増援
いまだ子弾と破片と火の粉が降り注ぐインターラーケンクレーター。
そのはずれ、ジュネヴラ西の次元回廊実験実験場。
白い灰と茶色い土砂が降り積もった中、アンクの前に幾つもの姿。
純白のウェディングドレスを茶色く汚し、あちこち破れたままのフェティダ。
見事にススで全身真っ白になったイーディ達助手二人。
そして顔以外は全て魔力の衣で包みマントを風になびかせる裕太。
彼らはアンクの台座を、タッチパネルを見つめていた。
いくらか操作して、イーディスは説明する。
「……やっぱり駄目ですよ。
ビーコンからの通信を受信して表示するだけなら、台座の内蔵宝玉の魔力だけで十分です。
それでも表示出来ないのは、ビーコンそれ自体の魔力が尽きたからですよ、きっと」
「ビーコンの魔力って、回復出来ないのですか?」
フェティダの質問にイーディスは首を横に振る。
「駄目です。
向こうが地球なら、抗魔結界物質で構成された世界っていうことです」
裕太は、ふぅ~、と息を吐く。
その表情は、何か吹っ切れてせいせいしたかのようだ。
「向こうに魔力はナいよ。
地球の大気も地球の物質、それをスい込めば魔力が消える。
もう、向こうに行った誰も魔法は使えない」
「ルヴァン兄さん……地球へ転移してしまったのね。
シルヴァーナも、子供達も、みんな……」
「そして、もう次元回廊を開けれるモノはいない」
そう、結界内にいた者は、全員が地球へ転移してしまった。
魔力供給者の子供達も、デンホルムと各種族の老魔導師達も、実験指揮者たるルヴァンまでも。
もう誰も次元の扉を開けない。
彼らが地球へ無事に転移出来たか否か、魔界に残る裕太達に確かめる術はない。
だが裕太は心配してはいなかった。
自分達が無事に魔界へ転移出来たのだから、転移それ自体は危険ではないだろう。
姉が皆のことを何とか上手く計らってくれる、少なくとも説明はしてくれる。
魔界の映像記録を収めたメモリーカードの情報量は、何ギガあるやら分からない。信用してもらうに十分な証拠だ。
荷物の中には宝玉の原石、地球では最高級であろうルビーやサファイヤやダイヤ。純金も。彼ら全員が生活するに問題ない資産価値。
何よりルヴァン王子が居る。既に日本語を話せた王子なら、英語でもフランス語でも容易く習得出来る。並みの地球人を遙かに上回る頭脳。
裕太には不安を感じられなかった。
「何の心配も、無いよ」
大きく息を吐く。
頭に浮かぶのはシルヴァーナ。
男勝りな幼妻、何度も肌を重ねた女。好いていなかったといえば嘘になる。
だが、だからこそ、この地にいないで欲しい。安全な場所へ逃げて欲しい。リィンの悲劇と絶望を繰り返したくないから。
転移先は地球のスイス。国籍も戸籍も何もないし言葉も通じないが、自分から余計な事をしない限りは簡単に早死に出来ない場所。
魔界より平和に長生き出来るだろう。
「シルヴァーナには悪いけど、これで彼女は穏やかな人生を送れるよ」
その言葉にフェティダは少し笑い、そしてすぐ表情が沈んだ。
妻の複雑そうな内心に、夫は不思議そうな顔をする。
「嫌な女ね、私って。
シルヴァーナが転移したことに、内心喜んでしまったの。
これで貴方を独り占め出来るって」
「……そっか」
若い夫は、別に怒りはしなかった。
むしろ妻の腰に腕を回し、コルセットで痛々しいほどに細く締められた腰を引き寄せて、唇を奪う。
火の粉が舞い散る中、新婚の若き魔王と姫は口付けをかわした。
互いの舌を心ゆくまで絡ませあってから、ようやく夫は唇を離す。
「本当にボクを独り占めしたいなら、勝って生きノコることだ」
「……ええ。
必ず生き残るわ。
勝って、貴方と幸せな家庭を築くわよ!」
叫ぶやフェティダはドレスの裾を破って膝上まで短くし、さらにスリットも入れる。
腹を締め上げるコルセットなど、ドレスの腹の部分ごと引きちぎって投げ捨てた。
そして実験場を警備していた兵の死体から銃を取り上げ、試し打ちして動作確認。さらに腰の剣を帯ごと取り上げ、自らの腰に巻き付ける。
さらには幾つかの宝玉も回収した。
「貴方は空を駆けて下さいな。
私は地上の兵を指揮しますわ」
「うん、お願いするよ」
