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白い羽

《彼が頑張ってくれている、今が好機だよ。

 こちらも総攻撃に打って出よう》


 ラーグンの落ち着いた声が地下司令部に届く。

 鏡に映る東部戦線の将や兵達は弾かれたように駆け出す。

 フェティダは他の鏡を操作し、戦場を映す回線は無いかと必死に探し始める。

 ほどなく、して、彼女が求める映像が現れた。

 東部戦線の空を夫が駆け巡る様が。

 いや、四隻の艦の砲撃から必死に逃げ回る窮地が。





「……く、くそっ! 近づけない!

 ちぃっ、Persoでも標的としてニンシキできるようにしたのか!?」


 風を切り、錐揉みし、急旋回と急降下を繰り返す裕太。

 そのスレスレを各戦艦の高出力光線兵器から放たれた迎撃レーザーがかすめていく。

 雨あられと撃ち出されたアスピーデが追いすがり、炸裂し、破片と熱風が彼を撃ち落とさんと襲い来る。

 その正確かつ高速の砲撃は、明らかに人間によるものではない。アンクとレーダーが連動しての、自動火器管制迎撃機構によるもの。

 彼を正確に狙った光線兵器を回避するだけでも、魔力の乏しい彼には困難な作業だ。そのうえ回避する進路を狙ったかのようにアスピーデが撃ち込まれてくる。

 艦隊へ接近することもままならず、それどころか、魔力で覆えなかった生身剥き出し部分へ破片の一つでも当たれば即死しかねないほどの火力。

 おまけに四隻が相互に連携し、死角を補完し、巨体に相応しい鈍重な動きながらも包囲を試み、多方向から効果的に砲撃を加えてくる。

 身軽な体を生かしてクルクルと身を捻り、急加速と急減速も加えてレーザーとアスピーデを回避し続けている。だが、こんな空戦を続けていれば、それだけでいずれ魔力が尽きてしまう。

 なにより、あまりの遠心力と加速度に、魔力で強化された肉体すらついて行けなくなる。

 あまりにも、あまりにも絶望的な戦い。

 そしてついには、砲門の一つが彼を完全に射線上に捕らえた。

 砲塔に供給された魔力が光へと変換され、高出力レーザーとなり、文字通り光の速さで彼を焼き付くさんとエネルギーを高めていく。

 そして、光は放たれた。

 真っ直ぐに、裕太へ向けて。


 砲身は、光は、確かに裕太を正確に狙った。

 だが高出力の光は標的を焼き尽くせない。

 射線上に割り込んだ煙幕弾の生み出す煙によって。


「これは……!?」


 ようやくに地上へ目を向けた彼の目には、地上から打ち上げられる無数の煙幕弾が映った。

 東部戦線魔王軍側全域から発射されたそれらは、煙をひきながら空へ駆け上る。


 いや、煙幕弾は地上からだけではない。

 いつの間にか裕太と皇国艦隊が戦う空域全体を、レーダー範囲外から遠巻きにではあるが、魔王軍の飛翔機が包囲している。

 皇国艦隊を中心として遠巻きに旋回し続けるミーティア編隊と旧型飛翔機編隊は、新魔王を援護すべく煙幕弾を射出する。

 地上と空からの煙幕が皇国艦隊を包み、光学兵器の威力を著しく低下させていた。


 魔王軍東部戦線からの援護を受け、彼は一旦艦隊から大きく間を開け、レーダー範囲外へ出る。

 追いすがるアスピーデは、ミーティアの機銃弾によって全て撃墜された。

 キャノピー越しに操縦席のネフェルティ王女が、彼女に続く魔族達が各種族ごとの最敬礼を向ける。

 裕太は呼吸を整え、改めて艦隊を睨み付ける。


「く、くく……上等だよ。

 おマエらに食らい付くのが先か、ボクの魔力がツきるのが先か……。

 どっちにしても、この命、くれてやる!」


 遠く目標を見定める。

 大きく息を吸い、力を貯める。

 全身の筋肉を、神経を、魔力を。一点に向けて集約していく。

 皇国艦隊四隻中、一番大きな艦へ。旗艦『ドゥイリオ』へ。



 裕太が力を集約していく様は、旗艦の艦橋でも最大望遠にて確認している。

 彼の、恐らくは最後の特攻を、ガストーネは薄ら笑いで迎えようとしていた。


「けひゃひゃひゃひゃ……あいつ、ヤケクソで突っ込んで来る気だぜ!

