告白
皇帝の告白は続く。
カメラは語る皇帝と語らぬ魔王を映し続ける。
約五十年前に旧型魔力炉開発中の事故で誕生した魔王と、救出された失敗作達で構成された魔王一族。
孤児院の子供達を改造して造られた新型魔力炉。
魔族は地獄の悪鬼ではなく、人間と同じく地上を生きる同じ生き物に過ぎない、と。
《余は、人間の異種族に対する不信と警戒心を利用した。
人間の国を一つにまとめ上げるため、魔族達全てを敵に仕立て上げ、危機を演出し、魔族を滅ぼすことを大義とした。
魔王が現れ皇国に攻め入ったから人間が皇国を建国し立ち向かったのではない。
人間が、皇国が異種族を際限なく追い立て、打ち払ったがために、魔王は人間以外の種族をまとめ、統一軍事組織として魔界を結成したのだ》
この放送は皇国内でも生中継されている。
皇国北部中心地レニャーノ、その大聖堂に多くの民が集められている。
半ば強制的に祭儀へかり集められた人々は、彼らが敬愛する皇帝からの、あまりの告白に愕然としていた。
興奮、怒号、罵声、叫声、それらが聖堂内に満ちる。
大司教と軍の高官が静粛にさせようと大声を張り上げるが、とても収まらない。
それでも皇帝の告白は続いた。
《そして、余は新たなる過ちを犯した。
古代の兵器、『嘆きの矢』を復活させてしまったのだ。
かの兵器を無制約に使えば、世界は滅びを免れぬ。皇国も滅ぶ。
噂の一つ、『カークノーフ』は古代文明を滅ぼした歴史的事実と確認したのだ》
東部戦線、魔族側司令部。
柱に簡単な屋根をつけただけの天幕の下で、ラーグンは『無限の窓』の前に座っている。
椅子から身を乗り出して魔王の告白に見入っている。
その左右にいるネフェルティとハルピュイも画面を食い入るように眺めている。
「ふふふ……まさか、こうなるとはね。
あのチキュウ人達のおかげで、剣も交えずに皇国へ大打撃を与えることが出来たよ」
「すっごいんだにゃー、あのユータ君」
「むー、あたしも今度会っておきたいわね」
「この戦いが終わったら、皆で会いに行くとしよう。
まあ、あの大きいのが立ち去ってくれれば、だけどさ」
他の魔族達も画面へ齧り付くなか、ラーグンはチラリと横を向く。
天幕を支える柱の向こうには、東部戦線皇国側前線が築かれた山々がある。
その上空には、大きな影が浮かんでいた。
皇国から飛来し、魔族達を見下ろす新造皇国艦隊だ。
何隻もの巨大な艦が、山の上に浮かんでいる。
《皇国の民よ、余は真摯に謝罪する。
全ての非は余にある。
他の誰でもない、余が皇国五十年の過ちを贖わねばならぬのだ》
新造皇国艦隊、旗艦『ドゥイリオ』
その艦橋には、酒瓶をラッパ飲みする赤ら顔の男が艦長席に座っていた。
実に忌々しげな表情で艦橋の天井近くにある巨大画面に大映しなる皇帝の顔を睨み上げている。
そして酒瓶を口に突っ込む。
「……ぶふぅあぁっ!」
隣に立つ副官らしき男が顔をしかめる。
あまりに酒臭い息に、さすがに控えめに苦言を呈す。
「ガストーネ様、敵を前にして酒はお控え下さい」
「うるせえっ! これが飲まずにいられるか!」
怒鳴りつけたガストーネは、再び酒瓶をあおる。
喉を鳴らして酒を胃へ流し込んだ彼は、酒臭い息だけでなく恨み節も吐き出した。
「クソジジイが、今頃テメエの悪行を白状しやがったか……いい気味だぜ!