こうして夫は空へ、妻は地上を駆け出した。
アンクを操作する助手二人を置き去りにして。
オグルの地対空迎撃レーザーが、トゥーンの『増幅』によって威力を増し、親機を撃ち抜く。
降り注ぐ子弾を飛翔機が機銃弾で破壊する。
空を駆け巡る勇者達が魔王に一撃を与えんと飛び回る。
ジュネヴラか東へ飛ぶ間にも子弾を切り裂きながら、裕太はふと地上を見る。
既に姿は遠く森に隠れて見えないが、妻は地上を恐るべき速さで駆け抜けているだろう。
そんなフェティダの姿を思い描き、彼はポツリと呟いた。
「嫌なヤツなのは、ボクの方だよ。
こんなウソツキ」
子弾が炸裂する爆炎と爆風を切り裂いて、魔王に取り付く勇者の一人を触手で捕まえる。
即座に触手は勇者の剣で切り裂かれたが、その一瞬で鎧の一部を切り裂いた。
僅かに露わになった人間の皮膚目がけて裕太は加速する。
狙われた勇者も剣を構えて迎撃の構え。
交差は一瞬。
勇者の剣は、触手で逆に斬られた。
鎧から覗く勇者の皮膚は、かつて彼が戦った勇者達と同じく、光とも雷ともつかないものに包まれる。
そして全ての意思を失って、虚しく落ちていった。
「ボクは、この戦いを生き残る気なんか、ナいんだから」
勇者の持つ銃の光が裕太を狙う。
急降下して光線を回避し、今度は地上で交戦する皇国軍兵士を小隊単位で切り刻む。
インターラーケンクレーターは、血と火薬の臭いで充満する。
「さーって、確か皇帝をコロしたら勝ち、だったな。
まるで将棋……なら戦法もオナじ。王将の獲りアい。
まずは守りをカタめるとするか!」
再度急上昇、魔王を狙う勇者へ襲いかかる。
セドルン要塞駐屯地から離れた森の奥地。
銀の勇者に背負われた皇帝は、マントも王冠も何もかも、邪魔な品は全て捨てて森の奥へ奥へと逃げていた。
もう一人の、緑色の甲冑に身を包む勇者も警護についている。
途中、幾つかの川を下り池に潜り谷を飛び越えた。
この程度でワーウルフ達の鼻から逃れきれるとは思わないが、時間は稼げるだろう。
「……よし、この辺でいいだろう。
止まれ」
指示通りに勇者達は足を止め、皇帝を下ろす。
そこは少し開けた草地で、空も山々もよく見える。
彼方の空には魔王の影。
巨大な魔法反応に反応したマジックアローが成層圏から降り注ぎ、勇者隊に襲われ続けている。
皇帝は息荒く胸も肩も激しく上下させている。ただ背負われているだけでも、これだけの距離を高速で駆け抜けるのは、老体には負担が大きかったのだろう。
それでも皇帝は落ち着いて胸元から小さな望遠鏡を取りだし、魔王と勇者達の戦いを確かめる。
しばらく眺めているうち、皇帝はあることに気が付いた。
「勇者が、減っている……あの新魔王か!?」
望遠鏡の中、魔王の巨大な影の周囲を小さな影が飛び回っているのが見えた。
彼が勇者と交差するたび、勇者は全ての力を失ったかのように落ちていく。
既に勇者の数は六人にまで減らされていた。
「あの若造の力……そうか、魔法を消す力を使って、勇者を維持するアンクの力も消すわけだな。
だが必ず接近しているところをみると、直接触れる必要があるのか」
的確に新魔王の力を分析する皇帝。
その時、銀の勇者が横から手のひら二つ分程度の板状宝玉を差し出した。
そこに表示される内容を見て、皇帝はほくそ笑む。
「ふっふっふ……さすがに近接戦闘用装備では、相手にならんな。
だが、そんなことは織り込み済みだ」
皇帝は板状宝玉を片付けさせ、望遠鏡を南の山の稜線へ向ける。
そこには期待した通りのものが見えた。
思わず笑みがこぼれる。
「二年前にレニャーノで墜落した飛翔機、あれは素晴らしかったな。
インターラーケン山脈すらも飛び越える性能、参考にさせてもらったぞ。
卑怯と言うなよ。皇国から援軍は来ない、などと言った覚えはないからな」
望遠鏡の小さな視界、その中にはさらに小さな点が見える。
それは、山脈を飛び越えて飛来した皇国からの飛翔機。
しかも一機ではなく、次々と増えていく。
頭上を飛び越える皇国からの飛行物体。
その存在はセドルン要塞からも確認出来ていた。
鏡に映る皇国からの援軍に、要塞司令部ではクレメンタインの叫びが響く。
「な……なんですとおーっ!?
