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首脳会談

 セドルン要塞駐屯地、正午前。

 斜面に大きく開かれた要塞出口から、赤いマントを羽織り頭上に王冠を戴いた老人が斜面を下りてくる。

 その周囲には巨大なフルプレートアーマーに身を包んだ重武装の騎士達が整列し、行進する。

 明らかに人間の体格より巨大で、その重さからすれば動くことすらままならないはずの鎧だが、全く鈍重さを感じさせぬ足取り。

 輝く宝玉が数多く装着されたそれらは、皇国艦隊の勇者達が装備していた鎧と同型のものだ。中身も恐らく勇者だろう。

 その数、十二人。

 彩りも相変わらず派手で、武具は槍、剣、携帯式小型砲、小回りが効きそうな小型銃など様々だ。

 皇帝を中心とし、小型軽装で機動力を重視したであろう銀色の勇者一名をすぐ後ろに随伴。残り十一人が円陣を組んで皇帝を守る。

 皇帝と勇者隊の後ろからは、武装した一般の騎士兵士や従者達が続く。

 その中に撮影機材を抱えた一隊もいて、皇帝やインターラーケンを撮影し続けている。


 敵地にありながら、皇帝には恐れる様子は全く見られない。

 夏の照りつける日差しの中、高齢にもかかわらず確かな足取りで、自分の足で斜面を下っていく。

 勇者隊は完全に歩調を一致させ、円陣を崩すことなく、石畳の地面を鎧で削りながら歩む。

 その堂々たる姿、皇帝の威厳に充ち満ちていた。


 皇帝の行幸を出迎える魔族も、錚々(そうそう)たる顔ぶれが揃っている。

 石畳が続く斜面の下には、御輿に座る魔王がいた。魔力はある程度回復し、髪や髭が青く染まっている。顔色も良い。

 その左右にはオグルとトゥーン。トゥーンは完全武装で帯剣している。オグルは頭からフードを被り武装は見えないが、目が青い光を淡く放っている。魔力が回復したようだ。

 魔王と二王子の後ろにも、各種族における最高の礼装をした魔族達が居並ぶ。その華やかかつ威厳ある衣装を見れば、いずれ名のある者達であることが分かる。

 さらにその周囲には、完全武装の各種族選りすぐり精兵達。装備も最高の物が揃っている。特に目立つのは巨人族の巨体だ。しかも重装甲で武装している。

 そして、魔族側にも撮影をしている一隊がいた。

 彼らは人間族で構成されている。魔王城勤務をしていた保父達の中の数人。肩に撮影機材を担いでいるのはテルニ。そしてデジカメを構える旅装の京子だ。



 五十年近くに渡り世界を二分して争ってきた両者が距離を縮めていく。

 付き従う魔族達人間達の緊張感は見る間に高まっていく。

 いまだ剣の柄に手をかける者はいない。宝玉を手にする者はいない。だがいつでもそれらは瞬時に為される構えにある。

 そんな殺気立つ者達とはうらはらに、魔王も皇帝も何かを恐れる様子はない。

 特に皇帝は、攻め入る皇国軍をたった一人で退けてきた、絶対的魔力を誇る魔王を前にしても死を恐れる様子はない。

 石畳の左右に並ぶワーウルフ、物陰に潜み息を殺すワーキャット、彼らのいずれかが矢や銃を撃つかもしれないが、それを警戒する様子もない。

 まるでそれが当たり前かのように、確かな足取りで前へ進む。


 両者の距離は二十ヤード(約18m)まで近づいた。

 皇帝は足を止める。

 背後に付き従う銀の勇者も周囲の勇者隊も、ガシャンッ、と鎧を打ち鳴らして制止する。

 後続の兵と従者達も同じく足を止めた。


 皇帝は魔王を正面から見据える。

 オークに担がれた御輿に座る魔王は、さすがに普段の穏やかな笑顔が無く、真剣な面持ちだ。

 しばし、時が止まったかのように誰も動かない。

 涼やかな風が通りすぎる。

 やおら、魔王は御輿から立ち上がった。

 地に軽々と降り立ち、胸を張り、両腕を軽く広げて口を開く。


「初めまして、というべきかな?

