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奇跡は

 彼は考える。

 最後の力を振り絞り、高速で考え続ける。

 この絶望的状況を打開できる策を。

 妻のフェティダと、師たる魔王と、仲間の兵士達が生き残れる手段を。そして復讐を成し遂げる道を。

 勝利を勝ち取る方法を。



 アンクは大方の魔力を失っているが、かなり頑丈で重い。盾にくらいはなる。

 だがアンクを稼働させるのは駄目だ。アンクは魔力を消費しすぎる。全ての魔力を失ってしまう。後が続かない。

 敵を全て倒すための魔法を、今から入力する暇もないだろう。

 だからって時間稼ぎをしても要塞からの援軍は厳しい。ここから遠いし、出入り口には飛翔機が突っ込み……ん?


 打開策を必死で探る彼の視界に映ったものが、彼の思考にひっかかった。

 それはアンクの台座。タッチパネルが光を放っていて、イーディスがパネルの光をジッと見つめている、という光景。

 そういえばイーディス先生もいたっけ、こんな時に何を見ているのか……と、彼もパネルの光に目を向ける。


 瞬間、硬直した。

 彼は光に目を奪われ、言葉も失う。


 裕太の様子に、息も絶え絶えの魔王が気付いた。

 こんな時にイーディスも彼もどうしたのかと、声をかける。


「ユータ君?」

「……陛下。

 フェティダ、そして、みんな……。

 奇跡って、信じる?」

「奇跡は信じるけど、どうしたんだ?」

「奇跡を信じて、とか、奇跡をマつ、とかあるけどね」


 強ばった顔で答える。

 彼の震える手は台座へと伸びる。

 何事かと妻も大使も兵達も目や耳を向ける。


「奇跡は、自分でオこすんだ!」


 叫ぶや、彼は手を台座に置いた。

 アンクへ魔力を供給するための鉄板に。


 彼が叫ぶのと、包囲を狭めた皇国兵達が一斉に襲いかかってくるのは、ほぼ同時だった。





 実験場より斜面を登った高台。

 戦場を見下ろす皇帝は、実験場を悠々と見下ろしている。

 その黒い瞳には、魔王が手勢を連れて実験場にやってきたことも、勇者の一人が対魔王用兵装で魔王を狙ったことも、大方の魔力を失った彼らが一般兵に包囲されていることも見えていた。

 そして今、包囲していた兵士達と勇者一体が武器を手に飛び出し、魔王目がけて殺到する光景も。


「ふふふ、終わったな……。

 例え魔王でも、最後は無様で呆気ないものだ」


 勝利を確信した皇帝は、一人笑う。

 後ろには相変わらず付き従う銀と緑の勇者。

 皇帝の笑い声に同調することもなく、ただ淡々と立ち続けている。


 実験場は土煙に包まれる。

 粉塵の中で何が起きているかは見えないが、予想はつく。

 皇帝の勝利。


「ふ……ふはははははっ!

 余が虚しくも美しい死を迎えるために、この地を訪れたとでも思ったか!?

