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結婚式

 礼拝堂は、その小ささに相応しく中も慎ましやかだった。


 正面には祭壇がある。

 祭壇、といっても何かの神を奉っているわけではないので像も何もなく、単なる演壇かのような素っ気ない四角い壇が正面奥に鎮座する。

 入り口から祭壇までは、赤の絨毯でバージンロードとなっている。

 奥の壁の上半分はステンドグラスに覆われ、森の中に戯れる妖精達の姿が浮かび上がっている。

 席は少なく、せいぜい十人くらいしか座れない。


 正面に向かって右にシルヴァーナ、左にフェティダ、中央に裕太が立つ。

 細い体にフィットするドレスをまとったシルヴァーナはヴェール越しでも分かるほど嬉しそうに、誇らしげに笑っている。

 ウェストから下がふわりと膨らむドレスをまとったフェティダも嬉しげではあるが、皇帝の姿を見て笑顔を隠す。

 白手袋にタキシードの裕太は、明らかに殺意を身にまとっている。視線だけで皇帝を殺さんばかり。

 それでも左右から新妻達に腕と手を抱き締められ、どうにか自分を押しとどめる。


 各カメラマン達は各自に礼拝堂の隅を陣取る。

 魔界と皇国の、肩に担ぐ大きな撮影機材は、狭い礼拝堂内では動きにくい。だが京子のデジカメは小さく自由に動き回れる。ピントも自動で合う。

 そのため京子は一カ所に留まらず、壁際や真ん中の通路を自由に動き回る構えだ。


 ちなみに、皇帝側の撮影した映像は皇国本土に送信出来る。

 セドルン要塞はもともと皇国が掘り抜いたもので、皇国の通信回線も引いてある。

 今回はそれを使い、撮影された映像は生中継で流されていた。

 ちなみに生で流されていることは、魔界側がマルアハの鏡を傍受することで確認してある。

 皇国各地に散った間者達も、各教会に民を集めて皇帝が魔界へ足を踏み入れた様子を放映していることを確認し連絡していた。

 同じく、魔界側でもこの映像は生で各地の『無限の窓』に送信している。その『窓』は町の大広場や城の大広間に置かれ、数多くの魔族が見つめている。



 ノーノに促され、魔王はマル執事長を連れて礼拝堂左側に座る。

 皇帝は白銀の勇者と共に右側へ座る。

 狭い通路を挟み、皇帝と魔王は隣り合う。

 その光景は、まさに結婚式。地球や皇国でも見られる、家族のみで行われる教会での結婚式。新婦が多いけども。

 世界を二分する支配者達も、今は単なる親族でしかない。


 ノーノは祭壇へ行き、小さく咳払い。

 新郎新婦達も正面へ向き直る。

 そして、長い詞を述べ始めた。


「汝、カナミハラ=ユータは、この女達を妻とし、

 良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、

 病める時も健やかなる時も、

 共に歩み、他の者に依らず、

 死が彼女らとを分かつまで、愛を誓い、

 妻達を想い、妻達に添うことを、

 婚姻の契約のもとに魔王陛下と皇帝陛下の前で、

 誓いますか?」

「チカいます」


 ノーノを真っ直ぐに見返し、迷い無く答える。

 元神父は頷いて、次にフェティダを見る。


「では、次にフェティダよ。

 汝、フェティダは、この男をシルヴァーナ=フォルノーヴォと共に夫とし

 良き時も……」


 結婚式における神父の詞は長い。

 信仰を捨てたとはいえ、ノーノの詞も変わらず長い。

 新婦が二人になり、世界の最高指導者が並ぶとなれば、さらに長くなるのも道理。

 そんな中、魔王は皇帝に向けて呟いた。


「綺麗でしょう?」

「どちらがだ?」


 式の進行を妨げない程度の小声で答える皇帝。

 ノーノも気にせず詞を続ける。


「もちろん、新婦達両方ともですよ」

「ふん……人間からも良き花嫁達に見える、と言っておこう」

「特にシルヴァーナ君が初々しいですね。

 皇帝陛下の面影が見えますよ」

「他人のそら似、というやつだな」


 皇帝は素知らぬ顔で流した。

 これらの会話もテルニが背後から映している。

 ここで「余に似て利発そうだな」など口にすれば、それも皇国内で流布されてしまう。だからこそリナルドも冷然と無視した。

 その程度で釣られる皇帝ではなかった。


「お前の娘の方は、妖艶な美しさだな」

「恐れ入ります」

「再婚か?」

「……初婚です」


 皇帝の反撃は皮肉。

 フェティダがあの年で初婚なのは皇国で皇帝の指示の下、旧型魔力炉として改造された結果。

 だが、少なくとも魔王はその点を指摘せず、軽く流した。

 つまらなそうに鼻を鳴らした皇帝は、話を続ける。


「余は魔族が嫌いだ」

「知ってます。

 確かフォルノーヴォ王国時代の、第七代マウロ国王の借金が原因とか」

「……ああ。

 だが、結婚式とは良いものだ。

 例え魔族であろうとも、な」


 魔族の結婚式を祝福する言葉。

 意外な発言に驚き、僅かに右を見る。

 皇帝は真っ直ぐに前を、新婦の一人を見つめていた。

 薄いヴェールに浮かぶシルヴァーナの後ろ姿を。


「余も多くの女と契りを交わし、多くの子をなした。

 その子達も多くが妻をめとり、嫁ぎ、また多くの孫をなしてくれた。

 出来の良い者も悪い者もいたが、皆等しく愛しいものだ」


 皇帝はシルヴァーナの細い後ろ姿を眺め続ける。

