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ドレス合わせ

 ジュネヴラの東、セドルン要塞魔界側出口。

 つい最近まで地名も無かったような山中、インターラーケンのクレーター南側斜面中腹に、要塞の出入り口がある。

 斜面を下った所に一昨年まではインターラーケン領の首都があったのだが、現在は完全に破壊され雑草と沼沢地が広がるだけの場所になっている。

 インターラーケン奇襲作戦の際に激しい砲撃を受け、周辺の森林はなぎ倒され炎上し原野に変えられてしまった。今ではところどころに木々が残っている程度。

 地面に空いた巨大な穴には水が溜まり、幾つもの池となっている。原野は草が生い茂り、若木も育ち始め、どうにか命は蘇りつつある。

 砲撃跡の中でも一際巨大な穴は、もはや湖というくらいの大きさがある。


 砲撃で平らになり森が消えた荒れ地に、多数の飛空挺が駐機してある。

 新型飛翔機ミーティアも多数配備され、離発着を忙しく繰り返している。

 発着場から離れた場所には多くのバラックが建ち並び、飛空挺から降ろされた荷物がオーク達によって運び入れられている。

 要塞出入り口は石材や木材で頑強に補強され、拡張され、平地までの斜面も整備されて、数多くの魔族がひっきりなしに出入りしている。

 遠くから聞こえてくるワーウルフ族の勇ましいかけ声や、森の中を音もなく駆け抜けるワーキャット族の気配、魔法の練習をするエルフも。

 数多くの魔導機材を整備するドワーフなど。

 インターラーケン奇襲作戦戦場跡地。

 今ではセドルン要塞前駐屯地と呼ばれている。


 だが別の目的の施設も建設中だ。

 砲撃で生まれたまん丸な湖の畔、平らな草地の中に小さな建物が完成しつつある。

 入り口から先にはレンガを敷き詰めたような道と庭園も造られている。

 建物の前、道の上では京子が腕組みしながら、足場に囲まれた建物を見上げる。

 その横には建築作業で服を茶色く汚したノーノが立っていて、同じく建物の出来具合を眺めていた。


「ん~、良い感じ、良い感じだわ」

「そうでしょう、私もとても良い出来だと思います。

 まさか皇国風礼拝堂が、魔界でこんなに再現出来るとは、驚きましたよ」


 建てられているのは皇国国教会を模した小さな礼拝堂。

 今回の結婚式のために、わざわざ準備された。

 ノーノは元神父、なので彼が建築を監修している。


「まさにアレね、夢の国ぃ~森の中ぁ~小さな教会でぇ~、という雰囲気よ。

 森は遠いけど」

「何ですか? それ」

「あたしの故郷の歌なの」


 鼻歌で結婚式定番の歌を歌う姉はグルリと見渡す。

 確かに森は湖畔にはない。

 周囲は巨大山脈の大森林に覆われているのだが、セドルン駐屯地だけがぽっかりと原野か湿地帯の様相。

 それでも建物に満足した彼女は、足場の上で仕上げに余念がない職人達にも一声かけてから、駐屯地のバラックへと向かう。


 そのうち一つのバラックに入ると、そこにはドワーフ女性達が純白の衣装を縫っている最中だった。

 壁際には大きな鏡、通信用ではなく普通の鏡がかけられ、その前には二人の女性が立っている。

 頭から薄いレースを被っているのは人間の黒髪少女、シルヴァーナ。彼女はヴェールが自分に似合うかを確かめている。

 もう一人は長身の金髪女性、フェティダ。彼女の方は頭上のティアラの細工を入念に確かめているようだ。

 シルヴァーナもフェティダも、周りでヴェールの裾を持ったり他のティアラを用意したりしているドワーフ女性達へ、飽きることなく注文を付けていた。


「んー、んー、やっぱここの刺繍が寂しいなあ、

 な、な! もうちょっと、こうさぁ、雪の森をイメージさせるような」

「ちょっと、シルヴァーナ。

 もう式まで日もないのに、無理言っちゃ駄目よ。

 既製品にもステキなのはあるんだから、その中から選んで」

「あーもー、フェティダ姉ちゃんは分かってねえなあ!

 あたしらの一生の思い出になるんだぜ? 悔いなんか残せるかよ。

 こだわれるところはこだわらなきゃ、損ってやつさ」

「言いたいことは分かるけど、いくらドワーフの仕立屋が優秀でも無理は言わないで欲しいわ。

 でも……そうねえ、わたしもティアラだけはこだわりたいし……」

「ティアラも大事だけどさ、やっぱドレスが一番重要だろ?