 Persoでも的に出来るって分かってるだろうによお!」


 指を指して哄笑するガストーネ。

 艦長席の横に立つ副官の男もいやらしく口の端を釣り上げる。


「接近してくれるなら幸いですな。

 次は大砲弾を喰らわせてやりますよ」

「おう、照準は大丈夫だろうなあ?」

「お任せ下さい。

 さすがにPersoと大魔力反応の高速変換を同一標的と認識させる処理は難しく、光学観測情報も加えねばならず、演算に負荷がかかるので照準が僅かに遅れ」

「ゴチャゴチャうるせえよ。

 要は、近寄ってくりゃ当てれるんだろ」

「……そういうことです。

 全砲門による、時限信管と近接信管も組み合わせた一斉効力射。

 肉の一片も残りますまい」

「ひゃひゃひゃっ!

 おっと、周りの雑魚共にも気をつけろよ。

 邪魔しに来たら撃ち落とせ」

「既に後方各砲門は安全装置解除済み、サエッタとスパルビエロは艦隊上空で待機済みです。

 全砲門発射後に障壁を展開します」


 その言葉通り、各砲塔は砲弾を装填し、空母からは艦載機が発進済みで艦隊上方に待機している。

 ガストーネと副官は、艦橋の士官兵士達も勝利を確信する。





「だ、駄目だにーちゃん!

 そのまま突っ込んだら、殺される!」

「お願い、下がって!

 どうか命を無駄にしないで、お願い……!」


 鏡に映る夫の姿に、シルヴァーナとフェティダは必死に祈る。

 復讐など忘れて、ただ生きて欲しいと叫ぶ。

 美しき妻達の純粋な願いだったが、鏡の向こうには届かない。

 明らかに全砲門で迎撃する準備を整えている皇国艦隊、対する裕太は昨日の戦闘時とは比べるべくもない魔力量なのは明らか。しかも先ほどまでの戦闘で、さらに魔力も体力も消耗している。