 その視線には厳しさはない。むしろ優しさに満ちていた。

 命を賭して魔界へ赴いた皇帝が、一時の安らぎを得たかのように。


「だが、余は皇帝。

 人間の国の皇帝だ。

 臣民達も等しく誰かの子であり、親であり、妻であり夫なのだ。

 余は、一人でも多くの民をましめ、育て、幸せに生を閉じるよう、より良く計らうのが責務なのだよ」

「……そうでしょうね。

 それは僕も同じです」

「なれば、余が迂闊にも復活させてしまった『嘆きの矢』は、あれはいかん。

 お前が伝えた『カークノーフ』とかいう理論と過去の惨劇、こちらも真実と確かめた」

「ご理解頂けて何よりです」

「だが、臣民達は酔うている。

 力に、『矢』に魅入られてしまった。

 このままでは世界が滅ぶ。

 あれを使わせるわけにはいかん」

「そのためには、魔界と皇国が正面から衝突してはいけませんね」

「ああ。

 なんとしても、民の目を覚まさせねばならん」


 両首班による、戦争回避への同意。

 これらの会話はテルニによって記録されている。

 皇国側の撮影者は式全体をまんべんなく、京子はほとんど結婚式だけを映している。


 魔王と皇帝の密談は続く。

 祭壇ではノーノの詞も続く。

 新郎新婦達は、今はただ俯いて神父の詞に耳を傾けていた。


「……あなたがたは、よりすぐれた賜物を熱心に求めなさい。

 私が人の異言や魔族の異言で話しても、愛がないなら、やかましい銅鑼や、うるさいシンバルと同じです。

 また、たとい私が預言の賜物を持っており……」


 長々とした説教もいつしか終わりに近づく。

 密談もまとまったらしく、ようやく両者は口を閉ざして前を向く。


「……こういうわけで、一番すぐれているのは愛です。

 故に、その愛を証人らに示しなさい。

 それでは誓いの接吻を」


 その言葉と共に、いつかの人前式と同じく裕太は左右から頬にキスを受けた。

 神父は、見た目の質素さとは裏腹の重大極まりない式を無事終了し、安堵の大きな息を吐く。

 そして両腕を大きく広げた。


「ご列席の皆さん、結婚の絆によって結ばれた 彼らに祝福があり、人と魔族の別なく隣の者達が助けてくださるよう、それぞれの神と精霊に祈りましょう」


 ノーノは両手を胸の前に組んで祈りを捧げる。

 魔王と皇帝、マル執事長や撮影者三人、そして銀の勇者も機械的に同じ所作をする。

 小さな教会の中は、世界を二分する争いの最中さなか、奇跡的にも平和な幸福を願う祈りに包まれた。




 祝福の鐘が鳴り響く中、礼拝堂の扉が大きく開かれた。

 内側から、皇帝は右の扉を、魔王は左の扉を、自ら開けはなっている。

 その間を裕太とフェティダとシルヴァーナが歩み出てきた。

 途端に周囲から大歓声が、花吹雪が、拍手や遠吠えが巻き起こる。

 リナルドはと言えば、相変わらず縛られたまま地面に座り込み、恥も外聞もなく泣き続けていた。


 新婦達の手に握られた花束が高く放り投げられる。

 シルヴァーナのは手近に落ち、フェティダのは高々と宙に舞ってすぐには落ちてこない。

 そして二つの花束が落下してくると、途端に庭園で待っていた列席者の女性達が、種族問わず殺到した。

 一種異様な奪い合いになり、つかみ合いにすら発展しそうになるのを警備の兵達が必死に割って入り押しとどめる。

 皇帝は、いきなり始まった花束争奪戦に目を丸くした。


「なんだ? この騒ぎは」


 その問いに答えたのは、まだ礼拝堂の扉近くから撮影を続けていた京子だ。

 デジカメから目を外さず、騒ぎを撮りながらも説明する。


「あれは私達の故郷、チキュウでの風習です。ブーケトスと言います。

 花嫁が持つ花束を手にした女は、次に幸せな結婚が出来ると」

「で……毎度、この騒ぎになるのか?」

「ええ、まあ、場所によっては」


 結局、一つは魔力炉の子供達の女の子。もう一つは空中で素早くキャッチした妖精族の侍女が手に入れた。

 両者とも無邪気に「やったーやったー!」とはしゃいでいる。



 こうして、結婚式は終わった。

 だが魔王と皇帝は礼拝堂を背後にしたまま動かない。

 魔界と皇国の両撮影者は支配者達の前に行き、しゃがんで撮影を続ける。

 何事かの気配を察した魔界皇国両勢力の兵士達もそれぞれ左右に分かれて整列する。

 参列者の子供達、新郎新婦達、そして京子も、一斉に礼拝堂を離れて駐屯地の中にある飛空挺発着場へ向かう。

 彼らは魔王と皇帝の発表を聞かず、素早く駐屯地を後にした。


 魔王と皇帝は、礼拝堂の扉を背後にして姿勢と服を正す。

 軽く目配せし、まず皇帝から語り出した。

 皇帝が何故に魔界を訪れたか、を。

 これから何が行われるか、を。


「臣民達よ。

 余は諸君らに謝罪せねばならん」


 張りのある声が響く。

 居並ぶ兵士達は、人間も魔族も誰も口を閉ざす。

 咳をする者すらいない。


「臣民達の心を乱している件の噂。

 魔力炉は孤児院の子供を材料とすること。

 魔王が元は人間であること。

 これらが真実であり、全ての責は余にあることを、ここに告白する」


次回、第三十章第三話


『告白』


2012年6月5日00:00投稿予定

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