 ようこそいらっしゃいました、神聖フォルノーヴォ皇国初代皇帝アダルベルト陛下。

 僕は魔王です」


 にっこりと笑う魔王。

 緊張感の欠片もないような、気安い自己紹介。

 だからといって駐屯地に漂う殺気が和らいだりはしない。

 皇帝の返答も、まるで久方ぶりに会う旧知への挨拶かのようなのに。


「……初めまして、と言っておこう、魔王よ。

 だからといって今さら名乗るほどのこともあるまい。

 我らは五十年の長きにわたり争い、競い続けたのだからな」

「全くですね。

 でも、ようやく剣と魔法以外のものを交わせた記念すべき瞬間です」

「そうだな。

 余も、よもや余自身が変節し魔界へ赴くことになろうとは、おもわなんだ。

 時代は変わるものだ」

「いえ、昔に戻っただけですよ。

 かつては人間と魔族などという区別はありませんでした。どの種族も同じ世界に暮らす隣人だったのですから」

「それについては見解に相違がある。

 だが、今はそれを語る場ではない。

 まずは、余がこの地に赴く大義名分となった儀式に臨むとしよう」

「そうですね、話はそれからです。

 新郎新婦達は礼拝堂で待ちかねてますよ」


 軽く言葉を交わすと、皇帝と魔王は歩み寄った。

 まるでそれが当然の如く、周囲でぶつかる殺気など意に介さず、街角で友人に出会ったかのような自然さで。

 さすがに握手まではしないが、今すぐに親愛の抱擁すらしかねない、とすら思える二人の姿。

 不穏な動きあらば瞬時に剣と銃を手にしようと構えていた者達は、その秘めきれぬ殺気が蒸発してしまうかのようだ。

 今や互いの手を肩にかけられるほどにまで近くに立つ皇帝と魔王、その間に割り込める隙が誰にも見いだせない。


 そんな中、オグルは全てを見透かすかのような視線で皇帝と勇者達を睨み続ける。

 同じく前を睨み続けるトゥーンがぼそりと呟く。


「……兄貴、どうだ?」

「丸腰だ。

 信じられねえ。あの野郎、全くの丸腰だぜ」

「自爆用の爆弾すらも持ってねえってのか?」

「それどころか、ナイフの一本も、だ。

 周りの勇者共も自爆する様子はない」

「馬鹿な……本当に殺されに来たってのか」

「オヤジが丸腰で敵意もないヤツを殺すはずがねえ、と信じてるんだろうよ。

 ケッ、良くも悪くも五十年しのぎを削った仲だからな。

 そこらの夫婦よりも、お互いを知り尽くしてるんだろうさ」

「そこまでくると、憎たらしいを通り越して立派と言えるな」


 皇帝は、全く武器を所持していなかった。

 オグルはかつて、京子と裕太がジュネヴラへ転移してきたとき、魔力を使わず姉弟の体内まで見透かす透視能力で二人が人間だと見抜いた。

 今はその眼力を持って、皇帝が丸腰だと見抜いていた。

 確かに警護の勇者隊と一般兵士達は完全武装。だが魔王とほんの一歩の間しか空けぬ間合いに立つ皇帝の身を守ることそれ自体は不可能。

 魔王が殺さないにしても、警護の誰かが暴発することはありうるというのに。

 つまり、皇帝は死を前提に動いているか、魔王は皇帝を殺さないのみならず皇帝の身を守ると信じているか、いずれかということ。

 魔界の民の多くは、その両方と予想していた。皇国の民は魔王が皇帝を殺さないなど信じられないだろうけど。



 魔王の後ろを皇帝がついていく。

 皇帝を先頭として勇者隊、兵達、従者達が続く。

 その周囲を魔族各種族の精鋭が取り囲む。

 敵味方入り乱れての大集団は、一色触発の空気をはらんだまま進む。中心にいる統治者二人を除いて。

 斜面を下り、駐屯地の中を抜け、到着したのは丸い湖の畔。

 急造の礼拝堂。

 眩しげに右手で太陽を遮り、皇帝は少し驚きの声を上げる。


「ほほぅ、小さいとはいえ皇国国教会式の礼拝堂だな」

「ええ。

 今回は皇帝陛下をお招きするため、あえて皇国風にしてみましたよ。