 東部戦線配備ミーティア編隊も同時総攻撃態勢に入っているが、ミーティア単独では艦隊の障壁を破れない。

 結果は、誰の目にも明らか。


「大丈夫だぜ!」


 皇帝の背後から自信に満ちた声が上がった。

 声の主はトゥーン。

 鎧を脱ぎ捨てて普段着の領主は、不敵な笑みを浮かべる。

 だが京子には、とても大丈夫には思えない。


「大丈夫って、何がですか?」

「ラーグン兄貴は俺から商品をたっぷりと買っていったからな。

 これにユータが加われば、あんな艦隊、軽く潰せるぜ!」

「ショウヒン?」


 京子だけでなく、司令室内の全員がトゥーンの顔をのぞき込む。

 末の王子はニヤニヤと笑いながら長兄の王太子に視線を送る。

 それを受けた王太子の目は、普段の作り笑いではなく、本当に笑った。何か悪巧みをするかのような笑みを浮かべている。

 ラーグンの視線は鏡の横を、恐らくは最前線が投影されているであろう画面へ向けられていた。


 そう、魔王軍は皇国軍が持つ最終兵器『嘆きの矢』の前に、西部戦線と同じく風前の灯火、のはずである。

 が、東部戦線司令であるラーグンは人の悪い笑みを浮かべながら、クック……、と押し殺した笑い声を漏らしている。

 トゥーンのニヤニヤとした笑いも変わらない。


「いやあ、ルヴァン兄貴がいなくてよかったぜ」

《そうだね。

 こんなことがばれたら、僕らは大目玉を喰らっていただろうね》


 ラーグンはトゥーンから商品を買った。

 それを知ったらルヴァンが怒る。

 一体何の話か、何をするつもりなのかと全員が首を捻る。

 魔王がそれを尋ねようとしたところで、ラーグンが一方的に皆へ語りかけた。


《僕としても、こんな手段は取りたくなかったんだ。危険すぎるし後始末が大変だからね。

 だが、これ以外に皇国軍を倒す手段はない。

 ま、みんなはそこで見ていてくれ》


 それだけ話すと、鏡の映像が切り替わった。

 それは東部戦線の遠景映像。





 東部戦線各地からの映像。

 遙か上空には刻一刻と接近する皇国艦隊。

 魔王軍側は既に飛翔機の大軍が新旧織り交ぜてレーダー範囲外を旋回し、総攻撃を今や遅しと待ちかまえている。


 裕太が空を蹴る。

 肉体の限界を超えるはずの加速度で、艦隊を包む煙幕に切り込む。

 彼を狙える角度にある全砲塔が、新魔王を射程に収めるのを待ちかまえる。

 高度を限界まで上げたミーティアの編隊も、艦隊へ機首を向ける。

 裕太の突撃を受け、各機が一斉に加速し始めた。

 魔力推進器の出力と重力加速度が合わさり、雲を切り裂いていく。

 だが、艦隊のレーダー範囲遙か手前で、数機が何かを射出した。

 それは旗艦艦橋でもレーダーに確認されている。


「ふん、マジックアローか」

「新魔王への実弾攻撃のために障壁を解除していますからね。

 今なら実弾が効果あり、と踏んだのでしょう」

「けっ、浅知恵だぜ。

 しっかり撃ち落とせ……なんだ?

 マジックアローの中に、Persoが混じってるぞ!」


 艦橋天井近くに投影された大きな画面。

 レーダーの探知結果を表示する画面には、旗艦へと向けられる多数のマジックアローと、高速で接近する裕太の反応が投影されている。

 その中にPersoと表示される反応があった。

 裕太だけではない。マジックアローの中にも複数。


「ちぃっ、小細工しやがって!

 あれも撃ち落とせるな!?」

「無論です」


 副官の指示を待つまでもなく、安全装置が解除された各艦の砲門が動く。

 各砲塔が担当する射界に侵入したマジックアローが、何の苦もなく次々と速やかに撃ち落とされる。

 Persoとして表示される裕太も、一部マジックアローも、同じく標的として認識する処理が加えられ、一瞬遅れはしたが砲口に捕らえられる。

 そして弾丸が発射される、はずだった。


 だが、マジックアローが爆発した。


 迎撃のための弾丸が撃ち出される前に、射程の前で自爆してしまった。Persoとして表示されたマジックアローが全て同時に。

 艦橋のガストーネを始めとした人間達は、弾丸のどれかが当たったんだろう、というくらいにしか考えなかった。自爆とは気付かなかった。

 だから、何故に次の反応が生じたか分からなかった。


 画面が一部、消えた。


 レーダー索敵に捕らえられた遠景の魔力反応、その一部が抉れるように消えている。

 しかも消えた空域は、徐々に広がり移動していく。

 まるで空が雲に隠れるように、目の前を手で目隠しされたかのように。

 ガストーネは仰天して何度も瞬きしてしまう。


「な、どうした!?

 なんでレーダーが」

「……し、しまった!」


 副官が叫ぶ。

 事態を理解した彼が咄嗟に新たな指示を出そうと口を開く。

 だが指示が音声となって漏れるより前に、さらにマジックアローが自爆した。

 銃弾を受けようが受けまいが、Persoと表示された魔法の矢は炸裂する。

 艦隊周囲で、空全体を覆うように。艦隊を包むように。


「や、やめろ!

 銃撃を停止しろ! あのPersoを撃つな! アンク管理部、風の魔法で空域全体に強風を起こさせろ!」

「な、お、おい、どうしたんだ!?」

「やられました、ガストーネ様!

 奴らは、抗魔結界を空全体にばらまいたのです!」

「なっ!?

 空全体にって、そんな大量の……?」

「障壁だ! すぐに障壁を張れ!」


 顔面蒼白となった副官と、いまだ事態が飲み込めないガストーネの前で、レーダーの表示が赤で埋まった。

 巨大な「Perso」という文字が画面を埋め尽くす。

 魔力波による索敵が不可能になった、レーダーが死んだ。


 いや、それだけではない。

 上空待機していた艦載機群は迎撃のためミーティア編隊に向かっていたが、自爆したマジックアロー付近を通過した途端に、表面の『吸収』の結界が効力を失った。

 その空域に漂っていた、自爆したマジックアローがばらまいたものに触れた途端に、魔法が機能不全に陥ったのだ。

 白い羽に。


次回、第三十二章第四話


Chaffチャフ


2012年6月18日00:00投稿予定

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