いつもいつもしかめっつらで、反吐の出る屁理屈ばっかほざきやがって。
けっ! とうとう化けの皮が剥がれたぜ!」
酒に濁ったガストーネの目は積年の恨みに満ちている。
だが憎しみに満ちた目は、眼下の魔族ではなく頭上の皇帝の映像へ向けられていた。
《これが皇帝としての最後の勅である。
余はこの命をもって、皇国臣民へ命じる。
かの兵器を、『嘆きの矢』を用いてはならぬ》
セドルン要塞司令室。
地下深くの薄暗い部屋のなか、第一妃リア、第二妃クレメンタイン、第三妃パオラが画面を見つめている。
クレメンタインは周囲に控える妖精の侍女達やエルフ達へ囁く。
「皇国内での放送は?」
「大丈夫です。全土で生放送中と確認済みです。
全ての教会に民が集められ、この映像を見せつけられています」
「よし……!
トゥーン殿、今のところは順調ですぞ」
「だ、だども、この後はどうすんだべ?」
画面から視線をずらせないパオラが、不安を他の妃達へ投げかける。
同じくリアも腕組みして後の展開を考えている。
「うぅ~ん~、わっかんないわぁ。
皇帝、こんなことを今さら白状してぇ、どうする気なのかしらぁ?」
「それは分かりませんぞ。
先ほど礼拝堂内で、魔王陛下と皇帝とで密約が結ばれた模様。
その内容次第でしょうな」
「な、なんとか、平和になってくんろ。
魔族も人間も、仲良くなってくんろお」
素朴な田舎娘の風が抜けていないパオラ。
まるでお伽話のようなハッピーエンドを心から望んでいる。
だがクレメンタインは無邪気な願いなどする気はなかった。
そんな結末は現実には有り得ないと理解していたから。
《諸君らは考えるであろう、今さら魔族と共に生きられるか、と。
戦うにしても『嘆きの矢』無しで魔族に勝てるのか、と。
余とて、おのが責を罪なき民に贖わせるなど本意ではない。
そして、ここにいる魔王も世界の破滅など望んではいない。
ゆえに、我らは賭をした。
世界の命運を決する賭けを、だ》
ナプレ公国。
城の主は大きなベッドの上で、ワイングラスを片手に画面を眺めている。
果実の芳香に鼻孔をくすぐられつつも、ナプレ大公は酒に酔ってはいない。
今後のナプレ家の躍進と世界の掌握という未来像に酔っていた。
「くっくっく……!
さすがは皇帝、徹底した剛直果断ぶり。
最期の瞬間、己の血肉の一片まで皇帝の責務に捧げるとは、な。
そうでなくては、わしが風下に立たされることなどなかったろうよ」
無様にたるんだ腹を揺らして笑う。
ワイングラスを一口飲み、杯を軽く掲げた。
「あとの事は任せておけ、皇帝よ。我が宿敵にして友よ。
皇国は、そして魔界も、わしがほどよく計らってやろうぞ」
そんな政敵からすら賛美される皇帝は、ゆっくりと語った。
魔王と皇帝が世界を賭けて行う、賭を。
《余は、魔王と賭をする。
内容は、このインターラーケンクレーター内での限定戦争だ》
ジュネヴラ西方。次元回廊実験施設。
アンクが置かれたテントの横には飛空挺が一機着陸している。
テント内に置かれた『無限の窓』には、皇帝の演説が流され続けていた。
次元回廊実験を行うエルフ魔導師も、魔力を供給する老ゴブリン魔導師達も、機材を整備するフェティダを始めとしたドワーフ技術者達も、次元回廊研究に携わるイーディスや、デンホルムまでもが、鏡に魅入られている。
そしてアンクを操作するルヴァンも。
どやどやとテントに入ってくる裕太と京子、子供達の眼前。鏡の中で皇帝は語り続ける。
今回行われる賭、限定戦争を。
《規則は、『嘆きの矢』を使わないこと。
勝敗は、単純明快。余か、この魔王か、いずれかの死をもって決する。
期限は余の開始合図から、本日日没まで。
場所はインターラーケンクレーター内部。
外部からの援軍は自由だが、クレーター範囲外、つまりこの盆地外への攻撃は認めない。行えば敗北とする。
開始まで時間は無いが、何か質問は?》
鏡の中、映像がグルリと回転する。
そこにはノソリと前に進み出たオグルがいた。
