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対峙

 アンクの横では金三原婦人が腰を下ろし、夕焼けを眺めている。

 その横には助手の女性エルフ達も座っている。

 ペットボトルの水を一口飲み、ふーっと息を吐いて、こう言った。


『晩ご飯、どうしようかしら……』


 それは日本語だったので、エルフ達には何を呟いたのか分からない。

 結局、みんなで静かに夕日を眺めることしか出来なかった。

 彼方からは音が聞こえる。

 幾つもの銃声が。





 斜面を駆け下りる裕太達。

 町の入り口へさしかかったとき、大使が足を止める。

 魔族随一の聴覚と、ワーウルフほどではないが優れた嗅覚とをもって、町の様子を確かめる。

 そして、身を屈めて呟いた。


「……いる。

 何十人か、建物の影に待ちかまえてるよ」


 金三原氏は必死で巨大な銃を背に担いで走ってきたため息も絶え絶えだったが、それでも丘の上に身を伏せてスナイパーライフルの二脚を地に置き、スコープを覗く。

 そして躊躇いなく引き金を引く。

 弾丸は遙か彼方、石造りの建物の壁を打ち砕き、その陰にいる皇国兵を破片で吹き飛ばした。

 これが合図となり、皇国兵達は矢を射かけてくる。

 だが矢の射程は、もちろんスナイパーライフルより遙かに短い。全く矢は届かない。

 金三原氏は銃に関し全くの素人ではあったが、それでも少々の訓練でスコープ越しに数百ヤード彼方から狙撃が出来るようになった。

 そして、こんな戦いの終盤になって魔力式の銃を撃てるほど魔力を残している者はいなかったようだ。矢も残り少なかった。

 子供達はFAMASを乱射し、一方的に皇国兵を圧倒する。

 矢も尽きて剣を手に突撃を敢行した兵は、接近することすら出来ず倒されていく。

 力が尽きかけていた魔王軍兵士達も、裕太に背負われながら戦況を眺める魔王も、地球製兵器の容赦ない火力に目を丸くする。


「ふわぁ~、すっごいなあ」


 魔王が驚く間にも、皇国兵は数を減らす。

 残った皇国兵は、物陰から顔もすら出せない。

 瓦礫の裏に縮こまったまま、まともに矢を射かけることも何も出来なくなった。


「よし、ここはシルヴァーナ達にマカせれるな」


 魔王を背負ったまま走り抜けようとする裕太。

 だが彼の服をフェティダが捕まえる。


「突出したら駄目、危険よ。

 あの子達の支援を受けたほうが」


 その常識的で安全な選択肢は、振り返った魔王の小声で否定される。


「それだと、あの子達をも勇者の前に立たせることになる。

 他の兵を足止めしてくれるだけで十分だよ」


 その言葉に、フェティダは周囲の子供達を見まわす。

 そして素早く頷いた。


「それがいいですね。

 では私達は皇帝を追いましょう。

 大使、案内して下さい!」

「任せるんだにゃー」


 かくて、ジュネヴラ入り口の制圧もそこそこに、大使を先頭としたフェティダと裕太は子供達の支援を受けつつ町の中へ駆けていく。