 腰の線がさ、引き締まって見えねーと……」


 シルヴァーナもフェティダも、魔界公式結婚式のための準備に集中している。

 式の日に着るためのドレス一式にティアラまで、入念に選び仕立ててもらっているのだ。

 さすがに王族の婚儀、皇帝への挑発と皇国分断という政治的軍事的意図はあるにしても、当事者達にとっては一生の思い出。

 その熱中ぶりはドワーフ女性の職人達をうんざりさせるほど。

 彼女らの背後に立つ京子にすら気付かない有り様。


「もしもーし。

 熱中している所、失礼いたしますわ」


 魔王の娘と皇国の皇女へ気安い声。

 呼ばれた女と少女は京子の存在にやっと気付き、笑顔で振り返る。

 別のティアラの具合を確かめながらフェティダが尋ねる。


「あら、式場のほうは良いのですか?」

「ええ、中も外も大体出来上がったわ。

 式の日には間に合うと思うわよ」

「そりゃ良かったぜ。

 ところで、なーなー、キョーコ姉ちゃんはどう思う?

 このヴェールの裾なんだけど、ちょっと刺繍が寂しいと思わねーか?」

「ふぅ~む、そう言われると確かに、そうねえ。

 どうかしら、ちょっとワンポイントで小さな宝玉を飾ってみるとか?」

「あ、そっか!

 小さくて綺麗なヤツをちりばめたら素敵だ!」

「なるほど、それは美しいですわね。

 私もやってもらおうかしら」


 京子も加わってウェディングドレスの準備に熱中する女性達。

 結婚が女性にとって一生の記念であり最も輝く瞬間とされるのは、地球でも魔界でも皇国でも代わりはなかった。

 ところで別のバラックでは裕太のタキシードも準備されている。

 地球では普通っぽい黒の燕尾服が、適当にさっさと準備され、式の当日まで埃を被っている。

 男の衣装なんて新郎本人含めてどうでもいい扱いなのも同じだった。

 なにしろ本人からして黒タキシードを試着して「これでいいです」の一言で済ませてしまったし。



 そんな女性の一世一代の晴れ舞台に臨み夢と浪漫を膨らませている女性陣達のところへ、幸せ者であるはずの裕太が戻ってきた。

 セドルン要塞から出てきた彼を、周囲の兵士達は敬礼などの挨拶をして通り過ぎていく。

 要塞出口から駐屯地へ下りていく階段を踏みしめつつも、顎に手を当てて考え込んでいる。

 飛べば一瞬なのにわざわざ歩いているのは、魔力節約か単なる人間だった頃のクセが抜けないのか。

 ともかく新婦達と姉と仕立屋の職人達がワイワイキャーキャーと騒がしいバラックの扉をノックした。


「ちょっとお待ちを……あら、ユダ卿でねーの。

 ちーと待ってな」


 ドワーフ女性がちょこっと顔を出し、裕太の顔を見て奥へ声をかける。

 すぐに返事は来たようで、中に招き入れられた。

 新婦二人はウェディングドレスのサイズを確かめていたようで、背中のホックを留めようと悪戦苦闘しているところだった。

 裕太はいい加減、名前を間違えられるのに慣れてしまい、一々訂正する気も無くなっている。


「あ、うー、ユータにーちゃん。

 ちょちょ、ちょっと待ってて……うーきつい」

「もぅ、少しで、背中の、が、留まりますから……む、胸が……!」


 ほんの数ヶ月前に採寸したのに、どうしてドレスがそんなにきつくなっているんだろう、と裕太は真剣に悩んでしまう。

 実は、彼は仕立てにはあまり立ち会っていなかったので知らなかったのだが、両者ともドレスのラインにこだわりすぎていた。

 シルヴァーナは体の線がそのまま浮き出る、地球ではマーメイドと呼ばれるタイプのドレス。

 フェティダはノースリーブから腰をくびれさせ、ふわっと下へ広がっていく形状。地球ではスレンダーと呼ばれるタイプ。

 どちらも、「おおー、色っぺー! これ、絶対これ!」「け、結婚式までに贅肉を落とすわ!」と言うセリフと共に選択し、サイズを設定した。

 その時、今の自分よりきつめに寸法を作ってしまった。

 ウェスト1/2インチ、お尻1インチ、数字にすると僅か。だが実際に着てみれば、かなりきついのだ。

 ウェディングドレスに伸縮性は無い。そもそも魔界は地球みたいな伸縮性に優れた繊維などほとんどない。そして生地も縫製も、外見を最重視するため頑丈ではない。

 そもそもシルヴァーナは成長期、これから胸もお尻も大きくなり背も伸びようかというお年頃。数ヶ月でもあちこち成長してしまう。なのにボディラインにピッタリフィットするドレスを選んでしまった。

 フェティダにしても、実は贅肉は大して無い。なので落とす脂肪も少ない。

 というわけで、幼妻も年上女房も、天国のような結婚式を前に地獄の苦しみを味わうことになる。

 そして最悪、式の当日に破れれば……全世界に恥を晒す。


「あのさ、フタリとも……コルセット付けたら?」


 控えめに提案したつもりだったのだが、妻二人にギロリと睨まれた。


「……つ、付けてます、わよ!」

「しかも、前よりもっと小さなコルセットを作ってもらったんだ!