普段は陰鬱そうな目が、既に光を放ち始めている。開始の瞬間にレーザーで皇帝を射抜こうと魔力を溜めているのは疑いない。
《本当に、そんな規則でいいのか?》
《無論だ》
《皇帝よ……お前、丸腰じゃねえか。
周りに勇者は並んでるようだが、お前自身が死に損ないだぜ。
戦いがいつ始まるか知らねえが……開戦の瞬間に死ぬだろうな》
《その予想は当然だな。
また、ここは魔界。余は多くの部下を引き連れているが、孤立無援の状態に見えるだろう。
対するお前達はセドルン要塞とやらを背後に構え、援軍に事欠くことはあるまい》
《つまり、それでも殺りあおう、ってんだな?》
《そうだ。
正々堂々、などと口にするのもおこがましいが、今日を以て雌雄を決しよう》
《まさか、いきなり勇者共がまとめて自爆、なんてオチじゃねえだろうな?》
《ふふ、それは名案だ。
だがそれはない。それで良いのなら、魔界へ足を踏み入れた瞬間にやっている。
勇者はアンクをもって組み上げられた仮初めの心を与えられている。その心は、余を守ることを第一としてある。
ゆえに勇者は余を直接に害する策はとれぬのだ。
だが、こちらの不利は見ての通りだからな。
開戦の合図くらいは余に選ばせてもらうぞ》
オグルはジロリと魔王を見る。
魔王は小さく頷く。
そして何でもないことのように語った。
《賭けるのは、世界。
この戦いをもって世界の命運が決する。
異存は無いな?》
異存など出るはずもない。
周囲の兵達は既に動き始めている。
セドルン要塞内から続々と兵が飛び出してくる。
空には鳥人、サキュバス、妖精の戦士、新旧織り交ぜての飛翔機も飛ぶ。
駐屯地内の全兵士が皇帝を包囲する。
対する皇帝側の兵も動く。
皇帝と魔王を中心に勇者隊が半包囲する。
さらにその周囲を一般兵達が囲む。
単なる侍従と思われていた者達も、荷物を放り出して手に剣と小銃を握りしめる。
その様子は実験施設内でも確認出来た。
既に両勢力は一触即発の状況だ。
皇帝が開戦の合図をせずとも、誰かがうっかり引き金を引きすぎて暴発すれば、その瞬間に血の雨が降ることは疑いない。
なおかつ、魔王と皇帝のいずれかが死んでも戦いが終結するとは思えない。この地に集いしは歴戦の兵であり、主と生死を共にする忠兵。
敵味方とも最後の一人まで勇敢に戦うことは確実だ。
そんな光景を映す鏡を横目に見ながらも、ルヴァンは実験の準備を進める。
デンホルムは幾重にも円を描く巨大魔法陣を描き、中心にビーコンを置く。
子供達は戦闘用の衣服に着替える。ベストについた大量のポケットに戦闘用宝玉やナイフ、ベルトやウェストポーチに水筒や非常用食料などのサバイバルキットを装備収納していく。
シルヴァーナは、着替えが間に合わなかったのでウェディングドレスの上からベストとウェストポーチを身につけるはめになってしまった。
戦闘が彼らの実験施設まで及んだときは彼ら自身で身を守るため。また、しばらくは森に潜んで生き延びれるように。
魔法陣の定められた場所に座った子供達は、あぐらをかいて瞑想をしはじめる。
ルヴァンは耳で鏡からの声を聞きながらも、高速でタッチパネルを叩き続ける。
イーディスは、もう一人のエルフと共にルヴァンの横で操作を補助する。
後ろにいる京子と裕太、そしてフェティダは、鏡の方に視線が向かってしまう。
その誰しもが驚きを隠せない。
フェティダは愕然としつつ呟く。
「げ、限定戦争って……まさか、この場面で!?」
旅装の上に大きなバッグを背負い、これでもかと服の各所のポケットをパンパンに膨れあがらせた京子が尋ねる。
「フェティダ様、限定戦争って、何なの?」
「魔界では、支配魔族間の紛争を解決する最終手段として認められる、交戦規定です。
魔族同士でやったことはあるんですが、まさか、皇国とするなんて……!」
鏡を睨み付ける裕太も、今は皇帝への憎悪より驚きの方が勝っているらしい。
口が半開きのまま閉まらない。
「し、信じられない……どう考えても、皇帝がフリじゃないか!
