 皇帝なんだから」


 第二代皇帝は、絶句する。

 視線が左右を泳ぐ。自分が根絶させようとしていた魔族達の間を。

 彼を見下ろす視線は、冷たい。

 囲み並ぶ魔王軍兵士達の誰も、皇帝を助けようとはしない。

 ガストーネは、腰が抜けたまま這いずって裕太から離れようともがく。

 股間は自らの汚れた液体で濡れていく。


「たた、助けてくれえっ!

 な、何でもやるから、皇国だってくれてやるから!」

「そんなのイらないですよ。

 なんでもするって言ってたじゃないですか。

 だから皇帝としてセキニン取ってクダさい」

「頼む、助け、助けてくれええっっ!!」

「セキニンをトるのが皇帝の役目、だそうですよ」

「ど、どっちにしても助ける気がねえじゃねえかっ!」

「そうです」

「いいい嫌だ! そんなの知るかっ! 死にたくないぃっ!」

「いやあ、やっぱり嬉しいなあ」


 残忍な笑顔と共に、彼の右手に魔力の青黒い鞭がしなる。

 瞬時にそれは一振りの太刀へと形を為した。


「やっぱ、悪役とか敵役ってのは、こういうクソ野郎じゃないとねえ。

 殺してもスカッとしないんだ」


 太刀が半円を描く。

 血飛沫が上がる。

 一撃で絶命したガストーネに同情の言葉は投げかけられない。

 ハルピュイは一歩進み、胸の前で腕を組む。


「まあ、こんなんでも、一日だけでも皇国の皇帝だったんだし。

 皇国風のお祈りくらいはしてあげましょうか」


 囲む魔王軍兵士達も、ハルピュイに習って皇国風の祈りの所作をしたり、各種族ごとの祈りを捧げる。

 冥福を祈る静かな瞑想だけは為された。

 そんな中、裕太はふと首を捻る。


「あ……生かしてホリョにしたほうが良かったかな?」


 今さらの、わざとらし過ぎる言葉。

 ハルピュイは肩をすくめる。


「リナルドの件で皇国に人質が通じないってはっきりしてるから、要らないわ」

「ですね」

「情報源とかはアダルベルトとリナルドで十分だし」

「てか、こんなの皇国もイらないか」


 彼らは、まだ暖かいガストーネの体を見下ろす。

 新皇帝は僅か一日で前皇帝となった。





 皇国艦隊は一隻、また一隻と落ちていく。

 白い羽吹雪に包まれて、雲を引くミーティアに囲まれて。

 見た目は儚げで、美しく、しかも勇壮で豪快な艦隊と亜音速飛翔機の戦い。


 だが、その中身は、あまりに汚らしく陰惨なものだった。





 結局、その日の夕方を待たずして東部戦線での戦闘も終結した。

 皇国側の一方的大敗北によって。

 地上へ落下した艦隊は、不時着にだけは成功し爆発しなかった。中の各所各部屋に籠城した皇国軍兵士が頑強に抵抗を続けている。

 が、所詮は袋のネズミ。

 魔界側は無理に強行突入する必要はない。包囲したまま放置するだけ。勝手に干からびるなり特攻で飛び出してくるのを待てばいい。

 美しき自己犠牲も勇敢な最後の抵抗も、時と労と命の無駄。魔王軍は、皇国臣民達の誇りなんて興味なかった。


 ちなみに各艦は自爆すら不可能。

 粉塵状になった地球の物質、もう少し具体的に言うと京子・裕太の排泄物が粉末になったものが艦内に充満したから。

 皇国艦隊は失敗を犯した。チャフを砲撃したことだ。

 地球の物質は分子レベルでも原子レベルでも地球の物質。焼かれようと他の分子と結合しようと異次元の物質のまま。

 それを知らずチャフを闇雲に砲撃した。

 そのため、羽に付着する塗料として舞っていたものが粉塵や気体へと分解、一帯の大気に混じってしまった。それが艦内にも取り込まれた。

 もはやアンクも魔力炉も機能不全に陥り、艦の制御は困難を極めている。自爆をするだけの出力も魔力炉から引き出せない。

 ついでにいうと、その粉塵を吸いこんでしまった皇国軍兵士も魔法の使用に支障をきたしてしまった。地球へ転移した魔力炉の子供達は桁外れの魔力で力ずくに魔法を組み上げたが、普通の人間にそんな強引な手は取れない。

 魔王軍兵士は予めこれを予想し、マスクで口を塞いでいる。なので大方は問題なし。

 そして山の斜面に陣取った一般の皇国軍兵士も、頼みの綱の艦隊を失って士気が地の底まで落ちた。まともな戦闘も出来ず山中へ撤退してしまった。


 こうして、東部戦線での戦いも集結を迎えた。

 魔王軍の勝利をもって。

 後には地球の物質で汚染された大地、同時にオークの楽園が残ることとなる。


次回、第三十二章第六話


『生きてこそ』


2012年6月20日00:00投稿予定

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