 甘い、まったく甘いぞ魔王よ……む?」


 皇帝は、何か妙な音が聞こえたような気がした。

 土煙の一部が光ったような気もする。

 まだ戦闘が続いているのだろう、とは予想できたのだが、何か奇妙な気がする。

 耳に聞こえる音が、どうもおかしいように感じていた。

 耳を澄ましてみる。


  タン……タタタタタ……。


 何か、破裂音のようなものが聞こえていた。

 爆弾が破裂する音かと思ったが、あまりにも連続し過ぎている。そして爆弾にしては軽い音だ。まるで小さな爆弾をばらまいているかのよう。

 こんな大量の小型爆弾を配備していたのか、しかも戦いの終盤まで温存していたのだろうか、と不思議に思う。

 さらに耳を澄ましていると、なにやら沢山の人が叫ぶ声も聞こえていた。


  ……わー、きゃーきゃー……


 確かに、いや間違いなく、その声はおかしい。

 余りに甲高い。

 あの場にいた皇国兵士は、もちろん全員が成人男性。魔王の側にフェティダという女がいたが、それ以外に甲高い声を出せそうな者はいない。

 一体何だ、と訝しんだ皇帝は改めて望遠鏡を目に当てる。

 するとそこに見えた光景は、やっぱり理解出来なかった。

 粉塵が風に吹かれて薄くなり、何が起きているのか見えている。見えているが、それが何なのか分からない。

 いや、何が行われているのかは分かる。だが、何故にそれが起きたのか、どうやって今の状況へ推移したのか、全く分からないのだ。



 沢山の子供達が、皇帝が率いてきた皇国軍最精鋭部隊の兵士達と戦っていた。



「な……なんだ、あの子供達は?

 どこから現れた?」


 皇帝の質問に、背後の勇者達は答えない。

 ただ皇帝の身の安全を守るため、一分の隙無く周囲を索敵し続けている。

 なので皇帝は、自分の質問に自分で答えを見つける必要があった。

 そして、発見した。


「な、あ、あれは……シルヴァーナ!

 するとあれは全員、魔力炉の子供達かっ!」


 皇帝が覗く望遠鏡の狭い視界。

 その中には、地球に転移したはずの孫娘、シルヴァーナ姫の姿があった。

 彼女は手に見たこともない形状の武器を構え、その先端から破裂音と共に火を放ち、皇国兵をなぎ倒している。


 彼女が手にしているのはFAMAS、正式名称をサン=テチヘンヌ造兵廠製アサルトライフル。

 フランス陸軍が採用する自動小銃。





 それは、あり得ないはずの事態。

 まさに奇跡。

 だが天上の神による恩寵ではない。地上の民の死に物狂いの努力が起こした事象。

 ある意味、必然。


「にーちゃん!

 ひっさしぶりだねっ!」


 サイズの大きなジーンズとシャツの上に防弾チョッキを着込んだシルヴァーナが、満面の笑みでウィンクする。

 その間にも両手で抱えた大きなアサルトライフルが発砲し続ける。

 発射された5.56x45mm NATO弾は、粉塵の向こうで魔力式光線銃を構えた皇国兵の体を容易く打ちぬいた。

 彼女の体に比して大きく重く、反動も大きい自動小銃。だが、それでもシルヴァーナ達は小さな体で銃身を支え、襲い来る敵を薙ぎ払う。


「まーったく、なっさけないツラしてんじゃないわよ。

 あんたはやっぱ、この美しく可憐な御姉様がいないと駄目だわねー」


 彼の背後から、あまりにも聞きなれた声。

 振り返れば、姉がいた。

 迷彩服に防弾チョッキ、頭にヘルメットを被った姉が。

 右手には様々なゲームで日本人の高校生にすらおなじみとなった拳銃、ベレッタ92Fが握られていた。


「ユータ兄さん、間に合ったね!」「きゃははははっ! じーちゃんも驚いたでしょー?」「さーって、僕らが来たからには、もう大丈夫だよ!」


 全ての子供たちが口々に、あんぐりと口を開けて言葉を失う魔王や、尻もちをついて立ち上がれないフェティダや、大使などへ無邪気な声をかける。

 だが手にするMP5サブマシンガンなどの地球製火器は休みなく火を噴き続ける。兵たちの甲冑も兜も軽く貫いた弾丸が肉体を破壊する。

 さらには裕太の右から、彼の肩を掴む者がいた。


『おいっ! 皇帝とやらはどこだ!?』

「……え?」

『急げっ! 皇帝はどこにいる!?』


 それは、日本語。

 日本語を語る男が彼の肩を掴み、皇帝の居場所を詰問する。

 それは銃身が長く巨大な銃を抱えた、頭髪寂しい日本人の中年男。

 その顔を見たとき、彼の脳内も日本語モードに切り替わる。


『と、とと、父さんっ!? なんでここに!?』

『話は後っ! 皇帝はっ!?』

『こ、この方向』

『よし』


 その問いに、ともかく裕太はレーダーでとらえた皇帝と勇者二名の方角を指差す。

 父は銃身の二脚をアンクの台座に置き、ストックを伸ばして肩にあて、銃口をその方角に向け、スコープを覗く。

 小さく丸い視野が細かくぶれながらも、数百ヤード先の斜面上、岩の上からこちらを見下ろす老人と警護の勇者二人を捕えた。

 裕太が慌てて耳を押さえるのもそこそこに、中年男は安全装置を解除して引き金を引いた。


  ドゥッ!


