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後悔

 五十年ほど前。フォルノーヴォ王国時代。

 魔力炉開発実験は失敗。信じがたいほどの魔力暴走により、研究所は壊滅した。

 被験者や実験材料は多かったため、誰が暴走を起こしたのか分からない。

 崩壊した実験施設の中、多くの人間が意思を失って倒れていた。

 その中に皇帝の弟、シモン=フォルノーヴォがいた。





 ゴブリンに借金のかたとしてナプレへ売られた母たる王妃と弟のシモン。

 シモンは僧院に入り修行の日々を送り、若いながら大魔導師の素質を示していた。

 勤勉な父、ガエターノ王の下でも勉学に励んでいた彼は、実に穏やかで知的な人となりだった。


 神聖フォルノーヴォ皇国建国時、アダルベルトはアベニン半島の民を力で押さえつけて統治する方法に疑問と限界を感じ、別の手段を模索した。

 それは宗教による精神面からの統治。

 狂王から弟を取り戻したアダルベルトは、再会を喜びつつも、皇国国教会の初代教皇となり統治に手を貸して欲しい、と頼んだ。

 まとまらない人間を統一し、平和な世を築くという理想に共感したシモンはこれに応じた。

 そしてその一環として、集中力を高めて魔力量を飛躍的に増大させる旧型魔力炉の被験者となった。

 旧型魔力炉と呼ばれていたが、基本的には被験者の魔力量を増大させる技術。これにより理論上は神にも等しい魔力を得ることが出来る。

 技術的には既に完成していたので、これをもって人心を掌握する強大な魔力を誇る教皇となろうとしたのだ。

 いかに語る理が正しくとも、カリスマ性は必要。力というカリスマが……そう思い、シモンは被験者となった。


 結果は、失敗。

 既に大魔導師と呼ぶに相応しかったシモンの魔力は、人間の肉体に収まりきらないほどに膨れあがった。

 そして魔力は肉体を飛び出した。

 魔力の塊に写し取られた人格・意識も一緒に。


 脳内の記憶は記憶装置たる脳を有する肉体に残った。

 だが人格は魔力と一緒に肉体を飛び出した。

 記憶をほとんど持たないシモンの人格は記憶喪失状態。しかもそのままでは魔力が拡散し蒸発して消滅する。

 なので付近に倒れていた肉体を慌てて乗っ取り、人格の核たる部分を無理やり押し込んだ。それが今まで使っていた肉体。

 その肉体は、シモンの前の被験者であり失敗作。人格が吹き飛び魔力は蒸発、既に物言わぬ肉の塊と化していた。ゆえに魔力の拒否反応はほとんど無かった。

 とりあえず落ち着いて周りを見れば、研究所の惨劇を見て驚き、倒れていた魔族人間を手当たり次第に救出してダルリアダへ逃げた。戻るべき肉体を間違えたまま。

 後には魂を失った本体、もはや肉の塊と化したものが残った。


 アダルベルトは絶望に打ち拉がれた。

 このまま全く動かない寝たきりのままでは体が衰弱し、ゆっくりと死んでいく。

 もはや意識の欠片もなくし、動くことも話すこともない弟を、どうにか救えないか考えた。

 考案したのは、アンクが肉体を操作するという方法。とりあえず仮の人格を植え付けて、指示通りに動かすことで治療法を考案するまでの時間を稼ぐというもの。

 そのために開発されたのが、システマ-アッツェラメント(再起動装置)。

 最初は勇者という戦闘機械を生み出すための兵器ではなく、皇弟の肉体を守るための医療器具だった。


 人格の刷り込みは成功。

 感情の欠片もない、人と思えぬ有り様にはなったが、ともかく肉体の保存に目処はついた。

 だが同時に思わぬ副産物がついてきた。

 アンクの演算能力を使えば、その肉体の存在そのものを自在に操れるということを発見したのだ。

 鍛え抜かれた若々しい肉体に設定したり、神経の情報処理能力を限界まで上げて神業的反射神経を与えたり。

 肉体が死んでも自らの現状を、生死すらも認識出来ないことを利用し、『実はまだシステマ-アッツェラメントから出ていない』と認識を操作する再定義によって不死の存在に出来たのだ。

