ガストーネ
「そのミーティアと通信出来ないの!?」
フェティダの叫びが響く。
だがトゥーンは首を左右に振った。
「無理だ。
本当に伝令用の、武装も何もない代わりに三名乗れる機体だ。
速度だけは出る。
謀反が伝えられて、すぐに飛び立ったなら、もうすぐ東部戦線に着くはずだ」
「そんな! 速過ぎる!」
「元が音の壁を破れる機体だからな、魔力供給さえ確保すれば巡航速度も桁外れだ。
あいつ、魔力なんかほとんど回復してねーくせに……」
「そ、それじゃにーちゃんは、ユータにーちゃんはっ!?」
地下司令室。
昨日の限定戦争を生き残った者達は、今日の世界の終わりを思い描いた。
希望に満ちた明日が来るはずが、絶望に満ちた明日しかこない。
いや、明日がない。
戦いに、死地に嬉々として身を投じる悲しき闘神。妻達も父母も姉も打ち捨てて。
その事実に、皆が打ち拉がれる。
その時、鏡の一つに光が灯った。
映し出されたのはラーグン王太子。
相変わらず作り笑いを浮かべた第一王子は、目の前の老人二人に一礼した。
《お初にお目に掛かります、アダルベルト元皇帝陛下。
それと……父さん、本当にすっかり姿が変わってしまったんですね》
「いやあ、これが本当の姿なんだ。
ユータ卿のおかげで、ようやく元に戻れたんだよ」
《やれやれ、今までずっと話は聞いていましたよ。
こちら東部戦線では、敵艦隊の前進を確認しています。
元皇帝陛下、どうにか艦隊を止められませんか?》
「繋がらぬとは思うが、試すだけ試そう」
そう言うと皇帝は鏡の宝玉を操作する。
誰も期待していなかったが、予想に反して通信は繋がった。
皇国艦隊、旗艦『ドゥイリオ』の艦橋にて祝杯を挙げている男へ。
次期皇帝最有力候補であり、事実上現皇帝となった酔っぱらい。
ガストーネ。
《よう、クソジジイ。
いいザマだな!》
開口一番、ガストーネ次期皇帝は前皇帝を嘲笑した。
昔年の恨みを叩きつけるかのように。
対する元皇帝たる祖父は怒りを示したりしなかった。
「お前の言いたいことは分かる。
だが今はそれを語る場ではない。
ともかく艦隊を後退させるのだ、戦端を開いてはならん」
《うるせえっ!》
皇帝としての威厳も何もなく、ただガストーネは怒鳴る。
そして酒瓶から直接酒をあおった。
鏡越しですら酒臭い息が見えるかのよう。
《昔っからおめえはそうだったなあ。
真顔で大嘘の綺麗事を並べ立て、慈悲深い振りをしながら影で殺しまくる。
んで、なんだあ……今さら善人ぶるつもりか?》
「善だの悪だの、そんな幼子向けな基準に捕らわれるな。
世界を滅ぼしてはならぬ、というだけのことにすぎん」
《はっ!
世界を弄んで滅ぼそうとしてた張本人が、良く言うぜ》
「その過ちにようやく気付いたのだ。
まだ間に合う、『嘆きの矢』を使ってはならん」
《安心しな、世界を滅ぼす気はねえよ。
ちゃーんと滅びない程度に下等生物共を減らすぜ》
「よせっ!
どれほどの数の魔物がいると思っているのだ?
それを相手にすれば、使う『矢』の数も」
《と……ンなこと言ってる間にお客様だぜ。
方向からすると、お前んとこからか?