 その背中を金三原氏のスコープが追い続ける。





 ジュネヴラ中央広場。

 そこに皇帝は勇者二人を左右に従えて立っていた。

 かなり顔色が悪い。背負われて走るも限界となり、このままでは逃げ切れぬと見て、迎え撃つ気になったのだろう。


 裕太達一行も広場に足を踏み入れる。

 魔王は裕太の背から降りる。そのまま恐れる様子もなく前へ歩み出た。

 同じく皇帝も前へ進み出る。

 両者の腰には剣が帯びられていた。


 広場には幾つかの、半ば崩壊した建物が残っている。

 各所には皇国兵魔王軍入り乱れての、死体。

 その中には黒い僧衣をまとった人間、ノーノの死体もあった。

 周囲に動く者の気配はない。少なくとも戦える者は他にいないようだ。


「……結局、最後に我らが対峙する、か」

「もうここまで来ると、運命という気がしますねえ」


 皇帝と魔王は言葉を交わす。

 勇者達は動かない。黙って前を見据える。

 フランコ大使、フェティダ、裕太といった敵達を。

 皇帝と魔王以外の者達も睨み合う。


「我らが五十年争ったのだ。

 出来れば我らだけでかたを付けるべき、とは思っていた」

「なら、今が好機でしょう」


 魔王は後ろを見る。

 裕太は、最後に残された魔力を一本の刀に変え、両手に握った。

 フェティダは長剣、大使はレイビアを持つ。


 兜を飛ばされて黒目黒髪をさらす勇者、もう一人の緑の勇者も剣を構える。鎧全体に装着された宝玉が強く輝き始める。

 誰も下がらない、逃げようとはしない。

 じり……じり……と間合いが詰まっていく。


  バギィンッ!


 突如、異音が生じた。

 皇帝の目前で鉛弾が砕け散っている。

 町の入り口から離れた丘の上、地に伏せた裕太の父が構えるボルトアクション式スナイパーライフルから放たれた7.62mm弾。

 それが緑の勇者の宝玉が展開する障壁に止められたのだ。

 だが完全には弾丸のエネルギーを吸収しきれなかったのだろう。細かな破片が障壁を貫き、一つが皇帝の肩をかすめる。


 それは合図となった。


 裕太は大地を蹴る。

 魔王が最後の力を振り絞り、魔法を組み上げようとする。

 白銀の勇者が剣を手に皇帝の前に立つ。

 弾が緑の勇者を狙い、さらに障壁を貫く。

 大使もフェティダも残された最後の魔力体力を剣に込め、裕太の後に続く。



 裕太は、その身に宿る抗魔結界の力を持って、障壁を体ごと貫いた。

 白銀の勇者は彼を切り裂かんと剣を繰り出す。

 青黒い魔力の刀と、輝く剣が交差する。


 剣に、黒い筋が走る。

 白銀の小手が、腕が、剣ごと魔力の糸に捕らわれた。


 裕太は剣が交差する一瞬、刀の形状をとった魔力の塊を変形させたのだ。

 元々が不定形の魔力。膜状にするも紐にするも自由。剣を小手ごと縛ってしまうことも。

 しかし糸では細すぎる、勇者の動きを完全には封じ切れない。


 それで十分。


 彼は、右拳を握りしめる。

 そして渾身の力を込めて振りぬいた。

 勇者の顔面へ。


  バキィッ!