 しかも同一の存在であるため、再定義により再生されても記憶は死の直前まで引き継がれた。

 ここに最強の突撃兵かつ最高の偵察兵が完成した。



 だが先ほど、抗魔結界によりアンクの付与した魔力は消失した。

 裕太の認識が存在を決定したのだ。本来あるべき状態へ。

 魔王の魔力は既に大方が消失し、人間の肉体に収まる程度にまで減っている。

 しかも元々の肉体と仮の肉体が並んでいれば、魔力は自然と元の肉体へ引っ張られてしまう。僅かでも拒否反応のある肉体から弾かれ、元の肉体へと戻っていった。

 かくして、魔王かつ勇者は初代教皇の皇弟シモンへと戻った――





「――馬鹿な話だ」

「僕達、何をしてたんでしょうね」

「世界を巻き込んでの兄弟喧嘩だな。しかも目隠し手探りで殴り合っていた」

「巻き込まれた者達は、良い迷惑ですねえ」

「全くだ……」


 血と夕日に赤く染まる廃墟のジュネヴラ。

 石畳に座り込んだ元勇者で元初代教皇の魔王と、人が変わったように穏やかな目をした皇帝は、肩を並べて夕日を眺めている。

 その後ろには裕太と大使とフェティダも座り込んでいる。

 皆、皇帝と魔王の話に耳を澄ませていた。

 緑の勇者は一人立ち続け、周囲の様子を窺っている。


 ジュネヴラ入り口での戦闘を終えた子供達が、スナイパーライフルを抱えた父が、ラテンな陽気さで足取りがリズムを刻む警備員が、ぞろぞろと広場へ足を踏み入れる。

 もはや戦闘を終えたと判断した一同は、フェティダの膝枕に寝たままの魔王と、静かに座る皇帝の背を見つめる。

 大使は立ち上がり、何が起きたのかを皆に説明した。

 京子は大使の魔界語を日本語へ翻訳して父へ、英語でラテン風警備員へ伝える。

 皆、魔王が初代教皇で最初の勇者だったという事実に驚愕し、言葉を失う。

 そんな中、裕太はボロボロになったタキシードを風に晒しながら立ち上がった。


「つまり……そんなバカな理由で、リィンは死んだのか?」


 元魔王と皇帝は、そろって振り返る。

 その表情は、これ以上ないというくらい申し訳なさそうだ。

 それでも皇帝は怯まず答える。


「リィンというのは、お前の大事なものか?」

「結婚をヤクソクしてた、妻になるはずのオンナだった」

「そうか。

 それは申し訳なかったな」

「も……もうしわけない、だって?

 そんな、それだけか!?」

「それだけだ」


 冷然と、当然という風で答える皇帝。

 あまりに自然に答えられ、彼は一瞬言葉を失う。

 だがすぐに怒鳴り出す。恨みの全てを叩きつけるように。


「お、お前のせいで、どれだけの人間と魔族が死んだとオモってる!?