まさか、皇国の連中め、我らが皇国潜入に使用した高々度飛翔機を元に、新型機を開発したというのかっ!」
そう、山脈を飛び越える飛翔機を持つのは魔界だけではなかった。
二年前にトゥーン達が乗り込んだ高々度飛翔機はレニャーノ近郊に墜落している。
皇国は残骸を分析し、それを元に新型機を開発した。
その事実に、第二妃は悔しさを隠せない。
だがリアは余裕な顔だ。
「だーいじょうぶよぉ。
飛翔機だったら魔界の方が上よ。
第一、あんな鈍くさそうなデカブツ、軽く全部撃ち落とせるわ」
そんな楽天的な予想で、全く不安な様子を見せない第一妃。
だが、鏡に齧り付くかのように見入っているパオラ第三妃が呟いた。
「……あんらあ?
あの皇国の飛翔機、何か落としてるだよ」
「ふむ?」「落としてるってぇ、何をぉ?」
確かに皇国飛翔機は何かを落としている。
映像が拡大され、飛翔機から落とされている何かが映し出された。
それが何か分かったとき、妃達は言葉を失った。
楽観的に構えていたリアが青ざめる。
「まさか、あれは……勇者!?」
そう、勇者だ。
飛来した飛翔機から次々と落下しているのは、巨大な甲冑姿の人間。
勇者の共通装備。
皇国から飛来した高々度飛翔機は五機。
そのうち三機は胴体横の扉を開放し、続々と重装備の勇者を吐き出し続けている。
自由落下を続けていた勇者達のうち半分は、背にトンボのような翼を広げ、風を切って飛行を開始する。
ベウルが着用していた鎧と同じ機能。
残り半分は地上へ落下していく。『浮遊』の魔法を使っているようで、地上からの銃火を避けながら落下していく。
そのうち一人が背に抱えていた大筒を魔王に向けて構える。
大筒に装着された大量の宝玉が光を放ち、徐々に砲口奥から漏れる光が強さを増す。
光が、魔王を焼く。
魔王を穿たんとしていた光は、だが、曲がった。
魔力の衣に弾かれて曲がり、代わりに地上を焼く。
さっきまで結婚式が行われていた礼拝堂を、その周囲も含めて。
爆炎や森林火災の煙を切り裂いて、湖畔の礼拝堂が周囲含めて一瞬で焼き尽くされ、湖の水が沸騰した。
そこに拠点を構えて銃撃していた兵達も、まとめて焼き尽くされる。
飛翔機より降下する勇者達。それらは一様に大筒や、宝玉を大量に付けた槍や、銃身の長い大型の銃を構えている。
特に降下兵として降り立った勇者達は、有り得ないほどの重火器で武装していた。
勇者達を悠々と迎え撃っていた魔王が急上昇し、天空へ駆け上がる。
大筒の光も魔王を追って空を、雲を切り裂く。
裕太も勇者の群を迎撃する。
その姿に、妃達は絶句。
クレメンタインだけが、ようやく呻くように口を開いた。
「……あ、ああ、まさか……対魔王用兵装!?
それを、あんな数で投入するなんてえっ!!」
森の奥、皇帝は空を見上げて笑う。
勇者を吐き出し終えた高々度飛翔機は、高機動戦闘型の残り二機にを伴って戦闘に参加する。
各銃座からは狂ったように銃撃が放たれ続けていた。
「くっくっく……この戦、世界の命運を決するのでな。
東部戦線に行くはずだった勇者と新兵器、全てこちらに振り向けたのだよ。
まさか東部戦線の皇国軍が艦隊以外全て囮だとは思うまいて」
実は、東部戦線に大量投入されたかにみえた兵器の数々は、大方が木の板に絵を描いて組み立てたハリボテ。レーダーで魔族の偵察兵が近寄れないことを見越しての囮。
皇国は艦隊以外の兵器生産能力をほとんど、超長射程マジックアローと対魔王用兵装量産へ投入していた。
次回、第三十一章第二話
『それぞれの戦い』
2012年6月9日00:00投稿予定