 で、でも、でも! きついぃっ!」


 はぁ~……、と溜め息をつく裕太。

 シルヴァーナは馬鹿にされたと感じたか、単なる腹いせか、夫をさらにきつく睨み付ける。


「な、何だよ、その目は!

 そもそもユータが悪いんじゃねーか!」

「何でボクが?」

「ユータが、胸とお尻を揉んだり吸ったりするから、大きくなっちまったんだろ!

 このスケベ!」


 真っ赤になって絶句する裕太。

 慌てて周囲を見れば、オホホウフフと仕立屋ドワーフ女性達が頬を染めたり生暖かい目を向けたり。

 フェティダは嫉妬の炎を燃やす様子もなく、暖かく二人の姿を見守っていた。

 でも姉はニヤニヤと笑いながら裕太の横に来る。


「で、ロリコン魔王は何の用なの?」

「誰がロリコンだ!」

「分かった分かった。

 ストライクゾーンが広いってだけにしといてあげるから。

 何か急ぎの用なの?」

「むー、むぅ、まあ、とにかく伝えることがあって。

 みんなにも聞いておいてホしいことがあるんだけど……」


 裕太は、神聖フォルノーヴォ皇国皇帝アダルベルトが結婚式に参列するかもしれないという話を伝えた。

 裏が無いはずはないが、魔王は受け入れる方向。最悪、結婚式がそのまま戦場になるかも、と。


「バルトロメイさんが貴族のコロの縁を使って、話をススめるそうだよ。

 恐らく、セドルン要塞を通って皇帝をムカえることになる」

「トゥーン領主様は、なんで要塞に呼びつけてまで、あんたにその話を?」

「ボクなら、皇帝をミた瞬間に八つ裂きにするだろうから。

 陛下の和平交渉がケツレツしてからにしろ、て」

「やっぱりねえ。

 よく分かってるわね」


 二人の話をシルヴァーナとフェティダも、ドレスの背中を締める苦行を一旦止め、コルセットを締めた上半身を晒しながら話を聞く。

 周囲のドワーフ女性達も髭を撫でたり胸毛で遊びながら(ドワーフ族は女性でも毛深く、毛を剃るという習慣はない)考え込み、周りと小声で相談しだす。

 一通りの話を終えた彼は、妻達に向き直った。


「そういうわけで、もしかしたら式はアれるかも知れない。

 覚悟してホしいんだ」 


 真剣な言葉に、幼妻は緊張した面持ちで拳を突き立てる。


「分かったぜ!

 あたしの人生をもてあそんだ報い、クソジジイにぶちかましてやらなきゃ気がすまねえ!」


 フェティダも背筋を伸ばし胸を張る。


「承知しました。

 事に及んでは、純白の花嫁衣装を血に紅く染める覚悟です」


 妻達の覚悟を確かめ、夫は姉へと向き直る。

 姉の方は不安げな、そして迷う様子を隠し切れていない。


「で、でもそれって、その交渉って、式に近いわよ……ね?」

「そうだとオモう。

 もしかしたら次元回廊実験が、地球への帰還が間にアわなくなるかもしれない」

「ビーコンも残り一個。

 どうにもならないかも、知れないわね」

「……多分。

 シルヴァーナ、みんなの魔力は結婚式のヒより前には回復してるかな?」


 聞かれた幼妻は首を傾げて考え込む。


「うーん、ずいぶん吸われたからなあ。

 式の日までは無理と思うぜ」

「なら決まりだ。

 式のヒ、その午後にやるのが最後のチャンスだよ」

「って、ちょっと裕太、待ってよ。

 式の日にやるの?」

「ああ。

 だって、そのヒが一番成功する可能性がタカいんだ」

「いや、なにも結婚式の日に、日にって……あ!」

「そう、そういうことだよ。

 次元回廊実験、そのヒなら成功するかもシれない」


 かくて運命の日は決まった。

 裕太とシルヴァーナとフェティダが、魔界主催の結婚式に臨む日。

 魔王と皇帝が交渉する日。

 最後の次元回廊実験が行われる日。

 全てはその日に。


 奇しくもそれは、京子と裕太が魔界へ転移してから、ちょうど一年の日でもある。

 魔界の大陰暦ではなく、太陽暦で一年。

 地球が公転周期で同じ場所に戻ってくる瞬間。

 次元回廊実験において一年前の再現を目指す上で最適の日。惑星までも同じ場所に位置する日だ。


次回、第二十九章第六話


『臨戦』


2012年6月2日00:00投稿予定

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