 打撃音が障壁内に響いた。

 アンクの力をもって維持されていた勇者の存在。それが消失し、全ての意思を失って倒れる……裕太はそう予想した。

 そうなるはずだった。

 事実、白銀の勇者の体は他の勇者と同じく、光とも雷ともつかない輝きに包まれている。

 いつもなら、そうなるはずだった。

 だが今回は、一つ違う点があった。



 魔王も、同じく光とも雷ともつかない輝きに包まれたのだ。



「うっ!? うわ、ああ、わあああああああああっっ!!」


 絶叫する魔王。

 魔力が尽きたはずなのに、さらに体内から絞り出すように魔力が漏れ出す。

 いや、吸い上げられていく。

 激しく痙攣する魔王と銀の勇者。その頭上では吸い上げられた魔力が集まり、雲となり、広場一杯に渦巻く。

 竜巻のごとく粉塵を巻き上げ、激しく剣を交える緑の勇者とフェティダ姫とフランコ大使を打ち付ける。

 皇帝は風に飛ばされないよう身を伏せ、必死に薄目を開けて何が起きるのかを見極める。

 魔王と銀の勇者の間に何が起きるのか、を。


「……シモン、どうしたのだ、シモンッ!?」


 風に飛ばされそうになりながらも、皇帝は銀の勇者の名を呼ぶ。

 初代教皇にして最初の勇者となった弟の名を。

 だがシモンは答えない。激しく痙攣し、全身から謎の光と雷を撒き散らす。

 魔王から漏れ出す魔力も、頭上でまとまり続ける。

 そして渦の中心にいる裕太は、いったい何が起きたのか分からず、ただ二人の間で身を伏せて事の推移を見守っていた。


 頭上に渦を巻く魔力の塊が、一本の束へとまとまる。

 それは螺旋に捻れ、弧を描き、一点へ収束する。

 勇者シモンの額へ。

 一筋の糸へと変じ、シモンの頭を貫いた。



 魔王から吸い上げられた全ての魔力が、銀の勇者に吸い込まれた。

 痙攣は止み、立ち尽くす二人。

 徐々に弱くなる風に吹かれ、そのまま地面へ倒れてしまう。

 そして動かなくなった。


 皇帝は緑の勇者に「止まれ」と命じる。

 その指示に、勇者は即座に後ろへ飛んで皇帝の背後に控える。

 大使とフェティダも同じく後退し、魔王のもとへと駆け寄った。

 裕太に抱き起こされ、体を揺すられる魔王へ。


「陛下……魔王陛下っ!? どうしたんですか、目を覚ましてクダさい!」

「お父様、いったい、どうなさったの!?」「陛下、どうしたんだにゃ!?」


 だが魔王は何も答えない。答えられない。

 呼吸や脈はある。だが目は虚ろで、全身の力が抜けている。

 魔力は全て失われ、まるで意識を無くしたただの老人のようだ。


 その隣では、皇帝が勇者シモンの横に膝を付いていた。

 緑の勇者に命じて抱き起こさせ、頬を軽く叩いてみる。

 だがこちらも、兜を飛ばされて露わになった頭は、先ほどとは見る影もなく変わり果ててしまった。


「……シモンよ……どうしたのだ、これはどういうことだっ!?」


 さっきまで銀の勇者の姿は、鍛え抜かれた黒目黒髪の男。

 だが今は、完全に白髪へ変わり果てている。顔もシワだらけ。

 単なる老人のよう。

 まさに皇帝の弟というに相応しい老齢の男へと変わり果てた。

 いや、勇者の正体を晒していた。

 アンクの魔法によって都合良く変えられた肉体が、裕太の抗魔結界によって魔力を消され、本当の姿に強制的に戻されたのだ。


 しばし、裕太も大使も姫も皇帝も、それぞれに倒れた者の名を呼び目を覚まさせようとする。

 ほどなくして、そのうち一人の方が意識を取り戻した。

 それは銀の勇者、シモンの方だった。


「……ん、む……」

「おお! シモンよ、気が付いたか!?」

「え……?

 し、シモンって、えと……あれ?

 僕は、確かにシモンだけど、あれあれ?

 ど、どうなったの?」

「な……!?」


 皇帝は、驚愕した。

 意識を飛ばされアンクに仮初めの魂を植え付けられたはずの勇者、その一人たるシモンが、自然な言葉を発した。

 魔力式スーパーコンピューターによって作られたがため、感情の無い機械的な言葉しか語れないはずの勇者が、あたかも人間かのように語り出した。

 自ら体を起こし、キョロキョロと周囲を見る。

 そして一点で視線が定まった。

 裕太達へ。


「陛下ぁっ!? 魔王陛下、目を覚まして下さい!」「どうなさったの、お父様あ!?」「魔王様、にゃにが起きたっていうんですか!?」

「あの……」


 おずおずと、裕太達へ声をかける勇者シモン。

 だが彼らには耳に留める余裕がない。

 変わらず魔王の体を揺さぶっている。


「あの……魔王は、僕なんです」

「……え?」


 横から、いきなり訳の分からないセリフを投げかけられ、全員が振り向く。

 そこには銀の甲冑に身を包んだ、白髪白髭の老人。さっきまで彼らと剣を交えていたはずの勇者。

 重そうな甲冑に潰されそうな老人は、皇帝と裕太達の間で視線をさ迷わせる。

 そして、申し訳なさそうに語り出した。


「えっとぉ~……落ち着いて、聞いて下さい。

 僕は、シモン=フォルノーヴォと言いまして、あの、皇帝の弟でした。

 でも今は、魔界で魔王をしてまして……えー、何を言ってるのか分からないと思うんですけど……。

 つまり、魔王が教皇で勇者だったんですね。

 いやあー、全部思い出しましたよ」


 唖然呆然とする皇帝と裕太とフェティダとフランコ。

 そんな中、魔王で勇者だと名乗った老人のシモンは、恥ずかしげに笑っていた。


次回、第三十一章第七話


『後悔』


2012年6月14日00:00投稿予定

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