ふん、昨日の今日でヘロヘロのくせに、頑張るねえ》
ガストーネの視線が上へずれる。
地下司令部の鏡には視線が捕らえるものは映らないが、何が映っているかは容易に想像がつく。
要塞から飛び立った伝令用ミーティアが、魔力もほとんど無い裕太が、東部戦線へ到着したのだ。
伝令用ミーティア搭乗席。
操縦席を先頭に搭乗者席が三つ並んだ三名乗りの機体。機内は与圧されていないため全員酸素マスクを着用している。
一番後ろの席から、マスク越しに苦しげな女性の声が飛んだ。
「はぅわぁ~ですぅ……もう魔力が尽きますですぅ~」
魔力を吸い上げる機能を兼ね備えたヘルメットを被るのはイーディス。
真ん中の席からユータが魔力供給の労を労う。
「お疲れサマ。
もう着いたから、アトは魔王軍に合流して」
キャノピーから下界を見下ろす裕太。
雲が漂う空、機体の遙か前方に皇国艦隊四隻が小さく見える。
機首は右へ方向を変え、速度を落とし、高度を艦隊と同じ2000ヤードに保って、艦隊から大きく距離を開けたまま飛び続ける。
操縦席からは小柄なワーキャットのパイロットが肩越しに大声を飛ばす。
「これ以上は近づけないニャ!
レーダーに捕捉されたら終わりだよ!」
「カマわない。君達は東部戦線本部にムかってくれ
ここからは一人でやる」
「そんな! 危険すぎるニャ!」「ユータ卿! 止めて下さいです! 魔力なんて、一晩じゃほとんど回復してないじゃないですか!?」
「そうだね。
今のボクじゃ、ほとんど戦えないかもしれない」
「そうです! そのままじゃ、死ぬです!」
「うん、だから……」
裕太は右手を挙げる。
とたんに触手が一本だけ実体化し、キャノピーに穴を開けた。
速度と高度を落としたとはいえ、一気に機内の空気が吸い出され突風が暴れ回る。
その暴風に乗って、裕太は空へ飛び出す。
――ニげてくれ。
そして家族へ、みんなへツタえてくれ。
この世界へ来て良かった、みんなに会えて幸せだった、て。
若き闘神は、別れを告げた。
僅かに回復した魔力を実体化させ、肉体を覆い翼を形成する。
だが翼は遙かに小さく細く、必要最小限しかない。また、衣は全身を覆うまでにはいたらず、体の各所が外気に晒されたままだ。
それでも彼は飛んだ。
最後の戦いへ。
《あの姿……どうやら、インターラーケンで暴れ回ってた新魔王ってヤツか!?
ひ、ひひひ、ひひゃひゃひゃひゃ! こりゃあいいぜ、一人で突っ込んできやがる!
こっちが何の対応策も持ってねえとでも思ってんのかあ?》
酒瓶を片手にあざけり笑うガストーネ。
その驕り高ぶった醜態にアダルベルトの眉が釣り上がる。
「愚か者め、あの男を侮るな。
魔力こそ尽きかけているが、戦いに全てを捧げた超常の死兵だ。
たとえ四肢をもがれようと、お前の喉笛に食らい付くぞ」
《けっ! 手品もタネがばれればそれまでだぜ。
おめえはヤツを始末した後で捕まえてやるから、そこで黙ってみてな。
盛大な縛り首にしてやるからよ》
通信は途切れた。
旗艦『ドゥイリオ』の側から一方的に断たれた。
後には重苦しい沈黙が続く。
そんな中、事情が飲み込めない金三原氏が京子の肩を叩いた。
『おい、一体どうなったんだ?』
『……戦争が終わらない。
皇帝は地位を失い、皇国艦隊が進撃を開始したの』
『なんだって!?
それじゃ、東部戦線が危ないってことか?』
『うん……』
真剣な表情で頷く京子。
その話に父は青ざめる。
『け、けどな、東部戦線にもお前達のマントとか送ってるって聞いたぞ?