 フランスのPGM プレシジョン社が開発したボルトアクション式高精度スナイパーライフル、ウルティマラティオが火を噴く。

 皇帝の足元、左で岩が砕ける。

 即座に父はレバーを引いて排莢、狙いなおす。

 視界の中で皇帝は勇者二人に守られながら岩陰へ隠れようとしている。


『逃がすかっ!』


 さらに射撃、銀の甲冑を着込んだ勇者の兜が弾け飛ぶ。

 だが兜をかすっただけのようで、そのまま皇帝と勇者の姿は見えなくなった。


『あらあら、父さんったらノリノリねえ』


 呆れた女性の日本語が聞こえる。

 その方向を見たら、母がいた。

 アゴに手を当てて父の姿に呆れている。

 あまりの事態に呆れかえる裕太より呆れているかのよう。


 とにもかくにも、裕太は鉛の弾幕をすらかいくぐって接近を試みていた勇者を迎え撃つ。

 鎧は幾つもの銃弾を受けて穴が空き、赤い血が噴き出しているが、それでも勇者の足は止まらない。命の炎を燃やすかのように人間離れした俊足と体裁きで、粉塵の中を疾走する。

 魔王を庇う裕太目がけて。

 彼も残る魔力を一振りの刀に変え、スタンスを広げて構える。

  ドムッ!

 一際鈍い炸裂音と共に、勇者の腹に穴が空いた。

 鎧を貫通する弾丸に撃ち抜かれた勇者が、糸の切れた人形のごとく倒れる。

 裕太は勇者が絶命するより速く兜の一部を切り裂き、直接に触れてアンクの魔力を消滅させる。

 即座に勇者は意思を、そして生命を失って地面に倒れた。


 裕太は自分の背後を見る。

 そこには、薄汚れた白い帽子を被る浅黒い肌の男が、極上の笑顔で大型拳銃の銃口にふっと息を吹きかけている。


「……誰?」


 警備員か警官の様な服を着たラテン系の男に、彼は見覚えがなかった。





 危機は脱した。

 裕太は、他の者たちも魔力のほとんどを失った。

 だが彼らは生き残った。魔王達を包囲していた皇国兵は、この一瞬で全滅した。

 血と硝煙の臭いにむせ返りそうなアンクの周囲、魔王もフェティダも大使も、裕太すらも誰も言葉が出ない。

 感謝の言葉すら頭に浮かんでこない。


 魔力炉の子供たち五十六人、金三原京子、地球に転移したはずの彼らは帰ってきた。

 ついでに父母まで魔界へやってきた。

 しかも全員が地球の火器を大量に所持している。


 呆然とするなか、裕太は再びアンクの台座へ目を向ける。

 そして、そこに表示してある文字を読み上げた。


「……無事にそちらへ到着しましたか?

 すぐでなくて結構ですので、いつか返事を下さい」


 パネルに表示されるのは映像。

 魔力を回復したビーコンが捕えた映像が映し出されている。

 彼が読み上げた文章は、ある人物が手にする大きな紙に書かれているものだ。


 白衣に身を包み、ヘッドセットを頭に付けたルヴァンが。

 その背後には数多くの科学者と思しき人間達と、デンホルムをはじめとした魔道師達の姿。

 場所は、明らかに何か巨大な研究所の実験施設。



 それは欧州原子核研究機構、通称CERN。

 大型ハドロンコライダー(LHC)もある地下実験施設。

 一年前に金三原姉弟が転移した場所にある、世界最大規模の素粒子物理学研究所。


次回、第三十一章第五話


『とんでもないやつら』


2012年6月12日00:00投稿予定

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