勇者が十二人いるけど、あれは近接戦闘用武器だ。戦術級兵器がナい。
総数はこっちがハルかに上だぞ。おまけに敵地ど真ん中、空だってオナじだ。
そうか……勝つ気なんて、最初から無いってわけか……」
「皇国の闇を全て己の責とし、魔王と戦って果てることで精算する気ですね。
その自己犠牲の精神を持って皇国を再び一つにまとめ、『矢』の使用も控えさせる……というところですか」
目も指も目に止まらぬ速さでパネルの光を追い続けるが、それでも口は皇帝の行動への分析を述べる。
「なおかつ、魔王と魔族に皇国への反感を軽減させ、後継者の政治交渉を行いやすくする下地を造る、ということもあるかもしれません。
魔王は倒せても良し、倒せなければ皇国が対魔界戦線維持のため統一を保ち続けるでしょう。
なにより、今後は皇国も魔族殲滅以外の政策を選択出来ます」
「す、すっごいですねー、さすが皇国の皇帝ですか」
その覚悟の凄まじさに、ルヴァンの横で助手を務めるイーディスも素直に驚いてしまう。
だが裕太は憎々しげに顔を歪めた。
「……ふん、だとすればつまらない死にカタだな」
興を削がれたかのように鼻で笑う裕太。
皇帝が全てを失ってから殺すことを切望していた彼としては、そのような名誉と決意に満ちた死は、不本意極まりない。リナルドだけを地に這いつくばらせた程度では、リィンの仇討ちにはほど遠い、と。
とにもかくにも、実験準備が続く。
既に何度も行われた実験ゆえに手際は良く、あっと言う間に準備は整った。
「さあ、お喋りはお終いです。
これが最後の挑戦となります。
始めましょう」
ルヴァンはタッチパネルを一際盛大に叩いた。左右で補助するエルフ達も汗を飛び散らせる。
と同時に、鏡の中で皇帝は天を指さした。
周囲の者達も同じく空を見上げる。
空は、青かった。
雲も浮かんでいる。
それだけだ。いつもの午後の青空。
《今から花火が上がる。
その花火が弾けた瞬間をもって開戦の時となる》
魔族も人間も空を見上げ続ける。
花火が上がるというので、どこかに打ち上げ装置でもあるのかと見まわす者もいる。
だが、どこにも何もない。
《実は、既に花火は打ち上げられているのだ。
余の話が終わる頃合いに、この上空で破裂するようにしてある。
それをもって開戦の合図とする》
空を見上げる者達は、いつだどこだと花火を探す。
だが誰も見つけられない。
そんな中、裕太は非常に嫌な予感に襲われた。
演説は、非常に長かった。
そんな前に打ち上げた花火が、ようやくインターラーケン上空に来る。
つまり、余程の遠方からこの地を目がけて飛んでくる……。
「……まさか!?」
「な、何よいきなり?」
ようやく全ての荷物を担ぎ終えた京子の肩が跳ねる。
だが弟は、その肩を掴んで無理やり振り返らせた。
「ね、姉ちゃん!
急げ、ハヤく脱出するんだ!」
「だ、だから何なのよ?
言われなくても成功したら地球へ」
「ルヴァン様も、急いでクダさい!」
「……それが良さそうですね。
あなたは外を見て下さい」
ルヴァンの指と腕は加速する。
裕太はタキシードの上から魔力の衣をまとい、V字のスリット越しに空を見上げる。
そしてスリットを透過する光を最大望遠にした。
予想通り、花火が見えた。
打ち上げられるのではなく、南から落下してくる花火が。
それは、巨大なマジックアロー。
先端を大気圏再突入時の摩擦熱で灼熱させ、真っ直ぐにジュネヴラ目がけて落下しつつあった。
次回、第三十章第四話
『SRBM』
2012年6月6日00:00投稿予定