 全部、お前のせいなんだぞ!」

「その通り。

 それが余の仕事だ」


 裕太の怒りに満ちた言葉も、まるで微風のように皇帝は受け止めた。

 罵声が言葉になれず、ただパクパクと酸欠の魚のように口が開閉する。

 代わりに皇帝の言葉が続く。


まつりごとは失敗を本質とする。

 成功確実な商売、他者に感謝される善行、安全な営み。そんなものは国がやらずとも民が自ら行う。

 国が政として行うのは、商売としては失敗確実だがやらねばならない公共工事、徴税のように誰からも感謝されない富の再分配、危険極まりない治安維持などだ。

 余の皇帝としての、為政者としての仕事とは、そういうものだ。危険が大きく、儲けなど出ず、恨まれる生業なのだ。

 統治者は、大きな権限と利益を引き替えにこれらを試み、下々から恨まれ罵られ責められる、という契約を民と暗黙に交わしている。

 全力を尽くして成功を目指しはするが、やはり失敗すべくして失敗することはある。その時に、予定通りに責任を負い憎まれるのが仕事だ。

 そんな中、余が賢帝と囃し立てられるのは、単に失敗より成功が多かったからだ」

「な……な、な……」

「だが、お前が言いたいことも分かる。

 そんなことは関係ない、大事な者の命を奪われたのが許せない、と」

「そ、そのトオりだ!」

「同じ事を皇国の民も魔界へ向けて叫んだ。

 昔から、皇国も魔界も存在しない昔から、誰もが敵へ向けて叫んだ。敵とは異種族、異民族、政敵、親兄弟、様々だ。

 お互いに同じ事を叫び続け、殺し合った。

 誰も彼もが遙か昔から、同じ事をしている。

 そう、太陽が天を巡るのと同じく。冬に積もった雪が春に溶けるのと同じく。

 命も生死を繰り返して世界と共に巡り続ける、自然現象だ。

 お前の憎しみも、その中で生じた現象の一つ」


 さも当たり前のように自らの虚無的な政治観死生観を語る皇帝。

 余りに自然に語る老人に、裕太には言い返す言葉が思いつかない。

 そんな彼へ、さらに皇帝は言葉を続けた。


「想いなぞ、魂なぞ、所詮はその程度のものだ。

 それが至高の価値を持つように思えるのは、そう思うように我らが生まれついたからに過ぎん。

 本当は命など、風や雨と同じく、ただの現象なのだ。

 余も、お前も、人も、魔王も、魔族も、ただ等しい。

 儚い幻に過ぎぬのだよ」

「な、そ、そんな……」

「世界とは、美しくも醜くも厳しくも優しくもない。完全でも不完全でもない。ただ、そうなっている、というだけのもの。我らが勝手にあれこれ思いこんでいるのみ。

 物事が完全でないと腹を立てるのは、人が欲深いからだ。無い物ねだりに過ぎない。

 いくら完全を求めてあがこうとも、完全な何かを得ようとも、すぐに粗を探し出す。完全でないと思うから完全ではなくなる。

 人が真に求めるもの、そんなものはこの世に存在しない。人は常に欲をかいて在りもしないものを求めるのだ。

 神が、その端的な例だ。

 そんな虚しき世界で、余はせめて人として、例え夢幻の中であっても人が幸せに過ごせる国を築こうとした。

 が、それも下らぬ茶番に過ぎなかったな……」


 やおら皇帝は立ち上がる。

 そして裕太の前に両手を広げた。


「これで最期としよう。

 さ、余を殺せ。

 それでお前の憎しみが癒されるというなら、この下らぬ死に損ないの死にも意味があるというものだ」


 なんの迷いも恐れもなく、皇帝は裕太の前に体をさらす。

 裕太の肉体からは、再び魔力が漏れだしてくる。いまだ実体化するには量が足らず、ただ霧の如く周囲を漂う。

 彼は広場に転がる血濡れの剣を拾った。

 それを上段に振り上げる。

 だが、重い鎧を脱ぎ捨てたシモンも、魔王であり勇者であり皇弟である老人も立ち上がる。裕太の前に体を晒す。


「僕も殺すべきだね」


 魔王は裕太に語りかける。

 彼は目を見開き、口は固く閉ざしている。


「この戦乱、僕ら兄弟が若い頃に犯した過ち、人の手で在りもしない神を作ろうとしたのが原因なんだ。

 なら、リィン君が死んだ責任は僕にもある。

 このフォルノーヴォ兄弟、等しく責を負うよ」

「良く言った、弟よ。

 最期にお前と再会出来た奇跡に感謝しよう」

「そうですねえ。

 神をでっち上げようとした僕らだけど、こんな奇跡が起きるなんて信じられない。

 もしかしたら、やっぱり神はいるのかもしれないね」

「かもしれぬな。

 もし地獄が在るなら、共に地獄で真の神に詫びるとしよう」


 二人の老人は、なんら恐れも迷いもなく体をさらす。

 魔力の霧を漂わせる新たな魔王の前に。

 死と破壊を司る魔神の剣に。

 世界を翻弄した長く愚かな生を、せめて意味ある死によって幕引きとするために。


 フェティダも、大使も、他の者達も、もはや止めようとはしない。

 ただ皇帝と魔王の最期を見定める。



 時は過ぎる。

 太陽は地平線に沈み行く。

 剣は、いまだ振り下ろされない。

 漏れ出す魔力は、行き場もなく漂う。


 裕太の目が泳ぐ。

 皇帝と魔王の間をさ迷う。

 手が震え、息が乱れる。





  カラン。





 剣は、放り出された。

 数多の死体を積み上げてきた裕太が、仇たる皇帝を殺せなかった。


 肩を落とし、もはや立つ気力もなくし、石畳に膝を付く。

 顔を上げることも出来ない。

 フェティダとシルヴァーナは、そんな彼の横に跪き、優しく背中を撫でた。

 皇帝は懐に手を入れる。

 取り出したのは、矢のような形の物体。先端に透明な宝玉が付いている。

 皇帝は宝玉へ向けて何かを呟いた。

 そして矢を天に向ける。


「これで戦争は終わる。

 茶番も、な」


 先端の宝玉が光を放つ。

 まるで何かに撃ち出されたかのように、矢は天へ飛んでいった。

 そして遙か上空で、ぽんっ、と弾ける。

 落下傘が飛び出して、宝玉がふわふわと浮いている。

 それはゆっくりと落ちてきながら声を響かせていた。



  停戦せよ、停戦せよ。

  全軍武器を収め、後退し集結せよ。

  繰り返す、停戦せよ……。



 それは戦闘停止司令。

 皇国軍全軍に向けての皇帝からの指示。


 インターラーケン限定戦争は、終わった。





 終わったはずの限定戦争。

 魔界と皇国の全面衝突回避。

 だがインターラーケン以外では、それを良しとしない者もいた。


 東部戦線では、皇国艦隊が動き出していた。

全ての真実は明らかとなった。


五十年に渡る戦乱も終わり世界は平和になる、はずだった。


しかし新たなる世代は過去に縛られない。例え過ちから築かれた現在であっても、それは若者達には確かな真実。


そこから未来は新たに築かれる。過ちをもとにしようとなんだろうと。



次回、第三十二章『結末』、第一話


『謀反』


2012年6月15日00:00投稿予定

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