 実は新郎の故郷でも同様の建築様式と結婚儀式があるそうなので」


 魔王の説明に皇帝の目が鋭さを増す。

 新郎の故郷、というところに少なからぬ興味を引かれたようだ。

 そんな二人の姿を、魔界と皇国と京子のカメラが追う。


「新郎の故郷、か。

 するとやはり新たなる魔王とやら、皇国の人間であったか」

「あー、いや、実は違うんですよ。

 うーん、どう説明すればいいものやら……」

「長い話になりそうだな。

 まあいい、それはまたの機会として、今は式に臨むとしよう」


 そんな穏やか世間話風な話をしつつ、彼らは礼拝堂前に到着した。

 礼拝堂の扉前に立つのは元神父のノーノ。

 黒の僧衣スータンをまとった元神父は、魔王と皇帝を前にして深々と礼をした。

 礼拝堂前に敷かれた石畳の道と、広々として上品な庭園には、既に多くの出席者が最上級の礼服礼装をまとって支配者達と式の主役達を待っている。

 魔王の執事長マルことWaldemarヴァルデマールや妖精族長ベルンなどの妖精族。

 ドーベルマン顔のオシュ副総監を始めとしたワーウルフ族。

 相変わらず白タキシードの黒猫、フランコ大使を始めとしたワーキャット族。

 他にも数多くの魔族人間族が並んでいた。


 人間族もいた。

 多くは次元回廊実験のためジュネヴラへ来ていた魔力炉の子供達だが、大人もいる。

 軍服ながら正装もしていた。

 ただし、胴と腕を縄で縛り上げられ左右をリザードマンの兵に挟まれていたが。

 その人物は皇帝を見るなり、大声を張り上げた。


「ち、父上ぇ!」


 リナルド=フォルノーヴォ。

 縛り上げられたままで駆け出そうとした新婦の父だが、縄の両端を左右の兵がしっかり握りしめていたため、無様に転んでしまった。

 それでも必死に這いずり、皇帝の足下へ寄ろうとする。


「ち、父上!

 おお、お許し下さい!

 艦隊を失い、皇家の血を魔王に穢され、かような生き恥を晒したこと、万死に値することは承知の上です!

 で、ですが! 後生です、どうかシルヴァーナだけは、娘だけは助けて下さい!

 父上の孫娘です! あの魔王の若造から、孫娘だけはお救い下さい!」


 皇帝は、無視した。

 軽く一瞥をくれただけで、意に介さず元皇太子の前を通り過ぎた。

 無闇に吠える子犬かのごとく、何の興味も示さない。

 皇帝が通り過ぎた後には、言葉を失った皇太子の魂が抜けた姿が残った。

 魔王も特に何も言わないし振り返ろうともしない。

 その有り様は礼拝堂の窓から、中にいる者にも見えていた。

 皇太子が全てを失い抜け殻になった姿に、新郎は胸がすくような想いに満たされる。


 礼拝堂の前に至った魔王と皇帝。

 ノーノは再び深々と頭を下げる。

 魔王は同じく深く頭を下げたが、皇帝は「面を上げよ」と命じる。

 命じられた通り面を上げた神父は、厳かに語り出した。


「お初にお目に掛かります、皇帝陛下。

 私は元オルタ修道会の神父、ノーノと申します。

 既に信仰を捨てた身ではありますが、このたびの結婚式は皇国風で執り行いたいとの新郎新婦からの要望を受け、浅ましくも再び僧衣をまとい取り仕切らせて頂くことになりました」

「うむ」


 皇帝は特に何も言わず、ただ小さく頷いた。

 神父が礼拝堂の扉を開け、両者は中へと進む。

 礼拝堂は小さいため大人数は入れず、魔王と皇帝と三人のカメラマン役、そしてお付きとしてマル執事長と白銀の勇者一人だけが中へ導かれた。

 そこには、純白のウェディングドレスに身を包み、手に持つ花束を胸の前に掲げる女性達。シルヴァーナ姫とフェティダ姫。

 そして黒のタキシードと白手袋をまとった裕太が立っていた。

次回、第三十章第二話


『結婚式』


2012年6月4日00:00投稿予定

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