あれを使えば魔王一族が最終兵器で狙われたりしないって』
『でも魔力炉があるわ。
皇国の戦力は、大方が昨日までの限定戦争に注ぎ込まれていたようだけど、それでも艦隊は大量の魔力炉を搭載して東部戦線へ投入されてる』
『な、その魔力炉って、確か地球でいう原子炉に近いモノってヤツじゃ……?』
『そうよ。
それを敵陣近くで暴走させると、核兵器並みの威力があって』
『マントだけじゃ、防げないのか?』
『冗談言わないでよ。
マント以外にも幾つか武器防具にして送ってたけど、皇国艦隊相手じゃ、とても足りない』
『つまり、防ぎ切れない……か』
『しかも東部戦線は遠いのよ。
要塞の空戦力は昨日で使い尽くしたし……』
戦争が終わらない。
危機は過ぎていない。
むしろ事態は悪化したかも知れない。
これまでは魔王の魔力と人徳、アダルベルトの強力な指導力と冷徹な利害計算により世界の崩壊が防がれていた。
例え「神を詐称・偽造する」という姑息で稚拙な手段によるものではあっても、それで五十年近くも安定した世界が保たれていたのだ。
皮肉なことに、二人の賢明な支配者による愚かな失敗と無様な兄弟喧嘩によって。
その軛が外された。
魔界側は、魔王の人徳に変わりはないことと、皇国軍と対峙し続けていること、何より王子王女達による各種族への統治が行き届いていたおかげで、政変に及ぶほどの動揺はない。
だが皇国側は完全に支配者が交代してしまった。統治姿勢も政策も変わった。新たな支配者達は強欲で浅はかで、アダルベルトほど賢明でも冷徹でもない。
最終兵器、『嘆きの矢』が乱射される。
東部防衛戦が崩壊する。
このままでは魔族も皇国も、世界が再び滅ぶ。
死んだような空気の中、ラーグンの冷静な声が響く。
《元皇帝陛下、急ぎ幾つか確認があるのですが》
「なんだ?
答えれることであれば答えよう」
《助かります。
東部戦線に派遣された皇国軍の内容を伺いたいのです》
「ああ、それか。
それなら……」
元皇帝は皇国軍東部派遣軍の陣容を語った。
それは、アダルベルトが建造した艦四隻以外は飾りに過ぎないということ。
春以降の工廠全生産力を魔王との直接対決にほとんど全て投入した。
だが同時に、その四隻だけで魔王軍東部戦線を崩壊させるに十分だということ。
東部戦線へ配備したかに見えた大砲やマジックアローは全部、木の板や布に絵を描いただけのハリボテ。実は陸軍は近接戦用の銃や手投げ弾、そして旧型砲くらいしか有していない。
東部戦線の陸軍兵士は、ナプレ大公を始めとした南部諸公がかき集めた半島南部の兵士達。皇国軍主力ではなく、士官学校出身者も少ない。練度で遙かに劣る。
東部戦線には勇者もいない。
インターラーケン限定戦争に投入された勇者は、約半数が各艦配備アンク付属のシステマ-アッツェラメントを利用していた。残りは工廠や皇都配備。
このため、本来ならインターラーケンで倒れ消失した勇者は各地のアンクで、つまり半数は艦隊で再起動されるはずだった。
ところが、投入された勇者は全て裕太が仕留めてしまった。アンクの魔力が消失し勇者は単なる人間に戻ってしまったはずだ。
なので東部戦線には勇者もいない。
つまり皇国軍東部戦線の実質的戦力は、派遣された皇国艦隊の戦艦三隻と空母一隻だけ。艦隊には艦載機サエッタもスパルビエロも少ない。
もちろん四隻の艦砲射撃は強力、レーダーもある。アスピーデも。
魔力炉の豊富な魔力供給に裏打ちされた障壁も強固だ。
何より旗艦『ドゥイリオ』の持つ『嘆きの矢』。
皇国軍戦力は予想より低いが、それでも魔王軍側が大きく不利なのは変わらない。
これを覆すには、ベウルや裕太と同じく抗魔結界で身を守りながら敵艦へ乗り込むしかない。
即ち、総大将による特攻。
いくら勇者がいないとはいえ、それを予想しているなら対応策を準備していないはずもない。
自殺行為。
いや、裕太は死に場所を求め戦場へ駆け付けた。
ならばこう言うだろう。
本望だ、と。
次回、第三十二章第三話
『白い羽』
2012年6月17日00:00投稿予定




